2015-09-29

続:「馬鹿ね、そんなくだらない理由で人を殺したの」

こちらの記事http://anond.hatelabo.jp/20150928163536)を投稿させていただいたものです。



ちょっと苦しい思いを吐き出したいがためにこちらのダイアリーを使わせていただきました。

予想以上に反応をいただきまして自分でもビックリしています

コメントも読ませていただきました。

未熟者にたくさんの意見いただきまして本当に恐縮です。


コメントを読んで、ぼんやりと言いたいことが浮かんできましたので、

また書かせていただきたいと思います

勢いで書いた、長い、まとまっているか不安、の三拍子なんで、

お付き合いいただける方だけ、どうぞ。

徒然なるままにってやつです。




さて、前回の記事の前置きとして二つの事柄に触れておきたいと思います


私をメンヘルとご指摘くださいましたが、その通りです。

もうひとつ記事でも触れましたように、私は精神病を患っています

そのため、そういった病気に無縁の方とはかなり違った解釈をしている部分も多々あると思います

なのでメンヘラと呼ばれても仕方のないことかもしれません。

なので、先ほどの記事不快になった方は「メンヘラがまた何か言ってるよ」

くらいの気持ちブラウザバックしていただいた方がいいと思います




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ひとごろしの気持ち共感できてしまうことは、

誰にでもある。しかし、それをここで言うのはちょっと

というご意見いただきました。



確かに、この記事異端と捉えることが出来ると私も自身も感じております

からこそ匿名しか言えなかった。


元々、創作活動も盛んにしているので、創作というオブラートに包もうかとも考えました。

しかし残念なことに私が感じたことはひとつ創作ではありません。

創作であったらどんなに良かったか

それに創作というきちんと綺麗にお行儀よくラッピングされたものではなく、

今のありのままの心の叫びを私はどうにか残しておきたかった。

創作になんてしたくなかった。


からこそ、今回は匿名という立場を使わせていただきました。

しかし、これを身バレのするところで呟いて、私と周りに迷惑をかけるのは避けたい。

取捨選択の出来ないコメントをぶつけられるのを相手にするのは、

ちょっと私の心の体力に自信がないので…

匿名からこそ言えることがある。

多数の前に少数は圧倒的に無力です。




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さて、以上の2点を述べさせていただいたので、

エゴと私個人の主観が多分に含まれるということを前提で話を続けさせていただきます



私は確かに「この犯人の心境の一部に共感は出来ます」それは間違えようのない事実です。

しかし、「こんなに苦しんでいたんだから犯罪を犯していい」と、犯罪の容認をしたいわけじゃありません。

これからも申すつもりもありません。

私はこの犯人とは違いますし、多くの精神病で苦しむ人達もそうです。

精神病を患っていたとしてもこの考えに賛同できない人などかなりいると思います

私は彼の気持ちを「共感」出来ます。それは「想像できる」ということです。

しかし、当たり前ですが、私は彼になれないのです。

どうか、その点だけは間違えないでいただきたいのです。


現実に起こしたことは消えません。まして、かけがえのない命を奪うことは大罪です。

誰もいなくなった人の代わりにはなれません。どんな理由免罪符にはならないんです。

同じ人は二度と還ってきてはくれないのですから


匿名説得力に甚だ欠けるのは重々承知しております私自身、警察にお世話になるようなことは、

ひとつも起こすことなくこれまでの人生を歩んで来られました。


でも、それって、たまたま運が良かっただけなんじゃないかとも思うんです。

犯罪殺人に手を染めなかっとしても、自分で命を絶たずに、ここでポチポチ文章を打っていられるのも…




私が最もこの記事で言いたかったのは、

「取り返しの付かない過ちを犯してしまう前に誰も救いの手を述べなかった」

ということです。


今この時の、家族の、学校の、大げさに言えば社会セーフティーネット機能していない深刻さ。

それを改善していく必要があるんではないかと強く思ったがゆえに投稿した記事でした。





私はもうひとつ、強く言っておきたいことがあります

前回の記事で、この「救いの手」のひとつ

私は「ありのまま肯定することが大事」といいました。


少し説明不足だと思いましたので、補足させていただきますと、

ありのまま人格を認めることが大事」だと言えばいいでしょうか。

私がいいたいのは、「ここにいてもいい」という安心感

自分自分のままで生きてもいい」という自信が大事だと言いたいのです。


このひりつくような渇望は一度体験したことがない人だと、

ちょっと想像するのが難しいことかもしれません。

(それくらい普通の人は当たり前に持ち合わせている感覚らしいので…)



コメントで、『誰を憎めばいいですか→自分ですってのと同じロジック

そのままでいいんだよ」って誰が言うんですか→自分 とならないのがふしぎ。』

と言ってる方がいましたが、おっしゃる通りです。

自分自分を一番認めてあげないといけません。

でも、そんな当たり前のことが上手く出来なくて苦しんでる私のような人もいる。

どうか心の片隅でいいので、それを覚えていてくださったら嬉しいです。

そして、もしこんな風に苦しい人がいれば「こうやれば楽に生きられるかも」

提案してあげてください。



ただし「やることをなんでも肯定する」

それはコメント欄でおっしゃられていた通りとんでもない間違いだと思います

そんなこと容認してたら世の中は犯罪の横行する恐ろしい社会になってしまます


ここで中庸という言葉を引き合いに出させて話したいと思います

これはアリストテレス倫理学で、徳の中心になる概念です。

過大と過小の両極端を悪徳とし、徳は正しい中間中庸)を発見してこれを選ぶことにあるとされています


簡単にいえば、勇気という徳が過剰であれば無謀、不足であれば臆病ということになります

間違った選択を見極める責任は常に自分にあります


からこそ、私は極端な答えである殺人という犯罪否定しました。




さて、上記であげましたように私が言いたいことが

「人を肯定すること」は「なんでもかんでもゴーサインを出す」ことではない

ということがお分かりになられたでしょうか?



ここで私の実体験を話させてください。

私はとても自己肯定感が低いです。

殺人を犯した彼に似た「自分ダメな奴だ」という囁きと常に葛藤を続けてきました。


いつも他人と誰かを比べてしまいがちです。

そうするといつまでも、何をやっても満足できません。

あの人はもっと出来た。もっと出来ないといけないと。

もっともっと、とその先が脅迫的に欲しくなるのです。

私が患ったのは、そんな目に見えない病気です。



そんな私がずっと続けてきた趣味があります

死にたいと何度願っても、実行に移そうとした時も

いつだって描く手を止めることがありませんでした。


当たり前ですが、初めはお世辞にも上手くもなく、他人と比べてばかりいました。

それなにに、苦しくならずに、どうして続けられたのか。簡単なことです。


肯定されたから」です。


「私、あなたの絵好きだな」これだけです。


たったこれだけの言葉が私の胸に何年も残って私を支えてきてくれました。

死のうと思った夜を何度も越える勇気をくれて、私を自殺から守ってくれました。

私は、その言葉が私を支えてここまで生かしてくれたと、これだけは胸を張って言うことが出来ます




この言葉をくれた人は私を救ってやろうなんて気構えは、ひとつもなかったと思います

それに、そんな上からかけられた言葉で人の心は動くものでしょうか?

理屈じゃないんです。嵐のような強烈さで、私は実際に救われました。


ただ一言、「頑張ったね」「頑張ってきたね」それだけでいいんです。

結果なんかじゃない。その人の頑張りをただ認めてあげればいいんです

たったこれだけで、私は生き汚くても人生を歩んでこれました。




最後に、何件かのコメント

「その人の人生を引き受ける覚悟がないと肯定してはいけない」といったコメントを見かけました。


私は引き受けるなんて気負わなくていいと思います

あなたは、あなた自身の「こう言った」という発言には責任を持つべきです。

こうすべきだった、言うべきだったと悩んだりするのは、あなた自由です。


でも、その言葉自分なりに受け止めて、選択し、変わっていくのは『自分自身であるべきです。

人は変われます。でも一人で元気になるのは難しい。


そして、人は元気になれたら勝手に歩いて行けます。それこそどこまでだって


から、喉の渇いてたまらない人に水をあげるのを惜しまいであげてください。





ダメ」という誘惑は恐ろしく、そして強いものです。

この言葉を浴びせ続けられた私の心は、もっとちゃんと出来ないとと、

急き立てられるようにそればかり考えていました。


ちょうど暴走した列車のようです。ブレーキはちゃんとある

でも頭のなかはパニックを起こして安全操作の仕方なんてポンと飛んでいる。


からブレーキはここだよ」とか「早いんじゃないの?」と

それだけ言ってあげてください。

から十まであれこれ口出ししないで、補助するだけでいい。

心のブレーキを思い出させてあげればいいんです。

誰でも利きの良し悪しは違っても元々、持っているものですから

信じてあげてください。






言葉で人は殺せます

私は少なくとも「お前は駄目だ」という言葉で救われなかった。

しかった。苦しかった。まだ、頑張らないといけないのかと死にたくなった。



でも救うことも出来ます


「私、あなたの絵好きだな」

たったこれだけで、私は馬鹿なことをしなくてすみました。

人生を投げ出さずにすみました。






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お恥ずかしながら、誤字脱字はどうぞ多めに見てやってください。

お前のこと結構好きだぜと言ってくれたあなた感謝を!

あー書いたらスッキリした!



『母にこれだけ言えたんだから増田は一段上がれたと思う。

からず母は増田を虐げるモンスターではなくなる。』


でもあなたもすごい!私を救う言葉を持ってる!

この言葉でまた救われました。ありがとう。届くかは分からないけれど、あなたは私の人生の恩人の一人です。

他にも励ましてくれた方、ありがとうございます個別に返信は出来ませんが許してね。



消えたいといったみなさん、消えたいという誘惑は強いです。

でも、それとどうにか折り合いをつけて生きていこうとしてる人がここにもいます

ゆっくりですが、自己肯定感も少しずつ育てている最中です。

まだヘコタレてしまうことも多いのですが…

酷い時と比べると、確実に変わっていることを実感する日々です。


人は変われます。多分、この記事を見てくださるあなたもです。

から、もしまたお目にかかることがありましたら

私もあなたも無理せず元気な姿で、また会いましょう。


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