はてなキーワード: GPファイナルとは
この記事(http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2018/02/post-4b9b.html)については筆者だけでなく、ブコメでの反応を見ても本来混ぜるべきでないものを混ぜて考えている人も多く危惧を抱いたので私の考えを簡単に記しておきたい。
氏の主張としては「怪我が悪そうなので回復を第一に考えて出場しないほうがよかったのでは?」というものだ。そこそこのボリュームの記事なのでほかにも色々書いているが、煎じ詰めるとこの一言であろう。しかし決定的に間違っているのがこの「回復を第一に考えるなら」という前提の部分である。一見正しそうだし、実際多くの場合正しいのでたちが悪い。多くのブクマもこの一見正しそうなマジックワードに騙されている。
「回復を第一に考えるなら」という前提の何が間違っているのか。ここではこれを「回復してどうするの?」という問いに対する答えを考えてみることで説明してみたい。
本題に入る前に最初におことわり。以下に私は「回復を第一に考える必要などない」旨を書こうとしているが、それは「羽生選手が痛み止めを使えば金メダルの可能性がある程度には飛べる」程度には回復していることを前提にしている。実際その程度の回復具合だったことが明らかになった今では不要な断り書きかもしれないが、たとえば「どう考えても滑れないしジャンプも飛べないのに正常な判断力を失って<出場>を主張している」ケースなどはまた別の話というか、普通に出場すべきでないことは明白であり本稿では考慮しない。
それでは本題に入る。
いきなり結論を書くが、回復したとして羽生選手にとってオリンピックでの金メダル以上のモチベーションはおそらくない。これが1年に何度もあるGPシリーズのうちのひとつ、あるいは毎年あるGPファイナルや世界選手権なら「回復して次の機会に頑張ろう」という理屈も成り立つし、仮に本人が出たがっていても周囲が無理にでも止めさせるという判断はあろう。しかし4年に一度のオリンピック、それも金メダルが狙える状況で止めさせるのは、あまりに酷である。
「そうは言っても23歳の未来ある若者なんだし」的なブコメも散見されたが男子フィギュアにおいて23歳は「未来ある若者」ではない。むしろラストチャンスの可能性もあり、頑張れば金メダルをとれるかもしれないのなら「出たい」と考えるのは自然なことだ。最悪選手生命を絶たれたとしても悔いはないというくらいの計算も働かせたのではと推察するが、その上での出場判断をいったい誰が止められようか。繰り返すが出ても出なくてもこれが最後かもしれないなら出る、当たり前でシンプルな結論である。
これで最後かもという部分は反論が予想される。4年後の27歳でも十分に一線級で戦えるかもしれないからだ。銅メダルのハビエル・フェルナンデスは26歳である。ただ信じられないほどジャンプの難易度がインフレしている男子フィギュアでは、4年という時間と27歳という年齢はプラスよりマイナスに作用する可能性が高い。実際もう30年以上25歳以上の金メダリストは出ていない。回復しても27歳の一発勝負で金メダルをとるのは難しいなら、そして痛み止めさえ飲めばジャンプできるなら、多少の無理は押して目の前の金メダルをとりに行こうというのは決して分の悪い勝負ではない。最悪メダルもとれず怪我が悪化し今後の選手生命が断たれたとしても悔いがないと思えるくらいの年齢が男子フィギュアにおける23歳という年齢である。
この点が一部ブコメにも見られた「甲子園での高校球児の酷使」問題と混同してはいけない点である。高校球児、とくに卒業後プロを目指そうというレベルの投手は文字通り「未来ある若者」である。本人がどんなに連投を望んだとしても、無理にでも大人がストップをかけることに一定の合理性がある。もっと大きな舞台でもっと大きな成果を挙げるチャンスを、若者特有の好ましくも危うい一時の情熱にまかせて摘み取ってはいけない。
私が冒頭で「回復を第一に考えるなら」という前提は「多くの場合正しい」と書いたのはこういうケースである。無理せず回復を待って次のチャンス、次の飛躍へつなげよう!というのは高校球児をはじめとした多くのティーンエイジャーには当てはまるし、ハードワークを強いられ心身が疲弊している一般労働者にも当てはまる。世の中の99.99%の人にとって正しいのが「回復を第一に考える」ことである。
翻って羽生選手の場合はどうか?オリンピックよりもっと大きな舞台があるのか?金メダルよりもっと大きな成果があるのか?たぶん答えは「NO」だし、仮に「YES」だとしても「YES」と言えるのは羽生選手だけである。「回復を第一に考えて」というのは彼の身体を気遣った大人の分別ある意見のように一見思えるが、実際には、世界最高の舞台で世界最高の輝きを放つチャンスを永久に奪い去る暴挙に等しい。幾人かはコメントで指摘していたが羽生選手や彼の決断に対する敬意を欠く行為でもある。
Finalvent氏および氏に賛同した人たちにあらためて問いたい。「回復してどうするの?」。