はてなキーワード: スクワットとは
このほど自分も30歳となった。
自分の場合、30歳になっても実感がわかないというのが自分の中で肯定的に捉えられてない。
20代を振り返ると、頭の中身は17か18で停まったまま、自分の中の20代の生活をリアルに感じられていなかった。
改めて総括するとそれは、少し恥ずかしく、情けない。
50m走で10秒かかってしまうような運動音痴が、筋トレとジョギングが趣味となった。
カスタネットもまともに叩けなかったリズム音痴がダンスやカラオケにはまったりした。
思い返すと、変わったことというのはそういった趣味の面だけだ。
オトナになったかといえば、そんなことはぜんぜんない。
使う金も得る金も、17,18の頃に比べれば桁が1つ2つ違うものになってるが、感覚はそう変わっていない。
数百万の残高をみても、貯まったなぁくらいにしか感じないし、仕事での成功もゲームでイベントをクリアしていたときの感覚と変わらない。
死別から学んだのは冠婚葬祭にはお金がかかるということ、転職から学んだのも新しい環境に移るためにはお金がかかるということくらいだった。
30代の抱負を持とうと思ったりしたが、大きな目標は浮かばない。
年収1000万プレーヤーを目指すとか、部長になるとか、そういう目標を持つのは今の時代ちょっと違うような気がする。
学歴も職歴もコネクションも次元違う人間が想像もつかないようなルートで横入りをしてくるんだろう。
10年経ったって、いま550万の年収が600万台になってるのがいいとこなんだろう。
収入はなるようになれだし、目標を立てようにも、貯金をするくらいしか浮かばない。
しかし、使うあてもないのにお金を貯めるのを目標にするというのはどうかと思うので、具体的には車の更新費用と老後の蓄えということで700万ほど貯めよう。(国産車の新車1台分200万、老後の生活資金に2000万を40年で貯めるとして10年だと500万)
あとは健康面かなぁ。
ベンチプレス115kg、スクワット150kg、デッドリフト200kg、フルマラソン完走、それらを40歳になるまでは一回は。
恋人も一度は作ろうと思う。
そんくらい。
増田も頑張ってくれ。
ゆっくりとしたハーフスクワットで大腿筋を追い込んでみてください。
この2分ほどの時間は、どんなライフハックよりも自己啓発よりも
スクワットが終わったら座ってみましょう。
パンプアップした太腿が全身にここちよい充実感と血流を運んでくれています。
どれだけたくさんライフハックを齧っても手に入らなかった自己変革感が得られましたよね。
ジム通いを試した人は多いと思いますが、何故か皆さんカーディオにいかれますよね。
ウエイトトレーニングなんです。本当に必要なのは。
ウエイトトレーニングは短い時間に集中して力を出し切ります。
1回1回が己との対話であり克己心の連続であり、発見の繰り返しなんです。
ベンチに寝てバーベルを挙げてるだけのことで、これら全てが得られるんです。
本当ですよ。
…というテーマがウケると言うけど、本当か?普通の方法しかないけど。
適度に筋肉が目立つ胸筋(人によってはちょっとむちっと柔らかそうな方がもてることもあり、行き過ぎるとクマ系になっちゃうけど)、ゴツっとした太い二の腕、そしてきゅっと引き締まったお尻(殿筋)。
ここを鍛えると非常にゲイにもてます。
背中の筋肉もいわれることがあるけど、脱がないとわかりにくいしなあ。
鍛え方は至って簡単。というか基本。
2.腹筋→まあ腹筋を引き締めておくに越した事はありません。胸筋を目立たすためにも是非。(ぷよんとしたお腹も別系統にもてますが)
3.スクワット→殿筋を引き締めると共に大腿部の筋肉を鍛えておきましょう。両方とも本番でも非常に使う筋肉です。
すべて自宅で実行可能です。毎日少ない回数から開始して、どんどん回数を増やしていきましょう。
一ヶ月継続するだけでも難しい。誰だって三日坊主に似た経験ぐらい持っているはず。私自身も継続できないことが多いので、どのようにしたら一ヶ月間継続できるかを考えてみた。考えたというよりただの思いつき。なのでまだ実行していない。
意思が弱い場合や、それほど重要でない自発的な場合、とりあえずなにかしたい人向け。
たとえば、「英語の勉強を毎日1時間する」という目標があったとする。一時間は長いので、代わりに、「毎日5分間英単語の勉強をする」にする。短く分割できる場合はとにかく分割する。
<例>
・英語の文章を5分ぐらい読む
(※ただの例なので、中身はあまり気にしないでください。)
<例>
・5分間デッサンの練習をする
・腕立て伏せ24回!!
