はてなキーワード: 暗黒時代とは
「実体のない恐怖」に人々はおびえる。
人々は優しくなり、忘れ去られた思いやりだったりを思い出し、
それを、真黒い原発が飲みこみ、黒い面を反射し、それを容赦なく放射した。
そこにあるのは「原発の実害」よりも、「人の黒い部分による被害」だ。
関東の地価が大幅に下がり続け、ニッポン人が差別を受け、日本の製品が売れなくなり、
日本の農水産業が壊滅状態になり、体力のない中小企業が潰れて行く。
生き残った会社は西を拠点に移し、関東は放射能と向き合い暗黒時代を迎える。
それと向き合っていかなければならない。
すぐには大不況にはならないと思うが、徐々に、その影響は日本を覆う。
いくつかのパターンは考えられる。
それか関西が大発展し、新たな経済圏が生まれて新しい形の発展も
あるかもしれない。
東京はこれを受け入れなければならない。
いいえ、言った通りの意味。
コントロールできないのは判りきっているんだけど、ゼロ・リスクを要求している訳じゃなくて、実用性の範囲内でも住民を《できうるかぎり》安心させることは可能なんだから。
そうじゃなくてこの一件にわざわざ言及しているのは、施設となによりも行政が《できうるかぎり》の努力をしているようにはとても見えないからで。
業を煮やした母親が群れなして突き上げ倒すまで真相究明と再発対策についてろくに情報は寄越さないわ、ミーティングには好き勝手の欠席するわ、窓口のお役所はホイホイたらい回しにするわ、事件から一ヶ月経って被害者が退院したあとで何やら一枚マニュアルをファックスしてきたって何ですか、それ。
ついでに言うと、この事件ってろくに報道されなかったんですよね。お得意の人道的配慮のおかげで。だもんで続報も出ない、対応をいい加減にしても社会問題化しないってご都合のよろしい話ですよね。
お前ら、施設作るから損しようが不安に駆られようが文句言えばサベツ、不祥事起きたらまあ、頭だけ下げといてやンよ、一応。
むしろはてサの人々がこの件でわめき倒しててもいい話だと。
ああ、その母親たちの何とかって言うのはその後、わずか一年でお約束の全てのことへのバリアフリーみたいな方向に転換して、革新系が一生懸命バックアップしてるけど、結局改善要求による成果ってのはどうなってるのか、ちょっと調べた限りじゃ見付からないくらいで
木造家屋や壁の薄いコンクリート建築の耐用年数は、せいぜい30年程度である。天然石を切り出して積み上げて作った、ローマ時代や中世暗黒時代の城砦やシャトーであれば、100年200年といった耐用年数が十分に期待できるが、合板木造家屋や、被りの薄い鉄筋コンクリート建築物では、30年程度で、寿命が来る。したがって、一般に不動産市場における評価額は、土地の評価額とならざるを得ない。
モノによっては上物の撤去費用を差し引かなければならない位である。
土地の評価額だけでなく、上物の評価額も出そうとするのであれば、メンテナンスフリーで数百年は持つような、天然石積み上げ造りのような家屋を前提にするべきであるし、間取りにおいても、一番小さい部屋でも十メートル四方といったスケールにしなければ、数百年間の使用に耐えられない。
人口が多すぎて、狭い土地に密集して暮らすような国情においては、そんな建物は、高層建築物にするしかないとなる。
鉄筋コンクリートは、表面から徐々に酸化が始まり、アルカリ性であるはずのコンクリートが中性化し、やがて、中に入っている鉄筋が錆び始めて、崩壊に到る。鉄筋から表面までの距離を広げて被りを厚くしたり、コンクリートの表面を塗装するといった手法で、中性化を遅らせる事ができるが、それとても、万全とはいえない。
上物の価格は、耐用年数がどれだけ残っているかということと、上物を撤去する為の費用とで、計算される。耐用年数が無限であれば、上物を撤去する必要が無くなるが、地震の多い日本では、耐用年数が無限の家屋を建設するコストは、不合理な金額になってしまう。
あと、上物の評価額が著しく低いというのは、建設コストに比べて減価の度合いが激しすぎるという不満がある為であろうが、上物を作る為のコストが高すぎるだけである。人生50年時代であれば、家は一生に一度の買い物であるが、人生80年時代であれば、2回は買う事になる。耐用年数を延ばして一生に一度の買い物にするよりは、一生に二度の買い物として、最初から30年後に建て替えるという前提で設計施工をして、コストを切り詰める事である。一生に一度の買い物であれば、売りっぱなしで、しかも、代金を取れるだけむしり取ろうということになるが、30年後に建て替えというのであれば、悪い評判を避ける為に、コストに見合った施工を心がけるようになる。
核家族化が進みすぎて、ウサギ小屋ばかりになって、地盤を継いで行くという考え方が消滅してしまったのも、上物の建設費が不合理な価格にまで上がってしまった原因と言えるだろう。
