はてなキーワード: 脳天気とは
やる気にならないのはやらなくていいことだと思う。それで留年するとしたら、それは増田が学校に向いていなかったというだけのことだろう。身も蓋もないって?そりゃそうだ。
やれモチベーションだ自己啓発だ鬱だと世の中いろいろ言うが、それらは要するに「無理をする」という前提だ。そして、人間は「無理をする」ようには、余りできていない。
動物として見れば、恒温動物のくせに毛皮も常備しておらず、爪も牙もないのに体は大きいので餌を大量に必要とし、粘膜も露出しているから病害虫への耐性も決して高くはない。また、社会性のある生き物のくせに多頭飼いが難しく個別のスペースがないとストレスで病気になる。唯一の利点として言える大脳の大きさからくる記号操作能力を活用してこれらの条件を克服できる個体も稀には見られるが、大抵は自分たちの使う記号に振り回されてむしろストレスを増やす有様。
一つの生き物として見たとき、こんなに「飼いにくい」生き物はない。大抵の人は、増田のように「自分」という生き物すら飼いきれず持てあましてる。
「やる気出させる」というのは、どっかにボタンとかあるのではなく、上のような「人間の飼い方」を熟知した上で、「ニンゲン」というペットを上手に健康に飼ってやるということに他ならない。清潔な寝床と餌を用意し、病気に気遣い、個別スペースを用意しつつ社会性も発揮できるように他のニンゲンと交流させてやり、大脳で処理するのに適切なレベルの記号環境を整えてやり、そのための活動できる時間と場所を確保してやって初めて、「やる気をもってニンゲンが特定の記号課題に取り組む」という状況が作れるものだ。「ニンゲン」を飼うのは、それだけ難しいことだ。少なくとも、ストレス下で、他のこと(餌や住環境や健康や、また、「将来」という別の記号課題等)に気が散る中で、特定の、それもニンゲンにとってそれほど興味も湧かず困難な(レベル的に適切でない)記号課題を与えて、すらすらとそれに取り組むことを期待するなど、一ブリーダーとしては、脳天気すぎる。もっと色々とすべきことがあるだろう。
というわけで、元増田は、悪いことは言わないからとりあえず部屋の掃除から始めれ。
いらんもんは捨てるかすべて見えないところに片付けろ。課題に取り組めない理由が「面白くない」なのか「難しい」なのかもはっきりさせて、「面白くない」ならもっと課題を面白くできるように、「難しい」なら基礎の勉強をしろ。洗濯もしろ。料理もしろ。餌と住環境を整えろ。
それでも「やる気」とやらが出ないとしたら、それはさすがに病気かもしれん。医者に相談にイケ。まあ、そういうことはおそらくないと思うがな。
いずれにせよ、話はそれからだ。
実直で、真面目で、家庭的。
もう学生時代の頃だけど、その時は子供は3人以上欲しいと言ってた。
でも、いつの間にか34歳。
彼女を見て思った。
なんで気づかなかったのか不思議だけども、子供を産みたいなら、一人っ子じゃなくて3人も4人も欲しかったら、20代で結婚しないと難しい。
しかし、どうやって、どんな相手を見つければいいのだろうか?
転勤族の女が幸せになる方法なんて、結婚したら専業主婦をさせてくれるプチリッチな旦那を見つけるか、一緒に飛ばしてもらえるように同じ職場の人間とくっつくか、そのくらいしかないんじゃないかと。
で、同僚とくっつければいいとして、それ以外だとどこでどう捕まえればいいのだろうか?
公務員なら福利厚生もしっかりしてて、産休育休もとれるんだろうななんて思ったりして。
ところがどっこい、産休育休以前に、恋愛をするチャンスを奪われて、相手を制限され、タイムリミットが近づいてる。
そんな焦りをよそに、男たちは脳天気にセックスしたい、イチャイチャしたい、美人を連れたいだもの。
彼女の切羽詰まった感じは、余計に男たちを遠ざける。
茂木健一郎さん@kenichiromogi 「夢」についての連続ツイート(2011/8/14)
を読むことにしている
より一部引用。
『ゆめ(8)フロイトが看破したように、誰もが無意識の中では人には言えない欲望を持ち、嫉妬や怒り、哀しみなどの感情を持つ。それが夢において現れる。精神の無菌主義は禁物である。無意識の海に浮かんで、その上で他人に善意を向けねばならぬ。』
という言葉にどれだけ救われることか。
話は俺と元彼女のことに移る。
学生時代に付き合い始め、相性は良かった。周りもお互いも結婚するもんだと思ってたぐらい。けど2年前、彼女が俺より先に社会人になった時から歯車は狂い始めた。
が彼女をどれだけ寂しくさせたか。友人も家族も恋人も近くにいない。仕事では新人として足を引っ張る毎日。そのストレスと孤独をどう紛らわしていたんだろう。それを気遣って、支えてあげることが俺はできなかった。その結果、今年の年初に別れを告げられた。
その時の気持ちは辛かっただろう。それは理解できてるよ。
だけどな、
その辛さから脱却するために俺を女ゴコロの理解出来ない悪者に仕立て上げようとすることは間違ってる。
メールをすれば何かしらにつけて俺の言葉尻をとらえて「やっぱり、愛されてない」って勝手に決め付けること数度。その後俺の言葉は一切聞かない。
