はてなキーワード: 吉本とは
爆笑問題は、水が合わないのか今まであんまりちゃんと見てこなかったのだが、飲み会終わって帰ってテレビつけたら、目が釘付けになりました。
驚いた その1
なんかずっと太田がしゃべってて、その状態が既に気持ち悪いのだが、しゃべりが下手で何が言いたいのかよく分からない。
まぁどうやら番組自体も通常体じゃなくて「太田の毒舌特集」みたいな感じだったのでよけいびっくりしたのかもしれないけど。
爆笑問題って確か「世論を切る感じの、ちょっとインテリ風味の軽妙な漫才」がウリじゃなかったでしたっけ。しゃべり下手でもOKなのだろうか。それともアレは下手ではなくて芸風なのか? その芸風を理解できない私が悪いんだろうか。
驚いた その2
しゃべってる内容がかなり内輪ネタよりなのか、初見の私には意味が分からないうえに、田中の悪口がほとんどの印象。
相方の過去の恥ずかしい話も、なかなかキッツイ内容ではあったが、それを口角泡を飛ばしてかつ支離滅裂に話し続ける太田は、まぁ初見の私から見たらどっちもどっちでどっちも気持ち悪い。初見の私が悪いんだろうか。
驚いた その3
並んでるゲストたちの中にかなり吉本芸人が混じってるんだなぁ。爆笑問題は吉本の芸人とはあまり共演しないイメージだったので意外。
それ以外のゲストも含めて、アメトーークとメンツが大分かぶってる印象なのだが、番組の印象はずいぶん違う。
まぁ太田ががずっとしゃべってるので違って当然といえば当然だが。
気になったのは、ジュニアの真ん前に立ってしゃべる続ける太田に向かってジュニアが言った「その話長くなるんなら、オレにかぶってるんですけど」という辺りと、品川のガヤ的ツッコミ((内容忘れたけど確か「じいさんみたいですよ」とか言っていた))を入れていたところ。
初見からすれば、太田のだめなところをまんまと突っ込まれてる感じに見えるのだが、それを毒舌トーク特集でわざわざ切り取って流すってことは、そのへんの太田のだめな所を鑑賞するのが、この番組の楽しみ方のひとつでもある、ということなんだろうか。
そうだとすれば、それは、本人(太田)が理解して意識してやってることなの?
そうじゃないなら気の毒すぎるし、分かってやってるとしても、悪趣味な芸風だなぁと思うけども。
品川のガヤって優しさで出来てるんだなぁ、と実感はしたけども。
この番組、結構長く、それも編成上も割と良いポジションにいると思うのだが、で、どうやって面白がればいいのか。
爆笑問題と水が合わないタイプは出入り禁止ってやつなのか? それならもう出入りしないほうが良さそうだな。
この番組を見て、ほぼ初めて爆笑問題を正面から見てみて、「爆笑問題のマーケットは”非モテ・キモイ系”なのではないか」という以前からの無根拠な疑念が確信に変わっていくのを感じるのだが。
1978年、ぼくはミシェル・フーコーに会った。彼は1926年生まれだから、そのとき52歳、ぼくあh39歳だった。会ったといっても、文芸誌「海」での吉本隆明との対談企画者として立会っただけの話である。この対談、後に『世界認識の方法』(現在は中公文庫)として単行本になり、『集成』第VII巻にも再録されている。
この対談終了後、フーコーが吉本隆明に「往復書簡をしたい」と語った。社交辞令とは知っていたが、編集者としては敢えて真に受け、早速、吉本隆明に長文の手紙を頼み、出来上がった原稿を対談通訳者でもある蓮実重彦に翻訳してもらい、フーコーに送った。内容は忘たが、道元とヘーゲルを巡っての、五十枚ほどの原稿だった。原稿を渡す時、吉本隆明は「ぼくの書いた内容なんて、フーコーさんなら当然知っていることばかりだけどね」と言い、また仏訳した原稿をベルギー出身の訳者の夫人に見せると、「この人、頭、悪いんじゃない」と言われた話など、いまでは懐かしい思い出だ。
夫人がなぜそんな言葉を口にしたのか。欧米人らの論文は、まず結論を先に述べ、それを論証する形で話を進めるのに対し、日本人、中でも吉本隆明のそれは、紆余曲折しながら何となく結論に向かう書き方ゆえ、原文に忠実に翻訳すればするほど、外国人には「頭が悪い」との印象を与えるようだ。国民性の差というやつだ。
