はてなキーワード: 過熱とは
両親による子どもへの早期教育、子どもの未来の押しつけ、それを礼賛してきたメディアなど、まず自分の側に思い当たる点はなかったか、大人の側こそ真剣に考えてみる必要性がありそうです。
この事件も一週間で国民の皆様からは忘れられると予想されます。
私たちの側でできる対策としては「テレビ(ニュース)を見ない」ことが挙げられます。
ですので、一次情報である通信社(ウェブサイトで無料配信もしている)を見るのがおすすめです。
共同通信、時事通信、ロイターなど名前だけはご存じかも知れません。
こういう時、体制側(国家擁護側)と反体制(国家を疑う者)で罪の問われ方が変わってきます。
相撲協会や現行のマスメディア、国立大学は体制側です。浪人生や無職は反体制として扱われます。
前者の罪は軽く、後者の罪は重くすることで今の国家が成り立っています。
これが逆になったら、どうなるでしょうか。
【疑問点】
・カンニング者は精神を病んでいた事実の隠蔽(当人の質問履歴参照)
・両親による子どもへの早期教育、子どもの未来の押しつけ、それを礼賛してきたメディアなど、まず自分の側に思い当たる点はなかったか考えようとしない点
・何かが起こるときには、その背景に要因となるものが存在するが、その点について報道を自己規制している点
【この現象への推測】
・メディアが彼を予備校生、浪人生と呼ぶことで国民の皆様は自分からある種のイメージを連想してくれます。報道側・国家(体制)の側にとって都合の良いイメージを。(国家・体制に疑問を持ちやすい人格で排除すべき対象者)
・反体制抑圧政策の一環(エジプト革命の無報道・サブカルチャー展抗議団体の要求で中止・NHKの行ったニコニコ生放送を独り飲み会と称して陰鬱さを強調したイメージダウンと孤独死との関連づけ・ニュースといえば犯罪報道となっている日本の現状…)
こうしていくら述べても、暖簾に腕押しなので国民の皆様は何も述べなくなります。
そうしてお笑いを見て笑わされることで、気を紛らわせているのでしょう。
【疑問点】
・カンニング者は精神を病んでいた事実の隠蔽(当人の質問履歴参照)
・何かが起こるときには、その背景に要因となるものが存在するが、その点について報道を自己規制している点
【この現象への推測】
・メディアが彼を予備校生、浪人生と呼ぶことで国民の皆様は自分からある種のイメージを連想してくれます。報道側・国家(体制)の側にとって都合の良いイメージを。(国家・体制に疑問を持ちやすい人格で排除すべき対象者)
・反体制抑圧政策の一環(エジプト革命の無報道・サブカルチャー展抗議団体の要求で中止・NHKの行ったニコニコ生放送を独り飲み会と称して陰鬱さを強調したイメージダウンと孤独死との関連づけ・ニュースといえば犯罪報道となっている日本の現状…)
こうしていくら述べても、暖簾に腕押しなので国民の皆様は何も述べなくなります。
そうしてお笑いを見て笑わされることで、気を紛らわせているのでしょう。
今日は俺が晩飯を作ったんだが、
食事中、父親の家での振る舞いについて母親が愚痴を漏らしたら父親が怒り出し、
妹は両親をなだめようとしたが、何を言っても聞かず、
ますます過熱し、ついには父親がサラダが盛られた皿を掴んで床に投げつけた。
皿が割れる音が居間に響き、余韻が消えぬうちに次は焼き魚の皿を掴んでこれも床へ。
あーあ・・・と俺は他人事のようにそれを眺めていたんだが、
なんか結構悲しくなってしまった。
父親は食事せずに家から出てって、母親は黙々と食べたあと自室に戻った。
妹は「ごちそうさま」と言ってこちらも自室に戻った。
俺は食事を終えてからしばらくテレビを見た後、食器洗いなどの後始末にとりかかろうとして、
そこで妹からメール。
「ご飯おいしかったよ。あのクソ親父ひどいね。せっかく兄ちゃんが作ってくれたのに。
今度はわたしが作るから食べてね」
妹がいい奴すぎて困った。
前のん: http://anond.hatelabo.jp/20100620143255
前回エントリのブコメ/トラバに逐一答えることはできないけど、眺めていて誤解があったかなと思う点について補足しておく。