・腹筋24四回!!
・スクワット二24回!!
・5分でできる料理をする
「五分でわかる」でググッて、出てきたものを適当に勉強するもよし、その中で毎日続けられそうなものを探すのもよし、適当に追加する。
ちなみに今10個挙げたが、全部あわせても40分程度。
これだけ目標をあげればひとつぐらいは一ヶ月継続できるのでは?と思う反面、ある日突然すべてをやらなくなってしまう可能性もあるので、次は消極的目標を考える。
<例>
・おなにーとかしない
・お菓子とかを買わない
・十一時以降ははいんたーねっとかやらない
・カフェインとか取らない
・お酒とか飲まない
・タバコとか吸わない
・にちゃんねるとか見ない
・深夜アニメとか見ない
・mixiとかやらない
・ニコ動とか見ない
とにかく、やめた方がいいとかやめたいとか思っているものを考える。これで、もし万が一やる気がなくなって何もする気もなくなって鬱になっても消極的目標は何とか達成できるはず!
しかしながら、「おい、五分程度じゃ何にもできねーよカス!アホ!バカ!」とかなんとか言われると心が痛むのでもっと時間のかかる目標も考えてみる。時間がかかるようなものは気合を入れなけつづかない
<例>
・ジョギングする
・毎日一枚絵を描く
など…。これらは短く区切ってやることは難しい。短く分割できるならする。できないならそのままでよいので目標に追加する。
1~5ので考えた目標の中から、できるだけ多くチョイスしそれらを開始する。
消極的目標や一回に時間のかかる目標も含めるべし。どれだけ選ぶかは時間や能力の許す限り。
なぜ数を重視しているかというと、複数選択しているので、途中で投げ出してもほかの目標はまだあるよ、だからきっと一個ぐらいは一ヶ月続くよ、という安直な発想。
些細なことでも一ヶ月間継続することで多少の自信につながるし、一ヶ月ぐらいで物事に適応し習慣化できるらしい(それ以降はあまり苦労しなくてもよいかもしれないということ)
継続できたら、またもう一度同じように新しい目標を複数導入したり、5分だったのを10分にするなどステップアップを考える。そうすると継続は力なりを徐々に体感できる…かもしれない。
腕立てでも腹筋でもスクワットでも実際の効果を無視した回数をこなすためのやり方ってのがあるからね。
別に負荷をかけてやるわけじゃないなら筋力があるから回数が出来るってわけでもないし。
負荷をあまりかけない回数重視のやり方なら小学生でも何百回とできる子はいるよ。
すみません遅くなりました。僕のやりかたが正しいのかは何とも分からないですが。
膝は左膝下側→右膝内側→右膝外側の順に、直ったと思ったら次にと痛くなりました。
左膝下側の痛みは筋力不足だと痛くなる位置ということで、筋力つくのを待つしかないためテーピング対処のみでした。膝の皿を包み込むような形で膝下を圧迫させるテーピングです。
右膝の痛みは着地時の左右のブレらしく、やはり筋力不足です。このときからスクワットを毎日やるようにしました。テーピングは痛い側の膝横をクロスさせる形です。膝サポーター等を買おうかどうしようかと、悩んでるうちに痛みが引いたり再発したりで、結局サポーターは買ってません。
あとは痛いところを庇い過ぎないように意識し、痛くても正しいフォームで走るようにしました。そうすると不思議と痛くなくなってくるのですよね。やはりフォームが乱れたときに痛くなるようです。もちろんそれでも痛いときは走るのを止めましたが、膝痛を理由に長期間休んだことは無いです。
あくまで僕の場合と言うことでご了承方。
http://anond.hatelabo.jp/20090203200017
色んなことを思い出したので追加。
ただの長い思い出の続きなので、お時間のある方へ。
つらいトレーニングは散々あったけど、
