2021-09-11

人生終わらせるしかない

思えば高校3年の時から精神調子おかしかった。

起きようとしても起きられない、夕方になってようやく起きる生活になった。特定教師のことを思い浮かべると恐怖でどうしようもなくなった。

精神科に行こうとするも教師から妨害されて保健所に連れていかれた。保健所では「我慢して学校に行ってください」といわれたのでしぶしぶ登校した。

精神状況はセンター試験直前ぐらいまで芳しくなかった。

 

その後適当都内大学に進学した。学部卒業後は大学修士課程に進学した。社会統計学みたいな感じのことを研究していた。

B1(学部1年)の時は昔いじってきた同級生に襲われると思い震えたり、大学に行けなくなったりしてあんまり状況は芳しくなかった。

いじりといっても通りすがり金玉を握りつぶされる、教室で無理やり脱がされ局部丸出しの状態にされる、7~8人から殴る蹴るなどされるといった程度の軽いものだ。

B2になったら少しは良くなったが相変わらずだった。ただ、自分をいじってきた人が多数参加する地元成人式が終わると状況は少し落ち着いた。

B3~M1の時はまあまあ普通だったが、M28月ぐらいから再び体調がおかしくなりはじめ、意識もうろうとしたり人ごみの中で動けなくなったりした。

研究リソースをさかれ就活まで手が回らなかったこともあり、結局就職先が見つからないまま大学を去ることになった。修士号はもらえた。

 

大学院修了後はしばらく動けない状況が続いていたが、これじゃいけないと8月ごろ一念発起し就活を始めた。

有名なブラック企業ですら門前払いを食らったが、結局原子力系の企業研究部門中途採用というかたちで拾われた。統計をやっていたということが理由らしい。

このころも電車京王線)の中で意識もうろうとしてしゃがみこんだりと心身ともに不調が続いていた。

 

研究部門は朝8時から夜0時まで勤務するのが当たり前だった。サービス残業もそこそこやった。昼休憩や休みの日は原子力関係の専門書を読んで知識をつけていた。

このころ体調はさらに悪くなっており、頭の中が真っ白になり吐く、会社に行こうとしても眩暈が停まらなくなる、MF文庫Jポスターを見て意味もなく大泣きするなどの状態になっていた。

さすがに体調が悪いのは何とかしなきゃなと思い内科デパスを貰うも効き目はあんまりなかった。

そうこうしているうちに納期まで仕事が終わらないことが発覚、命を以て責任を償おうと電車に飛び込もうとするも警備員に取り押さえられ失敗。

警官とともに精神科に連れていかれて「うつ病」という判断を下された。

自分うつ病はすぐ直ると思い、復職に向け専門分野の勉強を続けていた。100冊ぐらい専門書を買い精読した。向学のため北海道地層処分研究施設を訪れたりもした。

しか復職許可は出ず結局会社を追い出された。

 

会社を追い出された後は何もする気力もなく、親のすねをかじりながらただただ罪悪感と同居する生活を送っていた。

そんな中、知り合いが「あなた知識をもとに事業を起こさないか」と誘ってきた。何もしないという罪悪感はあまりにも大きい。

自分憲法規定された国民義務を果たすため、その話に乗った。

おりしも障害年金が120万円程度支給された。自分はその金を使い、事業必要な道具を全国駆けずり回って集め、そして共同で事業を行った。

調達計画作成商品の納入・宣伝顧客対応はすべて自分が行った。結局100万円以上切ったりもした。足りない部分は知り合いから借りた。

その甲斐もあり月商20~60万円程度にはなった。9ヶ月で300万円程度売り上げたが、そのうち260万円は知り合いが貰っていった。

知り合いはこの事業運営自分に一任してきた。せいぜい計画文句つけるぐらいだ。分配も自分がさんざん催促してしぶしぶ行ったという感じだった。

このころは出張先で体が動かないなどの症状に見舞われていた。うつ病も良くなってはいなかった。

しか病気がよくならなくとも義務を果たさなければならないという思いで職務に臨んだ。

 

結局件の知り合いに毟られているのではないかということを親から指摘され、数か月前自分在庫の一部と機材の一部とともにバックレた。

体も動かない、近所のコンビニにも行けない、生活費も乏しいという三重苦の中、気力を振り絞り事務所の確保や販路の拡大、開発計画策定などを一人で行ってきた。

しかし売り上げは前のようには立たず、経済的心理的に頼れる相手もいなくなったこから、心身ともにさらに追い詰められていった。

このまま事業を続けていったらエネルギー切れになって崩壊してしまう、体が動く前に自分死にたい真剣に考えるようになった。

自分死ぬということは高校3年の時からずっと思い続けていたし、ノルマが達成できなかったときなどはそうしようとしたが、幸か不幸かうまくいかなかった。

しかし今は今までとは状況が違う。もう野垂れ死に自分死ぬかの二者択一である事業を誰かに託して人生終わらせた方がいい。

 

つい最近、件の知り合いと仲直りしてほしいと別の知り合いか要求され、結局それに折れて件の知り合いと会うことになった。

件の知り合いは最初はにこにこと接してきたが、事業譲渡したいというなり「じゃあバックレたときの機材と商材の金払って借りた金返して」ということを言ってきた。

自分エゴ譲渡相手に百万円単位負債背負わせるのも問題だし、だからといって払えるあてはない。

からといって件の知り合いと共同で事業をさせると、結局自分と同じように相手搾取されることとなる。そういうことは絶対に避けたい。

加えて第三の道を見出せるほど自分には余裕がない。この文章もぎりぎりでひねり出している。

エネルギー切れで野垂れ死ぬぐらいなら、自分の手で迷惑にならない場所人生終わらせた方が他者のためになる。

結局きょうは楽しみにしていたウルトラマンも見られなかった。ぼくたちのリメイクも見られる状態ではない。

それどころか100m離れたコンビニに行くことすら大事業だった。今日食べたのは菓子パン2つだけ。

  • なんでそれほど上手くマジメにヤらんでええところをマジメにヤってしまうの? そして、 ガンバらんでええところをガンバってしまうの?

  • まずお前は自分のことだけ考えな。事業はたため。障害者年金もらってるのならそれで再び休めばいい。 譲渡されたやつの借金云々は気にするな。別の知り合いと件の知り合いがお前を...

  • いきさつは昨日の増田参照(https://anond.hatelabo.jp/20210911214245)   もう全部が限界なので事業を譲って自分で死ぬということを言ったら、自殺に関しては特に引き止められなかった。 まあ...

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