まず一つ言っておくと、俺は自分の英語学習の成果としての英語力に「満足している」。俺の英語力は俺に対して果たすべき役目を十分に果たしてくれている。そして同時に、自分には場合に応じてネイティブの力を借りなければならない状況があることを知っている。しかしその自覚は、決して自分のコンプレックスを掻き立てるようなものではない。
なんつーかな、例えて言うなら、超サイヤ人になれなくてもクリリンにはなれる、ってことです。フリーザ一味のザコならガチでボコれるし、フリーザ相手にだって気円斬駆使して、クラッチプレイヤーとしての役割を果たすことはできるわけですよ。しかしやっぱり最終的にはサイヤ人やナメック星人の力を借りて立ち回らなきゃいけないわけ。
「クリリンにだって重要な役目がある」ことと、「でも結局クリリンはクリリン」との間のバランスを取ることはとても大切なわけですよ。「どうせフリーザには敵わないんだから俺何もしねえよ」でもなく、「俺はもうフリーザとも互角だぜ」でもなく。修行の成果を自分の糧とし、修行していなかったら見ることのできなかった世界を見ることの意義は、「ラスボスを独力で倒せない」ことによって失われるものでは無いんです、全然。
しかしですね、今日本人に向けて英語をやれと言う人達。主として経営者であり役人であり、もしくは煽り口調でいうなら「中途半端に英語ができる人間」ですね。英語をやれと言うこと自体はものすごく合理的だし理解できる。そこを問題視しているのではない。問題は、往々にして彼らは、「(今の段階の)クリリンにできること」の限界がわかってないと思われる点にある。そこから出てくるのは無いものねだりであり、無いものねだりされた側に植え付けられる英語コンプレックスである。その意味で、俺が指摘したかった問題は「レベルの高い」ことではなく、むしろ日本における初級以降の英語学習者の扱いなんである。
一つ例を挙げましょう。金谷憲の「英語教育熱 過熱心理を常識で冷ます」より(今手元に本が無いので記憶に基づいて。多少不正確かも)。文科省の高校英語の学習指導要領に「実践的コミュニケーション能力の育成」という項目が入った。で、教師が「実践的コミュニケーション能力って何、具体的には何を教えればいいわけ?」と問うた。当然ですな。そしたら文科省側は「例えば英語で電話をかけることができるような能力です」と答えた、というエピソード。
しかし(ここからは金谷さんではなく、俺の意見)、英語圏で生活をしたことがある人間なら皆実感として知っていると思うんだけど、「英語で電話をかける」のはものすごく難しい。
これはちょっと考えれば当たり前の事なんです。まず、今時「電話での会話」が必要とされるのは、緊急性が高く、複雑なコミュニケーションが必要な状況に限られる。それ以外だったらメールや、自動音声ガイドに従ってプッシュホンのボタン押すので済むわけ。わざわざ電話で相手と話さなければならないのは、何かすぐに解決しなければいけない問題があって、その問題は単純なYes/No疑問文の応答では解決しないようなものである場合、ということになる。
そして電話である以上、視覚情報は全て遮断される。ジェスチャーや指さしを使うことも、相手のジェスチャーや指さしや表情から情報を得ることもできない。単純な音の聞き取りにすら視覚情報は大きな役割を果たしている(「マガーク効果」でググれ)。さらには頼みの綱の音声すら、電話回線を通して劣化していて、生で聴くよりも情報量が減っているのだ。この失われた情報の埋め合わせをするのは、確固たる英語能力に基づくトップダウン型解釈しかない。
というわけで俺は、日本人の高校生に電話での会話能力を習得させるのは実質不可能だと思う。そもそも順番がおかしい、「面と向かってなら十分に会話ができる」レベルに達して初めてそれよりも困難な電話に挑むべきだ。しかしお上にやれと言われた教師は、とりあえずやらざるを得ないわけですよ。なので電話での定型文を適当に教えてお茶を濁すことになる。Hello, this is Bob speaking.