逆立ちは当然ながら頭に血が上ってしまい、倒れる人続出。
勿論練習中に水は飲ませてもらえなかった。
一流のアスリートの方々も厳しい練習に耐えていると思いますが、
ちゃんと科学面から見て体に一番よい方法でトレーニングしていると思う。
練習中に水も飲まない、休憩も取らない、って間違いだらけ。
ある時、顧問がどこかで情報を仕入れてきて、
水は飲ませないけど、その代わりプロテインを飲め!って言い出したときがあった。
プロテインの粉と水をシェイカーに入れたものを飲むんだけど、
これが粉っぽくて、喉が渇いている時に飲みたくないものNO.1で大嫌いだった!
キロ単位の缶で購入していたのですが、値段が高く、部費だけではカバーできないので、
正月には全員で近くの郵便局で年賀状の仕分けと配達のアルバイトをさせられた。
練習より何倍もマシなので喜んでやってたけど、稼いだお金は全部部費へ…
あと、レイプはされませんでしたが(たぶんみんなも無事だったと思う)
体を痛めた時に、キネシオテーピングを上半身裸になって顧問に貼られたりしてたな。
ちゃんと知識がある人じゃないと逆に体によくないらしく、
顧問はずっと運動をやってきたから知識があると言って貼っていたが、
今思うとすごい問題なんじゃ…って感じ。
なんで辞めなかったんだというコメントがありましたが、
あの中にいたら「辞める」っていう選択肢は選べなかったです。
今でも本当に関心するんだけど、あの顧問の人を追い込む力はすごかった。
その人の心を見透かしたように言われて嫌なことを言う。
辞めたいなんて言えば、今ここで辞めればもうこの先の人生全部ダメみたいなことを言う。
タダでは辞めさせない、辞めるんだったらそれなりに心に傷を付けさせる、
そんな感じだった。
だから辞めて言った子たちは、自分で辞めたいって言ったのに、
散々嫌なことを言われて嫌な気持ちになって追い出されるみたいに辞めていった。
メンバーにも「あいつは自分に甘い裏切り者だからお前たちを置いて辞めた」みたいに言う。
だから、引き止めようとする人もほとんどいなかったから殺伐としてたな。
まさに洗脳ってやつですね。
あと、辞めたら結構かかるお金も負担してくれて、
平日も休日も応援してくれてる両親にも申し訳ないと思った。
2年になってから、もう半分来たんだからもう引き戻せないとも思った。
そんなに厳しい思いをすると、それを無駄にするのが怖いって気持ちが強かった。
とにかく前を向いて毎日過ごすしか選択肢がなかったんだなあ。
「指導者側の根底に愛があるかどうかが問題」とコメントに書いていた人がいましたが、
愛は…どうだろう。あったのかな。なかったのかな。
本当にわかりません。
顧問がどういう気持ちでメンバーに接していたのか、十数年経っても想像もつかない。
ただ、絶対的な自分の立場を利用して気持ちよくなりたかっただけなのか、
本当に部を強くしたかったのか。
聞いたことがあるのは、顧問は当時30代後半だったのだけど、
自分に子供がいないから生徒の気持ちがよくわからないとは言っていた。
最後に、
「時代に左右されない確固たる「すべらない話」を持ってる人は羨ましい。
これ飲み屋で面白おかしく話したら大ウケでしょう」とコメントを書いてくれた人がいたけど、
本当にそうなんですよね。ありがとうございます。
前回体験してよかったと思うことを数点書きましたが、これが一番ですね。
ネタとしてだけじゃなくても、そうそうできない体験だったのかな、とも。
今また戻りたいかって言われたら絶対イヤだし、
できれば自分の子供にはあんまり体験して欲しくないことですが…
自分のちっぽけな遠い思い出で、色んな人の意見が聞けて面白かったです。
読んでくださってありがとうございました。
高校の頃、厳しい部活に所属していて、その話を大人になった今話すとひかれる。
