はてなキーワード: スカトロとは
別に「独裁」を連呼はしてないけど、橋下も、その支持者も嫌いなので一言。前出の動画を見て簡単に要点をまとめるけど、
まあ、おおむねそういうことを言ってる。ここまではOK?
でも、この上段と下段は矛盾してる。そこが理解できているのだろうか。これをなぜ矛盾というか、順に説明したい。(これが矛盾だと理解できる方は、一気に下の「矛盾について」までジャンプしていただいて構わない。)
まず、橋下や多くの橋下支持者の言う「民主主義」とは何か。本当に理解しているのか? たとえばそういう人に、民主主義って何?って聞いてみると、それは多数決のことだとか言う。馬鹿!としかいいようがない。少しはググれ。多数決というのは、民主主義の本体ではなく、言ってみれば糞のようなものだ。生きていれば必ず出る。それが糞。だが、それはものの本質ではない。やむを得ず出す余剰や排泄物を本質だと言ってみるのは、スカトロプレイに人間の真実がある、というSM愛好家の口吻と同じ程度の説得力しかない。要するに一種の自己弁護と詐欺である。
政治とは意思決定だ。その意思決定の主体を、どこにおくか。大昔は神に預託された巫女が、あるいは神権をもった王がもった。しかし、徐々に一人の意見の過誤を防ぐ意味から、多くの頭脳による方法が用いられるようになり、君主制(一定の中からトップを選ぶ)、寡頭制(複数で決める)、貴族制(階級全体で決める)、あるいはそれらを組み合わせることで意思決定がなされるようになった。古代に一度行われていた民主主義は、近代に入り、社会や経済の成熟と歩を並べ、自由主義・資本主義社会の進展とともに、「みんなの意見を合わせると、おおむね正しい結果になる」という知見の下、選挙による間接民主制という形で、多くの国で採用されることとなった。(余談だが、間接民主制をとる場合、大前提として、投票する大衆は、現下に起きている事態について、必要かつ十分な知識をもつ必要がある。そこで、間接民主制をとる集団では情報を適切に配分する方法が必要となる。多くの近代国家では、そのために民主制とセットで、権力から自由なメディアを発達させてきた。自由なメディアの無い国に、民主制は成立しない。)
で、「みんなの意見」をまとめるために、民主主義はどのような方法を取るか。それは「話し合い」である(というより、それ『しか』方法はない)。集団での意思決定であるから、理でもって他者と交渉し、協調の精神で話し合いをすすめながら、最終的に合意を得て決定する。その際、たとえ少数であっても、その少数意見を尊重すること無しには、集団で合意の形成などできない。特に、間接民主制の下では、たとえ一人の意見であっても、その一人の背後には膨大な人間が存在しているため、軽視することは許されない。少数意見を採らない場合、反対を主張する多数派には「採らない理由を合理的に説明する」義務があるのは当然だ。
ただ、もちろん政治は現実のものであり、現実の人間は不完全なので思想・信条や見解の相違がある。時代の要求する文化によっても、物の価値は変動する。その変化の前後で人の価値観は異なるだろうし、そうなると、どれだけ理を尽くしても最終的に対立が解消しない、という事態は起こり得る。だがそれでも、もちろん政治は決断をくださなければならない。だから、理を尽くして越えられない壁がはっきりしたときには、それを越えるため万やむを得ない解決手段として、『多数決』が用いられることになっているのである。
本来、とにかくひたすら話し合うのが民主主義である。だから、決定を多数決に持ち込むような事態は、民主主義が敗北するときと言ってもよい。だが、民主主義が敗北しても我々は民主制を放棄するわけにはいかない(それよりマシな方法が存在すると知られていない)から、その場合に意思決定を行う最終手段として『多数決』は許容されているに過ぎない。多数決とは民主主義の糞だというのは、つまりそういう意味だ。現代日本の民主制は、理と協調の精神による話し合いを通して多くの素晴らしい意思決定を行っているが(与野党がケンカばかりしていると思っているお子様は、日本の色々な法律がどのように成立しているかちゃんと確認すべき)、不完全な決定のいくらかを多数決という糞としてひり出してもいる。それだけを見て、多数決は素晴らしいなあ、とか思ってる人間は、スカトロジスト(糞尿愛好家)と呼ばれても仕方ない。そう呼ばれることに誇りを覚えていて、一緒にするなと怒る人もいるかもしれないな。すまん。