で、高校生は卒業後、アメリカに旅行に行く。そしたら目的地の空港でスーツケースが出てこない(アメリカの国内線ではよくある)。空港のカウンターに行ったら、「後でここに電話しろ」と電話番号を渡される。ホテルの部屋から電話する。全然向うの言うことがわからない、こっちの言いたいことが伝わらない。惨めな思い。「学校英語なんて役に立たない!」となる。俺は六年英語をやらされたのに電話一本かけられない、ああ何て日本の英語教育はクソなんだ、もう英語はイヤだ。
しかし、仮にこれが中国だったらどうか。中国の空港でスーツケースが出てこない、ここに電話しろと言われた、電話したら中国語で何言ってるか分からない。大抵の日本人は、ここで頭を抱えて自分の中国語能力の無さに身悶えたりしない。まあ当然わからんよねーそりゃ、あーまいったなーと言いつつフロントに向かい、フロントマンに筆談や身振り手振りや片言の英語/中国語を組み合わせて意志を伝え、代わりに電話してもらうだろう。首尾良くスーツケースが届いたら、上手いこと言語の壁を迂回した自分のコミュ力にニンマリするはずだ。
この非対称性を日本人は深刻な問題と捉えるべきだ。例えば、「学校英語が役に立たないのではなくて、学校英語ではできるようにならないことがあるだけ」という、ごく単純な真実を覆い隠しているのものは何なのか。それは元を辿れば、「クリリンは超サイヤ人にはなれない」という認識の欠如で、さらにその大本にあるのは「超サイヤ人にならなければ生き残れない」という思いこみなんじゃないか、と思うんだよね。違う違う。学習のどんな段階においても、英語に関して「できないこと」は無くならない。どうしてもそれをやる必要があるなら、ネイティブにやってもらえばいい。「ネイティブにやってもらう」のは、恥ずかしいことでも、難しいことでもなんでもないのだ。
http://anond.hatelabo.jp/20100401093824
「全く最近の若者は……」「わしらが若い頃は……」というのは年寄りの常套句ですね。
その昔は新人類と言う言葉がありまして、情熱・覇気がない、良いのはテストの点だけ、応用力ゼロで無個性のロボット等々言われていました。
それは、詰め込み教育、受験戦争の過熱、共通一次試験などで、画一的な教育や外で遊ばなくなったため。
なぜそうなったかといえば、それまでの中卒高卒当たり前という社会ではなく、全体の教育水準を向上させなければ、これから先、先進国としてやっていけないから。
しかし、そういった問題が出たので、詰め込み教育はやめ、授業時間を削減して総合学習とか、多彩・個性的な授業を可能にし云々。
つまり、教育が成功したことなんてないんですwww
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091108-00000513-yom-soci
成婚料70万円…「婚活」業者への苦情急増
結婚相手を求めて積極的に活動する「婚活」ブームの一方、紹介業者に関する苦情や相談が急増していることが、兵庫県生活科学総合センターの調べでわかった。
県内で2008年度に寄せられた相談件数は154件(07年度150件)で、7年前の1・7倍。情報をめぐる金銭トラブルは後を絶たず、同センターは「過熱する婚活ブームを背景に、結婚を望む人の心理につけ込んで、トラブルが増える可能性が高い」と注意を呼びかけている。
同センターによると、結婚相手紹介サービス業に関する相談は、2001年度は90件、03年度は119件に増加。その後も増加傾向にあり、昨年度の相談件数のうち女性94件、男性56件。年齢別では30歳代57件、40歳代36件、50歳代15件で、「適齢期」が目立った。内容では、解約やクーリング・オフを巡る苦情が126件と最多。次いで高額契約が28件、契約不履行、説明不足がそれぞれ24件だった。紹介所での契約金は582万~5000円と幅があり、平均金額は50万6000円という。
