名前を隠して楽しく日記。
美味しんぼは意識高すぎで批判されてきたけど美味しんぼの料理に憧れはあるよな
美味しんぼは食べたことないいったことない店でも出てくる料理は美味しそう
でも最近のグルメ漫画はマーケティングの成果なのかカジュアルなのが増えすぎて誰もが知ってそうで手軽そうなものを大量に増やすだけの絵が多くて俺の思う美味しそうとは程遠い
💩真夜中のうんちがお答えします。
保存性や衛生面から、お土産には個包装になっているものをオススメします。
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chatgpt、要約して。
LoveとLikeの境目って難しくないかって話。特に同性。私は付き合いたいとか結婚したいと思う女の人は居ないけど、誰よりも大好きな女の人は割といた。
それをレズビアンと呼ぶならもうそれでいいけど、別にキスもしたくないし行為もしたくない、所謂ロマンシスってやつかなあと思ってる。
私が、平成最後の女子高生だった頃の話。令和のヨレヨレ社会人になってから、あの頃大好きだった先輩と"再会"した話。
初めに言っておくと、私は吹奏楽部だった。もうこの時点で同じような人いるんじゃないか。絶対に、吹奏楽部には「そういう」層がいると思う。
先輩はひとつ上の女子。私の自惚れでなければ、割とちゃんと仲良しだった。2人で夜遅くまで練習して、歳が違うから当たり前みたいに一緒に帰るのは無理(普通同期と帰る)、だけど合わせたり用事つくってわざわざ偶然みたいにして何とか一緒に帰ろうとしてた。あまりにも憧れすぎて、柄じゃないのに選抜バンド受けて同じようにトップで吹いたりした。もう一度いつか一緒に演奏したいと思ってた。
その先輩が引退する時は普通に死ぬほど泣いたし、LINEも未練たらしく切れなくてそんな自分がキモくて嫌で、話し切れたタイミングで先輩のこと非表示にしてなんとかLINEを止められた。
先輩は隣の県の大学に行った。でも同じ大学受けるのはなんかストーカーみたいだし恥ずかしいしで強がってさらにひとつ離れた県の大学に進学した。その先輩の大学も模試に書いてて、ちゃんとA判定だったのに。なんで強がったのあの時の私。
結局私の進学した大学は小さくて吹奏楽部なんかなくて、近くの吹奏楽インカレサークルに入ったけど私のひとつ上の代で崩壊した。彼氏と出会って楽器なんかほとんど吹かなくなって、いつの間にかその県で就職して2年目になった。社会人になって、また職場内にも推しの先輩ができて割と楽しく過ごしてた。そろそろ彼氏と同棲かなって4年半も付き合ったからいいかなって、普通の人生過ごしてた。
不意に、実家で昔の定期演奏会やコンクールのDVDを見た。暇で暇でしょうがなかったところにたまたま見つけたから、実家のリビングのテレビに円盤を飲み込ませた。
春、定期演奏会、夏、コンクール、全部全部泣きそうになりながら見た。ああ楽しかったんだってわかる顔をその時の自分がしてて、ありありとあの日の高揚を、興奮を思い出させられた。私はトランペットだったけど、高校レベルになると高音が出る順で分けるんじゃなくてある程度学年でバランスとってセクション振り分けられる。だから1stを2年・3年1本ずつなことも全然あったんよね。
廊下で、音楽室で、誰も来ない朝練に2人で来て、unisonの、かけあいの練習をして、私にとっては本当に唯一無二の憧れだったんだなと、一気に7年を遡った。あの人と6年も7年も会ってないんだ、本気で楽器に触れてからそんなに経ってるんだって事実が悲しかった。ちなみにその後に見た、先輩が引退した次の年の定期演奏会では、私は当時の先輩と同じように学生指揮として指揮棒を振っていた。どんだけ好きやねん。
そしてここに魔が差した。
確か先輩は、卒業後もたまに楽器を持ってる写真をSNSに上げてた、ということは。先輩が進学してた大学名、併せて吹奏楽、と検索する。赤いロゴの動画サイトの検索画面は、しっかりその名称を映してくれた。