あの時はその空間が全てで、疑問に思うことは何もなくて、ただただその中で必死に生きてた。
だけど成長してその枠を遠くから見るとすごく異様だったんだなって思う。
今もこういうところは残っていると思うけど、
なんでも学校の責任と言われている今の世の中が不思議に感じられるので、
長くなりますが思い出のひとつとしてなんとなく書きます。
大会で試合が終わるとすぐさま顧問の所に走って行き、
今の試合の感想を聞くのだが、勝っても負けても平手で殴られた。
負けた場合は勿論だけど、勝った場合でもなんでこんなに手こずったんだ、
なんでこんなに点数取られたんだって、往復ビンタ。
決して泣くことは許されず、とにかく顧問の瞳をじっと見つめて感想を聞くだけだった。
顧問は身長が190ぐらいあって、本人も若い頃運動をしまくってきたらしく、
すごく体格がよくて、威圧感がすごかった。
男子も女子もみんな怯えていたし、揺ぎ無い絶対的な存在だった。
顧問が座る用の椅子と机を部活が始まる前に用意するのは後輩の仕事。
顧問がやってきて、その椅子に座り、煙草を吸いながら練習風景を見ている。
やる気がないと見受けられた生徒は、机の前に呼ばれ、
ステージ上から顧問に見下ろされながら叱られる。
「やる気がないんだったら帰れ」
「お前なんていてもいなくても同じだから辞めろ」
そう言われるのは日常茶飯事で、そうなったらひたすら謝り続けなくてはいけない。
すみませんでした!今後こんなことがないよう気をつけます!と
無視され続けても、謝って謝って、数時間後に、
「じゃあしっかりやれ」と言われてやっと練習に戻る。
怒りが激しいときは、履いてるスリッパを顔めがけて足から飛ばされたり、
(拾って履かせなくてはいけない)ステージ上から降りた顧問にビンタされたり。
一度、往復ビンタで体育館の半分まで殴られ続けたことがある。
右の頬を叩かれ、左の頬を叩かれ、衝撃で後ろに下がるが、顧問は詰め寄って叩き続ける。
両方の耳がキンキンして、視界も揺れて、はっと気づいたらステージから体育館の半分まで移動し
ていたのだった。
寝坊で遅刻なんて重罪で、顧問をここまで怒らせるには十分の理由だった。
女子は真剣に練習に取り組んでいれば生理が止まって当然と言われた。
一度生理痛がひどく、休日に部活を休んだら、家に電話が来て呼び出された。
「生理痛って、お前は今回初めて生理になったのか?」と殴られた。
その時は「たしかに今までこんな理由で休んだことがないのに自分は甘えていた」と思ったけど、
今も、月によって痛みがある月とない月があり、あの時の事を思い出すと違和感がある。
実際、エースの子は生理が止まっていた。
4月に15人入った新入生が1ヶ月で4人にまで減ったりするのは毎年のことだった。
一番人が減るのは合宿後。
朝8時起床
午前9時練習開始
正午0時昼食
午後1時より練習再開
午後6時夕食
まず、この夕食で食べる飯の量が決められている。
「食べることも練習だ」と言われ、残すことは許されず、とにかく食べる。
新入生の子は苦しくて何度もトイレに吐きに行く。でもなんとか食べる。
午後9時夜練開始。
そんなOB達に試合を申し込む。
試合をしていただき、感想を聞かせていただく。
何度も何度も試合をして、OBや顧問に感想を聞いて、とにかく試合をこなす。
試合に出られない後輩たちは地味な練習を何時間も続ける。
この夜練が午前4時まで続く。
時々、顧問の気分で12時や1時で終わったりするが、
ほとんどは3時か4時が当たり前だった。
この生活を一週間ほど続けるのが合宿で、これがすごくつらかった。
体育館つきのスキー場に泊り込み、昼間はスキーをして、夜はその体育館で練習。
合宿での寝床はだだっ広い広間にせんべい布団を敷いて雑魚寝するだけだけど、
