知らない人も多いかもしれないが、日本の30以上の地方自治体で成立している。先日大阪市でも成立した。
(https://www.jfd.or.jp/sgh/joreimap)
ここまで多くの地方自治体がこういった条例を作っているのなら、国が手話言語法を制定してしまえばいいじゃないかと思う方もいるかもしれないが、国がやってくれないのである。
一部の聴覚障害者や関係者が制定運動をしているのだけれど、なかなか実現しない。
仕方ないので、地方から国を動かしたろということで2013年に鳥取県が制定したのである。それから全国に手話言語条例が乱立し、世はまさに手話言語条例戦国時代!状態になったのである。
とりあえず手話言語条例がどのようなものかを理解したければ、実際に条文をよんでみるのが一番だと思う。原典アタック。
最近はいろんな手話言語条例が成立したので変わったものもあるが、ベーシックな原点の鳥取県手話言語条例でいいかな。
http://www.pref.tottori.lg.jp/222957.htm
23条しかないので、全文を読むのにも大して時間はかからない。法律に出てくるような難しい言い回しもないので簡単に理解できる。
最近は変わった手話言語条例を制定しよう(京都市の観光客向けの手話言語条例とか)としているところもあるみたいだが、基本は大体この鳥取県の条例と似たようなもんである。
結局のところ、総合的に見て各地の手話言語条例に書いてあることの基本をおおざっぱにまとめると以下の2点のようになる。
②手話を普及させることで聴覚障害者やその関係者等の暮らしをよりよくする
(具体的には、鳥取県の例でいえば手話通訳者を育成したり関連の事業者をサポートしたり県民のための手話講座を開いてみたり小学校で手話を教えてみたりしているようである。)
こうして見ると、①はあくまでも理念的なものであって、この条例の本質は②にあるのだろうと思う人が多いだろうと思う。少なくも鳥取県のケースはそのようになっている。
しかし、一部の聴覚障害者にとっては①、つまり手話を言語として認めてもらうことは②と同等、あるいはそれ以上に大事なことで、彼らの人生にとって極めて重要なことであると考えている。
「手話が言語であると条例や法で認められたとしたって何が変わるのか?どうでもよくないか?」そう考える人もいるだろう。
しかし、そのことを考えるにあたって、まずは手話というものについて掘り下げなければならない。これは非常に厄介な問題なのだけれど、がんばって簡潔に説明してみる。
手話というものは世界中にある。アメリカであればアメリカの手話があり、韓国は韓国の手話、そして日本にも日本の手話がある。
ここまでは普通の言語と変わらない…のだが、日本の手話は少なくとも2種類のものがある。(もちろん方言とかではなくて)
A日本手話 と B日本語対応手話 である。どう違うのか。説明する。
Aの日本手話は一言でいえば、「日本語とは異なる、一つの独立した言語」であるといえる。
私は言語学には疎いので言語の定義もよくわからないが、重要なのは独自の文法を持っているということだろう。
手話の文法の具体的な説明は難しいが、まぁ英語に似ていると思う。
日本語の「私は 手話を 勉強 しています」という文を無理やり日本手話にしてみると、「私 勉強 している なに? 手話 です」とかそんな感じ。
実際にはこれを踏まえてこまかい表情や首の動き、眉の動きなんかも文法の一要素としてあるようで、日本語をしゃべる人間にとってはややこしいし難しいしわかりにくい。
手話言語学とか文化人類学とかで研究されているので、興味のある方はそこらへんの本でも読んでみるといいかもしれない。
とにかく、日本手話というのは聾者と呼ばれる人が使う独立した言語なのだ。日本語とは違う言語。これが重要。テストに出るぞーレベル。
そして、Bの日本対応手話はどうか。「日本語の文法に手話の単語をあてはめただけのもの」とでもいえばいいだろうか。
こちらは日本語でしゃべるのに合わせて手話の単語を出せばいいので簡単に習得できる。
日本語で「私は 手話を 勉強 しています」と口で言うときにそれぞれの単語のところでその手話をだせばおしまい。表情や首の動きもいらない。楽ちん。
この手話は日本語の文法ありきのものであって、独自の文法を持たない。言語学をよく知らなくても、それでは独立した一つの言語ではないということはなんとなくわかるだろう。
むしろ、これは言語というよりは筆談やノートテイクのようなコミュニケーション補助のためのものと解したほうがいいかもしれない。
大学の手話サークルとかはだいたいたぶんこっち。Aの日本手話をやっているところもあるのかもしれないが、そちらは難しいので手話を勉強しようと思うと最初はこれを使うことになるだろう。
聴覚障害者の中でも軽度のものだったり、聾学校ではなく普通学校に通っていた人や中途失聴者は日本語の会話(口話)の補助としてこれを使う人が多い(と思う)。
ただし、この二つはきれいに分かれているわけではない。二つが混ざり合うこともある。
けれど、この二つは対立関係のような部分もある。Aの日本手話の話者によってはBの日本対応手話はまがい物である!という人もいる。
これを巡ってはかなり論争があるというかめんどくさい感じに聴覚障害者の中(聾者対難聴中途失聴)で内ゲバっちゃってる。ここでは書かないけど。