トラブルの具体例として〈1〉結婚が決まったら「成婚料」として、何の説明もなく70万円を請求された(30歳代女性)〈2〉個人情報は公開しないという条件でインターネット会員になったのに、ホームページに写真を掲載すると言われた(40歳代女性)〈3〉「なかなか相手を紹介してもらえない」(30歳代男性)〈4〉6万5000円を支払って入会したが、契約書面はなく、勝手に見合いの日程を決められ、断ると高額な違約金を請求された(30歳代女性)――など。
相談は今年度も昨年度と同水準で相次いでおり、同センターの担当者は「サービス内容や解約した場合の精算方法などを必ず契約書面で確認し、個人情報の取り扱いにも注意してほしい」と話している。
厚生労働省の統計によると、昨年の県内の平均初婚年齢は、男性29・9歳(1975年27・1歳)、女性28・4歳(同24・7歳)と晩婚化の傾向。05年の調査では30~34歳で男性43・1%、女性31%が未婚という。
フィナンシャルタイムズ(9月30日付け)によれば、中国は生産過剰による経済構造の悪化を調整するため、向こう数年、鋼材、セメントなど七つの分野で新プロジェクトの禁止を決定した。
合計4兆円の景気刺激策は、建設部門だけに過熱をもたらし、高速道路、地下鉄、橋梁、鉄道などはブーム、人手不足が続いているが、民間部門はさっぱり。
きょうの国慶節を終えるや、中国は景気冷却に突入するとみられる。
現在、北京にいる友人からのネット情報に依れば、北京は戒厳令下、軍事パレードを一般国民は参観できないほど長安街の警戒は厳しいという。
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通巻第2727号
【2193】クックパッド(株)
http://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/detail/?code=2193.t
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=q&board=2193
http://news.finance.yahoo.co.jp/detail/20090714-00214079-mosf-stocks
クックパッド、17日にマザーズ上場=料理レシピサイト運営〔新規公開〕
http://news.finance.yahoo.co.jp/detail/20090713-00000108-jijf-bus_all.vip
名称: 日本Ruby会議2009 (RubyKaigi2009)
会期: 2009 年 7 月 17 日(金)・18 日(土)・19 日(日)
http://pastorale.jpn.org/rubykaigi.html
http://rubykaigi.org/2009/ja/live/room1
http://rubykaigi.org/2009/ja/live/room2
http://rubykaigi.org/2009/ja/live/room3
http://www.nicovideo.jp/tag/rubykaigi2009
http://b.hatena.ne.jp/t/rubykaigi2009
http://b.hatena.ne.jp/t/rubykaigi
http://search.twitter.com/search?q=%23rubykaigi
http://delicious.com/search?context=all&p=rubykaigi2009&lc=1
http://jp.rubyist.net/RubyKaigi2008/
???
私は前のエントリで
これも多くの場合に成り立つと思いますが、やはりバブルが一定の大きさを保っている場合です。
つまり(大きさが変化しない前提なら)乖離が大きいと悪影響がある、と書いているのですが。。。
元増田の話に戻れば、土地バブルだと決め付けて総量規制や急激な利上げという「対策」をやったせいでかえって実体経済に悪影響を与えてそれが資産価格の過剰な下落をもたらしたんじゃないかという気がしてならない。
???
