一人暮らしを始め、仕事を見つけ、何でもやるというつもりで生きた。
1年の間、私はがむしゃらだった。
それでも金だ、金が必要だった。
視野狭窄になり、ある程度金が貯まるまで私は文字通り昼も夜も働き続けた。
その合間に更に短い仕事中の休憩や、寝る間を惜しみ試験勉強をした。
そんな生活が1年近く、あっという間だった。
そしてセンター試験の申請をだし、残暑が過ぎて木枯らしが吹く10月頃に、
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私は倒れた。
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仕事中にひざが嫌な感覚に襲われて、変な方向を向いているのが見える。
倒れたまま立てない。痛い。ずっとグルグル回っていた時の視界のように、目が言う事を聞かず世界が回る。
私は救急搬送され、入院し、診断は過労と、右ひざの半月板損傷。
高額医療保障も、入院中の諸費については補償してくれなかった。
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リハビリは辛く、余計な事を沢山考える。
これから先の事、金の事。
死んでしまおうとすら考え、やり残した事を考えて、
そんな時、思い至ってしまった。
その後、妹も同じことになるのではないか、と。
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結果だけ言えば、私は大学を断念した。
体調が治り、センター試験の申請は終えていたので試験は受けたが、総合上位10%程に入る点を取った。
希望だった大学の推薦を受け、入学式に出て、その足で退学届けを出して帰った。
中退という名乗りの為と、籍だけ置いてすぐ抜ける事で金を抑える為だった。
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ー奨学金という借金をしてまで私は大学にそんなに行きたいのか?ー
流されて大学生になろうとしていただけだった私の答えは当然、NOだ。
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Wワークも再開し、また金を貯め始めた。妹の為に。
こんな苦しい思いをさせたくなかった。
全てはおそらく、あの幼き日の妹が服の裾を掴んでいた感覚が忘れられないせいだ。
あの時、独り立ちとは名ばかりでたしかに私はあの環境から逃げたのだ。
そして数年後、妹は大学生になった。
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大学生になるにあたって、一切の連絡を断っていた母に会い、
「妹の学費はこの口座から自動引き落としにしろ。あなたは勝手に使う事も残高を見る事すら許さない。」
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妹は専門学校へ進学した。
私の身長なんて追い越されていたし、身内びいき抜きにとてもスタイルもよくなっていた。
高校は陸上部だったそうで、健康に焼けた小麦色の肌をしていた。
ただ唯一、態度はとてもスレていた。
強気、と言えば聞こえはいいが、実際はヤンキーに近いかもしれない。
記憶もあいまいだったが、酷く非難されていた事だけはよく覚えている。
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高卒だがWワークの甲斐もあり、おそらく正社員でも稼げない中々の金額を稼ぎあげた。
そして入学式の時の会話を受け、私は学費を支払っている事を教えないことにした。
知ればきっと、何か心に負い目を持つかもしれないと愚案したからだ。
母にも厳命し、たがえれば仕送りの使い込みについて裁判にすると脅した。
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ある日電話が掛かってきた。
母からだった。
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「妹が留年した。退学するつもりかもしれない。どうしたらいいか分からない。私の話を聞いてもらえない。」
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それはそうだ、と私は思っていた。
そして次に「ああ、もう1年追加でこの生活、続けないとな…」
それだけだった。心は枯れ、擦り減っていた。
それでも逃げなかったのはやはり贖罪の側面が大きかったのと、
私が好きなゲームの配信者やリスナーにふと生活の愚痴をこぼし、一緒に嘆いてくれたからだった。
正直、もう家族のことを忘れ、一人で生きたかったが、それでもあと数年と気持ちを入れ直していた。
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私は妹に会い、話してみた。
「母の話を聞かないのは、アイツは見栄ばかり気にして私を操作しようとしてくるのが気に食わないからだ」
「もっと遊びたいのに許されないのは辛いから大学辞めて独り立ちしたい」
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何を言っているんだ?狂っているのか?
そう思いながら、私は真っ白になった頭を出来るだけ稼働し、
思いつく限りの語彙を総動員し、説得した。
私を見てみなさい、生活を軌道に乗せるために色々苦労があった。
そう話すと妹は不承不承ながらも納得し、大学にも留年しながら通いだした。
その時は正直私は「甘やかしすぎたのだろうか、それとも、ただ留年して一年下の後輩と同学年になるのが嫌なだけだろうか」と思っていた。
妹は薄々どこからお金が出ているか、大学生の中盤以降気付いているようだった。
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数年後、ようやくその時が来た。
長かった。辛酸、苦渋、体調不良、暗雲立ち込めたただただ易くはない道のりだった。
だがやり遂げた。
卒業する妹よりも、もしかしたら私の方が感動しているかもしれない。
卒業式の日、私は親類の席に座り、式を見送った。
涙はとめどなく、言葉は形に成せず、嗚咽に乱れ、近くの他の親御さんに心配された。
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そして式の後、私は校門で待ち受け、妹に祝辞を伝えるつもりだった。
それが間違いだったのかもしれない。
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「なんでここにいるの?気持ちわるっ」
「親面でもしてんの?身内だからって何で泣いてんの意味わからん」
「多分学費とか支援してくれてたんだろうけど、どうせ金だけじゃん」
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聞きたくなかった。
足元が瓦解し、暗い穴に落ちる感覚に陥る。
あの時と違うのは、私はもう耐えるだけの幼い子供ではなくなっていた。
たかが金?昼夜関わらずこの学校の学費を稼ぐのに、どれ程私が苦労したのか。
ただのバイトで、自分の生活をギリギリまで詰め、自分のキャンパスライフを犠牲に働き、
ましてや留年して遊びたさに退学しようとしたお前が、それを言うのか?
明確に、何かが切れた。
吹っ切れたと言ってもいいかもしれない。
ああこれが目の前が真っ赤に染まるという感覚か…
そう思って気付いたら妹の頬に赤い手形を残していた。
1度ではない。何回もだ。
妹は困惑の顔をして、妹の友人は顔を青くして後退りしていた。
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私はまた大粒の涙を垂れ流し、興奮極まり鼻血を流し、目は染まり、無意識に手が出てしまっていた。
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頭の中に私の声が響く。
「なぜ、どうして…」「もう全てが遅い」「勝手に感謝されるのを期待したのはお前」
自己嫌悪と、自分がしてきた事の無意味さをただ漠然と感じていた。
環境が人を育てたのか、血は争えないのか分からないが、私は選択肢を間違えた。
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私は教員や親御さんら男たち複数人に羽交い締めにされ、事務所に連れて行かれた。
ほどなくして警察が来て事情聴取をされ、半日近く経ってから解放された。
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私のこの数年
親に絶望し、親の代わりになろうした結果は
幼い頃に掴まれた裾をほどけず、握り返した先は
これなのだ。
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妹から追及しないから解放してやってくれと進言があったらしく、
私への咎めはなかった。
学費払ってることいえばよかったのに 言ってないなら気持ちわるって言われるでしょ。