とにかく、大事なことは手話の中でも日本手話というのは独立した言語であるということである。
私は言語学も文化人類学もまったく勉強したことはないが、言語というのは文化と密接な結びつきがあるというのは間違いないだろう。
そして、上に挙げたAの日本手話という言語は「ろう文化」というものを形成する。そしてそのような文化圏にいる人は自らを「聾者」と名乗る。
逆にそうした文化圏に入らないような聴覚障害者を「難聴者」と呼ぶ、あるいは自称することがある。
(「聾者」「難聴者」の定義は不安定で人によっては違うのだけれど、とにかくここではこのように理解しておく)
それでは、この「ろう文化」と聾者はこれまでの歴史においてどのように扱われてきたか。
結論からいうとひどいものだった。マイノリティとして抑圧されてきた。
特に酷い例でいえば、彼らは日本手話という自らの言語を奪われることもあったのである。
細かいところはここに載っているが、(http://www.d-b.ne.jp/d-angels/sub4-3.html)
日本の社会において日本手話は役にたたない、要らないということで聾学校で手話が禁止され、口話(残存張力と唇の読み取りで頑張るだけ)を強制されたのである。
その結果、上手に喋ることができるようになり、聞こえるようになった聴覚障害者がたくさん出てきたかというとそうではない。良い効果はあまり得られなかったのである。
それどころか、生徒は学校で自らの言語をつかうことを禁止されたことに苦しむことになる。
手話を使えば手っ取り早く友達と楽しく会話ができるのに、不慣れで不自由な口話を強制される…。
そしてこの抑圧は当時の生徒に大きな悲しみと怒りを植え付けることになる。
そして、この抑圧が彼らを固く結束させる。自らの誇りある言語、日本手話を守ろうと。
もうおわかりになると思うが、このような歴史の中でマイノリティとして抑圧されてきた事実に対する憤り、それこそが手話言語法制定運動の原点である。
いまいちわからないなら例を考えてみよう。例えば日本語が禁止されたとしたら。
敗戦直後にGHQが学校で「ジャパニーズは言語としてダメ!これからは君たちはイングリッシュをしゃべるんだ!ジャパニーズ禁止!」とか教える。
そんな感じだろうか。だいぶちがう気もするけれど。まぁ、でもすごく不快だよね。
(日本手話はマイノリティだったという点で日本語とは異なるので不適切な例だろうと思う。)
そんなことが実現したとは思えないけれど、とにかく大事なのは自分たちの言語が奪われるというのはその言語の文化に属する人間のアイデンティティにとっては大いなる損失になるということである。
某ゲームでも「人は、国に住むのではない。国語に住むのだ。『国語』こそが、我々の『祖国』だ。」なんて言葉が出てきたしね(ルーマニアかどっかの思想家の言葉らしいけれど)。
手話言語条例・法というのはそうしたろう文化に属するもののアイデンティティの名誉の復活を意味するものでもある。
だからこそ、手話を言語として認めてもらうこと、それ自体に大きな意義があるのである。
まず、手話言語条例の「手話」というのが何を指すのかという点で微妙である。
例外はあるけれど、基本的にどこの条例も手話というものがAの日本手話だと明記していない。
これは各自治体が二つの違いを理解していないということではない。
二つの違いを理解した上でBの日本対応手話を使う難聴者に配慮しているという形になっている。
上にも書いたけれど、この二つは対立関係にあってものすごくこじれている。
だから、片方だけを優遇してしまわないようにするという形にしている。
ちなみに、例外としては、埼玉県朝霞市の「日本手話言語条例」で、こちらは日本手話と明記している
https://www.city.asaka.lg.jp/uploaded/attachment/29886.pdf(pdf注意)
『第2条 この条例において「日本手話」とは、手、指、体、顔の部位等の動きにより文法を表現し、日本語とは異なる文法体系を有する言語のことをいう。』
という風に定義している。
しかし、こういった条例というのは、私の知る限りここしかない。
もっといえば、聴覚障害者自身でさえどうして手話言語条例を制定しようとするのか、そこの目的が人によってぶれている。
実をいうと、聴覚障害者の中で日本手話を使うろう文化圏に属する人間は少ない。多くは難聴者と呼ばれる人間だと言われている。
当然だが、こうした人たちは手話言語条例を「生活がよくなればいいな」ぐらいにしか捉えていない。
そして、聾者の中でも若い人は上述した日本手話の歴史に疎い人も多いので、中にはも「生活がよくなればいいな」くらいにしか捉えていない人もいる。
もちろん、それが悪いわけではない。ただ、本来の目的からずれ始めているのだ。
そして、結局のところ、世間(聞こえるひとたち)での受け取られ方というのはつまりだいたいこんな感じだ。
「手話言語条例?これで聴覚障害者たちの生活がよくなればいいね!」とかそんな感じである。
この受け取り方がまずいとは思わない、思わないけれど少し浅いというか、これでいいのだろうか。
聴覚障害者について知る機会もあまりないのだから仕方ないだろうとは思う。けれどもやっとするところである。
というわけで、長くなったけれど手話言語条例・法について書いてみた。
何かの参考になればいいかな。