中学一年生の三学期、隣の市からA(半キラキラネーム)という転校生がやってきた。
休み時間に、その子がアニメのキャラの絵を描いているのを見た。私も当時ハマっていたアニメだったので、こちらから声をかけてすぐに仲良くなった。Aはそれまでの私の人生で出会ったことがないタイプの人間だった。私の中学にもオタクの友達はいたが、どちらかというと仲間内で細々やっている大人しめのオタクだったのに対し、Aはイベントに行くわ絵を描き散らすわデカい声で萌え語りをするわとても活動的なオタクだった。彼女のオープンさにヒヤヒヤすることはしょっちゅうだったが、同時に大人しすぎるオタク仲間に物足りなさを覚えていたこともあり、私はAとよく遊ぶようになった。
Aは変わった子だった。繰り返すが、今まで会ったことがないタイプだった。彼女のようなキラキラネームの持ち主に会ったことも初めてだったし、「前の学校は治安が悪かったが、男子に喧嘩で引けを取らなかった」と聞いた時は、さすがに嘘だろと思った。Aはラグビーをやっているらしくふくらはぎには固い筋肉があったし、実際腕力も強かったが、それでも信じられず彼女の名前で検索をかけたところ、ラグビーのクラブチームの名簿がヒットしたので、ラグビーをやっているのも嘘じゃないとわかった。本当に喧嘩が強いのかもしれない。私の中学は平和だったので治安の悪い状態というのがドラマのようなものしか想像がつかず、知らない世界からやってきたAへの憧れは強くなった。
その他にもAは様々な信じ難いことを言った。
全員キラキラネームの妹が3人いて4人姉妹。(これはまあなくはない)
両親が事情があって別居するので転校してきた。
隣の市の祖父母の家は車のディーラーをやっていて、そこそこ金持ち。
その店には暴力団関係者も来るので、その手の人と繋がりがある。(ダメでは?)
車屋の事務用のデカい印刷機で小説同人誌を刷ってイベントで頒布した。それは年齢制限ものだったが、特に咎められなかった(ダメでは?)
覚えているのだけでもこれだけあるが、多分もっと小さい忘れているものも数多くある。
一度だけAの家に遊びに行った時に彼女の妹たちと会っているので、4人姉妹なのは本当だ。
今思うとこれを全部信じるなんて相当の世間知らずかバカなんじゃないかというところだが、当時中学生の私は世間知らずのバカだったし、少なくともラグビーや姉妹の話は本当だと確認したし、何より私の知らない世界から来た彼女なら、もしかしたら本当ということもあるのでは?と思ってしまっていた。Aの非日常な名前が、性格が、バックグラウンドが、話のありえない部分にも肉付けをしていた。
従兄弟のBは彼女に劣らないキラキラネームで、そこそこイケメンで、彼女と仲が良いということだった。AはよくBの話をした。
AがBの家に遊びに行った時、私はBと初めて会話した。といっても直接ではなく、私がTwitterのDMでAと会話している時に、私がBと話してみたいと言ったら代わってくれたのだ。
趣味やお互い知らないAの様子の話で盛り上がった後、Bは「絶対に漏らさない」という条件で、とある秘密を教えてくれた。曰く、BはAを恋愛的に好きだという。そして、なんやかんや上手くいくようにAの気持ちをそれとなくBに誘導してほしいというのだ。驚き、面白そうだと思った私はそれを了承した。Bは彼のTwitterアカウントを教えてくれた。プロフには腐男子だと書かれていて、Bも私たちと同じアニメが好きなようだった。
私は2人の関係をちょくちょく気にするようになった。AがBの話をしたらBを上げ、二人が仲がいいことを賞賛した。AとBがTwitterでやり取りするさまを眺めた。診断メーカーで2人の「相性が良い人」欄が完璧にマッチしていたとき、Bは明らかにAを匂わせるコメントをし、Aもそれを意識しつつも完全には気づいていないようなコメントをした。正直AはBの好意に気づかない振りをしていると思った。彼女のふるまいは鈍感系主人公のそれだった。
ある夜、Aの家族とBの家族が一緒に食事に出かけた。そこで何かあったようで、Aは動揺した様子で私にDMを送ってきた。
その日は一段とBのアピールが激しかったという。もう好意を隠す気もないような態度を一貫してとり、Aの指にソースがついたときなど、なんとその手を取って舐めたらしい。その話を聞いた時はさすがにオワーーーーーーッッッ!!!!となった。現実でそんな事する奴が本当にいんのか!?!?!!?しかしAとBは共に重度のオタクだったし、リアル中学2年生が厨二病を患っていたら、もしかしたらそんな血迷ったことをしてしまうかもしれない……と思った。