別れる3ヵ月前、「会わせたい人がいる」と会社の同僚に会わせようとしてたことがあった。多分、恋愛についての相談をしてたんだろうな。で、その会話の中で全部俺が悪者にされて、その悪者の虚像が彼女の中にどんどんできあがってたんだろう。)
で、最後は、
甘言で言い寄ってきた男との浮気を正当化して、俺と別れて、「今の選択肢は間違ってなかった」「私は今は幸せだよ」だとさ。
今は幸せ?当たり前だろ?略奪できるぐらい恋愛慣れor想いを寄せてきた男が不誠実な対応をするわけがない。ましてや愛されてない俺へのアンチの心情との相乗効果でさぞ幸せに感じるだろうな。付き合って数ヶ月で何がわかるの?その幸せ脳天気な頭で。
少なくとも、あんたがそうやって幸せを感じようとしていることが俺には悔しくて、死にたくなるぐらい悔しくて。不幸を感じることしかない。
「私は今はキラキラしてて頑張っちゃってる。けど全然辛くない」
↑
彼女は周囲にいる優秀な同僚=仕事も恋愛も休日もバリバリエンジョイしてキラキラしてる
になりたかったんだろう。
その人生観が合わない。だからやっぱりつきあい続けることはできない。そんな話し合いの末での別れ方なら納得もいったかもしれない。けど、彼女は急に俺を蹴落とすことで楽に幸せになろうとした。
元彼女の心情も、状況も理解できる。たぶん、俺だってその選択肢をする。
けど、それを見ないで、逃げるようにして、俺を不幸にして、自分だけ幸せになろうとしたそのツケは払えよ。昔からの女友達との仲を犠牲にしてまで幸せになろうとするなんて、いつか後悔してほしい。
友人の前では綺麗なことを言って。
って言い聞かせて。
だからせめて匿名でいいからドロドロしたことを全部言わせてくれ。フロイト先生、夢なんかじゃ発散しきれないぐらいの感情なんです。
今月結婚する。今まで2chで「結婚は人生の墓場」という例もたくさん見かけてきた。自分の親もずっと不仲で数年前離婚した。だから「結婚しなければ」というプレッシャーがあったわけではない。それでも今月結婚する。
もちろん、この人と結婚したい、そう思える人が見つかったからだが、それまでの間「結婚したいと思える人」を探していなかったといえば嘘になる。それは、なぜだろうと考える。有り体に言えば「結婚願望があった」ということなのだろうと思う。でも、なぜ結婚願望があったのかは、未だに自分でもよくわからない。
昔から一時的な恋愛にはあまり興味がなかった。寂しいという感情が薄く、性欲もオナニーで解消するほうが合理的だと考えていた。クリスマスにかっこいい彼氏彼女を引き連れて街を歩くといった、恋愛をファッションと考える向きもあるけれど、そういう嗜好性も僕にはなかった。だから、寂しさと性欲のためにいつか終わりを告げる関係性に時間を投資するのは無駄だと思えた。
それでも女性とつきあったことはある。当然、好きだな、と思ったからだが、しかし一方で好奇心(セックス含む)の延長線上、あるいはいつか結婚するためのコミュニケーション力研鑽としてつきあっていたようにも思う。十代の恋愛なぞ、互いがどんどん変化していく中でズレが発生してしまうものだと思うし、どうせ長続きはしないと思ったからだ。実際に長続きはしなかった。それでも、それぞれと数年は付き合ったけれど。
つまり、恋愛願望はかなり薄いが、結婚願望はそれなりにあったということになる。たぶん単純に安定志向だとか、そういう話で片付けてもいいのだけれど、せっかく結婚するのであるから、もうすこし自分の内面を掘り下げてみたい。
結婚したいと思ったのは、両親の失敗例があったからかもしれない。どんなに経済力があっても、夫婦の仲がダメでは家庭はダメだということを理解しているからかもしれない。だから、ちゃんと夫婦仲がしっかりした家庭を作って、なにか「仇」みたいなものを取りたいと思っているのかもしれない。
あるいは、諸々の事情からもう僕には実家がないからかもしれない。僕には何かあったとき「帰れる場所」「セーフティネット」はもうない。ならば、自分の手で作ってしまえ、と思った。僕にとっての「帰れる場所」、あるいは僕の大切な人間にとっての「セーフティネット」を、自分の手で用意したいと思った。生きていく上での何よりも大事な「インフラ」を自分の手で創り上げてみたいと思った。自分のために。あるいは自分の大切な人のために。
単純に、結婚ということにも興味があった。なぜ人は結婚するのだろう?結婚してみるとどうなるのだろう?という好奇心だ。自分は体験主義者であり、世の多くの人が行っている「結婚」をいうことを、自分自身の身で確かめてみたかった。たとえば好きな人と一緒に生活したいのならば事実婚でいいとも思うし、わざわざ結婚届にサインし証人のサインまで取り付ける必要はない。配偶者控除もなくなりそうな感じなのだし、税制上も特に影響はないと言って過言ではない。
でも結婚する人はいる。なぜか。古くさい社会習慣に引きずられているからか?しかし、僕の知人の中には、とても過去の習慣に引きずられてはいないような人も結婚したりしている。しかもどうもそういう人の結婚は幸せそうだし、なにかとても「芯」のようなものを感じる。錯覚の可能性は十分にあるのかもしれないし、自分こそがまさに古くさい社会習慣に引きずられているのかもしれないけれど。そういう意味で、とにかく不可思議で、よくわからない何かを解明したい、という思いがある。