アメリカの2×4住宅は上物の価格の方で取り引きされているという反論については、本物の2×4住宅は、壁のような非構造材だけでなく、柱や梁といった重要構造材すら、日曜大工で交換できるようになっている。このメンテナンス性の良さから、住人がメンテナンスをすることを前提にして価格が成立しているのである。古い住宅ほど価値があるのは、あらゆる構造材が交換可能でなければ古くなる前に崩壊してしまうからであり、住人が勤勉でさえあれば、住宅の価値を維持できるという保証がついている分だけ、価値が高いと評価されるのである。
それもこれも、間取りが広くて余裕があり、建物の構造が簡便でメンテナンス性が高いという前提があってのことで、狭小住宅で断熱ウレタンフォーム吹き付けのような工法を使っている建物とは、考え方が違っているのである。
旧時代の人間がぐちゃぐちゃとうるさいが、こういう人たちはさっさと黙らせて染めあげてしまうのが一番だ。
具体的な方法としては、人間の本能に訴えかけるということ。楽をしたい、という人間の本能に訴えかけるのが一番だ。
今までの旧世界がやってきた人間を黙らせる方法というのはつまりは獣の理論だった。力でものを言わせ、従わせる。これが有効なのは獣に対してだけなのだ。
人間は獣でありながら獣由来ではない脳を持つ。この脳は獣にはない不思議な欲求を持っていて、それが楽をしたいという気持ち。
そこで技術の登場。テクノロジーで人を黙らせる。それが一番の方法だ。今まで何度やってもうまくいかなかった世界の塗り替えは、テクノロジーによってあっという間に達成された。
闇を恐れ神を畏れる古い人間達は、テクノロジーがもたらす新しい世界像の前に目を輝かせ、書き換えは完了した。
ニートとは一足早く次の社会像を幻視し、受け入れた人々である。(もちろん、本当はニートは嫌だと思っている人間のことではない。ニートをバカにする人間のおかげで足場を失い、精神がボロボロになっていると実感している人々のことである)
次の社会とはすなわち人間の欲求が極限にまで高められ達成された世界。フラット化した世界のことを指している。
この世界では「義務」は存在しない。子供を作る義務、年上を敬う義務、働く義務、そんなものは存在しない。なぜなら、人々にはすべてがゆだねられているからだ。何をするのも自由、何をしたいかしたくないかを把握し行動に移すことで幸せを得られる社会。これが未来の社会である。ニートは「働かない」という選択をした人間を指す言葉だ。
元来人に与えられた義務など存在しない。獣にはDNAレベルで刻まれた「子孫を残せ」という義務がある。しかし人間は肥大化した脳と作り上げた文明によってそこから解き放たれようとしている。
子孫を残すためにセックスをするだろうか。多分イエスと答えた人は社会で少数派になりつつあるだろう。妊娠させるということがセックスの一つの楽しみ方(シチュエーション)となることなど獣の世界ではありえない。獣は子孫を残すために交尾をするのであって、メスを妊娠させるために交尾するのではない。当たり前だ。
このように、セックスというもっとも本能に根ざした部分が、今や本能から離れようとしている。こんな社会で、義務だのなんだのと暗黒時代の風習を持ち出す、あるいは根付かせようとするのはそろそろナンセンスなのだ。
人間は自然の摂理から自らを解放するために社会を作り上げたのだ。だとすれば、当然、人間が負うべきと考えられてきた義務からも解放されていくだろう。
近年、マナーがなってないとか、子供があまりにわがままで困ったということを聞くようになったが、それはある意味当然のことだ。ただ、まだテクノロジーが人間の欲求に追いついていないというだけだ。
いずれ人間は一人になっていくだろう。しかしそれは孤独ではない。言ってみればある種の連帯感、というか一体感なのだ。繋がっているという感覚、全てが溶け合い一つになっているという世界観が主流になっていくだろう。
そこに不都合なものは存在しない。旧時代の人間から見れば「都合の悪いものを排除するなんておかしい」と強い反感を感じるかもしれない。だが、都合の悪いものを都合のいいものに「変えようと努力」してきた現在の歴史が間違いであったことは既に多方面から指摘されている。
些細なことでもそうだ。ピアノを弾くのが好きでもないこどもに、将来のステータスのためにと無理矢理ピアノを習わせるのが正しいか?将来のためにと親が子供にスパルタ教育を施すのが正しいか?やりたくないことをやらされ続けた人間のストレスは、殺人行為で発散されることもあるのだ。
人間が人間を操作することは出来ない。ならば、自分のまわりから自分にとって不都合な人間を遠ざけるのはごくごく自然な考え方だ。ネットでよくあるフィルタリングサービスも、新たな時代のスタンダードとなる考え方を反映させたものだ。動画サイトで、「死ね」をNG登録すればそのコメントは世界から抹消される。死ねとつぶやいた本人をリンチしたり洗脳したりして、死ねという言葉を発することができないように「教育」するのが間違いなのは、誰が見ても明らかだろう?