さて、以上を踏まえ、比喩として、もう一度言う。多数決は糞だ。少数意見を最終的に「採らない・採れない」ことはもちろんある。それでも、一定の合意を得るための様々な譲歩や協調のための配慮は必要なのであって、それは民主主義のコストなのではなく、民主主義による意思決定を可能な限り正しいものにするために絶対必要な手続きだ。だから、多数決をタテにして少数意見を圧殺する人間は、そもそも民主主義者ではない。数の暴力を振りかざして権力を握る人間は、端的に言って独裁者である。
最初に【矛盾】と言ったのは、「少数意見を尊重する」ことこそが民主主義のルールそのものであり、少数意見を尊重しないのは単なる独裁(あるいは数の暴力)であるにも関わらず、「民主主義のルールを守る」と言ったその口で彼が「少数意見を尊重しない」と述べているからだ。少数意見を尊重しないなら、それは民主主義ではない。彼は法律家であり政治家であるのだから、そんな初歩の初歩をしらないわけがない。
あるいは、彼は「ここで民主主義のルールとは選挙のことを言ってるのだ」と言い逃れるかもしれない。だが、「選挙」とはあくまで「間接民主制」を成立させる手続きの一つに過ぎず、民主主義における意思決定システムの本質とは無関係であることもまた、言うまでもないくらい当たり前のことだ(首長が選挙で通ったからといって、その主張が議会の全体合意もなく自動的に「承認」されるような詐術が成り立つなら、最初から議会は必要ない)…これもまた、政治の初歩の初歩であり、法律家であり政治家である彼が絶対に知らないはずはない前提だ。ではなぜ、彼は平気でこういうことを言うのか?
それは、選挙民のほとんどが「民主主義とは多数決のこと」であり「多数決=選挙のこと」である、と二重に勘違いしていることを知っていてそれを都合良く利用するためだ、としか解釈できない。その二つの勘違いを利用することで、「選挙に通ってしまえば独裁してもよい」という思い込みを形成し、支持者がそれを支持する「空気」を作りだして、反対する良識派(というか当然起こる反対)を封じ込め、本来通るはずのない法案を作成し議会を通過させようとしている…それが、目下彼がせっせとやっていることではないか。そして、そういうところがヒトラーの手口と酷似していると指摘されているところであり、彼に警察権や軍事力、立法権があるかないか、ということが問題なのではない。まあ、個人的には彼は、ヒトラーの尻尾というより劣化矮小版のコイズミジュンイチローだと思っているけれど。
以上を踏まえて、彼の言っていることはシンプルに嘘だと私は考えている。嘘から発生する利益を享受する人間をなんというか。その呼称は各自に判断に任せるが、いずれにせよ、民主主義の破壊者が、口先だけ民主主義を唱えながら権力の位置にあるという現状を、どのように見るか、これは呼称なんかよりも重大な問題だと考えている。
これは、彼個人が善意の人であるか悪意の人であるかという問題ではない。民主主義のシステムそれ自体にそもそも脆弱性があって、その脆弱性がまさに攻撃されており、ウィルスチェッカー(メディア)も、そのウィルスがまさに自己の中から(メディアが創りあげたスターとして)誕生したために有効に機能していない、という状況をどう見るかという問題である。
以上、簡明に反論してみたつもりだが、随分長くなった。反論があれば伺う。
よく2chでアナルや前立腺に手を出して人生終わった話を聞くが、ノーマルオナニーでも人生は終わる。
ノーマルとは本当にノーマルなものだ。ただシコシコするだけ。たまに亀頭ローリングオナニーもするが、基本はシコシコ。
オカズもいたって普通にエロ動画や画像だ。時間がないときは妄想でパパッとするときもある。
悶絶アクメもスカトロもたまにしか見ない。普通に熟女系で抜く。今来てるのは60代だ。