動画を開けて、本当に心臓が止まるんじゃないかってくらい跳ねだした。ぎゅうっと締められて苦しかった。少し痩せてメイクして髪型も少しだけ変わってたけど紛れもなく先輩だった。実家のリビングのテレビで見てなかったらマジで泣いてたかもしれない、そのレベルだった。
ああ、私の憧れはまだこの世界にいるんだっていう安心と、それなのに私はなんで隣で追いかけてないの?っていう苦しみが同時に襲ってきた。本当に形容し難い、今すぐ楽器を吹かせて欲しいような気持ちになった。
数年ぶりに聞く先輩の音は紛れもなく先輩の音で、タンギングがもっとクリアになって音色はもっと透明になってた。でも楽器が左に傾く癖も、割とベルが高めなのも、ソロでクソ緊張してめちゃめちゃ表情硬いのも何も変わってなかった。指の先でピストンを押せなくて、指全部曲げるみたいにして運指するのも。
こんなにも鮮明に描写できるのに、あんなにも憧れで今でもあなたの音が大好きなのに、なんで私はその隣に居ないの?とありえないほど悔しかった。
あの日強がらずに「まだ先輩と吹きたいです」って言えたら、同じ学校へ進学していたら、もっと違う未来だった。普通に学校は先輩のとこの方が近かった。親にはそっち行けって言われたのに、恥ずかしくてそこへ行かなかった。
何回も何回も先輩の動画を見て、音色に浸って、隣で吹いた曲の運指を回して、7年前にタイムトリップしてた。インスタも探した、でも見つからなかった。大人しい人だったし鍵なんか開けてないだろうし。私も引っ込み思案だから見つけたとしてもフォローする勇気なんかない。
さっき、選抜バンドに出たって話をしたと思う。たまたま参加してた子の中で一番吹けたらしく、トップ席を貰ってた。当時その話を先輩にした。先輩もトップだったし、先輩の代はTrpソロがあったらしいことを聞いた。
「みやちゃんにだけあげる」ってくれたのは、先輩が選抜でソロ吹いてるとこの動画。私が去年のを聞きたいって言い続けてたら、恥ずかしがり屋の先輩が、「選抜のお守り代わり」ってくれた、内緒の動画。大学3年の夏に、その宝物の入ったスマホを私はロフトベッドのはしごの足で踏みつけて破壊した。修理こそしてデータは取り出せるけど、機種変してしまってもう使ってない。その古いスマホは実家で寝てる。充電さえ刺しこめば、お守りはまた見られる。でも私にはそれを見る勇気はなかった。
こんなことを言えば特定されてしまいそうだけど、私たちの母校は廃校になった。校舎こそ残っているけれど、安易に立ち入れるところではない。音楽室も、楽器庫も、廊下も、3階から眺める高台の校舎からの風景も、全部もう二度と手に入れることが出来ないもの。でも、先輩の隣は今どこかで誰かが座っているんだと思うと焦がれて希ってしょうがなくて、上の空のまま、「いま」の先輩の音色を聴いていた。
きっとあなたにとって私はもう過去の誰かさんなんだろうなと思った。先輩が私ごときにどんな感情を抱いてたかはわからないけど、電車に乗らずに橋の上で2時間以上、日が暮れて母親から心配の電話が来るまで話し続けてた毎日は、私に好きと思わせるには十分すぎた。みやちゃんにだけあげる、のお守りは、いつどれだけ思い返しても、もう言葉に出来ないぐらい、今も喉の奥でなにかつかえてるように、気持ちでいっぱいにさせるものだつた。
これって「何」になるんだろうなと思って書いた。今もずっと、胸に何かしらが詰まって苦しい。眠れない。
•出来ない理由を考えるのではなく
お前の意見は痴漢は死んでいいけどコストは一切負担したくないって言ってるんだから、コストがゼロで痴漢が捕まるわけねーんだから完全に許容派だろ。
・1bit化
どこまで許容するかというような程度問題を、すべて許容する/しないの2択に変換する論法。
これによって、「現状で許容範囲の状態である」と主張するものを、極端な主張しているとしてバッシング可能になる。
兵役中は女と接触しないから男集団はエコーチャンバーになり思想が先鋭化する。体育会系は卒業後も仲間との連帯感を強めすぎて排外的になる。