結局未だにわからなくて、それを整理したくて、だからこんな文章を書いてみたりもしたけれど、結局わからないままだ。どれぐらい分かっていないのかというと、「結婚おめでとう」といわれても、何がおめでたいのかよく分からないほどだ。
「就職おめでとう」「転職おめでとう」のように、面接にでも合格した扱いなのだろうか。もしくは、大きな船出の無事を祈っての「おめでとう」なのかもしれない。こんな風に、ひねくれた、とんちんかんな事を考えてしまう程度に、分かっていないのだと思っている。結婚したからと言って「大人になった」「これで一人前」とは、特に思わないからだ。結婚しても、ダメな人間などたくさんいるからだ。むしろ結婚していない人間のほうが、無知無謀ではない、という解釈すらあり得るのが今だからだ。
人は長期的には、自分を否定できない生き物だから、もしかしたら僕も幸せな結婚生活をするうちに「結婚できない人間はダメじゃねーの」と言い出すこともあるのかもしれないし、もしくは結婚に失敗して「あんなものはやっぱり人生の墓場だった」と言い出すのかもしれない。
ただ、これだけひねくれた人間と結婚を決意してくれた人間を、幸せにしたいと強く願っているし、ついでに僕も幸せにしてもらえるといいなあ、と思える程度には、脳天気な心持ちだって、もちろんあるのだ。
そんなわけで、今月結婚する。自分で読んでもさっぱり意味の分からない文章を、ここまで読んでくれた方ありがとうございました。
辛い思いもしないのに
二度と辛い思いなんてしたくないのに
誰とも触れ合わなければ
熱が欲しいなんて思わないのに
冷えたままでいれたなら、冷たさに震えることもなかったのに
求めることもなかったのに
可塑性のないこの世界で
どうして生きていなきゃならないんだ
どうしてどうして、嫌だ嫌だ
触れても離れて、伸ばしても届かない
そんな繰り返し
自らの愚かさで、今日も同じ事を繰り返す
何も聞きたくない、何も感じたくない、何も知りたくない
もう、これ以上、何も荷物を置いて行かないでくれ
これ以上何も入らない、何も抱え切れない
入らない、入らないって言ってんだろ!!!!!
ニコニコして、平気だよって言って、気丈に振舞ってれば、脳天気に振舞ってれば調子に乗りやがって
ちっとも平気じゃねーよ
何にも平気な事ないよ
お前が思うよりどうしようもないわ
てめぇが助けてみろよ
気付けるもんなら気付いてみろよ
くそったれが
中途半端に優しくすんな
どうして良いか分かんねーよ
お前はその手を、最後まで伸ばしてくれんのか
そんな事ねーだろ
てめぇのつまんねー自尊心満たすために、何人の人間が悲しんで苦しんで唇噛んだんだ
誰が頼んだ、誰が得をした、誰が誰が誰が
死ねよ
ああ、やっぱいいや
死ぬ価値もないわ
こうやって惑ってるほうが愚かなんだろ
そうなんだろ
ああ、それは悪かったですね
気持ちわりーな
死ぬとか死なないとかで「それは駄目、悲しいから」とか勝手なことを
てめぇの感情なんて知るか
お前も俺の感情なんて知らんだろ
お互い様だ、清々する、ざまぁみろ、分かり合えやしねーんだよ
俺がいくら「死ぬべきだ」なんて言っても、てめぇにはちっとも意味も理屈も分かんねぇだろ
俺も勝手に憤ってやる
だけど、勝手にして良いんだったら、てめぇの自由も認めんとならんか
勝手にしろ
てめぇが俺が死んだ後に何を思おうが知ったことか
それと俺が死ぬのは何の関係もない
ざまぁみろ
あー、すっきりした
とりあえず書きこんでおいて、落ち着いた頃に読み返して見よう
http://anond.hatelabo.jp/20110417021106
こんな見事な文章は書けないけど、私も似たようなことをtwitterでつぶやいてたら
ってツッコミをする奴が数人いた。フォロワーでもないのになんなのこの人達。
あのさ、それ「太宰メソッド指摘メソッド」と一緒の感覚で万能ワードみたいに使ってるのかもしれないけどちょっと考えてくださいよ。
今まで「VSの構図」って指摘が通用してた載って
田舎自慢VS都会は人多くてしんどくて嫌だわー(あるいはその逆)みたいな頭悪い話でしょ。
それと現在東北と東京の間にある深刻なイメージの違いって全然違うレベルの問題だと思うんよ。
これは、いつもの議論の価値のない話と一緒くたにして決まり文句で黙らすんじゃなくて、
ちゃんと議論されなきゃだめなんだと思うんだよ。
少なくともこっちは真面目に語ってるのに、
見も知らぬ他人から、そんな薄っぺらい言葉で、唐突に話しかけられて嬉しいと思うんだろうか。
「こんな時だから日本として一致団結しなきゃ」ってスローガンは結構だと思うんだけど、
それがスローガンだけにとどまってる現状を嘆いてるのに、
今はこのスローガンに従うのが流れでしょ、みたいな対応されるのってむちゃくちゃ腹立たしいんですけどね。
的外れとまでは言わないけど、もっとこっちのことを知ってくださいって訴えることもだめなの?
