はてなキーワード: コミュとは
基本はシャドーボクシング、とか
結論だけ先に考えて無理やり当てはめたんだろうなあ。
今時「ファミコンが日本を駄目にした」と言ってる人なんて見た事も聞いた事もないのに
(っつーか「ゲーム叩き」自体がもうオワコンかと。ゲーム脳が最後の流行)
今時の子供にとって塾や習い事は友達とコミュニケートする場と言う事も知らないわ…
(「友達が皆塾行ってるから自分も行かないと仲間外れになる」と言う理由で行きたがる子もいるんだぞ…
親側にとっても共働きが当たり前だから親が居ない家に他所んちの子供を入れたくない、かと言って今時は公園も治安が悪い所が多い、
でも子供に塾や習い事やらせてその先で友達と遊ばせる分には楽で安心だし)
そもそもゲームボーイブームだって友達と一緒に遊ぶ事が前提のポケモンが火付け役だろ…
いくら最近ネタ無い(或いは最近の流行についていけない?)からってこれは無茶ぶり過ぎだわ。
結論だけ先に考えて無理やり当てはめたんだろうなあ。
ミクシイつながりで仲良くなれた人って多くて、今まで活用させてもらっていたのですが。
学生時代や社会生活でろくに友人ができなかった私には、コミュや日記や足跡などの機能はすごくありがたかったです。
フェイスブックもツイッターも、もっと友人がたくさんいる人には楽しいツールなんだろうなぁ。。結局ネットも現実が充実している人が楽しめるツールなんだろうなぁ。
と悲しい気持ちです。
前のミクシイみたいな使い方ができるツールって今あるのでしょうか?(グリーとかモバゲーとか、ああいうのでなく、はてなで理屈っぽい長文を書いてくれるような人がいるような場所が理想です)
http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html
普通でない女性が普通を騙る事でどれだけの普通の女性が抑圧されたか。世間一般の愚かな男達があれを普通だと思う事で、どれだけの女性が癒えることのないダメージを被るか。言葉の暴力である。破壊行為である。普通罪である。これはパワーハラスメントなのだ。抑圧なのだ。力による支配なのだ。普通ではない人間が普通を騙る事で、本来普通であったはずの人達は劣等感と敗北を植え付けられて洞窟の中へと逃げ込んでゆく。
ああ、よくぞ言ってくれた。本当に、本当に、よくぞ言ってくれた。
世の中で「優れている」とされているものに負けても、人はさほど傷つかない。
しかし「普通」とされている基準に満たないことには人は傷つく。
「身長185cmに満たないからパリコレの男性モデルになるのは厳しいね」と言われても傷つかないが、
「日本人の平均身長は172cmなんだけど、あなたはそれに満たないからチビだね」と言われるのは不愉快なものだ。
「ただしイケメンに限る」場で排斥されるのは傷つかないが、
「ただしフツメン以上に限る」場で排斥されるのは傷つく。
"お前は普通未満だ"というメッセージをぶつけられたときに人は傷つくのだ。
普通を定義するということは、その基準に満たない人々に"普通未満"というメッセージをぶつけているのと同じだ。
では、ここで言う「普通の女子大生」は、自分を普通というカテゴリに置くことによって、
自らを普通と定義することで、勝利を実感することが目的なのだろうか?
私は違うのではないかと感じている。
世間で早稲田は有名大学のうちに入る。「普通」ではない。優れていると言えるだろう。
見渡す限り早稲田の学生、という状況で日々講義を受けているのだ。
早稲田よりも偏差値の高い大学に進学した高校時代の友達なども居るだろう。
彼女たちにとっては、東大京大一橋大…などが「良い大学」であり、マーチ未満は「不可視」なのだ。
男子大学生5人のグループがあったとして、4人はフツメン以上の彼女持ちコミュ充、
1人だけがいない歴=年齢のコミュ障キモメンだとしたら、そのグループは上手く行くだろうか?