元々頭が悪かったけど、毎日帰るのは10時頃だし、休みは月に2度程、
野球部でさえあったテスト休みも皆無だったのも手伝って、成績がかなり悪かった。
通知表に1(5段階)が付くと、すぐに担任から顧問に伝わる。
顧問に呼び出されて叱られ、部内の規則として、
1が1つにつきスクワット3千回をしなければならない。
でもあまりに成績が悪かった時、「××(わたし)はあの部活だからなあ」と、
担任の先生に言われ留年を免れたことがあり、その時ばかりは所属していてよかったと思った。
学校の服装は制服もあったけど自由で、他の子たちはスカートだけ学校指定、
上は自由という格好が普通だったけど、うちの部の女子はスカート禁止されてた。
体が冷えるからという理由。
あと炭酸を飲むことも、ポケベルを所持することも、スニーカー以外を履くことも。
隠れてひとつでもやって、顧問にばれたら大変なことになる。
ばかばかしい規則だけど、後輩が守れないのは先輩の指導のせいだって先輩が殴られるので、
そのルールは絶対に破ってはいけないものになる。
あと男女交際も禁止だった。
少しでも噂が流れれば、噂の相手と一緒に職員室に呼び出され、問いただされる。
廊下で話していたとか、一度一緒に帰ったりしただけでもすぐに情報が流れて、
呼び出されてしまうので、相手もびっくりしてもう話してくれなくなる。
そんなところに3年間所属していて、それを経験したその後。
バイトとか、あんまりすごくつらいなって思うことがない。
どんなに仕事がきつくても、どんなに肉体的につらくても、トイレに行きたいときに行ける。
水も飲みたいときに飲める。休憩ももらえる。更にお金がもらえる。
きついシフトの時に次々人がやめて行ったけど、
なんでこの程度で逃げちゃうの?ってわりと本気で思えた。
きちんと休憩も与えられて、何より何時に終わるかっていうのが明白である。
誰かの機嫌ですごく長引いたりしない。
長引いてもちゃんと理由がある。だから頑張れる。
あとは、目上の人にきちんとした態度を当たり前にとれるのが身に着いたこと。
人の話を立って聞くとき、グラグラしないでびしっと立ってきちんと聞く。
自分が何かを発言するときははっきりとしっかり話す。
こういう当たり前のことをすごく厳しく言われてきたので、
あの枠から出て、もう10年以上経つけど、
結局あの時間のすごし方はよかったのか悪かったのか未だにわからない。
一番楽しい時期に全く自由がなかったことは残念だとも思うけど、
いろんなことの基礎を叩き込まれたのはよかったのかなあとも思う。
最近はなんでも学校の責任になって、体罰なんてありえない世の中らしいけど、
同じ世界に生きているとは思えないなあ。
追記*****************
色んな反応を拝見させてもらって、やっぱり学校生活特有の異常な空間だったんだなと実感しました。
洗脳、という言葉が出てきましたが、この思い出を話す度に言われます(笑)
もう十数年前の話だし、あれからすぐ上京し、沢山の人と出会って、
やっぱり異常だったと客観的に見られるようになりました。
予想以上に反響があって驚きました。
「こんな思い出があったよ~」ぐらいの気持ちで書いたので。
「できない人が近くにいるとイライラしてしまう自分がいる。」と書きましたが、
もちろん今はそう思ってしまうこともよくないことだとわかっているので、
他人に自分の体験を強制することはないです。
(例に書いたバイト時代すらもうずっと前のことなので)
あと、「がんばった」っていう感覚はないなあ。
ただただとにかく一生懸命で我武者羅に過ごしてたって感じです。
いまとなってはぼんやりとしか思い出せないんですが…
あのあとすぐに、あの顧問は異動になり、あの部は廃れてしまったのだけど、