「東京の人たちが思ってるイメージに東北の人間がしたがうこと」が一致団結なの? ふざけんな
現場はこっちだろうが。
東京中華帝国みたいな発想持ってる奴はtwitterなんかやめて今すぐ踊る大捜査線借りてこいよ。
普段だったらこういう頭の悪さってむしろ可愛いくらいに思えただろうけれど、
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101227/crm1012270130003-n1.htm
「大学生にもなって」ってのんきなブコメ書いてるやつ反省しろ。
知らなかった事自体は別にいい。でもそれを堂々と恥じずに書けるその神経がヤバい。
なんだその脳天気な認識。さては高学歴だな。おいらルサンチマンかんじちゃうぞ。
学生運動における内ゲバの歴史やら大卒でも頭の沸いてる左翼とか
ネットにおける晒しで内定取り消しや退職に追い込む2ちゃんの陰湿さを見てればわかるだろ。
2ちゃんを昼からやってるいじめっこ集団はあれたいてい大学生~それより年上だぞ。
差別とか、義務を果たしてないとか、反論不可能ないじめの理由を作って徹底的にいじめるのは
どちらかというと大学以降だぜ。
あと、子供のいじめだってもともとは親の差別感情とかが原因のことも多いしな。
あと、ブラック企業の存在は公然とみなしておきながら大学ではやらないだろうと考えられたその脳の構造はどうなってるのか。
お前らみたいになんか都合の悪いことあったら東京拒否すればいいや、とか言ってられるような人間ばっかりじゃないんだぞ。
とりあえずアホなブコメしたやつはこういうキーワードで検索してみろ。
あといじめてるやつ。相手もさすがに大学生なので、考えなしにやるなら殺される覚悟を持っておいたほうがいい。
http://d.hatena.ne.jp/shanaineet/20100419/1271679485
うーん。正直この記事すげえ嫌い。
この状況、「会社は」気の毒というか仕方ないよね、て気はするけど
社内失業中のやつは全く同情できないな。
そんなにいやならやめたらいかがだろうか。若い頃の時間ってめちゃくちゃ重要だと思う。
半年とか1年ならともかく、2年間も社内失業を続ける意味が全くわからない。
その問をだしてもこない時点で、何を言われても頭に入ってこない。
偉そうなこといってるけど、私も社内失業やってた。
でも最初からこれは我慢出来ないなと思ったので、
1年我慢して200万貯めたら会社やめた。
これで成功したとか言えば格好良かったんだけれど、
話はそううまくはいかない。こんな時間に書き込みしてる時点でわかるよね。
今も無職。バイトとか他人のイベント手伝って過ごしながら勉強してる。
だから、ここから先は負け惜しみになるけど
金もないし職もないし、ぶっちゃけ結構衣食住困ってたりするけど俺やめてよかったと思う。
一応英語だけはしゃべれるようになってきたし。
終日無言とかじゃなく、ちゃんと話し相手もいるし。
社内にずっといるよりはましだって思うよ。
これが個人の問題じゃなくて、社会の問題だってことはわかってるよ。
それでも、会社のせいにして、自分では何も動かないまま欝になっていくやつとかみると
やっぱり自分で何とかしろよって思って反発をかんじちゃうんだよね。
さらに蛇足すると。
ブコメ見たけど、なんか自称社内失業者さん、割と脳天気な感じだよね。
なんだかこの記事で言われてることと実体が全然マッチしてない気がするんだよ。
データだけじゃなくて、具体的にどの程度実例と向き合ってきたの?
もっといえば、勝手に問題を召喚して、注目を集めたいだけじゃないの?とか
本当にいろんな難癖をつけたくなる。そのくらいずさんな仕事に見える。
こんなんじゃ誰も救われない。
事実、高校生の頃まではそういう生き方をしていた。大学に入って、アルバイトだけども働いて、少し変わった。
人並にストレスと言うものを感じるようになった。愚痴るようにもなった。
だけど、一日立てば忘れられる馬鹿な奴。そういう自分を演じていた。多分。
母からは「あんたでもストレスを感じるの」と言われて腹が立った。
弟が鬱病になったら父が「お前は強い子だから大丈夫だな」と言われた。
そんなことないよ、安本丹な私でも傷付くことだってあるよ、と言いたいけど言えない。
転職活動が失敗の連続で、何にも手が付かなくなるほど落ち込んでいるけれど、家族の前では平静を保っている。
今日も不採用の通知が来たが、母はまたかとだけいい、私は封筒の中から履歴書だけを抜き取った。
経験者優遇と謳い文句にあったから少しは自信があったのに、不採用という現実を突き付けられて、泣き喚きたくなる。
ネットを覗く。ゲームをする。楽しいことをして精神の平衡を保つ。
きっと、また落ちたのに遊ぶあの子は現実が見えてない、と思われている。
友人に会いたい。会って遊んで話して気力を取り戻したい。
そう思うけれど、友人らには私以外の友人が沢山いる。
私の愚痴や息抜きに付き合うくらいなら、他の人と楽しくお洒落に休日を過ごした方がずっと有益だろう。
それに友人らには友人らの大変な現実がある。自分の荷物を他人に押し付けてはいけない。そう思うと連絡を取る行為は憚られた。
普通の若い人みたいに、日々のことをメールや電話で伝え合う習慣が私にもあれば、違ったのかもしれない。
