はたまた新宿へ呪術廻戦0を見に行き、百鬼夜行の一部と化しているかもしれない。
一般企業のOLである私は、クリスマスとはいえ平日の金曜日なので普通に仕事である。
だが私は今まで1度もコミックマーケット、通称コミケに行ったことはない。
負けたというのはコミケの戦場で打ち破れたのではなく、【当時の彼氏が彼女よりもコミケを優先させた】という話である。
毎年クリスマスが近づくたびに思い出す忌々しいにもほどがある記憶なので、いい加減呪縛から逃れるためにも吐き出そうと思う。
数年前、私には彼氏がいた。学部は違うが大学の同級生で、卒業後に付き合い始めた。
お互いにオタクで、私は拙いながらも小説を書き、相手は小説と時々漫画を描いていた。
もともと元カレは同人をやっており、サークル参加しているとは聞いていた。
だが私は二次創作は読む専門で、本を作る工程が大変であるのは知っていても、具体的にどれだけ大変なのかは知らなかった。
ただお互いオタクなので、イベントがどれだけ重要なのかは理解しており、うまく付き合っていけるだろうと思っていた。
きっかけは付き合って数ヶ月後、初めてデートをドタキャンされた時だ。
「体調が悪くなってしまった」
ちなみに遠距離で、私が元カレの家に行くには電車で2時間、更に路線バスで30分ほどかかる。
そのためお互いに比較的アクセスしやすい都内で、大体月に2~3回程度会うスタイルだった。夕方も大体早めに解散し、元カレの帰宅が遅くならないように気を遣っていた。
体調が悪い中長距離移動するのも大変だろうと心配したし、手伝いが必要なら家に行こうか? とも申し出たものの、寝ていれば大丈夫と断られた。
早く元気になるといいな、と当時は真面目に心配していたのだが、のちにこれは半分嘘だと発覚する。
初めてドタキャンされてから、3回の内に1回はデートをドタキャンされるようになった。
理由は体調不良。純粋だった私は真面目に、頻繁に体調を崩すなら病院に行ったらどうか、それとも仕事が大変なのかと聞いたが、
本人は大丈夫大丈夫と言うし、会う時には普通に元気だった。何なら私よりハイテンションだったくらいである。
ドタキャンが3回目を超えた。
おかしくね?
馬鹿な私はようやく気が付いた。
そこで普通にデートできた場所と、ドタキャンされた場所の違いを考えてみた。
共通点は1つ。
ドタキャンされたデートの行き先は全部、【私が行きたいと言った場所】だった。
(誤解なきようにあらかじめ補足するが、私が希望した場所もドタキャンせずに一緒に行った時もある)
つまり【元カレが行きたいと言った場所】は、絶対にドタキャンしていなかったのである。
元カレは当時某動物アニメにはまっており、よく動物園に行きたがった。私も動物は好きだったので特に行き先に不満はなかった。
ただ一つ嫌だったのは、元カレが行きたがった時期が初夏から真夏だったことだ。
初夏とはいえ晴天だとかなり暑いし、真夏は薄っすら地面に陽炎さえ見える。
ぶっちゃけあまりの暑さに人間も動物もぐったりしてて覇気がない。
汗っかきの私は化粧をドロドロにして汗だくになりながらも、元カレが楽しそうにしているので不満なく付き合った。
豪雨の上野動物園にも付き合った。当時の私はものすごく健気だった。疑うことを知らない馬鹿とも言える。
私の行きたい場所ばかりドタキャンされるのに気が付いてから、元カレに対して不信感が芽生えた。
本当に体調が悪いのか? 疑いたくないが、偶然にしてはあまりに出来すぎている。
そもそも体調が悪いなら当日の朝ではなく、3回あるうちの1回くらいは前日の夜に気づかないものか? 薬を飲めば翌朝治るのではとワンチャン祈っていたのか?