総量規制も利上げも金融政策です。それが資産経済の過熱を冷ます → 実体経済が巻き込まれて悪化する → その影響で資産経済がさらに悪化する、という負のスパイラルはありますが、途中をすっ飛ばして金融政策がいきなり実体経済に悪影響を与えてってのは理解できません。
よろしければもう少し具体的に説明して頂けますか?
バブルが実体経済を振り回してるというより実体経済に資産価格が振り回されてるという面が大きいんじゃないかと。だから好景気は威勢よく上がって不景気になれば急落してるんだと思う。
一般的に実体経済は資産経済のように身軽には動けませんし、資産経済が実体経済の4倍の規模があると言われている状況では実体経済が資産価格や資産経済を振り回すのが困難なのは明らかです。
「市場原理から適正に決まるべき資産価値」というのは実体経済と無関係でないなら、投資の過熱自体が適正価格に影響与えて、バブルかどうかがわからなくなるような。
その通りで、バブルは崩壊までバブルと認識されないことがよくあります。
日本の土地バブルも、その最中にバブルであると指摘していた人は少なかったですし、
先日の原油も当初は新興国の需要増が価格上昇の主要因だと言われていました。
これも多くの場合に成り立つと思いますが、やはりバブルが一定の大きさを保っている場合です。
それ以外でも、例えば生活必需品で乖離が大きくなると色々と悪影響は出てきます。
逆にバブルが膨らんでるときはどんどん乖離が大きくなってるんだから、
適正価格との乖離が大きいと経済を悪くするというのが正しいなら、
改善するどころか悪化してもおかしくはないはずなのにそうはならないことが多い。
バブルで地価が適正価格から乖離するほど土地取引が冷え込んで不動産業が潰れるかというとそうはなってなかったし、経済全体で見てもバブル勃興で得をしたことから来る消費投資の活発化で失業や倒産が減って実体経済を改善してしまうことすらよくある。
バブルが膨らみ続けることが利ざやを生み出し、それが投資に回ることで実体経済が恩恵を受ける、という構造があるからです。
言い換えると、乖離の変化率(バブルの膨張速度)が見かけ上の改善をもたらしているのであって、
「市場原理から適正に決まるべき資産価値」というのは実体経済と無関係でないなら、投資の過熱自体が適正価格に影響与えて、バブルかどうかがわからなくなるような。
崩壊という急激な過渡現象の進行中に何が起きるかとは別の話です。
さらに、例えば土地バブルが崩壊して土地価格が適正になれば土地取引は活性化しますから
土地取引に限定して言えば実体経済が改善していると言えるかも知れませんが、
逆にバブルが膨らんでるときはどんどん乖離が大きくなってるんだから、
適正価格との乖離が大きいと経済を悪くするというのが正しいなら、
改善するどころか悪化してもおかしくはないはずなのにそうはならないことが多い。
バブルで地価が適正価格から乖離するほど土地取引が冷え込んで不動産業が潰れるかというとそうはなってなかったし、経済全体で見てもバブル勃興で得をしたことから来る消費投資の活発化で失業や倒産が減って実体経済を改善してしまうことすらよくある。
http://anond.hatelabo.jp/20090107234503
元増田の言っていることは理解できる。
でも、“派遣”村・元派遣社員という名前がやたら前面に出されているため、派遣村叩きvs派遣村擁護 が 正社員(※) VS 派遣社員 になっているのがそもそもの過熱の原因な気がする。
“派遣”村にきているのは元派遣社員だけじゃない。元正社員もいる。
(参考: http://www.jiji.com/jc/zc?k=200812/2008123100288&rel=j&g=soc )
でもなぜか派遣社員という名前がやたら前面に出されているので、例えば、元増田に近い考えを持っている人が某掲示板でこんな感じに叩く。
「貯金すらない、努力もしない馬鹿“派遣社員”をなんで、税金で助ける必要があるんだ?」
それに対する反論はこんな感じ。
「労働者の3割が非正規雇用という現状で、派遣社員というだけで努力していないと決め付けるのはどうなの?」
こんな感じに、議論が噛み合っていなくて内容もすりかわり、段々過熱すると本当に、正社員 VS 派遣社員 まで発展する。
