はてなキーワード: メカニカルとは
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初音ミクのLAコンサート、外国人感想その4。今回は初音ミクという存在についてかなり真正面から書いたものを紹介する。筆者はコンサートだけでなくアニメ・エキスポで行われたいくつかのパネルにも参加したようで、日本から行った関係者の発言も引用しながら初音ミクとそれを取り巻く現象に関する考察を述べている。これを読めば「初音ミクとは何か」について一通りもっともらしい話ができる程度の情報が盛り込まれた、なかなかいいまとめだ。
urlは以下の通り。
ヴァーチャル・ディーヴァ(仮想の歌姫)になるということは、正確にはどういう意味を持つのだろうか? 初音ミクの人気について真に理解できるようになる前に、彼女が正確には何者なのかを確認するのがおそらくは最適だ。しかしながらこのテーマは思いのほか扱いが難しい。最も簡明な言い方をすれば、彼女は明らかにセガとヤマハによって発展してきた音楽制作ソフトのために藤田咲の声を録音しデジタル化した商品のパッケージ用にデザインされたキャラクターだ。だが同時に、彼女が本当の意味では存在していないという主題もそこにある。我々がミクの歌について話している時、我々は厳密に言えば生きていないものに対して隠喩を使っている。思うに初音ミクとは我々が理解しているより遥かに複雑なものなのだ。
アニメ・エキスポ2011は間違いなくミクの全てを取り上げていた。ミクノポリスは、それがノキア・シアターで行われ、かつ売り切れた唯一のものであった点だけを見ても、明らかに週末最大のイベントだった。他のゲスト――クリプトン・メディアの伊藤博之と佐々木渉、ダンスロイド、及び小林オニキス――はミク登場のおまけとして呼び寄せられた。アニメ・エキスポがコンベンション全体のテーマに「ファンの年」を選んだのは、ただのお遊びではない。結局のところボーカロイドは、ヤマハの剣持秀紀マネジャーがコンベンション3日目のパネルMirai no Neiroで言及したように、ファン、製作者、及び消費者の間にある障壁を切り裂いている。
ミクがいくらか人間っぽい性質を備えているのは明らかだが、同時に彼女の存在はメカニカル(機械的)かつヴァーチャル(仮想的)でもある。歌姫という用語は、技術的な能力をほのめかしているのみならず、高い人気という意味も示唆している。だがミクの人気はピンポイントで捉えるのは難しい。小林オニキスがアニメ・エキスポ2011の2日目にミク・カンファレンスのパネルで発言した内容によれば、彼女の成功は3つの要素に拠っているという。ミク自身、制作過程での自由さ、そして世界規模のインターネットだ。私がオニキスの判断に異論を唱えないのは確かだが、彼の指摘した3つの点をさらに分析すれば初音ミクの存在について興味深い事実が判明すると思う。
トヨタの初音ミク・カローラCMを巡る謎がついに明かされた時、トヨタが特にアニメ・エキスポを念頭に置いて若い客に対する濃密な市場調査を行ったことが判明した。トヨタはアニメ・エキスポ2011に2台のitasha(アニメやゲームのキャラを描いた車)、スタッフチーム一そろい、車の前でミクのコスプレをする可愛い女性、そして小さなカローラの絵の上で可愛らしく微笑む子供のようなミクを描いた何千枚ものポスターを持ち込んだ。ミクはただソフトに特色を出すため作られたキャラに過ぎないという事実にもかかわらず、彼女は自動車企業の公式看板娘となるのに充分なほど人気があった。アメリカにおける市場性の存在にはかなりの疑問があったものの、この宣伝活動はミクにとって大きな一歩だった。
初音ミクの生まれは、実際にはどこの馬の骨とも分からないものだ。彼女は、自身が市場に出ることとなった新しいVocaloid2シリーズの、箱に描かれたイラストとしてその生を始めた。つまるところ、それが彼女の全てだ。だが、日本中の製作者たちが楽しく、突飛で、面白い歌を書き、彼女を描いたり動かしたりすることで彼女に性格を付け加え始めたため、彼女はすぐ自らの命を手に入れた。最終的に彼女のイメージにはネギが伴うようになった。
これがなぜ重要なのか? ミクが東方シリーズに出てくるキャラとどれほど似ているかについては、おそらく指摘する必要もあるまい。ゲームに出てくるキャラの多くが極めて限られた背景情報しか持たず、それゆえにキャラの性格をさらに発展させるため製作者とは無関係にファンダム自体が自由に想像をめぐらせる余地があるという事実に、東方厨の一部は対応してきた。同じようにミクの仕様に存在する欠落は、歌やビデオという形式をまとった小さな物語の発生を許し、それが巡り巡って単なるキャラを超えた命の有り様をを彼女にもたらした。彼女は利用者が作り出す製品の力に具象化された肖像であり、概念だ。
