最初に書いておくが、これはフィクションだ。たとえ真実に近い部分があっても特定を避けるために変えてある。
こんなご時世に忘年会かよと思われるかもしれない。私もそう思う。人口密度の低い地域ならまだしも、東京のど真ん中で、しかも会社は現代的なウェブサービスのベンチャーだ。このタイミングで忘年会を開くなどという選択肢から最も遠いはずの環境だ。でもしょうがなかった。課長が「忘年会やろうと思ってるんだけど、幹事やってくれない?」と私に聞いてきたから。いくら年が近いとはいえ、「いや、いま忘年会はヤバいっしょw」などと返すことはできなかった。
参加者は部内の社員で合計二十人ほど。ベンチャーだけあって年代は多くが三十代前半以下。部長でも四十代前半といったところだ。たとえ感染しても重症になったり、それ以上になることはまずありえない、ということなのだろう。会社の方針としても特にこうした大人数の会食を制限するつもりはないようで、社内独自の警戒レベルは緊急事態宣言の解除以降はずっと最低レベル。十一月の急増を受けてもこれは揺らがなかった。勤務は仕事柄もあって基本テレワークが継続されており、希望すれば出社も可能だ。心配性の私はもちろんそんな狂気じみた希望など出さず、出社するのはどうしても断れないときだけなので月に一二度といったところ。同僚との食事や飲み会も辞退し続けてきた。こうしたことができる環境なのは非常に感謝している。
幹事を任された私は、課長に伝えられた条件に合うスケジュールや店をピックアップし、いつものように調整さんで出欠を取って、一番人が集まる日にちを選んだ。課長の条件にはなかったものの、店の絶対条件としては「換気の良いところ」を選んだ。私にできるせいいっぱいの対策はそれくらいしかない。それが忘年会の前週だ。緊急事態宣言が出ればさすがに社内的にも忘年会は禁止になるだろうと期待し、あえて直前にした。結果は周知の通りだ。
こんなときに忘年会かよ……とは思いつつも、私はいつもと変わらず幹事の仕事を進めた。なんせ、これは業務なのだ。課長から忘年会の開催を指示され、それに従っているだけだ。もしそこで感染が広がっても私のせいじゃない。後遺症が出ても私は関係ない。妊娠中の後輩がいた。まもなく結婚式だという同僚もいた。持病のある先輩もいた。老いた親と同居している同僚もいた。彼らはどういうわけか、出欠を取るときすべての日を欠席にしなかった。いやたしかに私が「参加してねー」って書いて出欠取ったよ! でも正直言って、おまえら本当にそれでいいのかと思った。その人たちが感染して、どんな結果になっても、私の責任ではない。もし彼らが私に損害賠償を請求しても、私は裁判の席で「課長に命令されました」と、感情のないロボットのように答えるだけだろう。これは私の忘年会ではない。だから私の責任ではないのだ。そう思うと、いや実際間違いなくそうなのだが、気が楽になった。(とはいえ、大学の心理学の講義で習った電気ショックの実験をまったく思い出さなかったといえば嘘になる。)
予定の時刻になり、荷物をまとめた社員がエレベーターホールに集まる。こんな時代でも金曜の夜はどこか浮足立つ。だがそこに並ぶ人々がどこか不安げな表情をしているのは私の気のせいだったろうか。
会社のビルを出て、二十人もの大人数で狭い道を駅前へと並んで歩く。通り過ぎる人々には私たちがどう見えていただろう。「こんなときに能天気な奴ら」「ニュースも見ない愚かな若者たち」「根拠のない楽観主義にまみれ、判断力の欠如したバカどもの行列」。それは私自身が一番、私たちに叫んでやりたい言葉だった。
「増田ちゃ〜ん、今日はありがとね」そんなことを一人で考えながら歩いているとき、課長が話しかけてきた。「今年は忘年会やめる会社が多いんだってさ。でもやっぱりこれがないとなんか物足りないよね」
「はあ」私はむしろこういうのは苦手なタイプだ。「私も本当は感染広がってるしどうかなと思ったんですけどね。でも課長がやりたいと言ったので」
「え?」課長が聞いたこともない素っ頓狂な声を上げる。まるで用意していたみたいに。「別にぼくは何も言ってないけど? 増田ちゃんが忘年会やりたいって言ったんだよね?」
頭が真っ白になる。私が……言ったのか? いやそんなはずはない。十一月の二人ミーティングのときに課長に指示されたから、幹事をやっているだけだ。この全力コミュ障の私が忘年会をやりたいなどと言うはずがない。
「課長が私に、幹事をやってくれないかって言ったんですよ。そうですよね?」