周りの学校に同じように厳しいところはいくらでもありました。
今でも強いところはあのような空間が存在しているかもしれないです。
卒業して一度も顧問にもチームメイトにも会っていないので何もわかりませんが。
ちなみに今は、職場でも私生活でもよい人たちに囲まれ、毎日楽しく暮らしており、
これは遠い過去の思い出のひとつです。
年とったなあ…
ヒンズースクワットは背中が曲がってると体を痛めるはず
背筋が曲がらないように顔はまっすぐ前に向けて柱とかの正面でやるといいかもしれないよ
隔日くらいで8月から走ってる。下準備のウォーキングは6月から。
学生時代の体育は5段階評価で1か2、運動部には所属したことない。社会人になってからも運動らしい運動はしたことがなく、座り仕事のまま30代になった。メタボというほどの体系ではないが標準の上限ギリギリ。
きっかけは一眼レフカメラを新調したこと。新型の性能の良さを楽しんでたらハマり、自分の足で遠くまで撮影に行きたくなった。そのためには体力がない。1日30分くらいなら作れるし、ウォーキングでもするか。
そんな理由で6月からウォーキングを始めた。歩くだけなのに筋肉痛になる運痴っぷり。それでも1ヶ月程で、歩くだけでは疲れない体になり、重いカメラ持って2時間ほど歩き回っても平気になった。目的は達した、と思った。食事制限はしてないが体重も3kg程減った。
歩くことが楽しくなったが、移動できる範囲に限界を感じるようになった。もっと遠くまで行けるようになりたい。そうすると自転車か、でも自転車にも体力は必要だ。しかしウォーキングで付けれる体力には限度がある。
ならば走るしかない。
でもどうすれば良いのか分からない。体育会系の友達は少ない。職場で走ってる人たちに運痴な僕が聞くと笑われそうだ。何より相談しといて続かなかったら恥かしい。ネットや本で調べた。「半年でフルマラソンを完走できる」とか沢山あったが僕には異世界のようだった。だって「超初心者用トレーニング」の内容すら僕には出来そうにないのだから。実際出来なかったし。
基礎的な体力が足りないことがわかったので、さらに1ヶ月ウォーキングを続けた。途中からダンベルを持って歩いた。故障が怖いので8月までは絶対に走らないと決め、とにかく黙々と歩き、スクワットや腹筋等の基礎トレーニングもした。心臓病持ちが多い家系のため、運動用の心拍数計も購入した。
8月になってすぐ、ランニングシューズを買いに行った。高い靴ではないが、なんだかすごく嬉しかった。僕がこんなものを買うときが来るなんて。
すぐに走ってみた。5分が長かった。10分走ったら心拍数が短距離走レベルに達した。11分しか走れなかった。膝が痛くなった。筋肉痛にもなった。やっぱり僕は運痴なんだと思い知らされた。
翌日、痛みや疲れが残って更に走れなかった。走ると休日も必要なんだ。次の日は休んだ。その次の日、心拍数を見ながら抑えて走ったら15分走れた。体が鍛えられてることを実感した。
走り方も調べ直した。着地、足の運び、腰の動き、腕の振り。少しずつ走るのが楽になっていった。ペースを上げても心拍数を維持できるようになった。それでも8分/1kmのペースが限界。一般にはLSD走行と言われる速度でも、僕には限界走行。
走りながら昔を思い出す。こんな細かい走りのフォームとか教えてもらっただろうか。運動部でしか教えてもらわないことなのだろうか。「若い体力」だけで走ることが学校の教えなのだろうか。「コツ」を掴めなければ走れないと今では分かる。では本当に僕は運痴だったのか? だって今は走れてるじゃないか。体力がないからと諦めてただけかもしれない。
しかしまぁ、もう過ぎたこと。僕が運痴なのは事実だし、それに感けて運動しなかったのは僕の責任だ。でもその運痴が今は走ってる。中学生にも抜かれる状態だが、動けるのが嬉しい。足がガチガチになってきて自分じゃないみたいだ。
