俺はどっちも問題ないと思っているけど、もしガイドライン制定担当者になったらどうするか?
第一弾 https://urbanlife.tokyo/post/22892/
第二弾 https://www.huffingtonpost.jp/entry/uzaki-chan_jp_5e366317c5b69a19a4b084b7
俺が見たかぎり、批判者が言いたいのは「表情」と「ピチピチの服」だろ。
1つめ、「表情」についてはかなり難しい。
批判者が第一弾の表情を「アヘ顔」と呼んでいるのを見たが、これは断じて「アヘ顔」ではない。
wikipediaによれば
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%98%E9%A1%94
アヘ顔とは「性行為の最中における架空のキャラクターの表情を表現した日本のポルノの用語」
なのだ。つまり、性行為というコンテクストがないと成立しない表現なワケだ。
宇崎ちゃんの顔は「先輩を煽るウザい顔」である、というコンテクストを理解していれば
全く性的表現では無いと言えるので、「アヘ顔」論者は「アヘ顔」の意味を誤解していないか
A. 批判者は、コンテクストを理解しないと批判してはいけないのか?
BについてはNO、ただし「明文化および規制はできない」だと考える。
まずAについて。
悪意なきコンテクストを理解しないことによる解釈の違いとは「勘違い」と言い換えることができる。
人間の感性は本当に様々で、勘違いが発生しない表現など不可能だ。
これを突き詰めると、女体の下半身に見える根菜を売っている八百屋は猥褻物陳列罪にあたるか?
という話にさえ及びかねない。
つまり、コンテクストを理解すれば問題無い表現に関しては、素直に矛を収めるべきだ。
Bについて。
「悪意なきコンテクスト」と書いたが、実際には脱法的ハイコンテクストを悪用している2次元作品も存在する。
例を挙げると、アンサイクロペディアにさえネタにされる「エロゲー登場人物18以上」問題だ。
(断っておくと、俺はそもそも非実在児童ポルノ規制には反対だが、分かりやすいので例示する)
これは18歳未満との性交を避ける業界自主規制に関するエクスキューズなのだが、
「ランドセルしょって成年です」はねぇよと思いつつ、設定次第でどうとでもなるので
かといって、見た目で判断となると「この絵は幼く見える」という絵柄魔女狩りが始まるのは目に見えているので規制すべきではない。
それでも、「悪意ある脱法」だと確信するなら、根拠を示して堂々と批判すべきだ。
極端な例として、エロ漫画のコマを寄せ集めた「アヘ顔Tシャツ」なるものがちょっと前に話題になった。
これを街中で着ていたら、紛うことなき環境型セクハラだと思うが、
着ている人に「別に裸が写っているわけじゃないし表情だけで判断できないよね?」と言われたら?
安心してほしいが、ネットを見る限りほとんどのオタクはこのTシャツにドン引きしてたし、
「エロ漫画家が描いたエロ漫画の1コマ」というコンテクストを考えれば客観的に批判の正統性が保たれる。
つまるところ、ハイコンテクストのコンテンツをガイドラインによって規制するのは困難であるが
本当に問題のある表現を赤十字のような公的組織が採用した場合は
その根拠も添えて批判すべきであり、根拠が正統ならオタク含めて大衆の批判に晒されるであろう、と俺は思う。
2つめ、「ピチピチの服」は理解できるし、まだシンプルだが基準を作るとなると話は別だ。
第一弾のイラストを見ると、確かに乳房付近は他の上半身部分に比べて
漫画のコンテクストを考えても胸の大きさがキャラクター性の1つとなっており
漫画と公共ポスターという性質の違いを考えると、確かに適切な表現は変わってくるだろう。
例えるなら、同じ巨乳の女性でもパーティと葬式では着る服が変わってくるようなものだ。
これでは曖昧すぎる。
これでは巨乳女性のファッションを社会通念的に制限することに繋がらないか。
まだ水着とかなら非日常的だし、「肌の露出度が」「局部の際どさが」と言えるだろうが
そもそも「ピチピチの服」=「性的」と定義して良いのか?個人の性癖では?という問題にさえいきつく。
これは俺個人の予想だが、カフェバイトのウェイトレスの制服である
と批判者は捉えているのではないだろうか。
興味深いことに、コンテクストを理解していない批判者がいる一方で、
「女性の胸部を過度に強調した表現を控える」とだけ書くだろう。
前述したように明確な基準を作るのは不可能なので、このように曖昧な表現をするしかない。
おそらくすぐに形骸化するだろうがやむを得ない。
また可能ならば「女性の体型自体は問題としない」と併記すべきだ。
「筋肉を強調した表現」と「マッチョ表現」を描きわける難しさを考えて欲しい。
いろいろ書き殴ったが、批判者の目線に立つとやはり「何か言いたいが曖昧に批判せざるを得ない」気持ちはわかる。
批判者、反論者双方とも、「こんな意見もある」と捉えてお互いの領分を犯さない程度で収めるべき問題だと感じた。
批判者はこれだけ反論が出るのは「セクハラに対する男性の不理解」だけが原因ではないと考え、安易に規制論に走るべきではないし