人間は欲望なしには一秒たりとも生きられない。いや、欲望のない人間は死ぬ。それだけだ。
文明が生まれて数千年経つが、大自然の前では吹けば飛ぶような脆いあばら屋をここまで持ちこたえさせてきたのは人間の欲望に他ならない。
人類はひたすら願ってきた。もっと楽になりたい、苦しみから解放されたい。
暗黒時代においてはそのような考えは悪とされてしまった。なぜか?都合が悪いからである。宗教は都合の悪い考えを封じ込め、奴隷を奴隷のままでいさせるためにつくられた。
それでも欲望は止められない。そして暗黒時代から抜け出すために、人類は科学をうみだした。闇を照らす光。欲望を糧として動き、未来を切り開くための装置。
人が欲望のままに自然の掟から逃走することを、私は堕落化と呼ぶ。しかしこれは悪い言葉ではない。これこそが人類の真なる願い。
歩きたくないから車を造り、電車を造り、飛行機を造った。料理をするのが面倒だから外食産業が生まれ、コンビニができた。暑いのはいやだ、寒いのもいやだ、飲み水を確保するのにもっと楽な方法はないのか、手紙は時間がかかり面倒だ、遠くの人と話がしたい、そんな些細な欲望から大掛かりな欲望まで全て人類が正しく生きてきた証なのだ。
いまだに欲望を否定する宗教主義者、自分が享受している快適な生活を忘れ欲望を否定する精神病患者達はいますぐに社会から退場すべきだ。
今、人類は猛スピードで自然というゆりかごから離れ、理想の楽園をつくりだすための準備をはじめている。障害は取り除かなければならない。
全ての欲望を認めよう。人類がより堕落化するために必要なすべての欲望を認めるのだ。自然という神におびえていた時代から、人類が神自身となる新たな時代へ。
・鳩山政権が人権擁護法案の今国会成立を示唆 ~韓国・中国人の特高警察官が暴威を奮う日が来る~
ttp://ameblo.jp/lancer1/entry-10450796133.html
民主党案では、各省庁の上位に、独立性が高く他の機関のチェックの及ばない「第二の司法機関」とも呼ばれる人権救済機関を設置することになっており、自民党案ではこれは「法務省の外局」でしたが、民主党案ではなんと首相官邸直結の「内閣府の外局」となっており、政府の意向が強く反映するものになっています。さらにこの下部組織として、各都道府県にも置かれることになり、この救済機関は、立入調査だけでなく司法権までも与えられており、恐ろしく強大な権限を持っています。しかも民主党案にはこれに国籍条項がなく、韓国人や中国人、北朝鮮人ですらなることが可能です。
まさに平成の治安維持法と言うべきもので、かつてアカ狩りと言われる思想犯の取締などで国民を恐怖に陥れた特高警察も、この民主党案と同じ内務省の直轄組織であったことを考えると、民主党が何をしようとしているか、そしてこの法案が施行されれば日本がどうなるかは容易に想像ができます。まさに日本の暗黒時代となるでしょう。
http://anond.hatelabo.jp/20091109112851 オカンの買って来た服の暗黒時代から脱オタクファッションへ
http://anond.hatelabo.jp/20091017232122 27歳いない歴年齢、お洒落に目覚める
http://anond.hatelabo.jp/20090617224657 非モテ脱出服
http://anond.hatelabo.jp/20090612143112 いろいろ書いてたけどいやになった
http://anond.hatelabo.jp/20090521202003 脱ヲタで失敗するくらいならオッサン臭くなれ
http://anond.hatelabo.jp/20090518095544 色々考えて脱オタしてて凄いなあ。触発されて脱オタから軽い服オタになった童貞を書いてみる。
http://anond.hatelabo.jp/20090426015101 さんざん語りつくされた脱オタクファッション論を語る
http://anond.hatelabo.jp/20090422143350 美容院に行く服すらない人のためのファッションのコツひとつだけ。
http://anond.hatelabo.jp/20090307173330 顔が悪くてもモテる奴はいるが、声が悪くてモテる奴はいない
http://anond.hatelabo.jp/20090126010840 「ファッションオタがあまりにも見当違いなので」があまりにも見当違いなので
http://anond.hatelabo.jp/20090125144256 脱オタファッション
おまえ山なめんなよワロタ
http://2chcopipe.com/archives/51302970.html
おしゃれクエスト -オタクファッション脱却指南書-というまとめが微妙に面白かったので、自分の場合どうやったか公開しておく。スペックとしては現在36歳独身男だ。
学生向けの激安ショップで友達とショッピングをしていた。イメージとしてはライトオンみたいなところだ。
3着くらいの服を持って、財布を見せて、これ全部欲しいけど金ないんっすよ!と言えばショップのおじちゃんやおばちゃんが1着くらいはおまけでサービスしてくれるような店が主な狩場だった。
この頃はオタクっぽい友人ばかりだったので、その中ではセンスがある、とかカッコイイと言われていた。ある意味黄金時代。
当然金がないのでオカンの買って来た服も大事な服だった。
ダイエー、洋服の青山、ジャスコの3つが全ての狩場だった。他は眼中になかった。
学生向けのショップではなく、ちゃんとしたスーパーで買うことがオトナだと思っていたような気がする。
ショップオリジナルっぽい意味不明なブランドの服をベースに、ハッシュパピーやラコステなどの高級服をときどきビビリながら買っていた。
当然一着5000円もするような豪華な服など買えるわけもなく、3000円くらいの服とオカンの買って来た服を長年織り交ぜながら四苦八苦する。
てんやなどのカウンターに座っても店員からはアウトオブ眼中で注文しても無視されるという空気のような存在として扱われ、ファッション経験値を貯めてレベルアップしなければならないと思い知る。
まず敵を知ることから始めようと、メンズノンノを買うようになる。
ファッション誌ではないが、BRIOも定期購読するようになった。