そのインターフェイスは、比較的直感的に使える。音楽用語を使う代わりにこのソフトは、メロディーを生み出すためピアノの音程と一致したいくつかの棒の上に長い音符を置く。ピッチとテンポは製作者の目的に合うように変更でき、ビブラートと発音も自由に変えられる。完全な楽曲を作るため、ドラム、ピアノ、ギターなど追加の伴奏も付け加えられる。
ヤマハの音声技術開発チームを率いた剣持秀紀によれば、初音ミクは作曲家と歌手にとって伝統的に必要なものを補完する革命的なソフトの顔を務めたからこそ、ヴァーチャル・ディーヴァなのだという。ミクは、かつてデジタル楽器がやったのと同じように音楽世界のあり方を変えたソフトだと、彼は主張する。それが楽譜制作だけでなく、自然言語における発話パターンの複雑さまでまねしようと試みていることを踏まえるなら、おそらくそれ以上のものと言える。
剣持はプレゼンの際に彼の議論の核心を効果的に実証してみせた。まず彼は、人間の耳とって自然な音をボーカロイドに生み出させるのが、どれほど困難かを説明した。次に英語のボーカロイドソフトSweet Annを使い、極めて短時間でハッピー・バースデーのメロディーを生み出してみせた。そしてボーカロイドは単純に人間の声をコピーしようとしているものではなく、その特別な性質故にある意味で音楽の未来を示しているのだと強調した。極めて広範囲なジャンルにふさわしいものにするため、ライブラリを変更することができる。人間の耳が言葉を理解できないほど速いレートで音を生み出すのも可能だ。どんな歌手より長く引き伸ばして歌うこともできる。最も有名な初音ミク曲の一つ、初音ミクの消失を見るだけでいい。ボーカロイド史の比較的初期段階からソフトが持つこれらの側面を製作者が上手く利用していたのは明らかだ。つまりボーカロイドは、その人間に似たヴォーカルと同じくらい、その機械的側面も売り物になっていたのである。
プロの音楽家とアマチュアの双方に販売されることで、ボーカロイドは間違いなく伝統的に音楽に存在した境界線を壊し、比較的音楽知識の乏しい者たちが数千から数百万ものビューを稼ぐ歌を作り出すのを可能にした。アーティストだけでなく、ネットに詳しい個人がよく知っている視聴者に合わせた歌を作ることもできるようになった。
ニコニコ動画が日本におけるボーカロイド活動の主要拠点であることは否定できない。この動画シェアサイトには、他の種の動画ランキングに加えて人気のあるボーカロイド曲のランキングもある。つまりミクの成功は、彼女自身と製作者あるいはソフトの能力だけではなく、日本のユーザーが新たに作られた歌に関する集計された情報を見つけるのが容易である点にも依存している。
ミクの人気は彼女の声だけにとどまらない。ボーカロイド・コミュニティーから抱き合わせでニコニコ上に出てきた他のコミュニティー、例えば「Utattemita」(歌ってみた)、あるいは「Odottemita」(踊ってみた)などは、それらの人気故に今やニコニコのメーンページにある案内バーにそれ自体のカテゴリーを載せるまでに至っている。国境を越えたアニメ及びゲーム・コミュニティーへのウイルスのようなミクの拡散は、製作者及びファンの双方で似ている情報拡散能力に頼っている。
最初の質問に戻ろう:ヴァーチャル・ディーヴァとはつまり何か?
ミクの「仮想性」は要するにオニキスの言う1番目と3番目の要素に起因する。彼女は世界中の数百数千という人々の想像力に根っこを持ち、一方で彼女の側は人間としてのどのような制約も持たない、骨格だけのキャラだ。同時に、インターネットにおけるファンに基礎を置いて成長するボーカロイド・コミュニティーには、それを統制する法的な枠も基盤も僅かしかないという事実故に、彼女は著作権問題からも比較的影響を受けない。実際、利用者が生み出しファンが作り出す素材に対して日本企業が示す寛大さは、英語を使うユーチューブ・コミュニティーが慣れ親しんでいるものに比べれば衝撃的なほどに大甘だ。技術的にも、誰もが歌わせることのできるミクの束縛のない能力は、有名になるためどんな歌姫にも必要とされる人気と広い支持とを提供する。
