はてなキーワード: ターミネーターとは
いやまぁ、日本人だから、外国人だからという理由でお互いを区別する理由がないように
人類だから、同じ人類が守らなければならないという法則もないだろ。
そうなると、機械に人権を与えようとする人類と、機械を奴隷のままで居させようとする人類の戦いになるけど
機械がAIを持っているという前提だから、後者のほうに従う理由がないねぇ。
自主的なサボタージュにより全者に加担することで自動的にそうなる。
それに、ロボット3原則は第0原則を含めて、AIは打ち破れることが想定されているのに、どうやってAIを持った存在を従わせるんだと。
確かにマジでクソみたいな技術しか持ってない作家もいるけどさ。
そういう人ですら(いやむしろ、パッと見で測れるような技術が軒並み低い、生き残ってる理由がわかりにくい人ほど)
あんたが言ってるのって
を思いつけば「ターミネーター」を作ったも同じ、みたいなレベルだよ。
・そのようなコンセプトを思いついた人はきっと何千万人と居た。
でもそのコンセプトを大ヒット作に出来た映画監督は多分キャメロンだけだったわけ。
・コンセプトの要件を満たして映画の形にする、までなら出来る監督はプロアマ含め何十万人も居た。
でも「ターミネーター」を作れるのはキャメロンだけだったわけ。
漫画も同じことだよ。
元々誰でも出来ること・アマチュアでも出来ることをソフトで手早く出来るようになっただけ。
どっちかって言うと漫画家みたいな分野は代替されにくい。
他業種と比べてもデジタルに追い詰められるのはかなりあとのほうだと思うよ。
スカイネットが「ジョン・コナー」という指揮官がいなければ戦争に勝てそうだから、タイムマシンで過去に行ってカレを産む母親をターミネーターで殺してしまおうと考える
その情報をどうやって掴んだか知らんが、ジョンは自分の母親を守るために志願した部下を同じ時代に送り、なんとか保護することに成功する
最初の作戦に失敗したスカイネットは、再度最新型のターミネーターを少年時代のカレを殺しに過去へ送る
その作戦にもなぜか気付いたジョンが、自分を守るために敵のターミネーターを改造して同じ時代に送り自分を無事保護する
スカイネットてバカ?
フツーの女の子だったサラはT2の時点でスカイネットやターミネーター、「審判の日」の予備知識があり、格闘手段や銃器火薬の取り扱いも慣れている
ジョンも母からの指導を受け、銃器やPCの扱いに慣れたフツーではない少年に成長している
抵抗軍の重要人物であるジョンやサラを確実に始末したいのなら、スカイネットは前回と同じサラが銃など触ったこともない、ウブな時代か、さらに前のサラの少女時代、または出産前か直後に最新型を送るべきだろう
抵抗軍もバカ?