"持つ者"側の4人が"持たざる者"側の1人に気を使って摩耗するか、"持たざる者"が"持つ者"をひがんで卑屈になるか、"持つ者"が"持たざる者"をバカにして苛めるか。
友情を維持する上で障害になるトラブルが無駄に起きやすくなるだろう。
だから似たようなスペック、境遇の人間ばかりが友達グループとしてつるむ傾向が生まれるのだ。
似たような体格、似たような髪型、似たような木こりファッションに身を包んだ男子学生が、
似たようなノリで居酒屋で騒いでいるのはあまりにも見慣れた光景だし、
女子学生集団やOL集団の服装・メイク・基本的なルックスレベルの均質化され具合はおそろしいほどだ。
育ちも同じである。年収2000万の父親と教育熱心な母親に育てられ、家族で海外旅行に行くのが当たり前と思ってきた人々と、
水商売の母親と酒を飲んで暴れる父親に育てられた人々とでは、話が合わないのだ。無駄な軋轢を生むのだ。
しかし、坂口さんの関わっている女子のグループが、坂口さんと同等かそれ以上のルックスを持つ女性ばかりだとしたら?
底辺の人間が感じる「普通」と、素養や運に恵まれた人間が感じる「普通」との間に、
大きなギャップがあることを可視化してしまう暴力的なツールである。
底辺の頭と底辺の容姿を持って生まれた人間が、似たような底辺とつるみ、
似たような底辺と結婚して底辺の再生産を続ける、そんな彼らの自己認識は「普通」であった。
視界に入るのが底辺ばかりなのだから、そうなるのも当たり前である。
そして恵まれた頭や容姿を持ち、親や親戚や友達も恵まれた者ばかりの環境で育った人間は、
自らの優れた点を奢り高ぶることなく、自分は「普通」だと認識して生きていったのだ。
自分とは違った常識を持つコミュニティの存在を発見しやすくなる。
ダルビッシュが贅沢な暮らしをしていることが窺えるツイートをしたことに対して、
オッサンが執拗に絡んでケチをつけたことがあったが、これはインターネットが生んだ軋轢である。
インターネットが無く、優れた人間の私生活がわからない時代であったなら、
このよくわからないオッサンは"持つ者"の恵まれた暮らしを発見することがそもそもなかったであろうし、
「昔のインターネットはオタク・非モテ・コミュ障にとって救いだった」という意見があるだろう。
それは昔のインターネットが本当の意味でグローバルではなかったということだ。
昔のインターネットコミュニティには、ほとんどオタクしかいなかった。
「開通作業が面倒」「接続料金が高い」「遅い」「見たいコンテンツが無い」などの要因がボトルネックとなって、
一般人の参入が妨げられ、オタク以外がふるいにかけられた世界になっていたのだ。
そこはオタクが圧倒的な多数派であり、オタクが常識をつくっている世界だった。
「インターネットでの普通」は、「オタクにとっての普通」と同義語であり、
一生独身、アニメ・マンガ・ゲーム好き、インドア、非モテ、童貞、服はダサい、髪型は床屋、
しかしインターネットというものは、一般人をも飲み込んでいく。
mixiでリア充を取り込み、モバゲーで情弱、ニコニコで"オタDQN"層、Facebookやtwitterで"意識の高い"層を取り込んだ結果、
これからネットを使いこなす老人が増えれば、「若者のもの」でもなくなる。
インターネット上の人口構成がリアルの人口構成とさらに近づいてゆき、
あらゆる世界、あらゆるグループ・組織に所属する人間がインターネットに参加するようになる。
そして全日本人の認める「普通」のスペック、「普通」の生き方というものが、インターネットによって広く知らしめられる。
