はてなキーワード: 斎藤孝とは
先日、斎藤孝さんの著書、「コメント力―『できる人』はここがちがう」(ちくま文庫)を読みました。
そこにあった記述を読んで、
衝動的に誰かをけなしたような話し方をしてしまう僕の悪い癖の原因が分かりました。
引用します。
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コメントを注意深くみていくと、その人と他者との関係性を知ることができる。
たとえば、社会的に大成功をおさめた人に素直にコメントを言えないときは、自分の中に嫉妬心が混じっていることが多い。
つい、あれが足りない、ここがまだまだである、といろいろなあら捜しや弱点をつついてしまいがちだが、それは質の低いコメントである。
この世に完全なものはないのだから、あら捜しをしていけばいくらでも言える。
その意味で、あら捜しは最も簡単なコメントの仕方だが、そこからポジティブなものは生まれない。
しかしなぜ皆がこのあら捜しコメントにはまってしまうかというと、弱点を指摘している人のほうが、されている人より知的レベルや能力が一段高いと錯覚しているからである。
自分は映画を撮る技術を持っていなくても、この映画はストーリーが弱いとか社会批判の視点が欠けているといったけなし方をすると、高い批評眼を持っているようにみえる。
すると、その映画にはポジティブな工夫が100も200も入っていても、批判的なコメントによって否定されてしまうことになる。
また、そういうあら捜しコメントを喜ぶ読者、視聴者もいるのである。
なぜなら、彼らもまた、嫉妬心を共有しているので、あら捜しコメントはそういう嫉妬心に火をつけてしまうからだ。
しかし、そのことが日本のコメント力を決定的に弱くしてしまったのは間違いない。
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これを読んだとき、
心に突き刺さるものを感じました。
辛らつなことを言って、たくさんの人を傷つけてきたけれど、
人の本当の強さとは、
そして本当の価値とは、
中身がどれほどつまっているかであって、決して議論に勝つことが人生の勝者になることではないと、
分かってはいるんだけど、
時々弱さが出ます。
言い負かしたり論破したりして優越感を味わいたいという誘惑との闘いは、
今後も続くでしょう。
自分の弱さをしっかり見つめ、
意欲的に改善に取り組もうと思います。
こちらを書いた増田です。一部で誤解されてる節があるけど、「生まれてきて、すみません」の人とは別人なのであしからず。
専門家の手を借りて適切な方法・方向に努力すれば、解決できる問題なのではないかな、というのは脳天気すぎるでしょうか。どうも自己責任論に結びつくのがよく分からないのです。
ああ、ごめんなさい。怒ったわけじゃないんです。単にこういう方向で世論の流れが作られていくと、絶対どこかから乱暴な自己責任論を説く奴がでて、それで雰囲気的にFAになってしまうんじゃないかという嫌な予感がしただけで。べつにドンジレさんが自己責任論を説いたとかドンジレさんに腹が立ったと言ってる訳じゃない。
それはそれとして、「専門家」というのが誰なのかが個人的には気になります。この道で信頼に足る「専門家」なんているんでしょうか。多分私は病気と言うほどの非コミュじゃないので医者やカウンセラーはお門違いでしょうし、いわゆる自己啓発セミナー系の人間は非コミュの天敵ですから。彼らの言うことは理屈の面では薄っぺらで付け焼き刃矛盾満載で、肝心の結論は道徳の教科書レベルの当たり前の話だったり単なる同語反復だったり時代遅れの保守反動思想だったり。ほら、誰とは言わないけど某斎藤孝とかワタミの社長とかね。ああいう奴は「コミュ力」なんて言葉を流行らせて不安を煽ってから商売してるだけのマッチポンプなんだから、相手にしたら負けです。あんな奴らの言うことを聞いたり、本を買って金を払ったりするならその金をドブに捨てた方がはるかにマシでしょう。
かなわないことを自覚した上で((あなたは自覚してるよね。えらい!))、どうやったらもっと幸せに生きられるか、あるいは他に何か勝てることがないか((あなたはまさにそう主張した。正しい!))、探すのがいいと思うよ。
どうもありがとう。それが正しいのは当たり前のことなんだけれど、世間で余りにも「コミュ力」「コミュ力」と言われるとたまに自信が挫けそうになるから、そういう言葉をもらえるとありがたいよ。
理解できないノイズだけが大量にあるよりはほんの少しをきちんと受け取れることのほうがきっと尊いから。そのほんの少しを受け取るための、あるいは「受け取れてない状態」を自覚するための、貴重な苦労だよ。
どっちかというと、「受け取ってもらえないこと」の方が問題かもしれない。いや、受け取れないからずれた反応をしてしまうということがあるのだけど、たまにクリリンを発動して怒り出す人がいたりとか、ね。世の中の大半の人にとっては「発言は内容より発言者の印象」なんだよね。
嘆く前に、数年計画でだんだんコミュ力つけていけばいいんじゃないって自分は思った。
だから、3歳のときから26歳の現在まで23年間頑張ったけど、追いつけないばかりか差をつけられてるって話なんですが。