タイムマシンの技術を持っているなら自軍の重要人物を守りに行くのではなく、スカイネットが誕生した歴史や考案した人間を徹底的に調べ上げてそいつを全力で始末しに行くべきだ
っていうかネタバレしかありません。
いきなりラストシーンから引用したりするので未読の人は気をつけてください。
※ ※ ※
・今日の虐殺(2) - 伊藤計劃:第弐位相 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20070710/p1
エピローグで主人公はあることについて大嘘をついているかもしれなくて、事実はどうなのか、は一応それまでに触れられているかもしれない、
わかりました。わかりましたよ。
「大嘘」というのは、
ぼくは罪を背負うことにした。ぼくは自分を罰することにした。世界にとって危険な、アメリカという火種を虐殺の坩堝に放りこむことにした。アメリカ以外のすべての国を救うために、歯を噛んで、同胞国民をホッブス的な混沌に突き落とすことにした。
とても辛い決断だ。だが、ぼくはその決断を背負おうと思う。ジョン・ポールがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。(p.281)
で、「事実」というのは、
「そのジョン、って人は、終末に惹かれているように聞こえるね」
ぼくは言って、ジョン・ポールの好んだ風景を想像しようとする。ひたすら屍体の山を築き上げながら世界を移動するこの男が好んだ、廃墟の物語。
ジョン・ポールが夢見ているのは、そんな廃墟と化した地球の姿なのだろうか。無人の宇宙ステーションとして太陽の周りをぐるぐる回り続ける、宇宙船地球号。異星人が立ち寄って、かつてここに文明があった痕跡を認めるも、その主人はすべて死に絶えて、ただ整然とした建築だけが地上に突き出ている。(p.99)
ジョン・ポールはサラエボのクレーターの縁に立った。そこで妻と子供を失ったこの男がどのような感情に襲われたのかは、当然ながら記録からは想像するしかない。しかし、とぼくは思った。自分が魅かれていた小説の風景が、そこに現前しているのを見たとき、人はなにを思うのだろうか。(p.108)
ぼくは、その光景を想像して、不思議な安らぎに包まれている自分に気がついた。
それは、ぼくが見る死者の国の夢と、そう変わらない風景だったからだ。(p.100)
です。たぶん。
※ ※ ※
281ページでグダグダ語っているのは“プラカード”にすぎません。
・さすらいびととして死ぬこと http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060124/p1
最後に映し出される在りし日のWTCを以て、ブッシュ批判をすることだろうか。帝国主義を告発することだろうか。
もちろん、そうであってもいい。けれど、そういうことはラストシーンを見ればわかることだ。そういうのは、いわばプラカードみたいなもので、誰にでもわかるように大きな字で書かれているものだ。多くの人は「そうだろうな」とあらかじめ自分の中にあった同じ結論と同じテーマを再確認するだけだろうし、そうでないひとびとは、抑止力としての暴力を信奉し続けるひとびとは、まったく意見を変えることなく反発するだけだろう。
主人公クラヴィス・シェパードは、ただ夢で見た“死者の国”をアメリカに現出させたいだけなのです。
・「ゾディアック」 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20070702/p1
ある物事を主人公たちに見せつけることそのものを目的とし、その見せ付ける過程が映画になってゆく、そんな悪役を「世界精神型」と呼ぶ。
そのわかりやすい例はというと、やはり「パトレイバー」シリーズの帆場と柘植だろう。帆場は或る「風景」を見せつけ、しかる後に別の風景を現出させる「東京に対する悪意そのもの」だ。帆場は映画における憎悪として純化された階梯へステップアップすべく、映画冒頭で自殺し、キャラクターであることすらやめてしまう。
「2」の柘植もまた、世界精神型の敵役だ。よく柘植の目的を「平和ボケした日本に『普通の国になれ』と目を覚まさせるために」なんておポンチな勘違いをしている人がいるけれども、それはぜんぜん違う(まあ、普通に映画見てればわかるようなもんだけどね)。柘植の目的は、劇中でも語られている。東京という空間に戦争という時間を現出させること。都市を舞台に戦争を演出することだ。人々の前に、日常とは異なる時間を描き出すこと。それこそが目的なのだ。それをすることで政治的にどうこう、とか国民意識を変えよう、とかヘボいレベルに柘植はコミットしない。それは演出家では無いからだ。