弱者ばかりが集うコミュニティで独自の「普通」基準を制定し、「普通」を充たしている気になっていた人間たちに、それは暴力的に襲い掛かる。
初期のインターネットと現在のインターネットは全くの別物である。
前者は弱者に優しい逃げ場所であり、後者は「グローバル化された普通」という圧力によって、弱者を容赦無く叩きのめす残酷な場である。
「誰に対しても動じない態度」=「相手に対して圧力をかけてる」って部分がピンと来ない
BLOG 未来館のひと | 「BLOG 未来館のひと」は、対話で科学を伝えている科学コミュニケーターによる日記です
タイトルそのまんま。未来館のtwitterから飛んでブログを読んでたんですけど、各人による書き方の一貫性のなさにキーボードを叩く手が震えるレベル。最低でも改行についてぐらい合わせろよと言いたいです。いや、確かに科学コミュニケーターのナマなデータ出力が得られるんですが、アメブロとはてなダイアリーを行ったり来たりしているようでこっちが苦しくなる。
すべての記事の文体を統一しろとは言わんが、これくらいの量の記事、ということを予測できるようにコーナーを分けるとかしたほうがいいよと素人目にも思います。てかターゲットをある程度絞るところから始めてみてはとか色々。まぁ要は編集者が不在なためにコンテンツの魅力が発揮できていないと思うわけですよ。
見たというか、知らされたのは、死んでからでした。いきなり知らない人が、虐待の事を書いたら、mixiで人が死んだ話をメッセージで送りつけてきました。
その人のマイミクの一人が亡くなった日の日記には、ドラえもんについて書かれていて、全くそんな話は出てませんでした。
それまで何のやり取りもしてないので、いたずらかなと思いました。言い方が、いきなりですみません、驚かれるかもしれませんが、聞いて下さい、というふうに始まるのでもなく、いきなり書いてありました。
京都の人で、殺人事件で有名な勝田清孝さんと同じ高校出身なのかその高校のコミュに参加されてました。 それを知ったのは検索したからでしたが。
嘘か釣りかもという思いと、この人派こういう言い方で嘘だと思われると思わないのだろうか?という思いがしました。
その時点で返信したかどうか忘れましたが、2chのsns板を見てみたら、mixiで自殺!!というスレが立ってたので、気になってみてしまいました。
それによると、亡くなった方は、mixiで元2chでコテもやってて、NHKのしゃべり場を首になった人で、専用のヲチスレまである強烈な人でした。虐待された人のコミュに行って乗っ取って管理人になって、人を叩いてたそうでした。いかにもな叩きもあったかもしれませんが、やってはいけない励ましや責めたりなど、最近偶然違うところでみたら、その強烈な人は何かの政治家の孫らしかったです。
その人に攻撃されたのも原因の一つのようにスレには書かれていて、確認のためmixiを見たら、どうも話は違うようで、叩いてたけどそれが原因というよリ、失恋が直接の原因のようでした。背中を押す効果はあったかもしれません。叩かれていたというより、彼女は良い人で、その管理人が人を叩いたりするのをおかしいと言ったりしてたみたいでした。頭も悪くなさそうで美術系?か文系の4年制大学を出て、その時の専門を活かした仕事にもついているようなのに、新聞記者だった父親と専業主婦だった母親、どちらからも虐虐待を受け、父と別れるように母に言って離婚させたら、父が自殺したとかで、悩んでたみたいでした。兄もいて、mixiにいましたが、その管理人に対しても怒ってましたが、この兄も虐待してた事もあったらしいので、何とも言えない状況だったと思います。