最近、胃に痛みが走るようになったような気がする。
肉も菓子も受け付けるのならば、それは気のせいだ。
そこまで私は柔な造りにはなっていない。そう結論付けて、出来るだけ楽しいことを考えながら布団を被る。
私はサボり魔である。筋金入りで予後不良の。
幼少の頃から厭なものから逃げ続け気がついたら三十路になってた。そんな私はサボり癖が元で精神を病み社会生活を送れない体になってしまった。
ふつうの精神疾患なら投薬と適度な休養で概ね治るはずなのだが、私の場合はサボり癖という精神疾患の根元になるものがあるので質が悪い。投薬も5年以上続いているし、休養も自分でもうイヤだと思うほど取った。でも治らない。ある程度回復したと思い就職活動して仕事を始めるが長続きしない。そしてクビになってまた精神的にダウナーになり休養が必要になる。こんなのを何度も何度も繰り返した。真面目に職歴書いたら30近くになるんじゃないだろうか。20代もそんなのに翻弄され暗黒の時代、黒歴史になった。気がつけば三十路である。もう後はない。
少しづつ焦りだしてきた私はふと考えた。何故こんな風になってしまったのだろう、と。
私のサボり癖の根元を語るには幼少の頃からの話をしなければならない。
私がまだ幼稚園にも入る前の事だ。当時の私は英語に非常に興味を持っていた。よく買い物に出かけた横浜駅のジョイナス地下駐車場は英語でブロック分けされていて、それを見て初めてアルファベットという物に触れた。何故か判らないけどアルファベットが非常に気に入ってしまい英語という物に少しづつはまるようになった。
ある日TVで英語教室のCMをやっているのを見て母に「これかよいたいー」とせがんだことがある。母はその申し出に協力的で父に頼んでみる、と言ってくれた。それを聞いてワクワクしていたのを覚えている。
しかし父は「まだ習い事するなんて早い!」と、私の幼い願いを一蹴した。英才教育なんて言葉があった時代か判らない。グローバル化のグの字もまだ無い時代だったし英語の将来性を見いだせなかったのかもしれない。ともかく私の願いは絶たれてしまった。
そのことについて父を恨むつもりはない。でもちょっと根に持っている。だってもしその時英語教室に通っていたら私の人生は大きく変わっていただろうと思う。飽きっぽいけどのめり込む時はとことんのめり込む私のことだ、通訳とか外資系でエリート・・・なんて言わないけど少なくても英語には不自由しない人生を送れたかもしれない。
ある春の日のこと、私は父に呼び出された。そして「出かけるぞ」みたいな事を言われ、半ば強引に車の乗せられて駅前のダイエーに連れて行かれた。何が起こるのか全く判らない私、何も言わず私の手を引っ張る父。?マークを頭に3つくらいグルグル回しながら連れられて行き着いた先スイミングスクールの上の階の階段を下りた先の小さな部屋だった。父は「ほら行け」と言わんばかりに私をその部屋に置いてどこかへ行ってしまった。
何ここ何が起きるの?
幼いながらも恐怖した。
部屋には私と同い年くらいの子供が数人いた。大人も何人かいて、何か冊子のような物をを配っていた。私の順番がきて冊子を渡される。そこでようやく理解した。冊子の中身は全て英語だった。
父がどう心変わりしたのか判らないけれど、私は数年越しに英語教室に通うことができたのだった。
しかし、だ。
それは遅すぎた。
小学校3年の私はもうすでに英語に対する興味を失っていた。正直、いまさら?だった。
それから4年間英語教室に通った。楽しいこともあったし、友人もできたけど根底にあったのは「苦痛」だった。
その苦痛が形としてでることがあった。それは「逃避」。有り体に言うとサボリだ。一人で自転車でダイエーに行くのでサボることがバレることは基本的に無かった。何度か買い物に来た母親にサボってコロコロ読んでるところを目撃されて大目玉を喰らったことがあるがそれでもサボる事は止まらなかった。年数が経てば経つほどサボリはエスカレートしていき週一回の教室に月3回サボるなんて酷い事態になることも多々あった。何が厭だったのかは今となっては思い出せないがサボりたくなるくらい苦痛だったのは覚えている。
初めの頃は問題もスラスラ解けて楽しかったのだけど、ランクが上がって難しくなってくると少しずつ「苦痛」になってきた。苦痛になると私は逃避を始める。サボリ始めたのだ。きっかけは些細だった。友人が「今日サボんね?」と言ってたのだ。それに乗ってしまって後はそのままズルズルと・・・。これも週二回の教室で月数回しか通わない程になり公文の講師のおばちゃんに「ちゃんと毎回来なさい!」と毎回言われたものだった。
それから中学に入って少しして英語教室は辞めた。学校でも英語の授業が始まったしこれ以上受ける意義を当時の私は見いだせなかったのだ。
公文はサボリながらも中学卒業まで続けた。高校受験の時はさすがに真面目に公文で勉強した。でもそれは友人が周囲にいっぱい居たからであって、私一人だけだったらどうなっていたかは判らない。
一番の志望校じゃなかったけど目標にしていた地元の公立高校に入学した。
高校時代は楽しかった。今までの人生で一番楽しかった。友人もたくさん居たし、心から楽しいと思える授業もいくつかあった。そのせいもあって驚くことに三ヶ年皆勤で卒業式の時に表彰されメダルを貰った。
なんというか極端だな・・・と。
