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2020-02-16

日本人助け合い拒否する理由

日本社会は「助け合いにあふれている」と考える人は2%。

20〜30代男性4割は助け合い拒否感も

https://www.businessinsider.jp/post-207610

なんで日本人は見ず知らずの人を助ける意識が低いのか?

最大の理由は、みんな思い当たるだろうけど

「恥の意識」だよな

兄弟とか友人の世話になったり借金するのは構わないと思っても

赤の他人の助力を受けるのはみっともない

助けられる先方もそのように考えるだろう(だから相手に恥をかかせてはいけない)

また、赤の他人を助けると「ええかっこしい」「偽善者め」と見られるのが怖い

結局そういう理由相互扶助が身につかない

――ここまでは多くの人がすでに同じ事を考えてるだろう

ではなぜ、赤の他人に助けられると恥だと思うのだろうか?

***

自分は見ず知らずの老人が大荷物を持っていれば

駅までは一緒に運んでやるとか苦には思わない

以前、階段乳母車を押してる人がいたんで下から支えてやったことがある

この場合、大荷物を持った老人にも乳幼児連れの人にも何の落ち度もない

が、自分が人に助けられるのは非常に忌避感がある

学生時代新聞配達の店で働いていたが、夕刊の配達時にはたびたび

前カゴに数kg新聞を満載した自転車を上手に停車して降りられず

路上に夕刊の束をぶちまけたものである

このようなとき、見ず知らずの通行人――確実に俺より身なりの良いビジネスマンだの

臭い新聞配達員の俺に近寄るだけで可哀相な若い女性などが拾ってくれようとすると

申し訳なさの余り切腹でもせねばいけないような気分になったものであった

だって、どう考えても、五体満足な成人男性自分が、上手に自転車を停められず

自分に夕刊の束をぶちまけてるのは、言い訳のしようなく自分のせいだ

自分やらかした失敗の処置赤の他人を手伝わさせると

相手に対して感謝の念をすっ飛ばして「加害者」になったような罪悪感を覚えてしま

そしてその加害者意識を味わいたくないがために

他人に助けてもらうのはイヤなのだ

無論、地面に散らばった夕刊を拾ってくれた人は

俺のせいで被害を受けたなどとは一切思ってない「かも知れない」

が、「かも知れない」であって、本心は分からない、それが怖いのだ

***

ではなぜ、人に助けられると罪悪感や加害者意識を覚えてしまうのだろうか?

思うに、善意には返礼が必要という前提のためだろう

まり、助けられたら相応のお礼をせねばならない

実際には、駅まで荷物を運んでもらった、新聞を拾ってもらった

乳母車で段差を越えるのを手伝ってもらった……といった程度のことな

有償の返礼などなく、一言「ありがとう」と言えば済む

が、「本当なら相応のお礼(自分の失敗に起因するなら「お詫び」)」

をしないといけないのに、それをせずに他人善意を受けるというのは

たか精神的な負債借金のように感じられる

(まあ、別の機会に別の赤の他人に親切にすればいいんだが、そんな機会はいつあるかわからない)

***

要するに、因果応報とか、権利には義務が伴うとか、目には目をとか

そういう「世の中はプラスマイナスゼロの均衡があらねばならない」

という価値観が、無償人助けを「自然に反する異例なこと」のように

思わせているのではないか

***

これがイスラム圏だと喜捨の習慣というものがあり

金持ちが見ず知らずの貧乏人を助けたりすれば死後アッラーに高く評価され

逆に助けられた方も「助ける機会を作ってやった」という善行と見なされるとかい

この後段部分が重要

まり一方的に助けられることを精神的な負債と思わずに済むような

宗教文化日本には伝統的にないのだろう

仏教渡来の初期には皇室悲田院とかやってたけど恒常的には定着しなかった)

ただまあ、この日本の「他人に助けられるのは恥」という文化のおかげで

日本では生活保護忌避する人が多く、社会保障費が安く済んでいるのは確実

悪い意味でも、世の中よくできてるよなあ……と感じるばかり

2018-07-29

anond:20180728170523

税金無駄論議をするなら、「同性婚 経済効果」でggれば、同性カップル結婚式場やらブライダル用品やら新婚旅行やらで業界がこんだけ儲かるみたいな話が次々出てくる

まりGDPには貢献する可能性が指摘されている

普段ネオリベ論者は「金を使え! 消費しろ! でないと景気ガー」と言って、無駄税金使うことをさんざん擁護してるやん

それがこういうときだけGDPへの影響は目をつぶって税金の損得だけ言うのは、ひどい片手落ちだよな

税金の損失とGDP効果を天秤にかけた結果はどうかって? それ考えて政策決めるのは官僚仕事

ただし公共の福祉なんてもんは元から採算度外視でやると昔から決まってる

福祉政策反日日本の伝統ではない」とは言わさんぞ、悲田院を知らん奴はニワカ

2017-09-21

MMTA-002

シルエット・ロマンスアラサー独身女の日常SEX

「あっち見てください、ビルに反射してる、きれい。一日が終わる。」

「私なんか撮ってて楽しかったですか?」

「同じことの繰り返し」

友達クラブに行ってて、私やっぱダメかもしんないクラブ

こういうドキュメンタリー系のAVが、すごく寂しくなる。寂しかったころの自分を思い出す。

ベタベタなフックに引っかかってるのは分かってる。

何もしてあげられないのは分かってる。

それでも何かしてあげたくなる。助けたくなる。

きれいな異性に性的欲望を惹起されて消費するのがポルノだ。

であれば、悲田院ポルノ的な要素を持っている。福祉ポルノ

根本に下心があるかどうかは関係ない。

助けたい気持ちがあって、行動に移せば、それは福祉だし、ポルノだ。

あの元官僚が言ってたことは、まんざら嘘でもない気がする。

パパ活だろうがババ活だろうが、

「騙してる/ない」「騙されてる/ない」とか、行為善悪は、

当事者同士の内心という聖域の話だ。他者言及するのは無粋だ。

アイドル(あるいはデータ上のアイドル)を応援して消費してる

みなさんなら分かってくれると思う。

 
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