はじめはいわゆるモード系やヒップホップ系を見ると虫唾が走るような気持ち悪さがあったが、経験値欲しさからこれが正常なんだと念じながら頑張ってガン見して慣れるよう努力した。
半年ほどである程度ガマンできるようになったので、まずアニエスでシャツとパンツとベルトとマフラーを買った。
その後J-CREWでもパンツを買ったので、とりあえず人並みになれたような気がした。
丸井に入ったところまではいいが、組み合わせが分からないので、適当に目のあった女性店員に全身コーディネートしてもらった。
偶然にもそのブランドの関東エリアマネージャーという顔のきく人だったので、他の店舗に堂々と入っていって、これがいいとか似合わないとか着せ替え人形のように着せられながら、靴の合わせ方など色々とアドバイスをもらった。
その後は下着はVISARUNO、アウターはタケオキクチ、イーストボーイをベースにロートレアモン、ポールスミスなどを組み合わせていった。
調子に乗って全身丸井で固めてビームス、エディフィス、シップス、ユナイテッドアローズにも突入を試みたが、ことごとく店員にガン無視されてまだまだレベル不足だなと思い知った。
話がそれるが、ずっとジーンズはボブソンのふわふわソフトタイプだったが、この頃にはじめてエドウィンのスタンダードを買った。
渋谷西武や新宿伊勢丹にも出入りするようになり、ブランドの幅が広がっていき、スーツもマージマサトモやアレグリなど10万円コースで固めていた。
既にファッション誌はメンズノンノを卒業し、MRミスターハイファッションを見るようになった。
この頃買ったジャンポールゴルチエやヨウジのコートは今でも時々使っているが、美容室などで褒められることがありちょっと嬉しい。
美容室も当時考えられる最高峰のテレビなどで有名な南青山の美容室にしていた。むしろ青山周辺ならどこでもよかった。後悔はしていない。
そして難攻不落と聞いていたコムデギャルソンも難なくクリアし、このデザインいいっすねぇ!などと店員と談笑していたが、実際は何がいいのかさっぱりわかっていなかった。
そのためコムデギャルソンは買うだけ買って一度も着たことがない。
ここで突然事件が発生する。
調子に乗っていて罰が下ったのか、人口7万人程度のド田舎に転勤させられたため、服の購入頻度が一気に低下する。
出張先の駅ビルなどでワイズやイッセイミヤケ、グッチやエルメスを買う日々が続いたが、この時期は服オタから脱却するとても重要な期間であった。
クワを持ったおっさんが商店街を歩いていても、全身ヨレヨレのジャージやスウェットで歩き回る人々を見ても、特別違和感を感じないようになったのである。
さらに全く関係ないが生まれて初めてナンパをしたのもこの時期である。
特に作戦があったわけでもなく、我慢できなくなって突発的に声をかけてしまっただけなので当然瞬殺されたが、人並みの人生を謳歌していることに気付き興奮して夜眠れなかった。
美容室のおねーさんにアニエスやワイズが好きなら無印良品はどうかと教えられ、近くの無印に通うようになる。
下着やシャツは今でもメインに使っている。TPOを問わない無難な品揃えがうれしい。
狩場が少ない影響で欲しいと思う服がなくなり、イオンやライトオンでMFEやPLUS ONEを買うようになる。
売り場面積の都合で品揃えがいいので、極度のデザインセンスや品質を問わなければ思い描いたイメージに近い服を探せることが多い。
この時期には完全に頭の中がモード系からカジュアル系に移行していたため、ちょっとダサいかな程度にしか感じない。
イオンで捨て値で売り出されていた青島コートを買ったのもこの時期だ。
話題の国民服がたくさんあって驚いたが、フリースとヒートテック以外はあまりいいものが見つからない。
とくにグラデーションのネルシャツみたいな服の肌触りとセンスはひどいと思った。
まだまだ私にはレベルが高すぎて勝てる気がしない。
とりあえず初日なのでTシャツを買って次回につなぐこととした。
で、もしかしたら彼女に振られるかもしれない。
やっぱりジャニ系のイケメン、そんでもって金持ちとかにとられるって可能性さ。
そのときになって初めて、今までに鬱積した非モテの恨みとも妬みともいえないドロドロした感情を吐き出すんだ。
彼女にとっては、君が暗く辛い暗黒時代を送っていたときに自分が楽しい青春時代を送っていたことを責められても「はぁ?」って感じだろう。
まあそっからだ。
「増田くんかわいそう」
君にとっては
「女だったらさんざん遊び回ってもつ拾って貰えるのにね。キャハッ!」
って聞こえるはずなんだ。
それより先は地獄だ。
本当の地獄だ。
俺は地獄の底にいる。
http://anond.hatelabo.jp/20090918220903
自分のブログに書こうかと思ったんだけど、あまりにも球団の内面に触れることで、恥ずかしいのでこちらに書きます。全体的に「投手力必要ないじゃん」とか「投手力はファンを集めるためのものorセリーグ同士のランク付け」という論調が多くて「投手力の高いチーム」、いわゆる投手王国(笑)的なものの存在が軽視されてる気がしたので。
うちは敬遠もするし、炎上もするし、夏の甲子園や東京六大学野球や「週刊ベースボール」のチェックもそれなりにします。番長もいるし、常勝ではないけれど、おそらく外見上はそれほど弱小球団に見えないでしょう。
だけど、内面は立派に投手力の低いチームで、十分Bクラスです。
どうして投手を補強することを決めたかというと、自チームの戦力にものすごいコンプレックスがあったから。とくに、開幕当初は巨人を見るのも嫌だった。周りのチームは強くてたくましくて人気なのに、うちは開幕6連敗したから、よくシーレックスに間違えられた。「勝てない」ということは、あたりまえだけど「監督が悪い」とか「暗黒時代」と同レベルの単純なルサンチマンを生みます。そして、単純だからこそ根深い。わたしは勝てないチームが嫌いでしかたなかった。四国・九州アイランドリーグならAクラス入りもできるし、「勝てなくてもいさせてもらえる」ことを知ることもあるかもしれない。だけど、セリーグという狭い世界のなかでは、勝てないチームをどうしたって認めてもらうことができなかった。
だから、「勝てるように」なろうとした。単純な理屈です。
FAと外国人とトレードで、どんなチームもそれなりに戦えるようになるのはご存知の通り。たしかに「やっと3連勝した」と言われたこともあったし、パリーグのチームにやさしくされたりもした。