しかし、その影にも私の逃避、サボリ癖はあった。
高校では三年間図書委員だった。特に理由はなかったけれど図書委員になっていた。
図書委員の活動は図書室の貸出係の業務と月一回の委員会活動があった。貸出係は昼休みと放課後に当番であったのだけどこれに私は全くでなかった。当番は殆ど放課後だったのだけど、早く帰ってゲームしたい盛りだった私はとにかくサボってサボりまくった。たぶん3年間で10回出てないんじゃないかと思う。委員会は強制参加なので仕方なく出たのだがその時よく「貸出係をサボる輩が居ます。ちゃんと出ましょう!」とほぼ名指しで委員長に言われることがあった。挙げ句には「てめぇいい加減にしやがれ!!」とキレられたこともある。それでもゲームがしたい、寝たいばかりにさっさと自転車で家に帰る自分が居た。救いようがない。
この頃まではサボっていても何とか回っていた。学力はそこそこあったしテストでも苦手科目の数学以外はそれなりの点数を取っていた。
しかし、だ。努力する者としない者。その差をまざまざと見せつけられることになると当時の私は知らなかった。
高校二年の冬のこと。そろそろ大学受験も視野に入れなければならなくなってきた。周囲でも予備校に入学して対策を講じる者が増えてきた。
私も「予備校かー、どうしようかなー」と脳天気なりにも意識し始めていた。ある日、図書室の前にあった予備校案内のチラシを見て何枚か持ち帰り検討し、その中から一行選んで入校することにした。両親は特に何も言わずに入校を許可し私は予備校に通うことになった。
地域ではマイナーな予備校だったが友人もいることが判り喜び勇んで予備校行く・・・はずだった。
予備校は私が想像していた以上に過酷なモノだった。英語は毎回英単語テストがあったし数学は高校よりもずっと高度だった。正直ついていけなかった。ついていけない結果はテストでダイレクトにアウトプットされる。志望校合格ランクDとかEとか当たり前だった。
今までどうにかなっていたモノがどうにかいかなくなってしまった。劣等生。そんなレッテルを貼られた気がした。
高校3年になって予備校に行かなくなった。辞めたわけでなくサボるようになった。劣等生な自分を認めるのが厭だった。劣等生であるという事実を突きつける予備校に近づきたくなかった。英語の授業は友人が来いとうるさかったので月に数回出た。数学は全くついていける気がしなかったのでチューターの人に怒られるまで殆ど出なかった。高3から受講し始めた化学は授業がすごく面白かったし得意科目で余裕でついていけたのでこれだけは出席率が高かった。それでも7割ってところだけど・・・。
がんばった者とがんばらなかった者
逃げなかった者と逃げた者
大学受験--
無論私はボロボロだった。無惨だった。
センター試験で自己採点。数学は2点だった。得意の化学でも5割いかなかった。
死を覚悟した。
一般入試が始まった。
私は高校担任教師の薦めで無名のFラン大学の化学科を受けた。目標にしていた大学は「絶対に無理だからやめろ」と言われた。返す言葉もなかったので大人しく言われた大学を受験した。
結果。補欠合格。
はは、引っかかちゃった。
当時の私は安堵した。浪人生活をしないで済んだから。浪人は落第者で敗北者だと思っていた私は本当に喜んだ。
でも、気がつかなかった。おまえは運が良かっただけだ。
だって・・・「努力したのかい?」
大学生活が始まった。中学からずっと同じの友人が一緒の学校だったので初めはよく一緒に登校した。学科は違ったので登校と昼休みくらいしか一緒ではなかったけど知る人が居ない学内ではとても安心できるものだった。
大学1年の授業は楽しかった。特に有機化学と分析化学が好きだった。2年から生物化学の授業があってそれを目標にしていきたいと思った。
しかし、異変は訪れる。とある教科を落としてしまった。有機化学の概論。難しい授業だったけど好きな授業だった。ただ落としただけなら来年取り直せばいいだけなのだが、この授業はとても大きな、そして致命的なものがあった。
偏屈で有名だった生物化学の教授が設けたハードル。私はものの見事にそれに引っかかってしまったのだ。
何かが壊れた。
大学2年。目標の生物化学を受講できず腐った。さらに悪いことにほかの授業が難しくなった。特に物理化学は私が苦手だった物理の概念が入って手に負えなくなってきた。
苦痛になると訪れる甘い囁き
「逃げちまえよ」
それにあがらえる訳がなかった。
初めは大学内の図書館で本を読むだけだった。それから街のゲームセンターになって・・・兎に角大学に近づかなくなった。金だけは親から必要額貰っていたので不自由はしなかった。適当に旅に出て時間つぶして家に帰るとかざらだった。
その差は歴然と表れる。
いままでどうにかなっていたものがどうにかならなくなった。
背中に火を付けられたような感じがした。
兎に角焦った。
焦って勉強をする。でもついていけなかった。下の学年の授業を受けることも多々あった。誰あいつ落とした上級生?だせぇ。そんな声が聞こえてきた気がした
「ニゲチャイナヨ」
でも逃げると今度は留年だ。
逃げちゃダメだ
逃げちゃダメだ
逃げちゃダメだ
14歳の少年は逃げずに立ち向かうことを選択したのに20歳のアホは逃げることを選んでしまった。