「うん、でも増田ちゃんがいいですよって言ったでしょ? だから主催者は増田ちゃんじゃない? お店選んだのも、出欠取ったのも増田ちゃんだし。何より幹事だし」おそらく課長もこの忘年会のヤバさについて薄々気付いていたのだろう。いや、最初から承知で私に頼んだのかもしれない。何かあったときに逃げられるように。彼の口からは前もって練り上げられていたようなねじれた論理がほとばしった。「ていうかさ、誰が何言ったかなんてどうでもいいでしょ。せっかくの忘年会なのにカタい話はよそうよ」
「つまり」私は言った。「課長はこの忘年会で何が起きても、責任を取らないということですね?」
課長は驚いたような顔をしたあと、笑いながら「責任ってさあ……忘年会の責任って、それギャグ?」と言った。
あたりを見回して部長を見つけると、駆け寄って尋ねた。部長の答えは課長と同じだった。
私は行列の先頭へ走り、みんなに叫んだ。
その後の彼らの様子は書きたくない。
みんなを返したあと、部長と課長と私は会社に引き返し、短い面談をした。この忘年会の件について私を擁護してくれる人は、その会議室にはいなかった。
うちの会社の社員に求められている資質に「決断」がある。増田は幼い子供のように、自ら決断することを嫌がり、責任を放棄し、多くの人々に迷惑をかけた。そんなことを二人は言った。
それが彼らに見えている、そして他の社員にも見えているだろう私の姿だった。
「リスクが低いことに大騒ぎして、迷惑をかけた」。だったらあなたたちが責任を持つと言えばそれで済んだのだ。そんなにリスクが低いというなら、どうして自分が責任を持つと言わなかったんだ?
「決断しろ」。私は中止という決断をした。それは苦しみに満ちたものだった。でも私にはそれ以上の決断などできなかった。どうしてあなたたちは「よしわかった、おれが責任を持って、開催するという決断をする」と言わず、代わりに「こんなときに責任なんて空気読めないこと言うなよ! それより早く酒飲もうぜWowhooo」などという答え方をしたんだ? 「大いなる決断には大いなる責任が伴う」という言葉を知らないのか。私も知らないが誰かが言っていてもよかったと思うんだ。誰かに言っていてほしかったと思うんだ。責任のない決断が尊ばれる職場で出世するのは牟田口みたいな奴だけだ。責任のトリクルダウンなんてまっぴらだ。
最初に書いたように、これはフィクションだ。私の人生にはどういうわけかこんなふうに、週末に何をしていても、愚にもつかないフィクションが頭の中を回り続け、どこかに吐き出さずにはいられないことがある。
だからこれを読んで「これはもしかしてあの人かな?」「うちの職場かな?」と思ったとしても、それは絶対に違う。
でももしそんなふうに思ったのなら、お願いだから、あなたが幹事であってもそうでなくても、どうかみんなのいる前で聞いてあげてほしい。
「それって誰の責任でやるんですか?」と。
俳句で
おもしろい。 こういう話をもっと作って増田に投稿してくれ。
当日キャンセルは流石に誰も擁護してくれんだろ フィクションで良かったね
雰囲気で誤魔化して責任なすりつけあうとか結局集団だとだーれも何も言わんのかいとか社会人のイロイロが詰め込まれてる 当日キャンセルだけは勘弁してほしいからもうちょい前にア...
フィクションまじりだからかめちゃくちゃ安いドラマの展開を見てるようで面白味が全くなかった 出だしからオチまで全部読めたけど増田だしひょっとしての意外な展開を期待してたけ...
文体とある特徴から連中かと思うが 本当に? と思うほど弱い 濁りはある
スパイダーマンとか、一部Linuxで管理者権限画面で英語で警告される奴セリフだ。
そもそも主催者が責任とるって何よ 責任とるなんてはったり以外で言えないでしょ 参加者が自己の責任で参加するしかないのでは?
でもUber配達員が問題を起こしたときはUberに責任があるんですよね?
その 「責任」 って何?
なるべく事故が起こる前の原状回復の任務に就く責を負う者の意
つまり罹患者が発生した場合に損失となる人的資源の補給に関して及び措置による生産損害の補填方法の確立について計画立案及び主導による計画遂行のこと? それだとしたら課長は職...
何の話してるやで 元増田よまんで書いたから何言ってるかわからんわ
課長「忘年会してや」 増田「はいな」 課長「増田ちゃん期待してんで」 増田「は?お前がやれ言ったんやからお前に期待すんで?」 課長「やるん(実行責任)は増田ちゃんやろ?」 増...
おーーーーー 読みやすいな!!! 天才増田だな!!
なんちゅう酷い話やろか 増田君だけが犠牲になってちっとも報われん 悪の組織やわ