そのコミュニティは、自分とは考え方が違いましたが、その管理人をみんながあんまりマトモに相手にして気の毒だったので、副アカを取り、その人がどういう人かわかるまとめサイトやスレを投稿したら、他の反論や煽り派、別に削除にしないのに、私のだけ削除になってました。
そんな事もありました。
その管理人より普通に仲良くしてたはずのマイミクさんたちの方怖かったです。
そのコミュと関係なく、何かの会か何かの集まり、虐待とは関係ない趣味の会のようなもので、受付をやったりしてたから、顔は割と知られていたらしく、この間あった時には元気そうだったのに、と書いていた人もいました。その会の会長がまた、よくわからない人で、死ぬ前に連絡くれとか言ってたらしく、その約束を守ってメールか電話したのに、見ないか出ないして、中卯にうどんを食いに出かけたら、その間に亡くなったらしいですが、それを延々と後悔したような書き方で書いてました。書いて慰められていました。
mixiだからなのか、死ぬと、追い詰めた方が責められる(マイミクさんの事じゃなくて)
例え勘違いでも
関わってた人は、色々言われる。
今日、ファッションビルの鉄道体験マシーンで一人遊ぶおじさんを見た。
ダンガリーシャツをベルトインした細身の姿は、所謂オタクオーラを放っていた。
見るからに女性と縁があり得なそうな、飲み会に義務で行っても何も喋らず即帰宅っぽい
要するに、ステレオタイプのオタク見本みたいな見た目のおじさんだった。
ああ、この人は、彼女もなく、「リア充」めいた遊びとも無縁で、
職場でも周りとのコミュは必要最低限で、オフの付き合いは鉄オタ関係者、
ただ鉄道への興味を人生の僅かな楽しみとして生きているのだろう。
おじさんの姿は、私にそう思わせた。
もし私が高校生だったら
「うわ〜wwwもろオワッテルオタク見ちゃったwwwマジ人生可哀想www将来ああはなるまいwww」
しかし今も、おじさんを見て「うわ〜オタクの見本だ」と目を奪われ
「女性と縁があり得なそう」だの「鉄道への興味を人生の僅かな楽しみ」だの随分な観察の仕方をしている。
勿論、おじさんをオタクの見本として見世物的な消費をするのは最低の事だし、
鉄道体験マシーンで遊ぶのは、おじさんの大切な一時なのかもしれず、
おじさんが趣味のために幸福な時間を過ごすことを祝福すべきなのだと思う。
けれども、あのおじさんを見て素直に微笑ましいと思えず、
・鉄道体験マシーンなんて、子供たちが遊ぶものなのにおじさんが遊んでいるのは変という偏見。
・着飾った男女が多いファッションビルの一角なのに、見るからに浮いているのも変という偏見。
・おじさんの普段の生活を思うと、歳相応の普通の楽しみには恵まれてなさそうで、
・何かに打ち込んだり圧倒的知識を蓄えている「オタク」が好きだという私の属性。
http://anond.hatelabo.jp/20111009231144
Aセクだからその書き込みの人はちょっと違うような気がしたが、同棲していて、彼女の方がしたくなくなって、しなくなったら、彼氏がなんとなくイライラしたり
一緒に頑張ろう!と言われるけど、一体何を頑張るの?という気になる、という彼女からの相談
この増田さんの、どうすれば、は私はどうすれば、なんだろうけど、色んな意味を含んでるのではないだろうか?
私の態度をどうすれば?
彼との付き合いをどうすれば?
付き合い続ける or 別れる
彼女側の態度を何とかしてもどうにかなるものでもないのではないかと思うので、付き合い続けるか、別れるか 誰かに後押しして貰いたかったのではないかと思ってしまいました。
mixiの相談のようなのなら割と一般的な気がするけど、増田さんのはよくわからないので何とも言いようが無いのではないでしょうか?