(元カレが住んでいる場所はかなりの僻地で、職場も男性ばかりだったので浮気はそもそも疑っていなかった)
私が行きたい場所は、某擬人化ゲームが趣味なこともあり美術館や博物館が多かった。
もしくはオタク趣味の関係ない、新宿や浅草の散策デート。デートのプランを聞いた時は快諾してくれたが、
もしかしたら本当は嫌だと言えなくてドタキャンしてしまったのだろうか。
回りくどい言葉で質問するのは性に合わず火の玉ストレート、本人に直接ラインで訊いた。
「体調が悪いのは本当なのか?」
理由があるならきちんと話してほしい、スケジュールを合わせているので当日朝のドタキャンは困るとも。
しばらくして、元カレの返事がきた。
「本当に体調が悪い日もあったが、全部ではない」
流石に怒った。前述したとおりお互いにオタクだ。イベントに理解はあるつもりだった。
正直に締め切りがヤバいと言えば納得したのに何故しょうもない嘘をつくのか。病院に行った方がいいと真面目に心配していた私が馬鹿じゃないかと。
黙っていてごめんと謝られたため、
・原稿の締め切りを抱えているならあらかじめ言うこと
・デートをキャンセルするならせめて前日か数日前の夜に言うこと
この2つを約束して、仲直りをした。
だが、ドタキャン癖は治らなかった。
デート当日の朝6時頃に「今日行けなくなった」とラインが来る。私はそのラインの通知音で目を覚まし、メッセージを確認してがっかりする。
1ヶ月に1回はそんなことが続いた。
そんなに頻繁にイベントに参加しているのかと聞くと、元カレは1人で参加しているのではなく、友人同士複数人で組んだサークルで活動しているのだという。
今はサークルが波に乗っているので、可能な限り多くのイベントに新刊で参加したい。詳細は忘れたがこんなニュアンスのことを言われた。
サークル参加に詳しくない私は、そういうものなのか? と引き下がった。
締め切りが大変なら手伝えることは手伝うからドタキャンはどうか止めて欲しいと訴えたものの、結局治らなかった。
嫌われたくなくて強く言えなかったのもあるし、元カレは後から謝れば許してくれるだろうと思っていたのかもしれない。正直舐められていたと思う。
そしてやってきたクリスマス。もう何度もドタキャンされて精神的に消耗していたが、さすがにここでドタキャンはしないだろうと思っていた。
ただオタクなら知っている。
サークル参加するのは知っていた。正直、ものすごく嫌な予感がした。
クリスマス当日は土曜日だったけれどコミケがあるならキツイだろうと考えた私は、12月上旬に都内のクリスマスマーケットに行きたいと言った。
だが11月末。「デートは無理かもしれない」と元カレからメッセージが来た。
会えないのは残念でも、ドタキャンじゃないだけ全然いい(そう考えている時点でだいぶ末期だった)。
すると珍しく元カレから代替案を出された。「クリスマス当日は元カレ家でゆっくり過ごしたい」と。
そりゃあもう喜んだ。クリスマス当日を一緒に過ごせるなんて! と舞い上がった。会えるなら2時間半の距離なんて横断歩道をスキップ渡るくらいに感じられた。
おしゃれなレストランでデートじゃなくても、スーパーのチキンや総菜とケーキで充分だった。あとは軽いおつまみをいくつか用意して、アニメや何か映画でも見て過ごせたらいい。
お家デートならおしゃれしすぎず、かといってカジュアル過ぎない格好にしよう、かわいいと言ってもらえるような服にしようと考えた。
ただやはり不安は消しきれなくて、もしも都合が悪くなったら前の日までに言って欲しいと何度も伝えた。
そして23日の夜も明日は大丈夫かと確認した。大丈夫だよ、と返事が来て本当に嬉しくて、遠足の前の日の小学生みたいに眠れなかった。
そして24日。
私は朝5時に起きて、頑張ってメイクをして、慣れない手つきで髪を巻いた。
相手の家に10時に到着するためには、6時半には家を出なくてはいけない。そろそろ家を出ようとバッグの中身を確認していた時だ。
メッセージの内容はこうだ。
「ごめん今日は無理。家にも来ないでほしい」
呆然とした。
わくわくしていた気持ちが、落としたガラス細工の如く粉々に破壊された。