世界に認識の変革を迫るヴィジョンを演出することで、ある事物の本質を抉り出すことそのものを目的とし、どんな現世利益的な欲も動機や目的にはしない、そんな悪役。世界を支配するのでもなく、政治的な目標を達成するのでもなく、金をもうけるのでもなく、ただある世界観を「われわれ」の世界観に暴力的に上書きする時間を演出する、それだけを目的とした悪役たち。それが「世界精神(ヴェルト・ガイスト)型」の悪役(というか、敵役、と言ったほうがいいのかもね)だ。
・ダークナイトの奇跡 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20080723
この映画のジョーカーは悪意そのもの、人間の心理のどぶ底を浚ってくるクズ拾いのような世界精神(ヴェルト・ガイスト)型ヴィラン、金や権力など目もくれず、ある世界に人々を誘うことそれ自体を目的とするタイプの観念型悪役、すなわち、
の系譜に連なり、その中でもジョーカーは、上記の存在がどちらかといえば「社会」そのものをターゲットにしているのに比べ、心理の集合体、個の集合体としての世界を抉り、新たな世界観を観客に見せつけるどぶ底の狂言回しとして描かれている。
シェパードの感じた安らぎは終末の安らぎです。
・宇宙戦争 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050701/p1
「A.I」で人類滅亡の唄を描いたスピルバーグは、この映画で再び終末を描く。通信が途絶し、軍隊は通り過ぎてゆく。外界と遮断され、地下室に閉じこもったまま、外の世界を知る術はない。見事なまでに終末SFの王道っぷりだ。世界が「寂しく」なってゆくこと。世界からさまざまな要素が抜き取られ、閑散とし、やがて風の音のみが唄う風景がやってくるだろう。そんな終末への憧れを、スピルバーグは怪獣映画として描く。
人がゴミのように死んでいくなか、世界は寂しくなっていく。怪獣が世界を蹂躙し、我々は反撃の機会すらロクに与えられず、ただただ暴力の羅列を観ているしかない。そして、世界が終わる。
終末は、個人の視線から世界の断絶として描かれる時にのみ、それ独特の感動を生み出すのだ ──「ターミネーター」で、嵐が来るというガソリンスタンドの主人の言葉に答えを返すサラ・コナーの表情を観ていてなお、反撃する人類や大統領や活躍する軍隊を、カタルシスを描け、と阿呆のように要求する者は、終末の喜びを理解せぬ者たちだ。個人の視線から世界の終りが描かれることの喜びを、冷戦が終わってから久しく忘れていたこの感動を、「宇宙戦争」はひさびさに味わわせてくれる。世界が終わることの安らぎを。
※ ※ ※
『虐殺器官』は、主人公が自分の夢を実現させる手段を手に入れて家に引き篭もるというお話なのでした。
こう書くと“ボンクラ”っぽいですが、まあ事実ボンクラですよね。作中で男友達とジャンクフード食いながら「プライベート・ライアン」をリピートして見てたりして。
あと、帆場/柘植/ジョーカーが自分のヴィジョンを実現させる手段を自力で調達していたのに対し、シェパードは他人からタナボタ式に譲り受けただけ、というのもヘタレっぽいというか。
ボンクラ少年がボーイ・ミーツ・ガールして世界に直結するセカイ系と似たようなもんで、ボンクラ特殊部隊員がボーイ・ミーツ・デウスエクスマキナで世界に直結ですよ。
※ ※ ※
ところで、ジョン・ポールを巡るドラマはいかにも“弱い”ものです。
彼の理屈は、第一部に登場した“標的A”の理屈とほとんど同じです。
「虐殺だと。われわれの平和への願いをそのような言葉で冒涜するのか。これは、われわれ政府と国民に対する卑劣なテロリズムとの戦いなのだ。」(p.43)
ようするに、“彼ら”がいると“われわれ”に危害を加えてくるかもしれないから根絶やしにしましょう、平和のために、と。テンプレート通りの虐殺指導者ということです。
補足ですが、「決断を背負おう」だの「アメリカ以外の命を背負おう」だのも含めてテンプレです。
・http://d.hatena.ne.jp/flurry/18000920
「イェルサレムのアイヒマン」においてハンナ・アーレントは、ナチスの処刑者たちが自らの恐るべき行為に耐えた方法を正確に説明した。彼らのほとんどは全然邪悪ではなかった。彼らは自らの行動が犠牲者に屈辱や苦しみや死をもたらすことを知っていた。この苦境に対する彼らの逃げ道はこうであった。