結婚してからも男性側の問題でできないけど、妻には理解があり、同じようにガンダムオタなので、ガンダムに例えて話したりする事も書いていた人の話を見た事があるので、検索して出そうとしましたが見つからず代わりにこのようなのが、たくさんヒットしました。
http://hatsugen.zakzak.co.jp/qa6530764.html 元はこれですが、ものすごく転載されてます。
24歳既婚女性です。主人は30歳です。3年のお付き合いの後に結婚し、現在9ヶ月経ちました。
ガンダムの人のは男性側からの話で、相談というものでもなかったです。妻に悪いと悩むもののそれなりに幸せそうでした。
ここのブクマ、ツイートも多いですが、こういう書き込み内容はすごく転載されるのは、なぜでしょう?不思議です。下世話な好奇心プラス何かがあるんでしょうね。知的好奇心とか医学的興味?とか または知的興味や医学的?科学的視線も送れない事もない事だから、そのせいにして下世話な興味を満たしているのでしょうか?よくわかりません。
いわゆるコミュ不足だと思われる原因で、いまだに就職活動を続けている私。
最近、明らかに周りの学生の雰囲気が変わってきたのを肌で感じる。
あるグループ面接時。
左から2番目に座った彼は、椅子に斜めにもたれかかり、最初の自己PRで「私のこと最初から理解するのは無理なんですよ…中略…一緒に働く中で私の力をご理解できるとおもいまーす」と発言。
真ん中に座る彼女は身なりはきちっとしていて、好印象だったのだが、面接では同じことを何回も繰り返す。
これにはさすがの私もびっくりしてしまった。そして、私は彼等と同じラインに立っていることにショックを覚えた。
国営放送なんかで「100社受けたけど・・・」なんて答えている学生と同じラインになっていると思うとつらい。。。
最近の説明会や面接は大体こんな感じの顔ぶれである。そもそも、説明会や面接にいける数がもう少ないのだが。。。
早くなんとかして職につきたい。
・2012年卒採用、企業は予定人数確保に難航――マイナビ調査[Business Media 誠]
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1110/05/news096.html
・民間企業「厳選採用してるはずなのに、クソみたいな学生しか来ない。なぜだ」暇人\(^o^)/速報
http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51668356.html
この調査によると文字通り人材確保が上手く進んでいないようだ。
しかし、やっぱりコミュ力基準の厳しい審査を通過しなければ、選ばれないという。。。
コミュ力。。。
想定される答えに対して漫然に下準備を行なうことは別に面接に限ったことではないことを、あるインターンの時に思い知った。
下準備を行なう。。。準備なんかせずに今まで過ごしてきた私にはとってもたいへんなことである。
受験勉強も好きなことを勉強して、嫌いなことはやらないで高校に入れたし、大学にも入れた。まわりが予備校で必死こいて勉強している姿はなんだかうらやましかったし、尊敬を感じていた。
部活では、問題に立ちあたってから考えることがほぼ全てだった。
やりたいことは、やっていくうちに何とかなった。それはもちろん、生活費がかからないことが前提であるが。
こんな感じで過ごした学生生活、別に後悔なんてないが、思わぬハードルを背負っているのかなと今になって思う。
ケチな性格な私は、お金に関しては計画性を持って取捨選択も行なってきた。また、そのための情報収集もかなり得意な分野である。
一方、全員ではないが大学生は金持ちが多い。平気で対しておいしくない駅前にある居酒屋チェーンの店で1人3000円とか落とすし、隣にスーパーがあってもわざわざ高いコンビニで買い物するし。。。
「お金ないんだよね~」としゃべりながら“いろはす”買ってるし。。。
この点で、他と差別化を出して個を出すべきなのかなと思った時期もあるが、この個を説明するためには現状の大学生のお金に対するルーズさを説明する必要がある。
世の中の消費は決して牽引しているとは思っていないが、わりと身近な点ではルーズなことを。
こうなるとやはり、面接官に説明が無くてもある程度理解できることを説明していく必要が出てくるが。。。
