少し考えてみた
去年の今頃までは、遊びの予定が立ったら、たとえ締切日まで余裕があっても、レポートをそれまでに終わらせることができていた
確かに今はめんどくさいが、その日は気兼ねなく遊びたい
先の報酬を考えて行動することができていた
今は、締切日の前日になって終わってなくても、徹夜すらできない
終わってない いいや 出さんでも
そう思って、目先のめんどくさいに気を取られるばかり
どころか、一文字も書いてなかった
でもなんでかよくわからないが
書けなかった 書くことは決まっているのに
ずっと好きなことがあった
大学に入って、多少頻度は落ちたが
それでもテストやレポートから解放されて真っ先にやりたいと思うことはそれだった
でも、それはマイナスではなかったと思う
何かそれの他に、一生懸命打ち込むことがあったのはよかった
でも最近、好きなことのはずなのに、やってても全然楽しいと思えなくなってしまった
以前は確固としてあった理想形が全く見えなくなってしまっていることに気が付いた
周りの人々にも恵まれた
友人も、決して多くはないが、素晴らしい人々に巡り合えた
共通の趣味を持つ友人は、大学に入ってからほとんどできなかったが、特に苦ではなかった
もともと、趣味を他人と共有したり、趣味をコミュニケーションの道具にすることが好きではなかったからだ
一人で楽しみたいタイプだった
剥き出しの悪意に晒されたり、理不尽に踏みにじられたりしたこともない
誰しも人見知りな私のことを認めてくれた
もしかしたら、表面的な付き合いなのかもしれないが、
それでも、私は他人と接していて、他人によって、嫌な気持ちになったことがない
私の知り合いに、両親、友人知人、バイト先の人々、教師から病院の先生に至るまで、悪い人は一人もいなかった
みんな親切だった
自分で言うのもなんだが、私は世間から見れば非常に恵まれた位置にいると思う
思春期の少年らしく、容姿については相当悩んだが、今はさほど気にしていないつもりだ
自分にはまるでやりたいことがない
焦った
とりあえず並行してどちらの準備もしたが
色々調べたり、友人と話すうちにその焦りがどんどん自分の頭を食っていった
みんなやりたいことがある
もしくは明確でなくても、ちゃんと方向性を定めて、舵を切り始めている
少なくとも、『ある』フリをして、
やりたいことは何だろう
興味があることは?
関わりたいことは?
やりたくないことは?
好きなことは何だ?
将来何をしていたい?
何が欲しい?
でも、誰にも相談できなかった
なんだこいつ、まるで中身がないと思われるのが怖かったんだと思う
このころから、夜になってひとりで部屋にいると、涙が止まらなくなることが増えた
部屋にいると、どこまでも自分で、自分しかいなくて、自意識に押しつぶされそうになる
声をかけてくれる人はいなくて、気を紛らわしてくれるものもない
ネットを見ればキラキラして一生懸命な自分より若い子ばかりでつらい
結局誰にも相談せずに、まだ働きたくない、この気持ちだけで進学を決めた
勉強するうちにまた気持ちも定まってくるだろうという甘い気持ちがあった
けど、ちゃんと、興味ある分野が見つかった
夜になると涙が止まらないし
そしていま、やりたいと強く思うものがついになくなった
どうすればいいんだろう
誰かに話せばきっと呆れられる 早く人生をどうにかしなきゃ、そう思うけど、体が動かない
今日はついに、大好きな先生の授業を初めてさぼった 最終回なのに
悩みのないふりをして、ほとんど自分の中で消化してきたし実際できてた
それで問題なかった
だから、4月から今まで意味もなくほぼ毎日泣いてるけど、誰にも言ってない
恋人にも親にも友人にも言ってない
わかんない、こういうこと言うと、同情をひこうとか、健気アピールに見えてしまうのかもだけど、本当に、
ひとりじゃないときは、飄々として、何も考えていない人っぽくあろうとしてる
不真面目で、明るくて、てきとうで悩みのない人間を演じている、つもり
というかそういう人間だと自分でも思い込んで、それで悩みを消化していたんだろう
でも、そうやって問題の根本的な解決をせずに逃げてきた、その負債に今苦しめられてるんだろうな
確かに悲しかったけど、つい最近まで、この出来事が自分の今に影響してるとは思ってなかった
なんでかっていうと難しいけど、弟が亡くなってからも両親は今まで通りに接してくれていたし
学校も少し休んだけど、すぐ復帰した
それまで通りの日常はすぐに戻ってきたし、何より自分は幼かったから、あまりわかってなかったもんだと思ってたのかも
何より、それから十数年生きてきて、それによる自分の不具合は一度もなかったから
だけどよく考えたら、事故現場に私もいたし、そのあと友達の家で私だけ一時待機でご飯食べてたのも、
お母さんが「頑張ったんだけどね、」って迎えに来たのも、
棺を飛行機に乗せるために木板でまわりを固めてるのを見て可哀想って誰かが言ってたのも、
謎にガラス張りだった葬儀場の周りにいた野良犬も、幼稚園の同級生が来たお葬式も、
全部覚えてる 小学校低学年以前の記憶がほとんどないのに、そこだけ鮮明なのは、やっぱり強烈な記憶だったからだろう
それに、弟が亡くなってから私は一度も両親の前で泣いていない
これだけは断言できる
当時発症してた小学生特有の謎の天邪鬼の影響も多少あると思うが
今までの日常を失いたくないという一心で、何も気にしてないフリをしなきゃ、と思ってたのかもしれない
自分さえ我慢すれば、自分がちゃんとすれば、すぐに日常が戻ってくると考えていたのかもしれない
まあ正直この辺の思考回路は今の自分と照らし合わせて想像したものだから、本当のところはわからない
ただ自分がもともと、感情をむき出しにしている人間に出会うとかえって冷静になってしまうタイプの人間だった、というだけかもしれないし
この経験が今の、人に相談事をするのが苦手で、自分の中で決着をつけようとする自分につながっているのではないか、ということ
今現在の無気力代謝マシーンであるゴミ人間の自分まで、この経験に帰結させようとは思ってないけど
こういう不可避の経験に無理やりでも結びつけないと、やってられないです どーしよ
うんち
長い
いやほんと長いよねこれ ガチで勘弁してほしいよ
すかしたり気取ったりしながらでも誰かに尽くしてみるといいよ 自分のための人生なんて卑しいものにはすぐ飽きてしまう