Bの行為にAは驚いて泣き出してしまい(引かれてるじゃねえか)、その場を飛び出したと言う。しばらくそうやってDMで話していると、Bのアカウントから突然「今から告白する」という旨の文が届き、それからAが「Bが来た」と言ったきり返信がなくなった。しばらくして、Bのアカウントから連絡があった。
同時にAからも連絡が来た。舐められて驚いたが、嫌だった訳ではないらしい……?私は指を舐められたことがないので気持ちがわからない。
なにはともあれふたりは付き合うことになった。と言っても私はBの事をキラキラネームであることとAのことが爆裂に好きであるということ以外知らないのでこいつにAを任せていいか不安だったが、それは置いといて私はふたりにおめでとうと言った。その後特段に変わったことは無かったが、Aの話に時たまBとの惚気が入るようになった。
Aから「夏休み明けに、また元の中学へ戻る」と連絡された。Aの話はどこまで本当かわからなかったが、それでも家庭環境が確かに複雑であることは読み取れたので、おそらくそのせいだろうと思われた。
私はAと本当にお別れしたくないと思うようになっていた。Twitterのアカウントは知っているが、少し前から彼女のツイート頻度は減っていて、彼女はLINEの返信も遅れがちだったので、とにかく不安になった。それでも私に彼女の引越しを止めることなどできるはずもなく、彼女は予定の日から数日オーバーした後、私の中学から姿を消した。
しばらくはTwitterなどで今まで通り連絡を取り合うことができていた。しかし、彼女のTwitterアカウントはある日完全に停止した。数日後見るとブロックされていた。LINEも既読がつかなくなった。Bのアカウントも全く動かなくなっていた。
私はAに何があったのかと心配したが、彼女の今の住所もわからず、治安が悪い(と聞いていた)中学に凸する勇気もわかず、やはり何も出来なかった。しかしAはメンヘラとはいかないまでも精神的に不安定な部分があったので、いきなりこんなことが起きても意外ではなかった。時が経つにつれ、Aも向こうでなんとかやっているんだろうと思うようになり、いつしか私はAのことを考えなくなっていった。
中3になり、私の所属している部活に新入生が入ってきた。その名前を聞いて、私は心底驚いた。
その子は、Aのすぐ下の妹と全く同じ名前だった。Aの妹かと聞くと、そうですと言った。確かにAの面影があった。
なぜAとその妹が別居しているのか、家庭の事情があるのだろうと察せられたので深く聞くのははばかられた。ただ、妹から、Aは元気にやっているということは聞けたので、そこは安心した。
私は妹ちゃんに、一緒に過ごしていた頃のAの様子を話して聞かせた。妹ちゃんはとても良い後輩で、彼女もやはりオタクだったので仲良くなるのは容易だった。
ある日、私は妹ちゃんに尋ねた。
「Bは元気にしている?」
「……誰ですか?」
「え?Aが、Bっていう従兄弟がいるって言ってたんだけど……」
ぞっとした。
私はBの顔を見た事がない。写真は見せないでほしいと言われていると、Aがそう言ったからだ。
正直、暴力団うんぬんや同人誌の話はAが盛った話だろうと思っていた。日々の生活の中で、Aがそうやって話をちょこちょこ盛る悪癖があることを、あとの方の私は薄々感じていた。
でもまさか、存在しない人間を作って、そいつとの恋愛模様を一部始終見せつけられたなんて、思いもしなかった。地域の祭りの日に一度だけAを見かけたが、話しかける気には到底なれなかった。
Aは家庭環境が複雑らしいから、もしかしたら妹ちゃんが会ったことがない従兄弟がいるのかもしれないと、そう考えたこともある。しかし一度Bの存在を疑ってしまうと、今まで感じていた違和感たちが風船のようにむくむくと膨れ上がった。
Aは友達が多い方ではなく、中学では私と一緒にいることが多かった。今となっては、Aのことを覚えている同級生の方が少ないかもしれない。転校してしまったので卒アルにも載っていない。Aの嘘で塗り固められた話に惑わされた私は、もうAの存在すらも、夢のようなものだったのではないかと感じている。
これを書くにあたってAとのDMを遡ろうとしたのだが全部消えていた。おそらく過去の私が恐怖のあまり消したのだろう。Aは垢変を繰り返したようで追跡は困難、Bのアカウントは完全に消えていた。私の机の引き出しにしまってあるAがくれたラバストだけが、確かなものとしてそこにある。
思春期オタの自演や嘘松って盛りすぎだよってくらい設定盛るよね まあ黒歴史の一つや二つ、誰でも持っているもんだよ。声かけなくて正解。 Aはいつか、クッションに顔うずめて奇声...
相当などうでもうんち