大学時代に“まあそんなこともあるよね”と聞き流せないようなことをやっている人がいくらいるか。。。
内定を決めた人はみんなわりと”まあそんなこともあるよね”ってことを自分だけのものにして上手く説明していると思う。
“まあそんなこともあるよね”ってことを“まあそんなことあるよね”って感じでしかしゃべれない点で私はコミュ力無しであり、それを理解しながら対処方法を見出せない、もしくは対処方法を実行できない私は。。。
追記。
私が労働者現役時代に野菜工場が完全自動化して、農業もほぼ自動化されて、欲を満たすための産業、研究だけが残るなんてことが起こりそうかなと夢物語を想像するとやる気が。。。
先週、数年前はあったはずの預金がほぼ底をついていた。
額にして337円。衝撃過ぎて一度で金額を暗記していた。
給料日を翌週に控えた2011年の9月21日、関東には台風が来ていたが私の心にはそれを凌駕する嵐が迫っていた。
預金337円。正確には別にある貯金用の口座に十数万円が残るが手はつけまいと、ただそのためだけに作った口座なのでそこにある分は預金とはみなしていない。
会社に入社して毎月お金を家に入れていた。給料日。忘れる事もあったが毎週コンビニでジャンプを買う。思い出してすぐにATMで引き出して数日以内には入れていた。
3万円。手取り13万の私が自由に使えるのはここから携帯電話の料金を除いた10万円弱。
高校のころにやっていたバイトの月収およそ二倍。大きな買い物もせず順調に、そしていつの間にか、貯蓄はその額を増やしていた。
しかし会社に入って一年、情けないことにコミュ障をこじらせてお局様に相当嫌われ、しかし幸運が重なり数ヶ月後の異動が決まった。
2009年6月5日、金曜日。吐き出す術を知らなかった私が誰にも話すことなく頼ったのは心療内科だった。
軽度の鬱と診断され(もしかしたらそんな病気など無かったのかもしれないが)、異動が決まり少しは環境がマシになること、趣味が充実していること、生きがいを持っていること。そんな諸々が加味されて通院は2009年の9月26日、ニヶ月ほどで終了した。
その間に家族に通院がバレ、通院の最後の方には薬の副作用で筋固縮になり仕事に支障が出かけた。しかし新しい環境での仕事はそれなりに順調だったし、ネットで見ていたような断薬症状も無かった。
昔よりはコミュ充に近づいたと思うし、失敗は回収できるんだと思えるようになった。
そこまで生きる間に私が家に入れるお金は5万円に増額した。家にお金が無いのは知っていたから。
臨時で貸した時が何度かあった。その時は、給料日に5万円を入れずに相殺して返済とする。そうやって家計を保っていた。
2009年の9月、その頃には大きな額を貸すようになっており、もう毎月のお金は入れずに貸出金から相殺し、そこにまた貸していくそんなやりとりが続いていた。
しかし貸し出す金額は徐々に増え、頻度が増す。数ヶ月に一回だった貸し出しはほぼ毎月になり、7桁を記録しようとしていた私の預金が7桁を記録したのは、いつだったかの給料日後の数日だけだった。
7桁が6桁になった事を少し悔しく思ったが困りはしなかった。マンガが買えて服が買える。何も家を買うわけでも車を買おうとしているわけでも、なかったから。
家族を助けるために。その思いで貸し続けた。
そして2011年9月21日。あれから、通院が終わってから2年。7桁弱あった私の預金は3桁になっていた。
最初はただの使いすぎだと思っていた。2年の間にクレジットカードの使い方を覚えネット通販を覚え、ちょっと良い美容室に行くようになりヘアケアスキンケアだってほんの少し値の上がったものに変えてみたりもした。
友達も増えた。だから都心に遊びに行くことだって増えた。お酒を飲む楽しさを知った。
それでもまだ慎ましい範囲だと思っていたのだが。
収入は増えても控除で減っていく。手取りはほとんど変わっていない。
それでも、何かを控えればまた貯まると、少しだけ考えた。
母から貸出金の履歴を見せてもらうまでの1日だけは。
管理はちゃんとすると言っていた母に貸出金と相殺金の管理を任せていた。小さな手帳に書かれたのは異常な頻度と金額の貸出金の履歴。
近い月にはボーナスの数日後にボーナス額のおよそ半分以上の額を貸していた。
数ヶ月に渡って月手取りの半分以上もしくは同等の額を渡していた。