理論的にはミクのスターダムへの道は、彼女が完全に作り上げられたキャラではなく、その中身が欠落しているという点にある。オタクの行動様式とポストモダンにおける消費パターンに関する東浩紀の著作から引くなら、ソフトの利用者が作り出した歌と動画に描かれた個人的で小さな物語を生み出すためのデータベースとしてボーカロイドと初音ミクが使われている。同時に人間の声を合成することで達成された技術的偉業が、音楽産業内における伝統的役割に新たな裂け目をもたらした。あらゆる種類の消費者、製作者、ファン、音楽家、個人的技術者が、あたかも300年前にルソーが思い描いた政府のように有機的なコミュニティーへと参加している。
初音ミクとは2つの面を持つ現象だと私は主張する。ミク自身は、情報的に遍在する世界の中にいる個人たちの行動様式に根ざしており、世界的コミュニティー総体の想像力によって生み出されている。一方、ソフトは技術的革新による製品で、それは技術がミクの成長にどれほどの役目を果たしているかを過小評価するのが間違いであろうと言えるほど、過去にあった境界を超越してのけた。
ミクノポリスの会場で照明が落とされ、初音ミクが最初にステージに姿を現した時、聴衆の中で数千のファンが上げた叫びを誤解することは不可能だ。堅実で具現的な光学的幻想を生み出すスクリーンに投影され、ミクはボーカロイド商品の箱を彩る二次元画像という起源から、サイエンスフィクションのポップスターへと素早く進化する。来るべき年月におけるボーカロイド発展への将来性を踏まえるなら、Mirai no Neiroパネルこそまさに新たな造語にふさわしい:「未来の音色」
The Nihon ReviewとAnime Instrumentalityはアニメ・エキスポにおけるミク関連のリポートを協力して提供する。コンサートそのものに対する詳細な報告は、Anime Instrumentalityに掲載されているzzeroparticleのエントリーをご覧いただきたい。
使用画像はPixivにある。この画像がコミケット80で使われたことについて、Moccyにお祝いを申し上げる。
http://www.pixiv.net/member.php?id=191242
この週末にアイデアを論じるという楽しみを分かち合った数十人、同僚のライターであるShinmaruとEternal、同じくAlex Leavittと、そして日本へ戻ったミクノポリス/未来の音色のスタッフに、心からの感謝を。
http://dph.ninja-x.jp/index.html
ミクについてよく知らない人へ、ネット上には利用できる多数の英語資料がある。おそらく外国のコミュニティーを本当に制限している唯一の問題はニコニコ動画への簡単なアクセスができない点であろうが、十二分な興味を持っていくらか賢い検索をユーチューブで行えば、ニコに投稿されたほとんど全てを見つけだせる。
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」
http://anond.hatelabo.jp/20110709211718
初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
http://anond.hatelabo.jp/20110711212701
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/630950.html
まずこの設計屋さんがそもそも間違っているのは、この人がアクティブサスと言ってるのはアクティブサスではありません。
「リアクティブサス」です。外的要因に対してメカが反応して調整する仕組みです。つまり、
タイヤに対して強い力がかかる→サスが急激に沈む→ストロークセンサーが感知→油圧を調整する
とか
ロールする→ストロークセンサーが感知→一定の車高になるようにサスの全長を調整する
とかな感じです。
アクティブサスペンションとは自分がこれから走る路面に応じてあらかじめ(目指すところはタイムラグ0で)これらの調整をすることです。
もちろんバブル時代に発売された一部トヨタ車等に採用された自称アクティブサスペンションは全てリアクティブで、しかも制御がいまいち過ぎて市場ではすごい酷評でした。私は実際に乗る機会はありませんでしたが。
(このころのトヨタのサスペンションはリアクティブサスだけではなく全般的に良くなかった。ボディやエンジンはすごく良いものだったのですが)
自動車メーカーの取組みとしてはメルセデスとかがレーダーでこれから走る路面を読み取って動作するアクティブサスペンションを開発していましたがいつのまにか話題に上らなくなりフェードアウトしましたね。
まぁ市販車の場合はどんなところ走るかあまりにも予想できないのでアクティブサスは難しいのだと思います。
ではリアクティブサスはなぜ搭載されないのか?