不安焦燥感、誰かに笑われてる感覚、必要以上に自分を責める。木の棚にカッターで何度も切りつけて酷い跡が残ったこともあって母親にそれを見られて酷く心配されたことがあった。
ロクな精神状態じゃないときにロクな思考はできない。
真っ暗な夜道の中をひたすら逃げているような状態だった。
次の年の春。私は留年した。
その日私は父親に叱責された。この後どうするんだ、と
ロクな精神状態じゃなかったので思考は回らず兎に角逃げることしか考えられなかった。
がんばるから、がんばるから
この時はそれで何とかなった。
留年生活のことは正直覚えてない。思いだそうとしても頭がアクセス拒否をする。
唯一判るのは焦ってどうにもならなかったこと。そして逃げ回っていたこと。
翌年、再び私は留年した。
二度目の父との対話。
今度はなかった。
そして社会に放り出された私は働かなければならなかった。当時は引きこもりもニートという言葉もなかった。父親には働けと強く言われたので働くしかなかった。
ハローワークにあししげく通って何度も何度も追い返されてとある会社の研究所に拾われた。
そこは農薬を作っている会社の研究所で初めはそこの農場のアルバイトと言うことで面接を受けた。
でも、せっかく化学のバックグラウンドがあるんだしということで話が少しぐらついた。
とっさだった。とっさに私はこう言った。
何でこう言ったのか今では判らない。
しかしそれは項をそうした。「じゃあそういうことなら勉強する意味も込めて」と研究所の助手で採用してくれることになった。
運が良かった。
研究所での仕事は本当に楽しかった。学校で習いきれなかった事も学べた。とにかくがんばったので会社も評価してくれた。
「今はアルバイトだけどがんばったら正社員にもするよ」なんて総務の部長さんが冗談めいて言ってくれた。
本気にしてがんばろうと思った。
でも、なんでなんだろうね。上手く行かないときはとことんうまくいかない。
入社して少し、変な奴が研究所にいると言うのを知った。
「同じ位の歳だし仲良くしたら?」と言われてそいつに会いに行った。
すんげぇイヤな奴だった。
京大大学院卒というのをさりげなくアピールしてFラン中退の私を見下してくる。
正直あんまり関わりたくなかった。
なんでだろうって。
殆ど歳同じなのにあのいけ好かない奴は京大大学院卒で正社員、私はFラン中退でバイト。この差はなに?
それがずっとこびりついて離れなかった。
それはそいつと顔合わせなくても研究所内に居るだけで考えてしまう。
「苦痛」だった。
とにかくとにかく苦痛だった。
また別の日、通勤のバスに乗っていると不思議なことが起こった。
降りるべき停留所に近づくにつれて妙に息苦しくなるのだ。そして頭が真っ白になって「ニゲロニゲロ」って告げてくる。
そして降りるべき停留所が来た。
降りられなかった。
こんなことは初めてだった。なにが起きたか判らなかった。
その日は慌てて次のバス停で折り返して事なきを得た。
それから数日同じ事が何度も何度も続いた。症状はエスカレートする。降りるバス停が延びていき遅刻が酷くなる。それを上司に注意されたら今度は体調不良で休むととっさに電話で言うようになってしまった。
さらに数日して何とか出勤できた日、所属部長に呼び出された。
怒っているわけでなく本当に心配しているようだった。なので症状を正直に話すと
「無理はしないようにしてほしいけど、勤怠が悪いと正直こっちも困る」
と言われた。
その日早退し精神科を探した。
小さなクリニックで老医師がこう言った。
「そりゃウツだ」
そう診断され一日三日分のホリゾンを貰った。
ホリゾンを飲んだけど少しぼんやりしただけであまり変わらなかった。
それからも朝の戦いは続いた。負け戦ばかり。
「大切な話があるから明日は必ず来るように」
と
翌日。何とか私は出社した。
そのまま会議室に連れて行かれた。
そこには研究所の所長と所属部長が居て3対1の面談が始まった。
「単刀直入に言う。辞めてくれないかな?」
総務部長がそう言った。
あぁ、クビか。
後は事務的に話は進みその日のうちに私は解雇された。
どこも悪いところではなかったけれど、必ず不思議なことが起きた。
朝起きて家を出ることはできるけど電車やバスで最寄り駅に近づくと呼吸が荒くなって怖くなる。頭は囁く「ニゲロニゲロ」と
そんな状況に陥り全く出社ができなくなってしまったのだ。
最長で半年、最短で一日。これはクビになるまでの日数。
職歴は正確に書くと30は行くんじゃないかと思う。
ここ1・2年はさらに酷くなり、部屋から出られなくなってしまった。
朝起きてその時点で恐怖発作と「ニゲロニゲロ」という囁きが頭を支配する。
精神科にはもう6年かかっている。
はじめはホリゾンだけだったけど今は抗鬱剤3種類と抗不安薬、睡眠薬まで貰って飲んでいる。
挙げ句には自立支援の申請をして精神障害者手帳まで交付された。
ふと思った。何でこうなってしまったんだろう、と
最近また会社をクビになったので少し考える時間ができた。で、考えを整理するためにこれを書いている。
結論を言うと私のこの病気の根元は「サボり」だと思っている。
「苦痛」からの「退避」。小学校の頃の英語教室からずっと続いているこの癖。これが原因じゃないかと考えている。
おそらくこれは正しい。
正しいことは判ったが対策がわからない。
生来のサボり魔たる私はどうしたら正常の社会的な生活を送れるのだろうか?
