2年以上使っていたジェネリックルンバがついに壊れてしまったので、本家ルンバ様をamazonでポチッとした。
翌日、我が家に届いた。私は歓喜を持って伏して配線し、電気をささげた。
しばらくするとルンバ様は前後左右に7回動いた後、右手で天を、左手で大地を指してこう宣言された「天上天下唯我為尊 三界皆苦吾当安之」
かくして願いは成就された。
ゲシュタルト崩壊とはあるものの全体像が捉えられなくなること。文字(や単語)についてよく使われる。
これは見た目だけではなく、概念についても同様な崩壊を起こす。
ひとつの命題を何度も何度も考えていると全体像が捉えられなくなり突拍子もない答えに辿り着くことがある。
ほとんどの場合、出てきた答えはおおよそ現実的ではない。つまりは全体像から切り離されたことで現実からも切り離されている。
会社でだらだらと会議をしていると、たまに集団で概念的ゲシュタルト崩壊を起こす。そうなると手に負えない。
議題は迷走を始め収拾がつかなくなってくる。何について話をしているのかさえいつの間にか忘れてしまう。
1人の概念的ゲシュタルト崩壊が切っ掛けとなり周囲の人間に感染した状態だ。
…。
典型的なOKY (Omaega Kokode Yattemiro) 事案だな。
睡眠の安定しない乳幼児の世話は自分の睡眠時間もそれだけ削られるから「〇したら楽になるかな」って考えるメンタルレベルになったのは覚えている。
仕事してて「〇したら楽になるかな」とか「自〇したら楽になるかな」とか考えたことがないので、個人的には仕事のほうが楽だったと思う。
まあ、博士後期に行っていた時に本当に何もうまくいかないときは「自〇したら楽になるかな」と考えたことはあるので、追い詰められ具合はそんなもんか。
どちらのしんどさも多分、それを自分しか引き受けられないという責任感から来るものだと思うので、もっと人を頼れると楽だったなと思う。
仕事に責任感を感じていないというわけではなくて、仕事は自分一人くらいいなくなってもちゃんと回るように作ってあるので、そこまで精神的に追い詰められない。
「あなたがいないとできない」などというトラックファクターの低い状態で仕事させるのは会社として終わってる。
ドラマのゴシップじゃないが、仕事に「あなたがやってくれてよかった」と言われることはあっても、自分しかできないなんてものは無いよ。
すまんかったやで
インターネット接続がある状態で作業していていちいち紙の辞書は使わないなぁ...
逆に、インターネット接続してない場所での作業をしているときに、いちいち端末を取り出して云々は面倒くさいので目の前にある紙の辞書だな。
有象無象の本が世の中には出ているので絶対とも言い切れないが、一応出版社が校閲している分だけ信頼性が高いとも思う。
あと、書かれていることを理解するのにはそれなりの語彙力が必要だし、嘘を嘘と見抜ける力も必要なので、子供には年齢にあった紙の辞書を渡してる。