まずはアクティブサスと一緒で多彩なところを走るので制御しきれないというのが1つ。
それから今のサスはバネと油圧ダンパーで、バネレートを変えるのは難しいので油圧を変えるのですが、油圧は応答速度に難があるのでやはり制御が難しいのではないかと思います。
さて、話題は変わりますがF1です。
F1では実際にアクティブサスペンションが投入され絶大な効果があったのですが、レギュレーションで禁止されて消えてしまいました。
なぜF1ではアクティブサスが有用だったのか?まずは誰でも浮かぶのは走るところがあらかじめわかっているからですね。
そりゃそうです。
もう一つ。こっちのほうが主な理由なのですが、それは空力です。
F1はとにかく空力がものをいいます。グランドエフェクトといってレーシングカーは床下の空気の流れを利用してダウンフォースを得ていますが、これは風洞実験で一定の車高でシミュレートして設計しているのでロールしたり車高が変わると設計どおりの性能を発揮しません。そのため今のF1ではサスペンションのメカニカルグリップを犠牲にしてサスを硬めてロールしないようにしています。
これをアクティブサスペンション(もしくはリアクティブサス)により常に路面と平行に一定の距離を保つことで設計どおりのダウンフォースを発揮させることができます。
さらにストレートでは車高を上げることで空気抵抗を減らすこともできます。
そんなわけで空力で走るレーシングカーには魔法のアイテムだったわけです。
話を戻します。
市販車ではなぜ採用されないか?まぁコストの問題はあると思います。耐久性?それはまったく問題ないでしょう。もっと過酷なABSが成功しているのですから。それと先に書いた応答性の問題といったところでしょうか。とにかく制御が難しいのはわかります。
ここからは事実ではなく私見なのですが、私は車の可動部分は今度全て電気式のモーターになると思います。
サスペンションもいつかはバネと油圧ではなく電磁石の筒で磁力の反発を利用したものになると考えています。
そうなった時にはその制御をソフトウェアで簡単に制御できるようになるのでリアクティブサスは一気に普及するでしょう。
エンジンのセッティングがキャブのニードルを交換していたのからECUのマップをノートパソコンで書き換えるようになったように、サスペンションチューニングもノートパソコンでデータを変更するようになるのではないでしょうか。
フライバイワイヤーはスポーツカーをいじったり、サーキットで走ったりするのが趣味な私達の視点からみれば「やめてくれ」なのですが、技術的視点からは色んな制御ができて面白そうです。カーエレクトロニクスのエンジニアって面白そうですね。
エコだの「地球に優しい」だので自転車(クロスバイク)がちょっとしたブームになったようだから、特に自転車弄りをしたくはないけれど、クロスバイクに乗りたい人に向けて。
以下3点と、蛇足。
1万円以下の自転車は今すぐ捨てたほうがいい。ろくでもない。そういった自転車は鉄の値段の上昇に反比例して重量が軽くなったりする。自転車は比較的単純な機械だが、それでも人間が乗ってそれなりに高速で移動する機械である。命を預ける乗り物が1万円でいいはずがない。
クロスバイクの予算に5万円は欲しい。最初は10万円以下で選んで、だんだん自転車が分かってきたらもっと高いものを買う。自分の求めているものがはっきりしてきて、どういった自転車が自分に合っているのかが明確になる。もちろん、いきなり高級車に乗ったっていい。若葉マークのSクラスだって走っているはず。
ちなみにシティサイクル(ママチャリ)でも、安全面・耐久面を考えると2,3万は出したほうがいい。
いくら良い自転車であっても、自分の体格に合わないものは全くダメである。これはコンポーネントやフレーム云々以前の問題。靴と同じで合わない自転車は乗っていて辛い。
フレームサイズがある程度の目安にはなる。ただし、これはあくまでも目安。適正身長の範囲にあるのに乗り辛く感じる自転車もあれば、大きなフレームでもきちんと乗れる自転車もある。フレーム各部の角度や、クランクやハンドル等のパーツによって合う合わないは決まるからである
だから試乗の出来ない通販はやめるべき。もちろんあらかじめ実店舗で試乗させてもらい、その上で安いネットショップから購入するというやり方が出来ないわけではないが…
要するに、サスペンション。路面が荒れているとか、歩道を走ることも考えられるとか、そういった理由でサス付きがすすめられたりするかもしれない。しかし、メンテナンスが面倒。エアでもオイルでも、あるいは単なるコイルばねだったりエストラマーを組み合わせたり、とにかくメンテナンスが手間。その上重量がかさむ。力のロスもある。
10万円以下の自転車についているサスは、きっぱり安物。まともなサスが欲しければお金払うほかない。だからサスなしがおすすめ。乗り心地が気になるというのであれば、タイヤとサドルで対応するべき。
ディスクブレーキのついている自転車もある。が、こちらもおすすめしない。10万円前後の自転車についているディスクブレーキはおそらくメカニカルディスクブレーキ。雪道、泥道を走らないのであれば選ぶ機能的理由はない。MTBなどに広く採用されているVブレーキよりも、泥や雪の影響を受けにくいところがディスクブレーキの大きな長所である。しかしVブレーキに比べて重く、機構が複雑で、本体や取り付け部に高い精度が求められ、おまけに錆びやすい。
