英語、と一緒なのかも。
身につけると幸福になれるイメージがあって、誰でも手を出せる。 ただしものになる人は少ない。
身につけたことにより素晴らしい知見を備えるに至った人はいるだろうけど、そういう人は身につける方法よりも語りたい内容が別にある。
という問いは、うざいからといって全否定するものではないけれど、
つまり、
という問いと似通ってるんじゃないかな。
存在してもいいし、抹消されてもいいんだよ。
あったほうがよくても、人によっては存在自体が悪であることもあるし、
なかろうが問題なくても、誰かが喜べばそれだけでいいんだし。
雨の日は自転車に限らず、徒歩でも車でも視界は悪くなったり滑りやすくなったり危険だから、なるべく気を付けてゆっくり進むようにしなければいけない、ということで、十分周りを確認しながら急がずに走るようにするしかないのではないか。個人的には、盗まれたり置く場所がなかったりで自転車は何年も乗っていない。
奥さんになんか買ってあげれば喜ぶと思うんだが。
MacのソフトのアップデートでiPhotoから写真になった頃を境に
iPhoneの写真がいままで○月のフォトストリームって、勝手にダウンロードされてまとめてくれてて便利だったのに
なんか出来なくなってしまった。
挙げ句の果てに
WindowsにiCloud入れて自分のアカウントにログインして
いいっちゃいいけど。
もう〜ひど〜いみたいな返しが最適なのかもしれないけど死んでもしたくないし、でもムキになって言い返すわけにもいかない。
は、一応自他共に認める事実だとは思うが、それはことさら自慢するモノでもなく、ただ自分がそうありたかったからしたことなのだ。
当然自分よりも更なる努力をして、その人のありたい地位まで上り詰めた人もいるだろう。
内心羨ましく思うこともあるが、それはその人が見合う努力をしただけのことなので、凄いですね、や、見習いたいです、くらいは言葉にするだろうが、ソレ以外の羨む言葉を口にするのは憚られる。
しかし、自分自身がそう思っているだけで、努力がまだまだ足りないくせに人を羨む発言をする人も中にはいる。
むしろ必要な努力を怠っているからそんなよこしまな発言が出てくるんだろうか?
自分の人生において、そういった人と関わりを持ってもプラスにならないと思っているので、極力関わりたくないのだが、ついつい苛立ち嫌みを言ってしまう自分がいる。
どんな人でもある程度鍛練すれば道が開けると思っているせいなのか、単にそういった人を見下しバカにしているからなのか?
バカにするのも、自分が少しでも怠ければ、彼らと何も変わりはないからだろうか?
いずれにせよ、今後は「へえそうですか頑張って」と返すのみにして、関わらないでいられるようになりたい。
精神面では本来そうであるべきなのに、社会・経済面ではそれでは遅かったり生きて行くのに不便だったりするから、「しない理由」とか「戦略的にする必要性」が出てくるのかな。
独身でも生きて行きやすい世の中になればいいと思うものの、人間は一人では生きて行けないとも思い知っているので、もうちょっと繋がりがある社会になれば・・・
なんかさー
軍靴の音がーって騒いでる連中の方が、戦争よ呼び込んでる気がするんだよなあ
身近に解離性人格障害の人が居て本人達を全員を姉妹だって言うのだけどどう扱って良いのやら
表情とか声色も違ってまるで本当に五つ子みたい
が皆次女だったことに気付いた。私は下に妹と弟がいる長女。
学生の頃から続いている友達も、社会人になってから作った友達も
長く続いているのはみんな次女だ。
三人兄弟の末っ子とか長女とかは居ない。(居ても何か長く続かない)
ちなみに今まで三人の男性と付き合ったがそこは全員長男だった。
気にした事無かったけど今ふと気付いた。
清潔感的な意味ではそうだけど、体を温める、一日の疲れを取る、的な意味では湯船につかる行為に及ばないから「シャワーで(清潔感的な部分のみを)済ませる」という表現になるんじゃない?
一夜にして幾千もの星を手にした増田は、星の入った風呂敷包みを担いで夜闇の奥深くへ駆けていった。血走った目は暗がりでもぎらぎらと輝き、口からは怪鳥のような鳴き声がもれ続けていた。
村の衆は誰も増田を止めることが出来なかった。あれは娘のため命を削って働いていた男ではなかった。星の欲に飲まれ、狂気に憑かれ、人の道を踏み外した外道である。幽鬼となったのである。
古老は言った。唯一、出来ることがあるとすれば、それは増田のことを忘れることである、と。
村の衆は増田が消えた闇をじっと見つめていた。それは夜の深淵へと続いている。そして、深淵の先は虚無へと通じると伝えられる。
誰も闇の向こう側を知らない。中へ飛び込まなければ覗くことが出来ない。人間が知ることは出来ないのである。
増田はどうなるのだろう。
誰かがつぶやいた。
返事はない。
増田が帰ることは二度となかった。