件の手紙を出してから一年ほど経ったころだろうか、日本在住のフーコーの友人を通してようやく返事がきた。しかし危惧した通り吉本隆明の論考は意味不明、従って「返事は不能」とのことだった。またフーコーは、「吉本さんはヘーゲルをドイツ語できちんと読んでいるのか?」とも問うたようだ。口先だけで国際化を論じるのは簡単だが、こうした一例を取っても、道はまだまだ遠いのだ。
よく考えたら当たり前だけど、芸人って、プロじゃん。ただのクラスの人気者では、決して無いわけじゃん。
一部の芸人は、何も考えること無く、向上心も無く、ダラダラやって来てるのかもしれないけど。こういう奴は、勝手に落ちて行く。
あすこに居た人は、決して少なくは無い何戦かを勝ち上がって来た、実力のあるプロなわけじゃん。
単にテレビ見てる奴が面白いって言っても、玄人たちに取っては全然面白くなかったりするわけじゃん。
全然とは言わなくても、ちょっとした細かい所にも気が付けるのは、断然、芸人たちだと思う。
また、ちょっと年上のおっちゃんたちに評価されるとしても、おっちゃん本当に分かるんかいな。マンザイちゃうよ。コントやよ。
これは自分の偏見なんだけど、コントが面白いか面白くないかが確り分かるのは、少なくともおっちゃんたちでは無いと思う。
松本が初めに言ったあのクダリは、ネタに決まってる。ネタをネタと分からないような奴は云々。面白く無いな。
本当にバナンナマンの方が面白かったとしたら、芸歴だったり、吉本か吉本じゃないか、なんてものは全く関係無く、彼らが勝った筈。
採点してるのはプロなんだから、先パイだし、なんかで評価するわけが無い。このことを表明する為に、自分の口で言わせたのだ。
うん。だから、あれで良いのだ。あの決定に文句を言うことは出来ない。あの方式は、今後も続けるべきだ。
だけど、結局は、シロウトの俺らに芸人の好みがあるように、玄人の彼らにも、芸の好みがあるのだろうけどね。
本当に純粋な笑いの採点というのは、笑いの神サマ以外、無理なんだな。
単なる愚痴で書いたつもりの記事がホットエントリという形で予期せぬ注目を集めてしまったため、真意が伝わりにくい場合があるようなので、本文に違和感をもたれた方はこちらの補足記事を併せてお読みいただくようにお願いします。
生まれ育った関西から東京に移り住んで二年経つが、東京の感覚にどうしても馴染めないところがある。車が通らなくても信号を馬鹿正直に守るとか、エスカレーターで左側に立つとかそういう些細なことはどうでもいいとして、「東京の文化が中心、それ以外の地方文化は周縁」ということを無邪気に信じていることだ。テレビなんかで「六本木」だの「原宿」だのという東京のローカルな地名を断りなしに出すとか、「都内」はすべて都会であると思いこんでいるというのもその一つだが、最大のものはやはり「言葉」だ。
一番不思議なのは、「訛る」という言葉だ。地方出身の誰かが方言の語彙や抑揚をうっかり混ぜると「訛った」と言いたがる。これがよくわからない。自分たちも関東弁をしゃべっているくせに、九州弁や関西弁を「訛った」も何もないだろう。そのくせ「関東弁と標準語は別物だろ」というと全力で「それはない」と否定される。「じゃん」だの「じゃね?」だのが標準語だとでも思ってるのだろうか。
そのくせ、「関西弁は柄が悪い、下品だ」というような差別を平気で口にする。これはその辺のオッサンとかガキとかだけじゃなくて、結構なインテリさんでもそれが差別だということに気づいていない。いったい何なのだろうか。
これがただの言葉の問題で済めばよいが、ネットなどを見ると「また大阪か」「大阪は民度が低い」などという言葉まで出てくるのだから、事態はもう少し深刻な気がする。