そもそも私の病気は何だ?
精神科で投薬治療は受けているがこれだけでは改善にいたっていない。というかここ最近悪化しているとすら思う。直近でクビになった会社では不安の恐怖、あと鬱的思考から自殺をほのめかすメールを送ってしまい大騒ぎになった。
年々悪化しているこの「現象」
いったいこれは何なんだ?
どうしたら治るんだ?
どうしたら社会的な生活を送れるんだ?
だれか、教えてほしい
それよりも、新自由主義との決別でオバマ万歳yes we canとか言ってた脳天気な人々が、
いや、日本に天才なんていらないでしょ。
その通り。日本はアメリカの保護国でありマイナーリーグ国家だから、
本当の天才は日本に残っていない。母集団のレベルが低いし人生の選択肢も少ない。
現在の日本にいるのは能力的に海外進出出来ない人間だけである。
地方都市に残っているのは能力的に首都圏に行けない人間だけである。
本当のリア充はただ脳天気な馬鹿ではない。周囲の人間に何も期待していないのだ。
周囲にネガティブな印象を与える事なく、周囲の人間が楽しくなれるような話題を上辺だけ言う大人である。
この場面はこのセリフを言っておけばいいなと計算しながら周囲の人間をコントロールする賢者である。
重大な話を胸に秘めつつも、周囲の人間にはそのような話を理解できる知能がないと割りきって表向きは楽しく生活が出来る大人である。
淘汰圧のかかり方が現代とは違う。
過去世界のような過酷な環境では、より頑健で、窮乏に耐え、肉体労働に屈しない人間が生き残った。
現代のように余裕のある世界になったのは本当にここ最近のこと。
外見の美醜のような些末な要素が生殖にとって重要な要素になっていなかった。
過去世界の人間からみると現代人はなんて脳天気なんだ、と思うだろう。
経済的に余裕のある世界が長期に渡って続くならば自然と平均的な容姿は改善される。
1万年もあれば残っているのは現代よりも美しい人間になるだろう。
もちろん体力的には現代人よりもずっと落ちるだろうが。
増田では『友人に求めたい力』をテーマに、20~20代の社会人を対象としたアンケート調査(複数回答可)を実施。その結果、1位から順番に【非常識力】(83%)、【テレ屋】(74.3%)、【脳内妄想力】(53.0%)があげられ、増田が友人に求める三大能力がわかった。
友人に求める力の1位は【非常識力】「どういう会話をするにしても常識を相対化して捉える能力は必要」(東京都/20代/男性)というように、面白い会話をする上で“基礎となる力”だという意見が目立ち、たとえほかの部分が劣っていたとしても「とりあえず非常識を楽しめる力があればいい。あとは、いろいろな分野ごとに知識をみにつけてくれれば」(東京都/20代/男性)とコメントする人が多かった。なお「非常識なことを楽しむにしても、人としてスレていない人であるほうが、付き合いやすくてベター」(東京都/20代/男性)との声もあった。しかし、一方で「スレていてもいいです。面白ければ。ただ、頭が悪いのは勘弁してほしい」(東京都/20代/男性)という声も。また「ワイドショーを見ていて腹を立てる人もいいですが、ワイドショーの会話をただのエイリアンの人たちの会話だと思って楽しめるぐらいにまでなっていると完成度が高くて素晴らしいですね。」(東京都/20代/男性)といった理想も挙げられていた。
続く第2位は、重要なコミュニケーション手段である【テレ屋】。“テレにはじまり、テレに終わる”という言葉もあるが「ちょっとテレるぐらいの控えめなところもある人だと、ウザくなくていいですね。」(東京都/20代/男性)、「しっかりとテレて、たまに<自分なんてダメだ…>と思ってしまうような、ちょっとした自己不信感のあるような……でも、そういう自己不信感と日夜戦っているようなかわいい方でなければ、単に脳天気な人だな、としか感じられません。魅力に欠けます。単にウジウジしている方は問題ですが。」(東京都/20代/男性)などの意見も多く、テレ屋がその人の総合的な評価に繋がっていることを指摘する人は少なくない。
3位は【脳内妄想力】で、「いくら万能だったとしても、孤独に耐えられる能力がなければ終わり」(東京都/20代/男性)、「「オレの嫁」が数人ぐらいいるぐらいでないと、自分のダメさ加減を客観化することができないと思うから」(東京都/20代/男性)というように、良好な人間関係が仕事をこなしていくうえで重要な働きをすると考えている人が多数。さらに、「上司にその力がなくて苦労しているので……」(東京都/20代/男性)と、身近な体験談からその重要性を訴える人もいた。また、「脳内妄想力がたくましい人は、一度でも火がつくとすごく面白いことを考えることができる場合が多い」(東京都/20代/男性)などといった評価も聞かれた。
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