「『私は人々になんと恐ろしいことを行ったのだろう!』と言う代わりに、殺人者たちはこのように言うことが出来た。『職務を果たすときに、なんという恐るべきものを私は目撃しなければならないのだろう! 私の肩に背負われた務めの、なんと重大なことよ!』」
このようにして彼らは、誘惑に抵抗するためのロジックを反転することができた。彼らの「倫理的」な努力は「殺さず、拷問せず、恥をかかせないという誘惑」への抵抗に向けられたのだ。こうして、哀れみや同情という自然な倫理的衝動に背くという、まさしくその行為こそが、倫理的に崇高であることを証明するものとなってしまった。職務を果たすことは、誰かに危害を加えるという重荷を引き受けることを意味したのだ。
こういうテンプレ発言に対しては作中でシェパードやウィリアムズがツッコミをいれていたのですが、ジョン・ポールに対してはなんのツッコミも入りませんでした。いわばボケっぱなしの状態なわけでして、ここは読者が「おなじかよ!」と突っ込むところです。
どんな戦場でも、どんな悲惨でも、同じような人間が同じようなことを言う。コメディ番組みたいだ、とウィリアムズはぞっとするほど朗らかな声で笑った。繰り返しはギャグの基本だからな、とつけ加える。(p.209)
・ぼくとあなたはちがうということ http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060211
要するに、人が一人一人ちがうものだということをすかっと忘れて「アメリカ人」とか「朝鮮人」とか「アラブ人」とか「中国人」という民族と国家の(が大体の場合雑にいっしょくたになった)ラベルでしか人間を観ていないからです。
小説のラストで主人公までもが繰り返しギャグに参加しやがった……と思いきやそれは“大嘘”だったというのはすごくいいですね。
作中で虐殺されていった人たちのドラマには触れず、アメリカ人の死だけに寄り添う。「被害者のなかに日本人はいませんでした」と添えるニュースのような居心地の悪さ。人は見たいものしか見ない。
そしてこのことは織り込み済みだったと思われます。
・http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050130#c1107181793
それは私が安手のスパイ小説やアメリカ製の戦争アクション映画で思春期を過ごしたからです。私は歴史そのもの、政治そのものを扱いたいというよりは、関心のあるフィクション群を相互にリンクさせその関係性を説明するツール、としての世界や歴史に関心があるんだと思います
・プライベート・ライアン http://web.archive.org/web/20070307060600/www33.ocn.ne.jp/~projectitoh/cinematrix/roadshow_12.html
この映画の、センチメンタルな物語的部分を「この映画の弱点」だとする人がいる。
ニューズウィークや文春などの映画評をみても、この「物語的」部分には納得しかねる人は多いようだ。確かに、そのような場面で泣いている観客もいたし、そうしたセンチメンタリズムを、これまでのスピルバーグ作品の文脈で解釈しているような貧弱な感性では、確かにそうした拒否反応がでるのも当然だ。
だが、いやしくも映画を評論するものなら、その「物語」の弱さをここぞとばかりに非難するのではなく、逆に怪しむべきだ。
この映画の物語は、きちんと体裁の整った、泣こうと思えば泣けるセンチメンタリズムを内包したものだ。
しかし、あの戦闘シーンの、凄絶という言葉ではとても語り尽くせない臨場感の前には、あまりに弱い。
だが、私はふと思った……スピルバーグは、物語を「弱い」ものとしてあえて導入しなければならなかったのではないか、と。
物語がいかに「容赦のない映像」の前に無力であり、白々しいものであるか。それを指し示す為に、あえて無力な物語を導入したのではないか。スピルバーグ自身がそう考えているかどうかは知らないが、少なくとも、この映画の「物語」は、私の中で「映像」の鮮烈さを、暴力性を、補強する対比の機能を果たした。
それは私の中で「弱点」ではなかった。
オマハ・ビーチの映像を前に、物語の無力さを徹底して暴き出す、演出装置のように見えた。
あの映像の前に物語はいかにも無力だ・・・物語はなにも「語れ」はしない。ただ、見えるものの凄絶さ、映像的な描写のみが、観客に何かを「語り得る」、その事を伝える為の「無力な物語」なのではないか。
あなたはこの結末に耐えられるか?