そこに自分の使った分の引き落としやら何やらが加味されて、これで預金が減らないわけがない。小学生だってわかることだ。
人生ではじめて親に言葉に出来ない苛立ちを覚えた。同時に、仕事は半日で強制帰還されたので台風にははじめて感謝した。
言葉に出来ず感情をうまくコントロールできず、数日間家族と対面するのは食事だけだった。
思い返せば高校時代。進路をどうするか決めていた私を呼び出して
「将来就きたい職業があって、そのために進学するのなら何とかして大学へ行かせられる。
けど、なんとなく進学するのなら、それはできない。」
そう言われた。至極尤もすぎて言葉も出なかった。大学は勉強するために行く場所だ。
専門的な知識を仕入れてそれを将来に活かすのが大学。そう認識した言葉だった。
将来の夢も希望も何もかもを諦めていた私は、その言葉を受けて就職した。氷河期と氷河期の間、ほんの少しだけ回復の兆しが見られた2007年秋。
高校から近い、学校の中での応募枠さえ取れれば内定が取れると言われていた企業へ、普通に、就職が決まった。
一刻はひどい学歴コンプレックスに陥った。しかしそれだって両親にではなく、夢も希望も努力を捨て、しかしあの日からやりたい職業すら見つからずに改めて進学に踏み切れない自分を責める感情でしかなかった。
今日、一週間考え続けた事を母に問うた。本当に我が家にはお金が無いらしい。
そして父の収入は年々減ってきているらしい。
私は辛い心を抑えながらまるで日常の話をするが如く、もう自由にお金を貸せない事を告げた。
考える。何がいけなかったのか。父や母はこの土地に来てから仕事が減ったと言う。ここは母の実家、祖父の土地だ。
建て替えるときに一緒に住みたいかと問われた幼い私が首を縦に振った、そうやってやってきた土地だ。
身につかない習い事をしたいと言った幼い私がいた。勉強が嫌いだったので教材だって使わなかった。
中学の時いわゆる"弄り"と"いじめ"の間に晒されて学校に行きたくないとわがままを言った私がいた。
それでも学校には行かされたが、精神力だけは心がボロボロになったって耐えて自傷しないほどには鍛えられたので、一応感謝している。
引き替えに、誰も聞かないのだと、誰にもうまく苦痛を吐き出すことが出来なくなってしまったのだが。
そう考えると私がいけなかったのだろうか。
もしもいつかの過去に行けるならと聞かれれば、私はあの日に還り何が何でも幼い私に首を横に振らせると答えるだろう。
私がいけなかったのだろうか。ここ数年、いつも私は自分を責め続けている。
平凡で、家族に恵まれて、高校の成績は中の中。テストは概ね平均点。
それなりにおしゃれをして、友だちがいて、普通に恋をして普通に失恋する、密かにそろそろ人恋しいと思うだけのもてない21歳の高卒オタク女だ。
十分に幸せそうなのに、それを客観的に書いている私はこんなにも満たされない。誰でもいいから縋りたい。
思いたち、数日、SNSから姿を消してみたが、取り立てて誰かが「私がいない」と発言することは、ほとんどなかった。連絡もこなかった。
何を期待していたのだろうか。誰にも認識されず必要とされず、自分を責めながら恨みつらみばかり言うだけになった面倒な女を誰が見ていると言うのだろうか。私のいないSNSは見ていて愉快だった。楽しそうだった。
自分は自分を殺さないと思う代わりに、家族が思いつめたら、と、一週間で何度も思う。それでもそんな事は誰にも言えなかった。
病院に行こうとも思ったが、また病院には行きたくない。辛いんじゃなくて、それが甘えではないかと思う自分がいるからだ。
被害妄想だけが蓄積していく。発散するような楽しみはもう寝ることくらいしかない。
それでも寝て起きたら誰もいないと思うと、眠れない日が、たまにある。
今日を含めて16日で、私はもうひとつ年をとる。その日を転機に、私は何かを考えなければならないらしい。
これが誰か知り合いに特定されてもいい。私の家族はネットに疎い。それだけでいい。
いつかの日のために取っておいた15万円しかない貯金や給料日を迎えてわずかに潤った預金は、多分、来月にでも使われることになるのだろう。
書いた色々なことがわがままだと言われても、なんとなくこうやって書き残せたから今日はもう満足だ。
もうおやつどきだけど、昼寝をして、冬に向けて衣替えをして、それから、前向きに考えていきたい。