腐女子が隠れていた(あくまでも過去形だが)のは、けして不当に抑圧された結果などではなく
苦手な人に対して思いやりを持ち配慮しようという真っ当な心掛けだよ
それは本来ならば誇っていい事だよ
なんで「腐女子も男オタのように好き放題野放しにしていい」の主張ばかりで
「男オタも腐女子を見習って隠れろ」とは言わないんだ
例えば犯罪者を収監する場合でも、犯罪者は傷ついているし辛い思いをしている。だからといって「犯罪者に辛い思いをさせないように刑事罰を与えてはいけません」とはならない。
TOEICあたりが好きな読み取りの問題で、求人広告の情報を短時間で読み取る、みたいなものがある。
たとえば我々が日本語の求人広告を見るとき、「笑顔の絶えない職場です」みたいな部分はどれだけでかでかと書かれていても読み飛ばすけど、「要経験」の3文字は必ず認識する。
そんな風に、端から端まで速読するのではなく、要点以外を読み飛ばすことで短時間に必要な情報を得る能力を、我々は当たり前に持っている。
数学の問題を解くときでも、お客さんと会議や雑談をするときでも、あるいは、上司の説教を聞き流すときでも、適切に情報を処理するためにはこうした能力が必須なわけだけど、この能力には名前がついていない気がする。
中学生の時に精神を病んで、もう死のうとおもってたけどなんか怖くて死ぬことができなくてずるずる生きてる。
精神疾患は今も治ってない。病院に通院して先生と話して薬もらってなんとか生きてる。働いてないから自分の収入はなく親にお小遣いをもらっている。
そんな自分の現状が後ろめたく、生きている価値なんてないと思っている。中学生の時に思い切って死んでおけばこんな苦労はしなかったのか?と考えてさらに苦しくなる。
高校時代に後輩が自殺して、自分自身も精神の状態をさらに悪化させた。それから、自分のことを傷つけたりするのも、周りに迷惑をかけるような気がしてやめた。自傷行為は不適切な行動ではあるのだが、しんどい気持ちのはけ口がなくなった。
自分の病気はあまりメジャーなものでなく、説明しても分かってくれることはほとんどなくてそれも悩みの種だ。学生時代は長らく不登校だったこともあり勉強もついていけなかったし、体調が悪化して大学にも行けなかった。よくよく考えればやりたいこともなかった。同じ世代の「うまく行っている人たち」は就職して仕事に慣れて、日々の生活や恋愛などを楽しんでいるのかなぁ…と思うと私の人生ってなんだろうなと思う。なにも楽しくない。いつも戸惑うことばかり。