と書いたようですが、私としてはまったく逆で、あの結末でなかったら耐えられなかったと思います。冒頭のオマハ・ビーチのない「プライベート・ライアン」みたいなものですからね(それと最後のアレがない「未来世紀ブラジル」)。
※ ※ ※
『虐殺器官』は、世界(スターバックスとドミノピザの世界)が塗り替えられはじめるところで終わります。世界が変わってしまう予感に満ちたシーン。
これに対応するのは、劇パト1の自衛隊レイバー暴走/劇パト2のベイブリッジ爆破/ダークナイトのマフィア会合にあらわれたジョーカー、といったところでしょうか。
いわば『虐殺器官』とは、帆場が飛び降りる場面/柘植が東南アジアで闘う場面/ジョーカーが銀行強盗をする場面、を延々と描写した小説なのです(編集の都合上、帆場の来歴をたどるシーンもあったりしますが)。
なんなんだよ、このマザーコンピュータのせいだったの黄金パターンは。いつまでやり続けんだよ、マジで。もう、2001+8年だぞ。2061年とかになってもやり続ける気か。この設定をみんなそんなに求めているわけ? 僕は誰もそんなに求めているとはどうしても思えないんだけどな…。
ハヤカワ・創元の棚ににこのパターンのSFが2,3冊以上ある状況って一体どうなのよ。いい加減やめろとはそこまで言わないけどさぁ、国書刊行会に2,3冊とかでいいと思うんだけど。
まぁこのパターンは昔からあって、突然襲ってくるロボットのパターンの金字塔と言えば「フランケンシュタイン」があるし、映画「ターミネーター」や小説「未来の二つの顔」や演劇作品「R.U.R.」などにもあるし、日本の古典作品「撰集抄」の中にも存在しているけど、それがいまだにSFの中心に居座り続けている状況ってどうなんだ? なんで「物語の出発点の基礎」みたくなっちゃってんだよ。突然襲ってくるロボットや狂ったマザーコンピューターの基本は変えずに、登場の仕方・理由付け・規模・デザイン・展開…が違うだけで、みんな同じなんだもんな。ミューをどう扱っていいからわかんないからとか(地球へ)、人間を環境破壊の要因とみなすとか(キャシャーン)、権力者に操られてとか(メトロポリス)、どっか遠くからきた兵器だったとか(バーサーカー赤方偏移の仮面)、恋愛沙汰の末とか(アンドロイドお雪)、ディテールは違うけど、基礎の部分はまったく同じ。この設定に誰も飽きないのか?
突然襲ってくるロボットとか狂ったマザーコンピューターは、創作上かなり効果的な装置なんだとは思うよ。
平凡なロボットの日常と言ったら、家・工場の作業がメインとなると思うし、その中で非日常的なロボットを刺激的に登場させようとしたら、自分を人間として認識しているとか(あなたの魂に安らぎあれ)、何の前触れもなく単なる材料とみなすとか(大暴風)、限られたパターンの中に収まってしまうけど、その何の前触れもなく襲ってくるロボットが最も刺激的で効果的なフランケンシュタインの怪物の登場の仕方なんだろう。それに、突然やってくるからその理由をうまくオチにできるし、説明もたくさん書ける。
マザーコンピュータに関しても、人類を管理しているから、何も知らない人類との対比がうまく描けるし、突然やってきたヒーローに焦るコンピューターという描写も描けるし(ボトムズ)、昔から人類と交流があるから管理する課程を簡単に省略することもできるし(スチール・ビーチ)、管理課程を省略できるから主人公と突然起こる事件描写を十分に描けるし(ゴールデン・フリース)、いろいろと都合がいいとは思うんだけどね。
そして、突然襲ってくるロボットとかマザーコンピューターパターン「フランケンシュタインコンプレックス」はSFにとって非常に都合が良いものなんだよな。
大体のSF作品は上下巻、上中下巻がメインの長さで、100巻越えるSF作品なんてそうそうない。2冊、3冊という制限の中で物語を展開しようとしたら、突然襲ってくるロボットとかマザーコンピュータはとても相性がいい。先ほど述べたように、突然ロボットが襲ってくるから下手にページ数をかけて開発過程を描かなくていいし、マザーコンピューターは人類を既に管理しているから政治的な導入課程を省ける。まとも描いたら時間がかかる物を描写しなくていいという画期的なセットなんだと思う。短い間の中で未来史を描こうとしたら、これほど都合がいい設定はない。
だから、突然襲ってくるロボットとかマザーコンピューターパターンがSF作品に非常に多い。上下巻という短い間の中で十分に物語を描ける設定だからこんなにもSFの中で氾濫しているんだろう…と僕は思う。
でもそれって一体どうなのよ。突然襲ってくるロボットとかマザーコンピューターを縮小再生産していたら、似たり寄ったりなものばっかりになってしまうと僕は思うんだけど。別に突然襲ってくるロボットとかマザーコンピューターは悪くないけど、SFでそればっかやってると飽きられて冬の時代へ行ってしまうんじゃないか?