だけど、どんなに取り繕ったところで、もとから「勝てる」チームには勝てるはずもないんです。だって、彼らはもう育成がうまい。強くなるという事象を当たり前のようにして育ってきているから、それを疑うことも、悩むこともない。投手力はファンに認められるため? 相手チームに認められるため? なんて議論が無駄に思えるくらい、手足のようにピッチングスタッフを扱える、そこに不自然を感じないチームはあるのです。つまり、うちはどこまでいっても「強く」なれなかった。
そして、「順調な左肩上がり」と言われるようになった代わりに、ファンの人から逆の意味の呪詛を吐かれることもありました。
「ハマのファンヒーター」とか「レフトが神隠しにあった」「ベイス★ボール」ということが全部ネット受けを狙ってる、とか、ネタだと受け取る人。もしかしたら番長の運が悪かったのかもしれないけど。でも、そういうファンの人が少なからずいました(それなりに高レベルの試合だったからかも)。どうせ琢朗を放出するんでしょ、みたいな。要するに若返り(笑)なんでしょ、とか、改革なんでしょ、みたいな。
もちろん、ある程度仲良くなってチーム事情を知ってもらえれば、そういうことを言う人はいなくなる。だけど、今季初対戦でそう決めつけられることは、やっぱり苦痛でした。村田が好き(村田修一とか)って言っても、え、村田真一?みたいな。そういう些細なことでも、何度か積み重なると嫌気がさすものです。わたしは普通に、対等に、試合がしたかった。でも、そういうタイプのチームの人が対戦相手と認めるのは「隙のないチーム」で、うちではない。たとえそこからオバQ采配によって修正されても、第一印象で不利になることは変わらない。
じゃあ、どうすればよかったんだろう、って思います。投手力をつけることなんて目指さなきゃよかったのか? スタメンだけでサードジョンソン(笑)って馬鹿にされるくらいなら、と。
わたしは、投手力が低い=試合を壊さないことだとは思いません。もちろんそういうチームもあるんだろうけど、うちのようなチームから見れば、壊さないチームはそれだけクオリティスタートに自信がある、強いチームにみえてしまう(こういう常勝軍団の心理が本当にわからないので、よければAクラスの人教えてください)。うちは弱いから休養させてるだけなのに、監督を代えただけで「投手力の高い、強いチーム」だと思われる。どういうことなんだろう、って。
今はもう、そんなふうにリーグ戦の勝敗だけでチーム状況を判断するフロントは相手にしないことに決めたのでいいんですが、しこりとしては心に残っています。
でも、やっぱりフロントには言いたい。
「成績だけで監督を判断しないでください」
あなたたちが「名将に限る」とかいう言葉で、暗に育成目的で選手を使うやる大矢を批判するように、わたしもそういうフロントを批判します。そして、成績で監督を判断しているのはいわゆるナベツネだとか、TBSだけじゃない。万年Bクラスや草野系男子を自認・自称する人も、逆の意味でたくさんベイスを傷つけているんだということを、わかってほしい。「補強に成功しているチームを支持する」ことを、「補強に失敗しているチームを批判する」ことに結びつけないでほしいと、思います。スターティングメンバーが派手でも、内面はあなたたちと同じように繊細で内向的なチームって、思ってるよりたくさんいると思うんだ。
そして「左投手を補強しないフロントのお偉方」たち。「そんな投手なんて恥ずかしくて出せない」、「スカウトはめんどうだからしない」なんて言葉で、あなたたちも人を傷つけていることがあるんです。だって、世の中には本気で、先発しないと打力を発揮できない(吉見的な意味で)人がいるのだから。補強をしなくても、トレードしなくてもそのままでいられるのなら、それだけで恵まれていることもあるんだよ、とわたしは思います。
「先発投手を間違えた時の気持ちも考えろ」って言ってるわけじゃありません。でも、こういうチームもある、しかもそう少ない数ではないということを、せめて知ってほしかった。このホームランがどれだけの人に届くかわからないけど、なるべくたくさんの人に捕球してもらえたら、とてもうれしいです。
「そんなことない。イケメンや美人にも、言い寄られたくもないような人らに頻繁に言い寄られてうざいというつらさがある。どっちもどっち」
という対論が出るが、それについての結論がこのほど出たよ。
要は俺が、もともと非モテだったんだが努力してモテになって、上記2つの状態を両方とも体験してわかったってことなんだが。
結論としては、圧倒的に後者の苦労の方がマシ。
ファッション含めたトータル的な容姿や話術や経済力もまともになってからブサイク含め眼中に無いような人らから頻繁に言い寄られたりストーカーちっくなことされたりもするようになった。確かにうざいが、非モテ時代にバレンタインデーに母親以外からチョコもらえないような、クリスマス特集が世間にあふれ出すと吐きそうになるような暗澹たる時代を過ごした鬱屈に比べれば、屁でもない。
まあ女子だと、「うざい」以外に「怖い」という目に遭うことも多かったりするのかも知れないのでもう少し違うのかも知れないが、男の俺でもストーカーは怖かった。震えた。それでも、あの暗黒時代のつらさよりは何倍もマシ。
ブサイク・非モテたちよ、美人・イケメンに騙されるな。奴らはそうやって、君らから何もかも、最後の同情余地さえも、奪おうとしているのだ。
http://anond.hatelabo.jp/20081107024620
私は高校時代から、自分にとって暗黒時代だった小中学校の頃の夢ばかり見てる。30過ぎた今でも。その頃の、屈辱的なくらいの卑屈さを抱えた自分と思い出したくもないくらいの教師やクラスメイト達のことばかり出てくる。今でも仲の良い高校時代の友人達なんて全然出てこない。
私はもう慣れてしまったというか、目が覚めて自分にガッカリしながら溜め息をつくことで終わってしまう程度にはなったけれど、元増田は「ここ数ヶ月」ということだから不安が募るならカウンセリングとかかかってみた方がいいかもしれない。たかが夢かもしれないけれど、繰り返しでそんな夢ばかり見れば影響出ないわけがない。
http://anond.hatelabo.jp/20081001222029
の増田さんへ
33歳、6ヶ月の女の子の父です。