誰であれ、慣れ親しんでいない言葉は奇異に感じるものだ。タモリのインチキ外国語という芸が成立するのもそのためだ。しかし、そういう感覚は相対的なものでしかないことは頭に置いておく必要がある。関東人が関西弁に違和感を感じるのなら、関西人も関東弁に強い違和感を感じているのだ。特に、関西弁の語感からすると「じゃん」とか「じゃね?」ほど虫酸が走る言葉はない。もちろん、ここは関東だとわかっているから、それに文句を言うのは筋違いだと思って我慢をしてはいるが、その苦労を知らずに関西弁の悪口を言われるとやりきれない思いがする。東北人や名古屋人が方言を必死で封印している涙ぐましい努力が彼らには想像できないのだろうか。私は普段標準語を使うように努めているが、とっさの時にはどうしても関西弁が飛び出てしまうから、その苦労は想像して余りあるのだが。
確かに関西人も、関東出身者が「じゃん」とか「じゃね?」とかを関西で使うと一斉につっこみを入れるが、それは「標準語」を嫌っているからではなく、「関東弁」を標準語と勘違いして無邪気に使っていることにつっこみを入れているにすぎないのだが。
それにしても、関西弁が柄が悪い、というイメージはどこから来たのだろうか。おそらく、テレビのせいだろう。吉本の芸人はかなり無茶な突っ込みをするし、強引に笑いを取る。だが、吉本の芸人が使っている言葉をそのまましゃべっている関西人はほとんどいない。あれはいわば「吉本弁」なのだ。「吉本弁」は大阪南部の言葉がベースにはなっているが、それと全く同じではない。だいたい、ああいう下町言葉を「下品」だと言うのであれば、我々も「てやんでえ」だの「あったりめえよ」という言葉にはかなり違和感がある、と言わざるを得ないのだが。
そもそも、吉本のステレオタイプで関西すべてを解釈するのはなんとかならないものだろうか(そうでなくても、誤解を恐れずに言えば、吉本の芸人の一番おもしろい部類は全国放送されていないのだ!)。テレビで「関西人」の街頭インタビューとなれば、間違いなく「がめつい大阪のおばちゃん」だけが選んで写されるが、関西人が全員ああだというのはまるで、イギリス人は全員Mr.ビーンやチャップリンであるというようなとんでもない思いこみである。
だいたい、「関西」と「大阪」の区別がついていないことも勘弁してほしいものだ。我々は、自ら「ダサイタマ」ではなく「東京」と呼ばれたがる卑屈な埼玉人ではない。京都・大阪・神戸・奈良という関西の四大文化圏は、関東における東京・横浜・千葉・埼玉よりもよほど個性が強く、言葉一つとっても一緒くたにできる要素など全くない。それとも、東京人は自分たちの身内も「ダサイタマ」などといって馬鹿にしているくらいだから、よそ者などもっと馬鹿にしても当然だとでも思っているのだろうか。
なんだか愚痴がとりとめもなくなってしまったが、こういう人たちに「民度」を云々されるのだけは勘弁してほしいものだ、というのが私の偽らざる感想だ。少なくとも、橋下知事を選んだ府民を馬鹿にするのなら、石原知事を選んだ君たちはいったい何なのか、よく内省してもらいたいものだよ、まったく。
Beyondことglobeat_spamこと吉本敏洋さんがその典型ですね。自分は何を言っても自由だが、誰かに批判されたら片っ端から潰しにかかる。
クイズ番組作って伸介に仕切らせたらいっちょあがりってな感じ。いいですねえ。
でも正直、どこが面白いんだあんな奴、と思ってたんだ。
ネームヴァリューだけで世の中わたってんじゃないのか、と。
よくこんなアホ演技をやる気になるねと思いながら。
で、やっと気付いたんです。
彼のおかげでトークが途切れないんだ!
あんな的外れな発言だらけのタレントを揃えて…普通はスタジオ内gdgdになるよ。
それが伸介さんの絶妙なツッコミのおかげで、お笑いとしてうまくまとまっている。
ああこれがくうきをよむってことなんだー。
7 : ペスト・コントロール・オペレーター(長野県):10/07/27 16:27 ID:VXzEcToP
俺も人を信じないけど表面上は信頼してるように見せないと色々面倒だろ
コミュニケーションにおける最大の問題は、それが達成されたという幻想である。
The greatest problem in communication is the illusion that it has been accomplished.
