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2020-07-07

私は感想屋にすらなれない

オタクお気持ち文章です。

スパッと介錯してくれ、死なせろ。

まず増田感想屋の話題があり

https://anond.hatelabo.jp/20200629213448

おけパ中島がバズリ

https://twitter.com/sanada_jp/status/1269465337675698176

闇の感想屋(漢字やばい方)が炎上した。

https://anond.hatelabo.jp/20200706042509感想屋そのものには誘導したくない)

要約すると、

『とても文章力のある感想書きが界隈を席巻してしまった』という内容の愚痴増田話題になる

神字書きと字書きを題材にした創作漫画登場人物『おけけパワー中島』に注目が集まる

有償ポジティブ感想を書きますと言いだした『感想屋さん』を名乗る人物が、サービス内容の不備や文章稚拙さおよび返金対応への不誠実さなど千々に炎上

ここ一週間ほどの間で、以上のような文脈が発生した。

この結果、感想屋という文言に幾つかの意味合いが発生してしまい混乱を招いたり、炎上したものと似た屋号サービスへの悪影響が心配されたり、純粋な長文感想書きが誤解から心を痛めたりしている。このあたりは個々に注意されたし。また、有償の『感想屋さん』の問題点については羅列していったらきりがないので、特別記述はしない。

前置きが長い。

私はオタクである特に創作はしていない。時折、特に萌えを感じた時に短文を書く程度の人間である。昔長文を書こうとしたが冒頭三千字を書いたあたりで挫折放置している。その上特に交流もしていないし、感想も書かない。一言で言えば、ROM専である

それなのに、私には妙な自信があった。それは言葉にするならば、「俺だって本気出せば書ける」。小説はそれなりに読むオタクからちょっとした文章ならば書ける。商業のような文章は無理でも、なろう程度なら。書評は無理でも、紹介文くらいなら。また嫌なことに、学生時分は図書委員会だの新聞委員会だので短文を書いて「本を読む人だから文章うまい」と言ってもらって有頂天になったりしていた(今自分で思い出して、あれはお世辞だったのだろうと恥じ入っている)。

そんな私が、ここ一週間の流れを追って、何を思ったか

まず増田を読んで、二次創作するオタクは大変だなあ、と他人事のように思った。

二次を書き、二次を読み、交流し、その動向に一喜一憂する。どうも大変そうだ。ROM専はその点気楽でいい。だが、まあ、感想というのは良くも悪くも人に影響を与えるものなのだな。時には感想を書くのも、善行かもしれない。そのように思った。

次におけパ中島に触れた。

最初創作物として面白く読み、リツイートした。その後おけパ中島話題になっていることを知り、もう一度、我が身我が事として考えてみた。私にとっての神とは誰だろう、おけパは誰に当たるだろう。実際に当てはめてみると、ツイッターでつぶやかれている感想は、なるほどもっともと思えるものも多々あった。私の悪いところは、ツイッターにすぐ感化されるところだ。オタクの嘆きに共感し、すぐに自分で考えついたように錯覚する。私は、まるで自分主人公になったかのように(馬鹿たことだ)酔いしれ、おけパ中島への薄っぺら恨み節ツイートしてみたりした。

そして、最後有償感想屋さんだ。

感想屋が出してきたものは、かなりひどいものだった。界隈のオタク気持ちを踏みにじるものだったし、何より悪文だった。それは野次馬である私にさえわかるものだった。下手くそで、金を取るような文章ではなかったし、そも人に見せられるような文章ですらなかった。

その程度の文章に、私はひどく動揺した。

何が私に衝撃を与えたかって、それは、その悪文が、私の書くものに途方もなく似通っていたことだ。

いや、あそこまでの悪文ではない。ない、と信じたい。下ネタを好まないゆえにあそこまでの下劣さではない、はずだ。

だが、似ている。文章構成が、筆の運びが、何より配慮の欠けた思考回路が。私もかつてこういう文を書いて、自信満々に教師に提出したことがなかったか。こういう感想を、臆面もなくファンレターとして出しやしなかっただろうか。その稚拙文章他人を傷つけていたかもしれないことを、否定できない。

そもそも自分文章に自信を持ったのはなぜだったろう。

それは、他人よりも本が好きだという自負だ。小説を読むのが好きなことと、文章を書くのが得意なことを、取り違えて混同した、おぞましい勘違いだ。その上、私が読むのは『他人に比べて』多い程度であって、誇れる程ではない。何一つ、誇れることなどなかったはずだ。眼高手低とはこういう事を言う。

私は自分文章に向き合ったことがあっただろうか。何度も推敲し、多面的に読み直し、練り上げた文章を書き上げたことなど、一度でもあっただろうか? そう問うてみれば、一度もなかった。この文章だってほとんど読み返さず、激情のままに綴っているだけだ。プロットも、描写力も、考えて作ったことなど、一度もない。

私自身が、物事を考えたことはあっただろうか。物語を読んで、薄っぺらい表面的な理解をしてすべてを分かった気になったことは。まるで自分で考えたかのような顔をして、他人考察を口にしたことは。私は、私自身の無能と向き合った事が、これまでに一回でもあったのか?

これは恐ろしい事だ。誰かにとって恐ろしいのではない。タイムラインオタクにとって恐ろしいのではなく、創造上の誰かにとって恐ろしいのではなく、私にとって恐ろしい。誰かではない。私の恐怖だ。私の足元が崩れ、私の心が崩れている。他人事ではない。それが、こんなにも恐ろしい。

私は今、パソコンエディタを開いて、この文を書いている。隣にはもうひとつウインドウが開いていて、そこはまだ新規ファイルのままで、まっさらだ。そこに、小説を書いてみようと、思っている。

私は感想屋にすらなれない。

『なれなかった』と、過去形にしたい。今、切実にそう思う。せめて自分に誇れる自分でありたい。

そして、今度こそ。

自分で読み返してひどいな、これ。

2016-02-06

久しぶりに嫌な記憶を思い出した

その先輩を初めて認識したのは小学5年

図書委員会で前に立ってあいさつしてた

その後中学たまたま同じ運動部に入った

小学校ときはおとなしい文化系だと思ってたかちょっと意外だった

先輩は才能があったみたいで、背がぐんぐん伸びてその部活の中でも一番うまいポジションになった。

選抜とかにも選ばれてた。

高校は別だったけど、先輩も自分中学と同じ部活に入った。

大会とかでその先輩を見るたびに、他の部員に、あのうまい人、中学とき自分の先輩なんだよと自慢しまくっていた。

自分ことみたいに誇らしかった。

でもあるとき、その先輩が「増田ってやついるんだろ?あいつ下手だろ?wwww」って言ってたと、高校部活キャプテンがニヤニヤしながら自分に教えてくれた。

その場では愛想笑いしてたけど、内心心が凍りついた。

実際自分は下手だったけど、自分って存在を先輩がまさかそういう形で認識してるとは思ってなかったから。

その後からは、大会でその先輩みかけても周りにどうこう言いまわることはなくなった。

周りが気を遣って、ほらあの先輩出てるよみたいに言ってくれても、ふーんと流すことが多くなった。

もう今ではその先輩の苗字も覚えてない。

キャプテンも嫌いになった。

数年ぶりに思い出した嫌な記憶

せっかくの土曜の朝から気分悪い。

 
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