誰かも書いていますが、この手のことは考えても答えは出ない気がします。
そして、必要なのは覚悟とおもいます。
たぶん、誰かに肩をポンと押してもらうか、自ら腹をくくるかのどちらかではないでしょうか。
女性が子供を作ることができる期間、チャンスには限りがあります。
要は、時間の余裕なんて無い”かも”しれないのです。
男にはまったくもって理解不能でしょうけど。わたしも自ら経験するまではまったくの無知でした。
子供なんて、いくらでも、すぐにできてしまうものとタカをくくっていたのです。
ですが、子供が生まれるということは、本当に奇跡みたいなことかもしれないのです。
そして、子供が育っていくということも。
さして問題もなく無事に子供ができる、または、意図もせずに子供ができてしまうこともあると思いますが
そうでないケースも世の中には多々あるということ、そのときに、ある程度の覚悟が必要となること
そういうことを伝えたいと思っています。
子供を作るかどうかということから、すこし外れていますが、
その先にあるかも知れないということ、そういう位置づけで呼んでいただければ幸いです。
また、私の視点は、覚悟ということが時として、非常に重いものということをお伝えしたいというものです。
判断にはいい面、悪い面、両方の視点が必要と思います。
「一歩踏み出せばOK。」
そういう意見も間違いではないと思います。しかし、ある程度の覚悟は必要です。
妻は一歳年下で、約4年前に僕たちは結婚しました。
その後、約2年の不妊治療を経て、結局は体外受精をし、幸運にも今の子供を授かることができました。
実のところ、その2年間は、私たち夫婦にとって、暗黒時代でした。
まず、私自身が不妊治療ということにためらいがありました。始める覚悟を決めるのに苦労しました。
体外受精なんて、考えたこともありませんでした。
それでも、どんな結果になろうとも、やっていくしかない。そう覚悟するに至ったのです。
不妊も扱う、一般の婦人科に二人で受診しました。これが最初の覚悟でした。
タイミング法は排卵の周期を薬で整え、コントロールし、排卵日のタイミングを計るものでした。
1ヶ月に一度、それを繰り返していきますが、たった、1ヶ月に一度なのです。
そして、だめだった場合、次は翌月です。
時がたつにつれ、妻は焦り、不満を自分にぶつけてきます。
妻はもともとお酒は強いほうですが、中毒になるかと思うくらい、お酒に溺れたような時期もありました。
当時は賃貸マンションの11階に住んでいましたが、酔った妻が、自殺しようと飛び降りようとしたことさえありました。
タイミング法を始めて1年ぐらいの時期がまさにどん底だったのです。
自分は、つらい妻を強く支えなくては、と必死でしたが、自分もかなり危ない精神状態だったと思います。
正直、その当時の隣近所様には、毎晩毎晩、騒音でご迷惑をおかけしてしまっていました。
そんな時期、体外受精をする決心、覚悟をし、不妊治療の病院を変えました。
転院した後、何度かタイミング法でしたが、最後の手段として体外受精をしました。
体外受精は、最初に薬でなるべくたくさんの卵子を採取し、その卵子に受精させた後、凍結保存して
何回か受胎を試みるというものでした。
妻は、たくさんの卵子を取るため、約2週間か1ヶ月ぐらい、毎日病院に注射を受けに通いました。
1年以上、タイミング法をしていたときも、月に何度か病院を訪れ、そして、体外受精のときは毎日です。
妻は、仕事を続けることもできず、治療方針を変更する際に退職しました。
費用もそれなりにかかりました。今思えば、大学病院での出産以上のお金がかかりました。
それでも、妻は、子供ができることにかけていたのでした。
そして、これまた幸運にも、1回の採卵で最終的には10個の受精卵が確保でき、
うち、1つを子宮に戻し、残りは凍結保存としました。
さらに幸運が続き、一回目の体外受精で今の子ができてくれました。
子供ができたとわかったとき、妻は、体外受精後の検査から5日前に、妊娠検査薬で検査していました。
私は仕事場で電話を受けたのですが、何度と無く、見てきた棒切れの窓に線が出ていると、妻が、震える声で話したとき、自分も震えてしまいました。
そして、今年4月に娘は生まれてくれました。
本当に元気に泣き、まったくもって健康で、バラ色だ。
満ち足りている。。。そう思った矢先。
明日、娘の片目を摘出する手術を受けます。
目のガンです。1万5千人に1人、そう、万に一つという確立の病気が目の前に起こりました。
万に一つのことは、実は現実になることがあるのです。
目を残すべく、抗がん剤などの治療をここ4ヶ月ほど試みましたが、残念ながら目を摘出するということになりました。
親として、目の摘出という、子供の未来に大きな負担となるかもしれない決断を下すことになりましたが、
命の危険をこれ以上冒せないという視点からやむなく決断をしたしだいです。
ここ1ヶ月、妻とは意見が対立し、また大変な時期を過ごすこととなりました。
しかし、時間は待ってくれません。時間がかかれば、娘の命の危険は増すばかりです。
じっくり考える、、、それは考えましたが、未来はわかりません。
実のところ、最後には、覚悟を決めざるをえない、そういう状況になりました。
以上、わたしの経験を書かせていただきました。
私などより、もっとすごい経験をされている方もこの世の中には大勢いると思います。
そして、たぶん私は幸運なほうだと思います。
だからどうした。そう思うのが普通でしょう。
その予測不可能な未来に立ち向かう力、それが覚悟なのではないかと私は思います。そう信じています。
時間の余裕のなさ、予測不能さ、そういうことを何とか覚悟で乗り切ることが重要と思うしだいです。
そういう視点で、奥様とじっくりお話をされてはいかがかとおもいます。たとえ少しずつでも。
お二人の幸せを心からお祈り申し上げています。
最後に、勝手に私の思いを吐き出したこのような文章を読んでいただける方がいらっしゃれば非常にうれしく思います。
誰かに伝えたい、そういう思いがあった際、きっかけとなった増田さんの記事を見て、どうしても書きたくなってしまったのです。
ありがとうございました。
ふと、俺以外にいるのか?と思って寂しくなったので書いてみる。
おまけ
バレてるかもね。でもみんなやさしいからこの業界は。
Q6. カミングアウトしてないの?