George Bernard Shaw
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[人間関係]「僕は全く誰にも期待しない。だから幸せなのさ。」
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倦怠を覚えさせる秘訣、それはすべてをあますことなく語ることなり。
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「なんとなく」を可視化し、「変えられるもの」に集中する - 点と点をつなぐためのメモ - connecting the dots
君子の交わりは淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと醴の如し
[biz]中ぐらいの勝利で満足する者は、常に勝者でありつづけるだろう。
多数の者に人気のあるほうが善いというふうにはならない。セネカ
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「なぜ悩むんだね、人間は一生、他人の心などわかるはずもないし、人の死を本当に悲しむことなどできはしない。」
「あなたが奥さんを愛していたのは本当のことだ、それは、あなたの中にあるからだ。」
「でも、奥さんがあなたを愛していたかは、あなたの思いこみだけで、本当には分からない …ましてや、わかりあっていたなんて幻想に過ぎない。」
この世にいる訳がない。
ましてや人の事なんて、主人だろうが家族だろうが
たいして解るはずないもんね。
5~6割も解ったら上等でしょう。
膝の上に上がるから頭をなでてやったら、いい気になって肩まで登ってくるやつがいる。
それを放っておくと今度は頭まで登って、顔までなめ出すやつがいる。
おれはそういうやつが大嫌いなんだ
噂が怖いのは、聞き耳を立てその噂をかぎつけた人は、今度はそれを他人に言いふらすからです。
見出しのコトワザのいうように、
とくに他人の噂を伝えてくれる人や、
あなたのことを根ほり葉ほり聞きたがる人には、
気をつけなければなりません。
あれ程仲良くしていたのに・・と言う間柄の方々が、
どうしたの?と言う状態を目にして、
仲良くなっていく状況は段々と言う感じだったのに、
切れるのはこうも早いのか?!と言う状態を見て、
仲良くなりすぎて一体だと勘違いしたのだろうね。
だから相手の垣根の中にもどかどか土足で入り込んだのかも。そしたら土足で!と怒られた。
怒るのは当たり前なんだけど、その剣幕に驚いて反撃したりして、そして終わり。そんな状況かな。
身内はそんな状態で喧嘩しても、身内だから付き合って行かなくてはいけない。
友人なら、終わり。
http://www.asks.jp/users/mechag/187345.html
チャーチルの『第二次世界大戦回顧録』のなかにこんなことが書いてある。
日本人は無理な要求をしても怒らず、反論もしない。笑みを浮かべて要求を呑んでくれる。
しかし、これでは困る。反論する相手を捩じ伏せてこそ政治家としての点数があがるのに、それができない。
それでもう一度無理難題を要求すると、またこれも呑んでくれる。
無理を承知で要求してみると、今度は、笑みを浮かべていた日本人はまったく別の顔になって、
「これほどこちらが譲歩しているのに、そんなことをいうとは、あなたは話の分からない人だ。ことここにいたっては、刺し違えるしかない」といって突っかかってくる。
「信じて打ち明けたら次の日みんなが知っていた!どひゃー!」なんてこともあるのではないでしょうか?
844 :可愛い奥様:2007/08/16(木) 16:48:00 ID:fnRtS9eLO
友達付き合いは腹六分が一番だね。
裏も清い人間なんてまずいない。
全て晒け出すと相手への尊敬はなくなるわ、秘密握られて怖いわ、ろくな事ない。
飲みの席で過去の心の傷(中絶)を告白した子(友達の友達で私にとっては知り合い程度)がいて、
その流れで友人が私に目配せで「あんたも最初の子流産した話しなさいよ」と訴えてきた時はぞっとした。
26の既女となった今、残っている友人は皆、距離をわきまえ尊敬出来る人。
友達は「大好き」でなく「好き」で十分。
「大嫌い」な部分がないことが重要。
中2の女子です。他人が信じられなくなりました。他人の心は読むことはできないと思います。 - Yahoo!知恵袋
自分の心も、表情とかにださない場合は他人にはわからないと思います。
私は心の中では最低な人間です。
常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう
少なくとも私は親兄弟に関しては相当の相互理解を持っているとは思いますが、
友人等の基本的には他人である人間に関して、親友と呼べる人間でもせいぜい6割の相互理解が関の山だと思います。
そして、一生かかっても100%の相互理解を得られる人間なんて存在しないでしょう。
それは恐らくは私だけではなく、ほとんど全ての人に言えることだと私は思います。
もちろん本人が理解し合っているつもりってのは除いてですよ。
[biz]中ぐらいの勝利で満足する者は、常に勝者でありつづけるだろう。
[悪口][陰口][告げ口][お世辞][心にもない言葉]ねたみ・批判にあった時
友達が
いて非常に迷惑だった。
☆ゴミの通院日記☆:波浪注意報 - livedoor Blog(ブログ)
私はあんたのことなんて知らない、お前が男とどうなろうがしったこっちゃない。
言いたいのに、いえない。
うざいからやめてくれない?
泣きながら電話するのやめてくれない?
他人と深く関わらずに生きるには : 池田 清彦 : 本 : Amazon
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