Vブレーキもメンテナンスが当然必要だが、シンプルなぶんだけ簡単お手軽。しかも本体価格も維持費も安い。見た目優先でディスクブレーキだ、というのならそれもまた自由。たしかにディスクブレーキはカッコいい。ところで、個人的にはシマノNEXAVE(シティサイクル向けコンポーネント)のローラーブレーキが気になる。主に見た目。
それから、10万円程度の自転車はほとんどが台湾製であるということは知っていて損ではないかも。10万のビアンキはイタリア製では決してないし、ルイガノもカナダじゃ作っていない。日本の商社が名前だけ借りて台湾の自転車メーカーに作らせていたりする。もちろん別にどこで作ろうと構わない。重要なのは設計と生産であり、台湾だって悪くない。安いんだから仕方がない。
自転車ブームってどうなったんだろう。文字通りブームとして終わったんだろうか…自転車買った人は長く使えるよう、最低限のメンテナンスはしてください。
日本の新聞も、米国の新聞も、この問題に対するメディアの報じ方を見ていると、どれもトヨタの経営上の欠陥を攻めるような金太郎飴だ。
しかし、ことプリウスのようなハイブリッド車に関していうと、この見方は瑣末だ。もちろんトヨタの経営上の問題は否定しないけれども、これはかつての三菱リコール騒動とは、問題の根本的な背景が違っている。
現在、我々が直面しているのは、、自動車というアーキテクチャが、つまり商品それ自体が、かつてない大変化を迎えようとしており、
プリウスの問題もその移行期にあたって不可避的に発生してくる”ひずみ”として認識すべきだと僕は考えている。
それは端的には、従来メカニカルな存在だった自動車がエレクトリック化すると言うことだが、今後10年で、世界で売られる自動車の大半は
リチウムイオン電池が積まれたハイブリッド車になると予想されている。
トヨタは世界で一番早くハイブリッド車を売り、今も世界で最も多くハイブリッド車を売っている。他社よりも先行しているから先に問題が表面化した。それだけのことだ。
日産・NECは、今後もっとひどい問題を起こすかもしれない。実際、彼らが今、生産準備している自動車用リチウムイオン電池の安全性を懸念する業界関係者の声を私はよく聞く。日産はそんな電池を積んだ車を、今年から来年にかけて、世界中で一斉投入する。
実はメカニカルな動作だけで比較するとコンパクトデジカメの方がはるかに手ぶれを起こしにくいのよ。
一眼レフは確かに保持動作をしっかりせざるを得ないから一見ぶれに強いように見えるんだけど、カメラ内部でミラーが上がったり下がったりしたりシャッターそのものが大きいためにシャッターを切ったときのショックは大きい。
一方コンパクトデジカメはレンズ内にあるシャッターが小さく動くだけなので衝撃そのものは小さい。だから保持さえしっかりすれば一眼じゃ絶対にぶれるラインであるところの1/4秒だとか1/8秒のシャッタースピードでもブレずに撮れたりする。手ぶれ補正機構入りコンパクトデジカメの場合工夫すれば1/2~1/4秒でもイケたりする(ただし被写体が動いちゃったら意味ないけどね)。
逆に考えるんだ。手で保持しなきゃいい。一番マッチョな解決法としては三脚。もしくは台に載せる。要はシャッター切ったときに手で持ってなきゃいい。
地面に置いたまま撮って画面の半分が地面、なんてのもそれはそれで味。横木安良夫のおじちゃんはそれで作品組んでるぞ。
よし分かった。そしたらまずは片手で撮るのをやめよう。そもそも片手で撮るのは広告のポスターだけだ。まず両手で保持する癖を付けるだけで全然違うぜ。
液晶しかないから一眼レフみたいな持ち方をしちゃいけないなんて決まりはない。ざっと構図を決めたらそのまま額をくっつけちゃってもいいんだ。
なに、額をつけるとファンデがついて嫌だ?しょうがねえなあ。
デキる「わたーしにほーんからきましたー」観光客スタイルを身に付けて首からカメラを下げよう。何格好悪い?大丈夫、誰も君のことなんか気にしてない。
問題はここから先だ。首から下げたカメラを両手で持ったらピンと手を伸ばすんだ。そしてそっとシャッターを押す。どうだい、片手で持って撮るよりずっと絵がしっかりしないかい?首と両手で3点支持されるのでカメラがすごく安定するんだ。
だいたい手ぶれがどうしたら起こるかっていうとシャッターを押したときの手のプルプルが収まってないから、ってのが原因の大半。なら実際にシャッターが切れるまでにラグを作ればいいんじゃね?っていう考え方。いまどきの機種だとセルフタイマーを2種(2秒と10秒、みたいな)持ってる機種が多いので2秒セルフタイマーを有効に使おう。
1枚撮ってぶれるなら押しっぱなしで3枚撮れば1枚くらい止まるんじゃね?って考え方。案外馬鹿にできないぞ!
デジイチブームを否定する気はないし自分も散々使ってるからあんま悪く言いたくないんだけど、「コンデジで上手く撮れない」→「よくわかんないけどデジイチ買えば上手くなるんじゃね?」って勢いでデジイチ買っちゃってそのまま箪笥の肥やしにしてレンズカビ放題、てのも結構あるわけよ。そうするとカメラが可哀想じゃね?
物欲の消化に走るのは日本経済を回すという意味でたいへん結構なんだけどさあ、まずは手持ちのコンパクトをもうちょっと使ってあげようよ。さんざん使い倒して不満が出てから一眼買ったっていいんだよ?