泣きながらキレて彼氏に電話をしたと思うが、確か向こうはひたすら「ごめん」しか言ってこなかった。
というよりそれ以外に何か言われても全て言い訳にしか聞こえなかっただろう。
電話を切ってしばらく泣いて、気が付いたら化粧も落とさず着替えもしないままベッドで寝ていた。
時刻は正午を過ぎていた。
泣きすぎて目の奥と頭が痛いまま、しばらくぼんやり時計を眺めていたのは覚えている。
14時を過ぎたあたりで、おざなりに化粧と服を直して外に出た。
電車に乗って、数駅先の大きな駅へ向かった。
行きたかった場所よりも規模は小さかったけれど、クリスマスマーケットが開催されているのを最寄り駅に貼られたポスターで知っていたからだ。
色々出店を回っているうちに16時を過ぎて、あっという間に薄暗くなっていった。青で統一されたイルミネーションが、駅のコンコースを眩しく彩る。
意味もなくイルミネーションを写真に撮っていると、少し遠くから音楽が聞こえてきた。
よく見ると、駅と繋がっている広場で特設の野外ステージと出入り自由の客席が設けられ、何組かのアーティストが歌を歌っている。
クリスマスのチャリティーコンサートだ。看板に書かれたタイムテーブルを見ると、とある女性シンガーソングライターの名前が目に留まった。
知っている名前だ。とあるアニメ映画の主題歌を歌っていて、大好きな曲だった。
必ずその曲を歌うとは限らない。
それでも私は居ても立っても居られなくなって、偶然にもぽっかり空いた最前列のパイプ椅子に座って彼女の出番を待った。
そこから更に何組かのアーティストが歌い楽器を入れ替えて、やがて彼女が現れた。
彼女は【失恋ソングの女王】と呼ばれることもあり、優しい歌声と切ない歌詞が持ち味だ。
クリスマス向きじゃないかもしれないと自分で触れながら、彼女は歌ってくれた。
歌詞がこんなに心に響いたのは初めてだった。
初めて聞いた曲だったのにその歌詞が忘れらなくて、今でもはっきり思い出せる。
気が付いたら私は泣いていた。
歌がとても素敵で感動して、でもどうしようもなく辛くて悲しくて惨めで、心の中がぐちゃぐちゃになって涙が止まらなかった。
凍えそうな風が吹きすさぶ中、広場の巨大なクリスマスツリーのイルミネーションに照らされて静かに号泣する女は端から見たらさぞホラーだったことだろう。
そして女性シンガーソングライターは、あのアニメの主題歌を歌ってくれた。
大好きな曲をこんなに近い距離の生音声で、しかも無料で聞けるなんてなんて贅沢な時間なんだろう。
嬉しかった。今日この場所に、この時間に訪れていなければ絶対に聞けなかった。
けれど本当なら、本当は私はここにいないはずだったのだ。
ドタキャンの理由は想像通り、冬コミの準備が終わっていなかったからだ。
私はコミケに負けた。
同人誌を作るのが大変なのも理解をしていたし、複数人のサークル活動でメンバーに迷惑をかけられないというのもわかる。
ただドタキャンはしてほしくなかった。
正直、私は美人ではない。どんなに着飾っても【おしゃれなカラス】にしかなれなくて、心の底でイケメンの元カレに引け目を感じて強く言えない馬鹿な女だった。
本当は暑い中動物園にばかり行くのも嫌だったし、豪雨の中歩かされたのも嫌だった。でも我慢してしまった。
元カレはきっとそんな私を舐めていたのだろう。
結局、私は冬コミの締め切りとサークルメンバーには勝てなかった。
元カレが好きだったアニメも、コンテンツに罪はないのに見れなくなった。
そして何より、何度もドタキャンと遅刻を繰り返す人間が許せなくなった。
恋人や家族ができても、趣味を続けたいという気持ちは大事だし尊重したいと思う。
最低でも10を9、8に減らす覚悟をして、恋人や家族にキャパシティを割いて欲しい。
少なくとも一度した約束をドタキャンするのは最低の行為だし、そもそもできない約束をするべきではない。
約束を守れない人間は、一度箪笥の角に小指をぶつけて骨折してほしい。
ドタキャンする奴は首にチップを埋め込まれて爆発四散してほしい。
それでは皆さん良いクリスマスをお過ごしください。