元増田の本題に話を変えると、正社員でも給料日前に金無くなるような自転車操業している奴はたくさんいるし、元増田の友人のように派遣社員でもそれなりの金貯めている奴もたくさんいるだろう。
世の中に、毎月自転車操業の奴が多いのは、25日直後の駅前ATMをみればあきらかだ。
話がとっ散らかっているという批判は本当に申し訳ないです。まぁこんな自分なんでニュアンスだけでも伝わればと思うけど。
で、マスコミが企業を叩き潰すのにその逆は許されないのかと言っているけど、当然どっちもダメに決まってるでしょ。
でもそういうニュースを求めているのはいわゆる「善良な市民」なわけですよ。マスコミと市民がゆっくりと長い間共犯関係にあって、今の図式が出たんだと思うんだよね。
だから声を上げたり批判するのはいいと思うけど、それが「毎日が変態だから、毎日を潰す」という方向に行くのはおかしくない?それではそのまま、あなた方が憎んでいる「マスゴミ」のやり方そのものなのでは。しかもマスゴミでさえおおっぴらに「潰す」なんてこと言わない。ある意味マスゴミよりも下品なやり方でマスゴミ批判をしているのではないか?
一般の人が「潰す!」って言って潰れる範囲って本当に限られてるんだってば……。
結局電凸もネットイナゴも、今のように必要以上に攻撃的な態度のままでいたら、ずっと昔からある「風評被害」の一部みたいに取られてしまうんじゃないの。真にマスコミを反省させたり、スポンサーに届くような批判として取ってもらえないと思います。ちょっと頑張れる営業がいる会社なら、電凸されたスポンサーに直接会いにいって説得できると思うから、電凸しても意味ないって思うし。
俺が気になるのはなんでそんなに攻撃的なのか?ってこと。批判以上の感情が入っているんだろうなと。マスコミも過熱報道で攻撃的になることもあるけど、どうしてかっていうと、そういう記事を読みたい人がいて売れた時期がちょっと前にあったからで、話題を提供してやってると思ってる人がマスコミにもいる。そしてワイドショーを見るような人がいる限りそう言うことはあるんじゃないかな。それはもう需要が出来てしまった時点で仕方ない…。個人的にはそう言うのはホント終わってほしいと思うけど。でもネットだって、サイゾーとか探偵ファイルとか、似たようなメディアはあるけど、そちらは何故叩かれず、逆に「探偵ファイルに依頼しようぜw」みたいに頼られているのか?結局、ネット側にもそう言う下世話な欲求があるじゃん。ネットもメディアも、そんなに聖人君子ではないだろうと思う。
ネットもメディアなんだからネットのやり方に歩み寄れと言う人もいたけど、「潰す」なんて穏当じゃないことを言ってる方に歩み寄れるわけないじゃないですか……。新聞・テレビもさすがにそこまで敵意をむき出しにはしない(出来ない)です。「潰す」とかおもしろ半分の電凸行為を勧める行為やネットイナゴが「マスメディア」としての役割だとは言えないです。マスメディアがそんな反社会的な行動を取ってそれで良しとしてたら、人々に「ネットはメディアだ」と認めさせる道は遠のくばかりでしょう。
「自分たちはもうネットがすっかりメディアとして機能してる」って人もいるかも知れないけど、いまだにニュースなどについてはネットの人の一時情報はテレビや新聞に頼りっきりって言うのは少し滑稽じゃない?結局自分がいわなくてもその辺はネットと旧メディアが共存してるんだなーと思います。
この文が「じゃあやってみろ」論法だという人もいるけど、そうじゃない。
何をやっていいかわからないからとりあえず叩いてる感じの人は是非、叩く以外にも方法があるってことを知ってほしいです。
ネットが本当にマスメディアとして認められるには電凸や祭りなどの手法を使っていたらいつまでたっても説得力がないんじゃないの?それに、大体においてネットの人たちの一時情報は結局テレビか新聞じゃない。
それではいつまでたってもテレビか新聞に代わる新しいメディアにはなれないのではないですか?というかその態度が結局「新聞、テレビなしには生きていけない」ということの体現になってしまっている。ネットで政治について語るのはそう言うことにつながるのでは。だからいつか記者クラブ制度や電波の権利が解放されるまでは、結局共存しかないんだと思う。マスコミを潰したいなら記者クラブや電波の権利について熱く議論するほうが簡単そうだけど…そう言う行動はあまり見られなさそうだから、やっぱりマスコミが感情的に嫌いなだけなのかなって印象を受けるので、残念だなぁと。そんな嫌い!って言う感情に巻き込まれて職を失ったらたまったもんじゃないだろうなあと思ってエントリーをあげました。人生初ホッテントリ。