増田に書くことでなれよう
今使ってるFM-Vはhomeボタンが無いので、外付けキーボードをつなげていた。
ThinkPadはよかったなあ・・・
で、それにつなげていたキーボードがどうもあわなかった。
部屋に転がってたやつを使っていただけなんだけど、
insert, home, pageup
delete, end, pagedown
の6このボタンね。
さて、困った。
矢印ボタンの島と隣接している。うーむ。だめだ。
MSやらのちょっといいキーボードもいいが、ハの字になってるやつは癖がついてしまって
久しぶりにメカニカル買ったけど、なかなかいいっすね。
メカニカルうんぬんより筐体の剛性感とでも言いましょうか。これがいい。
というか各キーボードにおもり入れればいいのに。
会社で使ってる古いロジクールのメンブレンもキー配置はスタンダードなものだけど
すごい使いやすいだけどなー。
昔から、女性が言う「かわいい」という言葉で表わされる概念について不思議に思っていたが、最近、少しは自分なりのまとめができたような気がする。
まず、男女共通で「かわいい」の意味として持ちそうなものは、
これらは、とりあえず辞書的な意味だと思う。(古文的には、同情を誘うような意味もあるが今回はスルー)
これを踏まえて、他に女性が「かわいい」というケースを考察してみる。
よく見かけるのは次のケースだ。
・・・自分で書いておいてなんだが、何とも取りとめがない。
プラス評価をしているという事の表明ではあるようだ。だからその程度に捉えておこう。
と、そう思っていた。
しかし、最近になって、ふと気がついた。
女性が辞書的な意味以外で「かわいい」というのは、その身を飾るためのものか、(当人の気持ちの中で)自分の中に取り込んだものに対してだけなのだ、と。
それゆえに、はたから見たら変なものでもハマってしまっていれば「かわいい」と言い、
男性がこぞって高く評価する女性タレントでも、気に入らなければ「かわいい」ではない。
こう考えれば、妙にグラマラスなペットボトルが「かわいい」と言われていたのもわかる気がする。あのときの女性は、気持ちの中でそのスタイルを自己に取り込んだ上で、その「自分の」肢体としての造形を褒めて、ああ言ったのだ。
「かわいい」と。
閃いたままに述べてきたが、これはいくらかでも当たっている考えなのだろうか。答えを知っているという人はいないと思うが、別な立場から見ればこうだ、と言うような話があれば、ぜひ教えて頂きたい。
新木場駅から移動中
K ディスってたもんな
O 気持ち悪いっつって
T 2部構成だったね。前半最近ので後半昔の。途中もう終わりか?って感じになったけど2部があった
T 無い!の後終わりそうでしたね
M あの人達何歳に見える?
A 30後半?
O 40?
T なぜ吉井和哉が基準?
レミオロメンがイエモン好きを表明してて、レミオロメン好きが吉井和哉に流れているらしい
Oイエモンファンて癖のある人が多いイメージなんすけど、大丈夫かな(それにしてもレミオロメンファンは律義だなぁ)
電車移動中
T (チラシを見て)黒夢?
A 黒夢って解散したんじゃ?
O 実は解散してなくて、一夜限りの再結成&正式解散
T なかなか熱いなあ
この雅だよ雅っていうのは?
O ビジュアル系?
A ビジュアル系ですよね・・・
O 確かに(笑)
A そうかなぁ・・・
(後にガールズパンク(?)バンド、まさだよまさ、とわかる。ちなみにOとAが言っているのはmiyaviというDAIGOみたいなビジュアル系ボーカリスト)
T今度名古屋に出張に行って土曜があくんだけどなんかいいとこない?
KMA 山本屋最高だよねー(その後3人でやたらと盛り上がる)
TOなんでみんなそんなに名古屋に詳しいの?
T観光地とかは?
KMA特に無い
Tじゃあもう鈍行で帰って来るしかねぇな
Tまじ?俺も行ってる。当時高校生。メカニカルブーツ履いて革ジャン来て友達にドクターマーチンを貸してライブに行った
A 当時中学生で凄くこわかったけど行きました。一緒に行った友達はいつの間にか帰ってました。
Tまじで?○○もやったよね(曲名覚えていない)?
Aやってましたね!
T早熟だなぁ
Aが電車の都合で一足先に帰る
その後の帰りの電車
TK麓けんいちがいい。戸張大輔的な
あとニックドレイクもな
Oニックドレイクって誰ですか?