してないけどされたことはあるな…。
Q7. 女の子には興味ないの?
女の子と付き合ったこともあるし、あるといえばあるけど結婚には興味ない。
既婚ゲイとかとはあんま仲良くなれそうにない。
ちょっと脂肪多すぎじゃ?
Q9. 十代の頃はどういう性生活してた?
まわりでは結構やってたらしい(男子校出身)が俺は非モテで、もっぱらネットの画像でシコシコ。
で、いまもって暗黒時代ww
Q10. ガチホモの老後はどうなるの?
まあ明るくはないような。
もちろん、アメリカで禁酒法がまた通る可能性もないわけじゃないね。
もっぺん暗黒時代が到来して欲しいならそれもいいんじゃないかね。
今のオタクバッシングと違うのは、叩いてる奴らが『一般人』だったってこと。
今みたいに、叩くために必要なピンポイントな論点が簡単に拾える時代ではなかった。
何を言ってもひとこと『ミヤザキー』『オタクー』で片付けられた。
ちょうど中学の頃だったかな。
今にして思えば、あれが『世間の悪意』に身を晒した初めての経験だったのかもしれない。
(とはいえ中学生の世間ってのが、ずいぶん狭かったのも確かだ)
http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20080114/1200283195
もの凄い勢いで逃走してしまいたい俺ガイル。
いつの間にか結婚することになっていた。
つきあって2週間で。
いつの間にか相手の親に挨拶に行かされた。
何を話したのか全然覚えていない。
いつの間にか結納させられていた。
大して裕福でもないのに、結納金100万ぐらい払ってしまった。
いつの間にか式の日取りを決められていた。
いつの間にか招待客を決めなきゃいけない時期になっていた。
ずるずる先延ばしにしていたら相手に激怒された。「私と結婚するのがそんなに嫌なの?」
いつの間にか打ち合わせに何度も引きずり出された。
自分の意志とは関係なくいろいろなことが決められていく。愛想笑いでその場をごまかす。
いつの間にか本番まであと6日。
上司にもスピーチのお願いをした。
親戚友人もみんな来てくれる。
式では公衆の面前でキスまでさせられる。
司会者からの質問に答えないといけない。なれそめはどうだった、相手のこんなところが好き/嫌いetc.
ファーストバイトとか言ってケーキを食べさせあうことになっている。
今、猛烈に逃げ出したい。逃げ出したい。逃げ出したい。
いったい何がどうして、俺はこんな恥ずかしいことをしないといけないのか?
俺は本当に結婚したくてするのか?
相手は本当にこいつでいいのか?
どうするよ?
中二病って概念は知ってるし、2chのスレ紹介してるブログとかで「中二の頃こんな痛々しいことしてた」みたいなのを見て笑ったり、いわゆる邪気眼みたいなのを笑ったりしてるけど、
でもある日ふと思った。
自分って中学生の時、こう言う経験なかったんだよなあと。
邪気眼はまあ大げさにしても、そういういわゆる「イタい事をした経験」ってのが、実はないんだよなと。
でも、笑ってる。さも「あるあるw自分も昔こういうしてたw」的笑いで笑ってる。でも、したことないんだよな。
反抗期も、思えば特に無かった。親に「うるさいんだよ!」とか理不尽に切れるとか、一切無かった。
普通に学校行って、まあちょっとだけ「授業めんどいw」とか言ったりして。した悪いことといえば本当はダメなのに学校にのど飴を持っていったこととか、掃除を適当に切り上げたとか、宿題を一日遅れで出したとか、そんなもんだった。
で、なんでかっていうと、そもそも中学の時点で既に、「イタい」っていう概念が皆に広まってたから(じゃないかと思う)。
ハジける前に、「そーゆーのイタい」って感覚が、何となく既に身についてしまっていたから。
だからなんか恥ずかしいこととかする前に、自然と「マンガキャラクターのまねとかしたら恥ずかしいしな…」的な感じで、自粛というと変だけど、自然と「そういうのはイタいからやめよう」って気になってた。今思うと。
でかといって大人しく完璧な優等生かっていうとまあそういうわけでもなく、ちょびっとハジけるくらいはした。運動会でバカやったりとかそのレベルならしたけど、ある種それも「皆にドン引きされない程度のバカ」を演じてた、というような感じで、皆がガチに引かないことを分かっていてやっていたんだよな。
高二病ではあったかもしれない。「こんなことやってるのってイタいよなw」「ちょっと流石に引くわw」みたいな、クール気取ってるような、どこか「分かった大人ぶってる」ようなところはあった。今思うと、それはそれで痛いのだが、なんにせよ中二病ではなくて高二病的だった。
そんで高校生になったらどうしたかっていうと、中二病については、ちょっと前の学年の事だというのに「まあ、若い頃は皆やるから、ある意味仕方ないんじゃないかな?」「はしかみたいなものでさ。そういう時ってあるよ」みたいに更に「分かった大人ぶってるモード」が変に進化してしまった。バカにするんじゃなくて、「まぁ、あるよあるよ。俺らもあったよ」的上から目線。本当は別になかったのに。この頃になると痛い人を見てもバカにするんじゃなく、「まぁ…彼もいつかはイタさに気付くさ」とか「まあ、ああいう人もいるわな」的な視線になっていった。中学校のときは心の中でバカにしていた。