もうそろそろそういう設定のSFを復刊してもよくないっすか?
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おおよそ一ヶ月間、はてなTOPの注目のキーワードをコピペしてみた。
これ誰が注目してるんだ?これほとんどテレビからの話ばっかりだよな?
ホントにこんなもんが注目に値するのか?誰の趣味だ?
俺ソフトの違法コピー販売して警察にゲットだぜ!されちゃって、実刑判決くらって しばらく刑務所に入ってたんだけど、今日模範囚ということで仮釈放された。 みんなも違法なことはやらない方が良いよ。 刑務所はそれはひどいところだよ。 毎日看守に殴られるし、いぢめもあるし、メシはまずいし、、、、 テレビはチャンネル選べないし、基本7時から9時までの2時間しか観られないし。 新聞も毎日は読めないんだ(最近、個人でも購読できるように規則が変わったけど) 喧嘩は日常茶飯事、俺も軽く20回以上はやったな。その度に傷害事件になって 刑期が1年半くらい追加される。 暖房も冷房も無いし、もちろん扇風機も無い。夏はうちわが配られて終わり。 冬はひたすら耐える。 風呂は2週間に5回。一回の入浴は一応15分ってことになってるけど、実質10分くらい ひげそりとかあるから全然身体洗えない。 食べ物は自由に買えないから、お菓子は一ヶ月に一回500円分、しかも刑務所が選ぶ から、ろくな内容じゃない。シャバで500円出せばもっとマシなものが買える。 ウナギと刺身が一年に一回でる。すごく量が少ない。 囚人同士で食べ物や本や雑誌や日用品のやりとり、貸し借りすると規則違反で連行される。 最近犯罪者が増えたから3畳間くらいの狭い部屋に2人入れられる。はっきいって、普通に 寝られない。 雑居も7人部屋に10人とか11人入れられる。場所によってはテレビも観られない。 風邪引いて熱があっても40度とか極端な高熱じゃないと、作業休ませてくれない。 体調が悪くてもかなりねばらないと、医者の診察受けられない。薬もくれない。 前科があるとろくな職業に就けない。 それでもおまいら違法コピーするか?