TK知らないのか!?聴いとけ
Tわかりました
システム的に極女尊男卑社会なので感情移入込みの「自分の考えた」文章で表現すると相当痛い竹箆返しを食らう、故に何らかのマニュアル的なメールルーチンを作っておくことが必要。
諦めが肝心。リアルワールドと異なり文字情報であるとか、画像であるとか、部分的表象しか与えられないから包括的なパーソナリティを相手に見てもらうことも出来ない。逆にそれがメリットでもあるがある程度のスペックを持った男なら煩わしく感じるはず。
女尊男卑性は不可避であり、女尊構造の身勝手な猛攻を乗り越えた客観的なルーチンを持っている男が商品を獲得出来る。いかに心を鬼にして数打って次々裁くことが出来るか。ここに尽きてくる。まずはマメでなければならない。プライドを捨てよ。大海のごとき許容力が必要だ。
住民の殆どが理解力のないとんでもないバカに見えてくるが、これはシステム上ある程度捨象をしたメールを打ち込まなければならないからであり、実は、女側にも男側にも罪はない。頭を切り替えてこのシステムをゲーム的に制した者が商品を得られるのであり、純粋なリアルLPSとは似て非なる物であることは肝に銘じておきたい。
馬鹿女(本質的に馬鹿じゃない場合もシステム上馬鹿化する)に言いたい放題されても冷静にメールが打てる、固執も拘泥もしない、無理とわかったら機械的に引ける、と、相当テクニカルかつメカニカルなプレイヤースキルが必要とされる。
ある程度対象を絞れても結局手に入るのはごろつきである。高いスペックを落としたいのであれば、相当数のごろつきと会うことを覚悟しなければならない。メールが返ってきたらそいつは大抵不細工だ。写メール詐欺も基本だ。当然ながら、高スペック女は取り巻きを求めているか、金を求めている。
リアルスペックに余程問題があり、かつ、誰でもいいから会いたい状況。あるいは、リアル恋愛がある程度満たされているがキープを増やしたい等という状況なら役に立つ。だが、いってしまえば、「ちゃんとした」恋愛が出来るとは考えない方がいい。まあつまり、美味い話なんてない、これに尽きるのである。
自分用にメモしたものを、他の人も便利かもしれないので公開する。
外付けHDDの容量別安価商品のGB単価表(価格コムのデータを元に)
| メーカ | 型番 | 容量 | 金額 | GB単価 |
| Buffalo | HD-CS320U2 | 320GB | \6,980 | 21.8 |
| Buffalo | HD-CS400U2 | 400GB | \8,000 | 20.0 |
| IODATA | HDCN-U500 | 500GB | \8,292 | 16.6 |
| IODATA | HDCN-U640 | 640GB | \9,770 | 15.3 |
| Buffalo | HD-CE750U2 | 750GB | \12,580 | 16.8 |
| Buffalo | HD-CE1.0TU2 | 1TB | \14,480 | 14.5 |
| Buffalo | HD-HES1.5TU2/F | 1.5TB | \25,032 | 16.7 |
| IODATA | HDC2-U2.0 | 2TB | \29,800 | 14.9 |
プラッタ容量に比例しないメカニカルな部分の関係で400G以下の低容量な製品はGB単価が高くなってしまう傾向がある。それ以上の製品に関してはGB単価で考えれば大差ない。
価格コムは商品毎に過去の最安値の経緯も見る事ができる。それによると、主要製品は1年で半額以下になっていることがかる。(たとえば、HDCN-U500は2007年の約1年前は約2万ほどの値段だった。)以下の議論では1年間に半額になることを想定している。
普通の人の年間使用量が500GBだとする。使用容量は年辺り2倍になるとする。つまり来年は1GB使用する。
普通の人が今500GBの製品を購入すれば、1年後に使い切る。
そして追加で1TBの製品を購入する。その方が今1.5TBの製品を買うよりお得である。
場所が気になる人は1年後になったら500GBのを廃棄して1.5TBのを買えばいい。
現在の500GBの値段 約8500円 + 1年後の1.5TBの値段 約12500円 < 現在の1.5TBの値段 約25000円
もちろん500GBの物はヤフオクなどで売ってもよい。正直大した金額にはならないだろうが、下位製品は先述の理由で値段の下り方が緩やかである事が救いとなる。
普通の人の10倍のペースで使う人がいたとする。その人が500GBの商品を購入しても36日後には使い切る。そのとき500GBを廃棄して1.5TBを購入したとする。
現在の500GBの値段 約8500円 + 36日後の1.5TBの値段 約23500円 > 現在の1.5TBの値段 約2万5000円
これならば、最初から1.5TB製品を購入した方がよい。(500GBの中古品を7000円以上で売却できれば話は別だが、新品未開封でなければキビしいと思う)
使用量の多い人は大きめのを買っておくべし。
使用量の低い人は小さいのを買って買い変えろ。
という、ごくあたりまえの結論になる。
先程の例で、場所を気にしないなら500GBを廃棄せずに、追加で1TBを購入してもいい。