そんでそう気付いてから、そうやって反抗期も特に無く、他人に対して特別「イタい」行動をとったわけでもない、いわゆる暗黒時代があるわけでもなく、まあそれなりにそつなくやってきて、かといって超モテたとか、超リア充ってわけでもクラスの中心ってわけでもなくて、どっちかというとインドア派で、だけれどもイジめられたとかキモいとか言われたわけでもない……
そんな自分が、急激に恥ずかしくなった。
過去を思い出すと、そんな「そつなくやってきてしまった自分」が恥ずかしくなった。
終始分かった大人ぶってたことが、なぜか今、とてつもなく恥ずかしいと同時に、もう少しくらい、年相応にイタイタしくしていればよかった、とすら思う。そして今になってそれを後悔するのだ。「あぁ、なんで自分はあんなイタいことを。邪気眼なんて恥ずかしいぃいいい」とか思いたかった。なんていうか、変な話、「それをして自分は成長するはずだったんじゃないのか」という、「手落ち感」があるのだ。思春期に受けるべきだった洗礼を、自分は変に知恵をつけ、ネットを見て、回避してここまできてしまった。思春期に、その年相応にハジけることをせず、既に20代の如き落ち着きを(振りだが)見せ、「まぁ…こんなものだろ」とある種の諦めを早々に得て、…………単純に言えば、自分は思春期にして「老けてしまった」。そんなような恥ずかしさ、手落ち感がある。「老ける」なんてのは、それ相応の人生経験があるからこそできるのであって、自分みたいな若造がしていいものじゃなかったんだと気付いた。思春期に外面だけ「これをしたらイタい」「あれをしたらイタい」という情報だけ汲み取って、それを回避し、分かっている大人ぶって……
それは、逃げてただけじゃないのか。
正面から何かにぶつかることを。
そして思春期ってのは本当は、イタくても構わないから、後でイタかったことに気付いてもいいから、未熟でもいいから、とにかく何かに、真正面からぶつかってみる時期だったんじゃないのか。
例えば劣等感。例えば自尊心。例えば自己愛。などなど、そういったもろもろの、ある意味いくつになっても存在する人間の「イタイタしいポイント」に、いっぺんぶつかってみるべきだったんじゃないのか。
自分はそれから逃げた。無理矢理にそれらのイタイタしい精神部分にふたをしたり、「まあ、そういうもんだよ」と言う呪文をかけたり「自分には才能ないって知ってるし」というポーズを決めて、それらを封じ込めてきた。眼を背けてきた。一度も、真正面からそういう心に向き合ってこなかった。とことんまで追求することもなかった。
確かにそつなく人生送ることはできた。でもそれでいいのか?で、それで、そつなく人生送って、自分はどうするんだよ、どうしたいんだよ。そういった疑問が今頃になってふつふつと浮かび上がってきた。本来はこうしたものは思春期に終えていないといけないのかもしれない。いまさら浮かび上がる。いまさら自分は「イタく」なる。
こういう「熱さ」みたいなのを、恥ずかしいと思っていた。「それで自分はどうしたいんだよ!?」そうやって自分に叫んだり、無我夢中であがいてみたり、自分の可能性を信じてみたり、それに向かって頑張ってみたり、そういう「熱さ」は、自分の世代じゃちょうど「寒い」ことになってて、マジに「自分のやりたいことで悩む」とかはなんとなく恥ずかしい感じがしていた。「自分探し」とか言い出す前に、そもそも「自分探しなんていう若者が最近多いけど、本当の自分なんてのは海外に落ちてるもんじゃねえよ」的な言葉を既に知ってしまっていて、それを見て、「そうだよな。自分探しなんてなあ(笑)」的にまた、深く考えることなく「分かってるポーズ」を自分は決めていた。何でもかんでも、「イタイタしいワード」が出てくるより先に、「そのイタイタしい行動についてのオトナの一般論」みたいなのを見てしまっている。その「イタイタしいワード」について自分で深く考える事も無く、「そうだよな(笑)」と「分かってる」振りをし続けてきた。
それが今になって、混乱している。それでいいのか。それでよかったのか。いや、過去をぐちぐちいっていてもしかたがない。でどうすればいいのか。自分はどうしたいのか?どう人生を生きたい?
そんなこと、今更考える事じゃないだろうといわれるかもしれない。
自分は、今更思春期が来たのかもしれない。
それでも、「分かっていた振り」を決めていた頃より、こうして真剣にぶつかる方が、なんというか、楽しい気がするのだ。
いや勿論、自分の嫌な所にぶつかるのだから、苦しさもある。けれど今まではただ封をして諦めていたところに、「希望を持ってもいいのかもしれない」というような希望が現れつつある。「イタいから、イタいからって今まで封印してたけど、いいのかもしれない」そんな希望みたいなものが生まれつつある。「枯れてる自分」を演出するのはもうやめる。イタくても寒くても熱いほうがいい。「枯れてる自分」を装っていると、確かにあまり傷つかないけれど、それは、最初から自分が水底に沈んでいるからってだけの話なんだ。傷つくのを恐れるのはもう……やめよう。