自分はFランの出身で、入学した当時は本当にコンプレックスに苛まれた。
国立への学士編入を考えたり、なんとか資格取得などで挽回しようとした。
教官から推薦をもらい、偏差値でいうと25は上の大学の大学院へ進学できた。
大学院入学後もいろいろあったけど、最終的にプロパ学生を差し置いて推薦をもらい、
その大学から行ける会社でも、かなり良いところの企業の内定をいただいた。
現在では勝てない相手では全くないと考えている。
(むろん学生の水準は高いし、中には飛び抜けて凄い人間もいっぱい居るが)
自身の経験から、Fランで真面目に勉強することは意味がないとは思えないし、
周囲を見ても、真面目に勉強してた人間の方が、その後の進路を拓いているように見える。
むしろ「遊んだり、学生生活を満喫する」ことに逃げている人間の方が多い。
真面目に勉強している学生に、望みうるゴールを提示し、目的意識を持たせることこそ、
教える側の仕事なのではないだろうか。
疑問≠批判 って書いている人がいるけど、最後の段落の「そんなのやだなぁ。」って別に疑問じゃないよね。
こうやって不快感の表明をしてもその不快感が改善される事は多分ないよね。
じゃあなんでわざわざ「やだなぁ。」と書いたの?
もういいかげん、はてなで旬な話題を使って無様に釣り糸たらすのやめまちょうね。
そういうことがオタクだと思うなら、キミは違うってことでいいから、そのまま「無味無臭無色の素敵な一般人さま」で居てください。
僕は2年前ぐらいからオタクカルチャーに興味を持ち始めた。ニコニコ動画でハルヒを見て、その次にエヴァンゲリヲンを見てどんどんハマっていった。「アニメ=子どもが見るモノ」と思っていた僕にとってそれは、一種のカルチャーショックだった。こんなに面白い世界があるんだって。それから僕の中で、「オタク=クールなモノ」となり、自分がオタクであることに誇りを感じていた。twitterのプロフィール欄にも「アニヲタ」と書き、誇らしげにしていた。
それからある時、昔の知人にあった。そいつはかなりマニックなやつで、東方が出始めた頃からplayしていたしエロゲーも100本以上やっていたしアニメの知識も豊富だった。そこで、そいつに言われた。お前は、「オタク」ではないと。全然知識がないし、見てもいないと。twitterで「アニヲタ」とか軽々しく言うのはやめたほうがいいって。
そこで僕のアイデンティであった、「オタクであること」が破壊された。あぁ、僕はオタクでも何でもなかったんだって。ただの少し、アニメの知識があるパンピーなんだって。そこで僕は、自分で「オタクであること」を言うのをやめた。自分で痛いヤツだったなって気づいた。自分でオタクだって決めるものでなく、他人が決めるものだと思った。
そんな訳で、僕はこれからもただのパンピーとしてゆるくオタクカルチャーを楽しみたいと思う。なぜなら、アニメを何本も観ている時間もなければ、それに注ぎ込む金もないからだ。
ふと思ったけど無理だな。
分かりやすい例としてソニーを挙げると、仮にジョブズ以上の能力のトップが居て強大な権限と的確な指示が出せたとして、
まずそれが理解できる人がいない。
まったく自分のためにならなければ意味がないですね。あとはネットの空気が悪くなるのが嫌なので批判するということもあるかなあ。
色んな人と交流出来るのは嬉しいし、楽しい。でも一度ポカすると、実生活にまで影響を与えてしまう。気が抜けない。いや気を抜いちゃいけないんだ。変な知識がついて、頭でっかちになっちゃうよ。もう、なってるかもしれない。でも、やめられないんだよな。便利すぎるよ。
インターネットに入り浸ると心が疲れるから、時間決めといたほうがいいな。
インターネットってこわい。
悪意を捨てよう。
今でも良く思い出す。
ぐでんぐでんに酔った僕を介抱してくれた君。
君が僕の心臓の音を聞いていた朝、僕が聞いた始発電車の通り過ぎる音。
新幹線の駅のホーム、振り返らない君の背中を消えるまで見つめてた事もぜんぶ。
連絡も取らなくなって、もう1年と半年。
その間別の恋をしなかったわけじゃない。
でも、今でも彼女の事を思い出す。
もう一回付き合いたいとか、まだ好きだとかそういう感情じゃないと、自分では思う。
彼女は破天荒だったし、結婚しても苦労するのは目に見えてるしね。
でも、彼女の事を思い出す。
寝る前に。ふと気を抜いた時に。朝方ベランダでタバコを吸ってる時に。
君は、僕がタバコを吸い始めた事を知らない。
僕は、今の君を知らない。