ウォーキングと違い、上限が遥かに遠いので次々と高い目標を作ることができる。「30分走り続ける」という目標は達した。次の目標は本に書いてあった「30分で5km (6分/1kmペース)」を達成すること。
達成できたら、職場で走ってる人たちに話しかけてみよう。恥かしいけど。友達にも話してみよう。昔の面影のないメタボな友達に。何人かには既に「痩せたか?」と言われたが、走ってるとは言ってない。
昨晩、そろそろ達成出来そうかと5km測ったら32分。もうすぐだ。
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沢山コメントありがとうございます。夜中に勢いで書いたので変なところが多くてすみません。
運痴じゃないだろ、というコメントをいくつか頂いてますが、学生時代は自他共に認める運痴だったのは確かです。成長が早かったので体が大きく、筋力測定すると人並みにあるのに、いざ動くとダメなんです。『「どうしてできないのか全く理解できない」という突き放した態度を周りの全員に取られる可能性がある」(キーワード説明より)という、まさにこの状態です。瞬発力、反射神経が足りないのだと言われました。
「勉強した技術どおりに体動せるなら運痴じゃねえよ」(コメントより)、はい、上記の通り動かせない子供でした。逆上がりを閉門時間いっぱいまで先生に付き合ってもらってもできなかったとか、二重飛びで同様に付き合ってもらったりとか、思い出したくない過去がいっぱいです。
今の走りでも、本当に調べた通りに体が動いてるのか分かりません。自分では走れてるつもりでも、傍から見ればひどい走りかもしれないです。目標達したところで、職場で走ってる人に一度見てもらおうかと思ってます。
Wikipediaの「運動音痴」を見ると「必ずしも運動の才能がない…という訳ではない」という注意書きがされています。長いので引用しませんが、僕もこれに当てはまる感じがします。「成長による体格の変化で、身体のバランス感覚は向上する」というのも、成長が早かった僕にも該当しそうです。(成長が早かったので止まるのも早く、現在では平均身長以下です…)
タイトルを「運痴だったけど走ってる」にすべきだったかもしれません。過去が運痴だったのは確かですが、現在も運痴なのかは分かりません。しかし今、走れていることは紛れもない事実です。このあたりの何ともいえない不思議な感じを誰かに伝えたくて、このダイアリーを記述しました。
しかし、マッチョはなかなか売れません。
深々と降る雪は、だんだんと少女の体温を
奪っていきました。
「さむいなぁ・・そうだ、マッチョに火を
灯して、あったまろう」
するとマッチョは、ものすごい勢いで
腹筋を始めました。
はちきれんばかりの肉体を、惜しげもなく
マッチョの腹筋運動の起こす熱で、蒸気に
かわりました。
すると、マッチョの起こした蒸気の中から、
暖かくて美味しそうなご馳走が浮かんで
くるではありませんか。
すぐに消えてしまいました。
すると、ありったけのマッチョ達は、思い思いの筋トレを始めました。
「腕立て」「スクワット」「懸垂」「背筋」「ブルワーカ」「エアウォーカー」
「アブフレックス」等、様々筋トレ模様が、繰り広げられました。
ヨーロッパのとある国の、とある町の、とある路地は、肉体美の集大成である、
マッチョ達の異様な雰囲気に包まれていきました。
ほどなく、ありったけのマッチョ達の、
汗・汗・汗が、蒸気に変わり、その中にたくさんのご馳走や、
亡くなったお婆ちゃんが写しだされました。
「ああ、おばあちゃん・・」
翌朝、凍死してしまった可哀想な少女と、
そう、とても安らかな顔で横たわっていました。
<おわり>