2018年06月18日の日記

2018-06-18

anond:20180618174139

未曾有の大災害みたいな騒ぎ方してるか?

京阪電車脱線」のデマ自然発生

当時のTwitter時間軸に追ってみると、「脱線したような揺れだった」が「脱線ってマジ?」となり、

脱線した」という“確定”情報に移り変わっていくさまが見て取れる。

anond:20180618170926

から恋愛結婚もしなくていーかって結論がもうとっくに出てる

枚方市を読めたものだけ官房長官に石をなげなさい。

anond:20180618173131

おまえらしたことないんだから東北支援しろよ」と言われても、

数人の死者をアピールして「ほら東京被害があるから」って必死に言い張ってたな。

東京放射能が降ってくる〜」ってびくびくして、

そのくせ自分たち安全が分かったら途端に福島野菜拒否するとかな。

当時、阪神大震災の教訓を東京人に伝えていた関西人のことも忘れてるんだろうな。

同僚がずっと不倫彼氏の自慢をしてきてたんだけど、適当に相槌うって聞き流してたら味方だと勘違いしたらしく、ラブホ代わりに私の部屋を貸せと言い出した。

気持ち悪すぎるので断ったんだけどまあしつこいしつこい。

自分ちに呼べないような相手を連れ込むのになんで他人が部屋貸すと思うんだ。ばかじゃないのか。

大阪地震について病的に噴き上がってる増田がいるが、何を主張したいんだろうな

anond:20180617230359

仕事くれる先の浮き沈みに完全に連動するから先のこと考えても仕方ないよ

10年超えならしっかり溜め込んでて逃げ切れると思う

anond:20180618061208

うちはなんとかベンチとかの勉強会でお知り合いになったところに外注出してるわ

エロゲ社長のツイに同情リプのように見せかけて保険営業かけてる人がいて

これこそSNSを駆使した営業だよなぁとか思いました。

anond:20180618130714

web界隈なんて年商-外注費がほぼ年収じゃないの?

実際にはいろいろ経費控除して年収は600万くらいだろうけど、可処分所得年収1000万クラスだと思う

南海トラフで広域が被災したら、被災してない地域でも物資が不足するから「買い占めしてるやつらはアホ」とか余裕ぶっこいてられなくなるぞ。

まあ、災害が起きてから買いに行ってる連中はどのみちダメだが。

anond:20180618173014

でも一応自分電気がかかってるから東北ーとか絆ーとかえらく盛り上げたもんだけど、自分生活かかってないと冷淡なもんだよね

anond:20180618171251

あいや、ワイが想定してたのはモテたい奴が見栄張るため用ではなく

恋愛自体に強い欲求はないけど、親とか同性の友人相手ごまかす

その場限り用のイメージ冠婚葬祭礼服レンタルみたいなもん

本心関係なくても世間体は面倒くさいからな

-

中国とかじゃ既にこの手の「見せ恋人」はビジネスになってて

ゲイとかの間で利用されてる模様

anond:20180618172855

マスコミ誘導されるがままに踊らされてる

妄想なので、おまえの性根が卑しいことしかからない。

anond:20180618172606

アフリカの子供に寄付するのは良いことだとは思うけれども、

思うけれども。

anond:20180618172504

東京民なんかこれ以下の震度被災者ぶってたじゃんw

トイレットペーパーが売り切れて大変だった」とか言ってw

きのう

まれて初めて成年コミック買った

幾花にいろ先生のやつ、1話試し読みが良かったので

正直まったくムラッと来なかったけど、恋愛マンガとして面白かったのでオッケー

Kindleだとブツが残らないのがいいね

買い占め

一般人が一斉に買って、商品が無くなるのを「買い占め」て言うのやめてほしいわ。

小数大資本とか金持ち市場に出回らなくくらい買うのを買い占めと言ってほしい。

ネット教養のない連中はともかく、民放テレビ新聞まで言ってるし。

NHKちゃんと「買いだめ」と言ってるな。

[]アルテミジア・ジェンティレス

1593年、画家であるラツィオ・ジェンティレスキの娘として、ローマ生まれる。

弟たちと共に絵画を学ぶなかで次第に頭角を現した。

画家としては、カラヴァッジョの盟友であった父を通して、カラヴァッジョの影響を強く受けている。

女性であったせいで満足に絵画技法を学べないアルテミジアのために、オラツィオアゴティーノ・タッシという画家教師として雇った。

しかしアルテミジアが17歳のとき、タッシは強引にアルテミジアと関係を持った。

結婚をちらつかせていたもののタッシにその気はなく、それを知ったオラツィオ強姦の罪でタッシを告訴した。

タッシは余罪とあわせて2年間の懲役を課された。

その取り調べのなかで、アルテミジアは真実を明らかにするために、すすんで拷問を受けたという。

こういったエピソードのために、アルテミジアは後世にフェミニズム文脈で注目されることとなった。

その後、別の画家結婚したアルテミジアは、フィレンツェで大きな成功を収め、芸術アカデミーにも加入することができた。

ガリレオ・ガリレイとやりとりした手紙も残っているという。

夫と別れたあと、ローマヴェネツィアナポリ転々とした。

一時期、イギリス父親と共に仕事をしたが、オラツィオはまもなく亡くなり、その後はまたナポリに戻った。

亡くなった正確な時期は不明だが、1956年ごろに疫病で亡くなったとも。

げつげつげつようび~

本気を出すにはまだ早い

今日は帰ろう

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん