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2015-07-01

自分結婚したい

気持ちが悪いと思われるであろうことを承知なのですが、私はよく自分と恋仲となる想像します。

別にナルシストであるというわけではなく、どちらかといえば自分のことは大嫌いで

どうして自分自分以外の人間になれないのだろうとよく考えたものでした。

しかし、私は私と一緒になりたいと思うのです。

自分を見た時、自分としてあるなら、この自分でいたくないと望むのですが、他人として自分を見た時、とても良い相手であるように思えます

気持ちのその理由に、整理はついていません。

変わりたいと願う自分がいる一方で、そのままで居てほしいと願う自分もいて、わけがわかりません。

しかすると、自分のことを外に出さないように隠しながら生きてきた結果

他人自分理解してくれるという想像ができなくなってしまっているからかもしれないし

単に、なんだかんだいってナルシストであるというだけかもしれません。

ただ、結婚するなら相手は自分がいいのです。

同じ人間が2人いると生活の上で困るので、かわりばんこで夫婦を入れ替わって男女の営みをできたら……

そういった醜穢な妄想をすることもあります

別に男男でもよいし、女女でもよい。切り替えられたらそれを越す愉しみはないように思えます

今の世の中、結婚を望みつつも出会いを待つ間にその期を逃したという方の話をよく耳にします。

そんなご時世に、こういったファンタジーな望みで他人との恋仲を面倒臭がっていて、大丈夫なのだろうか?

いやきっと大丈夫ではなく、ただ大丈夫じゃないまま、歳を取っていくのではないでしょうか。

……深い山の奥、手作りロッジに住み、裏手で薪を用意する私と、そこに労いの言葉とともに、冷えた水を持ってきてくれるもう一人の私。

そういう生活を夢見ながら、今日もでかけてきます

2013-12-16

ボーイスカウトって何なの?

ネットで調べると謎すぎて怖い。

誓いとか掟とか約束とか異常に多いし、儀式的でなにやら怪しい組織、宗教のような特徴がある。

wikipediaなどを読むとフリーメイソンと何らかの関係があるのは明らか。

噂ではなく本当にフリーメイソン下部組織かもしれない。

ボーイスカウト創設者ロバート・ベーデン=パウエルの弟デビッドフリーメイソンであった。

ロバートの孫マイケルフリーメイソンであり、マイケルオーストラリアロッジ「ベーデン=パウエルロッジNo.488」の元・マスター(Past Master)である

しかも、日本ボーイスカウト連盟の「ちかいとおきて」はフリーメイソンの基本理念にかなり似ている。

優れた人格形成、国際友愛精神の増進、青少年健全育成を目的とするとか、こんな曖昧目的で国際的な巨大組織を作る必要あるのか?

ボーイスカウトの本当の目的は一体何なの?

2010-11-22

http://anond.hatelabo.jp/20101121015948

この増田大学時代の知り合いだと思う。巧妙に大学名とか年齢とかフェイクを入れているけど。

増田さんへ

自分増田さんと会ったのは、3年生の通年ゼミだったね。

増田さんは、当時から目立っていて、アクティブで、

インドアネガ自分とは遠い人だとずっと思ってた。

実際に、少人数のゼミに入ったとき、派手な子が多いので、失敗したなって思たんだ。

うまくやっていけるか心配だったんだ。

そんな中で、増田さんはゼミ長として、色々企画してくれた。

はじめは自分にとって、最初増田さんはいい迷惑だった。むしろ嫌いだった。

自分バイトも有ったから、皆で飲み会とか真っ平ごめんだった。

皆でいるよりは自分の家にいたほうがよかった。

でも、増田さんはゼミの地味な人達も、派手な人達も、皆で一緒に楽しく遊ぼうって言ってたよね。

仕方ないから、付き合いで一回顔を出したのを覚えてる。

確か、都内の山に行く、みたいな企画でさ、

意外と面白かった。

皆、ネガ自分にも優しかった。

「一緒にしよう!」の声が、嬉しかった。

それからゼミの集まりに何度か行くようになった。

夏は海に、川に、花火に行って、冬はロッジクリスマスパーティー。

ホテルスイートをワリカンで借りて、遊んだりもした。

今までそんなことしたことなくて、全部新鮮で。

高校時代、誕生日スルーだった私が、皆に祝ってもらった時は、ちょっと泣いちゃった。

大学時代経験が、今思えば一番輝いて見える。

自分よりずっと強い、でもたまに傲慢にも見えた増田さんは、

たまに零してしまう、わたしの個人的なネガ発言に、

「もっと自分でなんとかしようよ!」って言ってきたよね。

それがすっごく嫌いだった。でも、増田さんを嫌いになれなかった。

増田さんが、ずっと弱い人って気付いたから。

増田さんの弱さを知ったのは、増田さんが冬に、サークル棟の前で、うずくまってしゃがんでいた時だった。

部室の鍵が開かなくって、入れないだけの事なのに、うずくまってワンワン泣き出して。

彼氏増田さんの肩を抱いてあげながら、こっちを向いて「こいつ、弱いところあるから」

って言ったのが忘れられない。

増田さんが何と戦っていたのかは知らないけど、増田さんはとっても弱い人だったんだね。

自分増田さんが嫌いだった。

傲慢で、でも、いつも楽しそうで。

本当は弱くて、ネガティブで、駄目なところもいっぱいあるのにみんなに隠して、みんなに愛されて。

でも、増田さん、嫌いになれなかったよ。

大学2年間を、キラキラ輝く宝物にしてくれて、本当にありがとう。

増田さん、あなたはわたしの憧れでした。

2009-08-14

http://d.hatena.ne.jp/amamako/20090813/1250152130

これってもしかして新しいビジネスチャンス

http://d.hatena.ne.jp/amamako/20090813/1250152130

私が学生の頃は、

みんなでお金出してホテルスイートや(キッチンの付いた)大き目の部屋を借りるとかがあった。

ちょっと遠出なら、

部屋貸しのバンガロー(ロッジ?)みたいなところを使ってた。

カラオケとかが一般的でなかった遠い昔だけど。

今でも、パーティー会場屋とかあるんじゃないの?

あるいは、持ち込み自由のカラオケとかでも。

あとねー、

場所だけ提供しても、

調理したものが欲しくなると思いますよ。

そうすると、

調理の手間をどうしようか。

設備も、貸すスペース毎にキッチンが欲しくなるかも。

水回り、冷蔵庫、食器類、調味料、調理器具、洗面所、...。

そのあとかたづけ清掃。

ここら辺の管理メンテコストをどうしようか。

余ったら捨てるか持ってかえる、

足りなければ買いに走る。

場所だけ借りてそれ以外を自分たちでまかなうのって、

ちょっと遠出したときはとても楽しいんだけど、

普段の自分の生活圏の中でやると、

ちょっとわびしい(ビンボーくさい)感じになるかもしんない。

その感じをどうやって押さえ込むか。

面白いかもしんないけど、

もうちょっとコスト面と需要について具体的に検討した方がよいかも。

2009-06-01

同期の男の許しがたい態度@キャンプ

先日、会社の同期たちと山梨キャンプをしてきた。

私を含めて女が3人、男も3人。全員が20代後半、独身で、

それゆえ、皆それなりに胸ときめくようなできごとを期待していたと思う

(まあ、少なくとも私はそうだった)。

昼間はぞんぶんに渓流遊びを楽しみ、その後、飯盒でカレーをつくり、

夜は焚き火を囲んでクエルボを飲みながら、ジャンガで盛りあがった。

10時頃にはもうみんなけっこう酔っぱらっていた。

前もって厚着はしていたのだけど、かなり冷えて、

レジャーシートの下から地面の冷たさがびしびし伝わってきた。

それで、同じシートの隣でひとり飲み続けているA君(男前。実質初対面)に、

ロッジに先に引き上げようと促そうと、

「ねー、さむいねー、さむいよー」といって、左腕に軽くよりそってやった。

するとA君は、焚き火に向けた顔を一瞬こちらに向けて、

「そっか?」というと、また黙ってグラスを傾けた。

美人でないとはいえ、女が「寒い」と訴えているのに、このつれない反応……

もしやこのバカは、自分を『スラムダンク』の流川君かなにかと勘違いしているのでは、と思った。

へえへえ、わかりましたよ、と心のなかで呟いた。

けど、そのいっぽうで私は、ちょっと真剣に悔しくて、実は、死ぬほどどきどきした。

揺れる炎に照らされる横顔が、やたらかっこよく見えたのだ。

結局、かなり遅くまで皆でだらだら飲み、どうでもいいことをあれこれ話し込んだ。

A君はたまに相槌を打つ程度で、ほとんど喋らなかった(何しに来たんだか)。

男女に分かれ、三角屋根ロッジに帰ったときにはもう、1時をまわっていた。

シャワーを浴び、髪を乾かしてから、寝袋にはいって眠ろうとすると、

A君のことが頭をよぎって、なかなか寝付けなかった。

ぶっきらぼうな態度を男前がすると、時によって相当な効果をもつことを

実体験として、はじめて知った。

女ってそそんなものなのかね……

キャンプから戻ってからは、

ベッドのなかでA君の横顔を思い返しては胸をしめつけられつつ、

ときおり片尻をあげて、屁をこいだりしています。

2008-11-07

祖父の言葉

祖父は志願して海軍に居た人で、戦後は某紡績会社で働き、幾つもの特許をとったらしい。

紡績会社退職してからは、祖母と一緒にロッジ管理人などをしながら働き続けたが、祖母が亡くなった後は庭いじりをしたり、図書館に通って軍関係の本や戦争被害の本を読み漁っていた。

そんな祖父が居なくなってから数年が経つ。居なくなってすぐに、乗っていた車は事故と思われる状態で見つかったけど、本人は見つかっていない。行方不明という処理になるらしい。きちんと葬ることが出来るまでにはまだ間がある。

そんな中、祖父からの手紙が出てきた。もらった時は読み流しただけだったけど、今読んでみると、それこそ遺言のように感じて身が引き締まった。おかしなところもそのままに転記してみる。

故里は遠きにありて想うもの

交通の便が至極よくなった現代では通用しないのではと思いながらも書いてみた。増田其の後大変御無さた御免。元気で頑張っているものと想います。○○((増田地元))と京都では寸時にして帰れる大変便利になったものだと感心させられるもの。増田君も就職以来早や一年過ぎたことになりますね。君の成長を誰よりも楽しみにしていたおばあちゃんも草葉の陰でさぞ喜んでいるものと推察しております。

日本の将来を背負って立つ若者である全力投球して下さい。お父さんも、お母さんも何時の間にか半世紀を生き抜いた人生の大ベテランになりました。したがってどの角度から見ても増田達の出番です。年間を通じて今が一番の好季節 日本一の観光都市京都 シーズン中は大変な混雑でしょうね。さて増田君も社会人として二年生になりましたね。学校で又は職場での諸先輩から学んだことを頭におき力を精一杯に発揮してほしいものです。皆様の期待に背かぬよう一個の人間として身立をし志と品格を持って生きてほしい願うのみです。

言うまでもないことだが職に就くと言うことは単に給料を頂いて生活を立てるというだけではなく社会的責任を担うことであります。自分に与えられた仕事は天職だと信じ誠実に果たし、その仕事を選んだ目的に一歩づつ近づいて下さい。そのためには常時想像力と創造力を磨いてほしいと思います。何事も常に疑問を抱き新しいやり方を試みる それによって自分も社会進歩するのではないかと思います。

又常時相手の身になって考えるということです。人は自分だけでは生きていけないもの。家庭も職場社会も助け合ってこそ成り立っていくというもの。相手の立場になればその人の痛みや見えないものが見えてくるもの。

増田君達の舞台日本ではなく世界です。一にも二にも頑張って下さい。今も昔も通用する言葉に若い時の苦労は買ってでもせよとは良く言はれたもの。何だか説教じみた文面もあったようだが要は健康留意して無理のない程度に頑張って下さることを願うのみ。無学な爺が書くこと 誤字脱字も多々あることと思うが そこは頭のよさで判読して下さい。今夜は何だか増田の事が頭に浮かんできたので一寸書いてみた。

増田君へ  ○○の爺

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