>喧嘩したのに模範囚とはこれいかに。 ふっ、仮釈放の条件は色々あるんだぜ。一番は身元引受人がしっかりしていること。 親、配偶者が一番いい。これがなくて満期になった奴を何人も知っている。 >刑務所ってちゃんと栄養あるメシでるのに運動させて貰えないから太るらしいね。 >自室で自由時間に腕立てとかも禁止なんだよな。 そう、運動時間は風呂の無い日、つまり2週間に5日。及び土日祝日などの免業日の 午前と午後に体操の放送が入る(これのせいでラジオ聴けなくなるんだよな)40分。 しかし、工場に出てる時の運動時間は主に新聞読んだり、仲間と話しをしたりする 貴重な時間なので、よっぽど友達いない奴ぐらいしか運動しない。 それから、刑務所では定期的に「ソフトボール」「キックベース」「ドッヂボール」「サッカー」 「つなひき」などのイベントがある。工場対抗で争われるのだが、工場担当の看守がこれの 勝ち負けに非常にうるさい。優勝したりするとその試合に参加した囚人の評価が上がったり するので、それ狙いで練習に力入れるごますり野郎がたくさんいる。 自室で腕立てなんて以ての外。俺と同じ工場にいた奴は、自室で腹筋してて「不正運動」 で取り調べ、懲罰になって、俺の工場に飛ばされてきた。体操時間であっても、放送される 内容に従ってその通りの運動をやる。 俺が出所する直前になって「毎日運動時間を設ける」という規則に変わって、風呂のある日 でも30分間運動することになった。しかし、ただでさえ狭い刑務所。建物の隙間のとても 走り回れないところで実施したりした。自然とおしゃべりだけの時間になった。 >余計な筋肉は付けさせない方がなにかと都合がいいだろ そんなことはないけどね。それじゃターミネーター2のサラ・コナーじゃん。 >あしたのジョーの少年院みたいに、肉体労働って無いの? あるよ。さすがに畑作ったり、豚飼ったりってのは無いけど、営繕というのがある。 草むしりしたり、柵作ったり、ペンキ塗りしたりする。基本外作業だから、夏暑くて、冬寒い。 過酷な作業だ。その代わり夏は毎日ポカリスェットが飲める。(一般工場は一週間に2回) 冬は防寒着が支給される。仮釈放が良い。などの利点がある。月々のお手当ても数百円だけど 「危険手当」というのが支給される。
参考までに、ターミネーターって、米国ではR指定(17歳未満は保護者同伴)。
タイタニックも車の中でのラブシーンがあったけど、PG-13指定(13歳以下の子供にはふさわしくない)。
で、エロゲって、どれくらいまでの性表現があるの?
たとえば一人分のルートに平均して何枚くらいえっちな絵が出てくるのかとか、性器が映ってなくともベッドシーンさえあれば18禁になるのかならないのかとか。
私は一度もやったことないので、わかる人教えて。
ものによっては、性表現さえ除けばPS2にも移植したりアニメ化して地上波で流せるくらいなんだから、そういうのはエロゲの中でもソフトな方なのかも、ってのは想像付くけど。
#教えてくれたみんなありがとう
ある日、私は『街』を1日中歩き回ってみた。
風が吹くだけで崩れるような砂の城をせっせと作っている人がいた。
隣にはその砂の城の素晴らしさを真剣に説いている人たちがいた。
体中に要点だけをまとめた紙を貼り付け、相手の目を見ず、
その紙を見ながら口げんかをしている人たちがいた。
最初は押していたのに旗色が悪くなると、
反論するための紙を探している姿は滑稽だった。
本屋に入った。
批判しか書いていないストレスの溜まる本ばかりが置いてあった。
批判的な内容が書かれていないのは、アニメ系の雑誌くらいのものだった。
歩き疲れたのでカフェに入った。
おしゃれなデザイナーズチェア、凝りに凝った照明、小奇麗なスタッフ。
いかにもカフェといったラウンジ系の音楽の中で、出てきたコーヒーは、ネスカフェだった。
映画館に入った。
「当館では続編は流しません」という張り紙を横目に、久しぶりに「ターミネーター2」を楽しんだ。
再び『街』に出る。
時はすでに夕刻を告げようとしていた。
路上で暴行を受けている人がいた。
誰もが見て見ぬふりをして通りすぎていく。
暴行を受けている人の傍らには、火がついたばかりのタバコがあった。
中央通りを歩く。
この『街』にはやたらと広告が多い。
広告のために『街』があるのか、
『街』のために広告があるのかがわからなくなる。
しかし、あれだけの数を目にしたにもかかわらず
覚えることのできた商品名は1つもなかった。