関東でエンジニアやってて思うのはすごく勉強会が多いということです。これはいいことだと思うのですが、たまにこんなことを言う人に出会います。
これには某勉強会の進行や主催をやってる人も含まれているので、そういう人が忙しいのはある程度仕方がないんですが、
たまに、そうでなくとも「勉強会がいっぱいあって忙しい」という人と出会います。正直なところ、それっておかしいんじゃないかと思います。そんなに忙しいんなら出る回数減らせばいいじゃん、と私は思います。
勉強会に参加すると何だかんだで拘束時間が長くて、気がつくとそれだけで1日が終わってしまうこともあります。僕はエンジニアというのは常日頃勉強していかないとやっていけない職業だと考えてるので、お金に糸目をつけず技術書を買い漁って読んだり、暇を見つけては何かしらのプログラムを書いています。勉強会に参加すると、(発表者として)喋るか、(参加者として)聞くだけになってしますので、本当に自分に有益だと思わない限りは勉強会には参加しません。
何故こんなことを言うのかと言うと、たまに勉強することよりも勉強会に出ることの方が重要だと思ってるとしか思えないような人を見かけるからです。ひどい例だと、勉強会で誰かが発表している最中に話を聞かないでずっと内職している人をたまに見かけます。
もちろん、人脈を広げたり、他の会社のエンジニアの方と交流するのはとても有意義なことだと思いますし、発表などをすればプレゼンススキルも上がるし、いろんな人と話ができるのでコミュニケーションスキルの向上にも繋がると思います。ただ、私は先述の理由からそんなに勉強会には出ません。せいぜい月に1、2回出るくらいです。(多くても2、3回)もちろん、毎月参加しているのもありますが。
勉強会に出れば(技術が身につくという意味で)本当に勉強になることってのは案外少なくて、どちらかというと自分があまり全然知らなかった事柄に対して深く知るためのきっかけを与えてくれることの方が多いです。本当に勉強するのは勉強会が終わった後です。話を聞いただけで(技術的な)スキルが向上することはほとんどありません。特にプログラマというのはプログラムを書かないとプログラマとしてのスキルはなかなか向上しないと思っているので、プログラムを書く時間を確保するのがとても大事だと私は思っています。例えばですが、とあるアルゴリズムについて勉強しているとします。そのアルゴリズムを解説している本を読んで、こう思うことがあるでしょう。
「試しに自分で書いてみるか」
もちろん、新しいアルゴリズムを勉強する度にそのアルゴリズムを実装するのは大変なので、全部やるというわけではありません。しかし、そのうちのいくつかについては実装してみたいと思うのが自然だと思います。
さて、あなたはそのアルゴリズムを使ったプログラムをさらっと書いてみました。そこで質問です。どうなりましたか?以下の選択肢から選んでください。
元から何かしらのサンプルコードや擬似コードが既にある場合は、最初から完璧に動くこともあるでしょう。しかし、理論解説しかない場合、最初からいきなり完璧に動作させるのはなかなか難しいです。もし、あなたがどんなアルゴリズムでも理論の解説を読んだだけで一瞬で完璧に実装できるのだとしたら、あなたはすごいプログラマです。
たいていの場合、何度か書き直すことになるでしょうし、最悪計算量のケースに対処するために最適化を施すこともあるでしょう。前者はともかく後者はそのアルゴリズムに対する深い理解が必要になることが多いです。
あるアルゴリズムを勉強して、あなたはそのアルゴリズムが本当に必要になった時に、ちゃんと実装できるようになっているでしょうか?もしくは何かしらのライブラリやミドルウェアを採用する際に、それがどのようなアルゴリズムを使っていて、どのような場合に問題になるのか、計算量はどれくらいなのか、それは最悪計算量となるケースでも最適化されているのか、といったあなたが求める条件をクリアしているのか見極めることができるでしょうか?そういうことができてこそ、本当の意味でスキルが向上していると考えるべきではないでしょうか?