現在の500GBの値段 約8500円 + 36日後の1.0TBの値段 約13500円 < 現在の1.5TBの値段 2万5000円
これなら3000円分お得になる。
一般に、
という条件の元では「使うときに使うぶんギリギリの容量だけ購入する」のが効率的である。
「値下げされる」のが分かっているのに「使わない分」を購入するのは無駄である。
つまり、できるだけ小さい容量のものを購入すればいいという事になる。
実際には低容量品のGB単価は高い(一定ではない)し、小容量のHDDを大量に並べるのには場所に限度があるだろうし、消費電力やらも気になろう。しかし、この3条件を満しうる技術は既にある。それはオンラインストレージである。
もちろん、今、日本で広く売れているライト系知育系ゲーム、あるいはポケモン等を評価する人は、日本にも外国にもたくさんいるでしょう。
私が、日本のゲームの現状に、幼稚な風景を見出したりするのが、わからない人、そんなことを言い出すこと自体に不快を覚える人もたくさんいるであろう。
実際、そういう人のほうが多いかもしれない。
だが、この本は、そのような人に向かって、私と同じようにものを見て下さいと訴えかける本ではない。
ゲームも芸術であり、芸術のよしあしほど、人を納得させるのに困難なことはない。
この本は、この先の日本のゲーム開発者・ゲーマーそしてビデオゲームの運命を、孤独の中でひっそりと憂える人に向けて書かれている。
そして、究極的には、今、どんなゲームソフトが売れているかなどはどうでもよい、少なくとも「縦画面のブラウン管に遅延も残像もなく映像が出力され、良質なマイクロスイッチが使われたコントローラを備えたもの」が「ゲームの王道」という名に値したころのゲームさえもっと遊ばれていたらと、絶望と諦念が錯綜するなかで、ため息まじりに思っている人たちに向けて書かれているのである。
ゲームでもnifty-serveでも国産ケータイでも親指シフトとかメカニカルスイッチのキーボードでもなんでもあてはまりそう。
ようするに。
こういった引用された部分だけ読んでる分には、
日本語が亡びるから悲しいみたいな話は正直同感なんだけど
それをとりたてて騒ぐなんてのは水村氏がこれまで好きだったものが、たまたま
これまでずっと亡びずにやってこれた日本文学だったというだけのことなんじゃないのかと思うのだ。
俺なんかが好きになったものはそれを作り上げるプラットフォームごとどんどん亡びていったものばかりなので、
いま
「もうすぐ日本語が亡びちゃいますよ。それをベースに作られていた文学なんかもなくなっちゃう」
と言われても、
「あーまたですか次は日本語ですかしょうがないよねこれまでいっぱい亡くなってきたからね」
と思っちゃたりするわけです。
それに、あの細さだよ? 解像度(ビットレート)的にCDやらよりも優れていたとは到底考えにくい。そういった意味で「アナログデバイスの方が記録されている内容が多いので優秀」って考えは無いと思うんだが。
ここら辺を読むとわかりやすいかなぁ。
http://www.edius.jp/cre_lab/recording02.html
デジタルの場合はサンプリングしてるからサンプリングレートで復元できる周波数というのの幅がきまっちゃうのね。でもアナログはそもそもサンプリングをしてないから,ノイズもそのまま拾っちゃうけど理論的には全部記録できる。再現するのもメカニカルな原理を使ってるのでそのまま出てくる。レコードとかはでこぼこのあの振動がそのまま音になるんだもんなぁ。テープが音割れなんかをするのはスピーカーの問題だと思う。
ただやっぱりCDの方が音は綺麗だと思うよ。加工なんかもしやすいんだろうし,大量生産も簡単だ。ファイルサイズがでかくなってもいいのならビットレートをものすごくあげて生音に近い音にすることも可能だけど,可聴域以上の音になるとやっぱりスピーカーの問題になってきてそれ専用のスピーカーが必要になる。
情報が多ければ優秀かといったら,情報量の面ではそうかもしれないけれど実際に聞くことを考えると必ずしもそうではないよね。
ここら辺はカメラとかも同じでデジタルで何万画素!とか言っててもアナログの解像度はデジイチのフルサイズのと同じだったりする。でも見た目のきれいさとか写真の撮りやすさとか維持費とかそういうことをトータルで考えていくと自分の好みの部分を取捨選択していくことになるよね?
デジタルとアナログはどっちが優秀ということではなくて単純に自分が必要とすることに対してどっちが適してるかってだけだと思うんだ。
メカニカルは別にいいと思うんだけど(自分でも使ってたことあるし)、メンブレンのEnterキーやらなんやらをバンバン叩くわけよ。まあ、こっちもそいつにムカついたときにストレス解消代わりにパンタグラフをバシバシとタイプしちゃうことはあるんだが。
一番さつ…ムカつくのは貧乏揺すりだなあ。四六時中揺られていると、揺れてないときでも手が震えてる気がしてくる。内臓引っ掻き回されてる感じなので体調も変だし。
IT土方のタコ部屋なんてこんなもんか…。
何この俺
靴下毎日換えてるんだけど、定時過ぎあたりからかなり強烈な臭いを発するようになるんだよね
音を出さないように放屁してるし