何が言いたいかと言うとですね、
勉強会勉強会って言ってる人は本当に勉強してるんですか?人の話聞くだけで勉強できると思ってるなら、学校の授業で先生の話聞くだけで、自習も復習もしない学生と同じですよ。
もちろん、勉強会に参加しながら自習と復習をちゃんとしているエンジニアの方はたくさんいると思います。ただ、最近の勉強会ブームの過熱ぶりというか盛り上がり様を眺めていると上記のことを思わずにはいられません。
諸君 私はインフレが好きだ
諸君 私はインフレが好きだ
諸君 私はインフレが大好きだ
賃金上昇が好きだ
駆け込み消費が好きだ
高利率が好きだ
バブルが好きだ
株価の急上昇が好きだ
高度成長が好きだ
お金を刷るのが好きだ
この地上で行われる ありとあらゆるインフレ誘導が大好きだ
戦列をならべたオペレーターの一斉介入が
轟音と共にヘッジファンドを吹き飛ばしていくのが好きだ
空中高く放り上げられたヘッジファンドが 円安誘導でばらばらになった時など心がおどる
悲鳴を上げて 燃えさかるバランスシートから飛び出してきた埋蔵金を
議員立法で薙ぎ倒した時など胸がすくような気持ちだった
小切手をそろえた職員の横隊が敵の戦列を蹂躙するのが好きだ
恐慌状態の職員が既に息絶えた財務省を何度も何度も刺突している様など感動すら覚える
敗北主義の経済官僚達を証人喚問に吊るし上げていく様などはもうたまらない。
泣け叫ぶ官僚達が私の振り下ろした政策とともに金切り声を上げる経団連の重鎮たちにばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ
哀れな漁業従事者達が雑多ないいわけで健気にも立ち上がってきたのを効率化のための無利子融資が漁協の非効率ごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える
必死に守るはずだった生産コストが蹂躙され生産性が犯され殺されていく様はとてもとても悲しいものだ
英米大恐慌に追いまわされ害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ
諸君 私に付き従う大隊戦友諸君
君達は一体何を望んでいる?
更なるインフレを望むか?
情け容赦のない糞の様なインフレを望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な闘争を望むか?
よろしい ならばインフレだ
我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ
だがこの暗い闇の底で半世紀もの間堪え続けてきた我々にただのインフレではもはや足りない!!
大インフレを!!
一心不乱の大インフレを!!
ならば我らは諸君と私で総力100万と1人の日本銀行となる
我々を忘却の彼方へと追いやり眠りこけている連中を叩き起こそう
髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう
連中に恐怖の味を思い出させてやる
天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる
一千人の吸血鬼の戦闘団で
世界を燃やし尽くしてやる
第二次ゼーレヴェー作戦 状況を開始せよ
征くぞ 諸君