回数は平均して一日3回ほど。かける時間はまちまち。30秒もあれば、3時間もある。
これで、ノーマルオナニーがどんなものかはわかってもらえたと思う。本当に、実に普通の、中2の頃から何も変わっていないオナニーだ。
こんなオナニーライフを十数年続けて来たが、最近調子が悪くなってきた。
頭がボーっとし、倦怠感に襲われ、あらゆる意欲がなくてなってきた。
いわば、常に賢者タイムなのだ。24時間365日賢者タイムだ。
実は、僕は賢者タイムが好きだった。若き時は賢者タイムに夢想をし、夢を抱き、好きなあの子を思い、明るい未来に胸を躍らせ、ときには冷静を取り戻し、自分を客観視し、その日一日を反省し、自分の進むべき道を考えたり、昨今の政治に失望し、世界で続く紛争や虐殺に胸を痛め、世界の偉人達に思いをはせ、マックブックを見てはスティーブジョズに感嘆し、窓の外を見ては季節を感じたりしていた。
僕の人格、価値観は賢者タイムに形成されたといっても差支えないだろう。
まず、感情の起伏がなくなってしまった。感情を失ってしまったのだ。
怒ることもなければ、悲しむことも、楽しむこともできない。美味しいとも美しいとも。
もはやオナニーも楽しくなくなり、義務感でしている。
病院にいく意欲もないし、これを解決したいという思いもなくなってきた。
ただ、つまらない。退屈だ。死んでいるようだ。
お前のそのチンポとその右手でお前は死ぬんだ。
ぜひ気をつけて欲しい。気づいた時にはもう死んでいるかもしれないよ。
http://anond.hatelabo.jp/20111231173519
・説明を理解しようと読む人間にとって、話の流れがわからなくなる原因
・特にスカトロがどうとかの比喩は、書いてる人の攻撃的興奮と読んでいる人のその文への興味とがほぼ反比例する
・しかも何回も何回も、仮に品の良い面白い比喩でも読み手がウンザリするぐらいしつこい
・同じことを何度も何度も書いていて、これは作文の前にまとめを作ってないから
・書きながら考えていると無駄な熱ばかり上がって内容が疎かになりがち
・必要な理路だけをA4の紙一枚に書き出してみよう
・簡潔で清潔な文にすれば内容を損ねず4分の1ぐらいに出来る
大変苦労をして中身といえる分だけを抜き出すと
「橋下は少数意見を尊重しないので民主主義の敵である」ということになる。
批判論陣として間違ったことは言ってないし、珍説・奇説の類でも無いと思う。
ただ残念ながら、そのあたりの判断はどうしてもファジィなものになるので
「どこから民主主義の越えちゃいけないラインを踏み越えているのか」という明確な判定ラインが無い。
だから橋下は「反対意見の人達の要求はムチャすぎ」「事態は切迫している」と訴えている。
橋下に踏み潰されるグループは反対に、抗弁の合理性や妥当性で訴えていくしかないのではないか。
あとこの書き込みにとっても品のいいトラバがついてるけど、
ワロタww
つまり一人が「痴漢はAVの1ジャンルとして確立してる分、そういう欲望を持つ男は多いんじゃねーか」って言ってて
もう一人が「俺はAVとかエロサイト詳しくねーけど本当にジャンルとして確立してんの?お前個人が見てるサイトやAVコーナーの話だけじゃ偏りがあるしアテになんねーじゃん。男全体を語るんなら尚更」って話してんだろ?
まあ、痴漢もの自体はメジャーなジャンルだと思うし、JKもの並に人気だと思うけど
痴漢ものの何にエロを感じているかは個人で違うんじゃね?羞恥にエロを感じてる奴もいれば、スリルにエロを感じてる奴もいるし、痴漢されてる女(JK、OL、熟女とか)にエロを感じる奴もいるし、そんなの人それぞれ。痴漢ものが好きだからって痴漢行為そのものにエロを感じてる奴ばかりじゃないだろ
しかも実際痴漢する奴が何に快感を感じて痴漢してんのかは実際行動する様な奴じゃないとわかんねーし性欲を満たすためにやっているのかどうかすら分かんねーしな。
・まずは、クソる。
・興味を持って、クソする。
・クソを臭わすためには、自分に対する自信も必要。
・ロジカル一辺倒だけは、腸はなかなか動かない。肛門な部分をくすぐること。
・クソと別れるときのタイミングは、便意が一番盛り上がったときが良い。残便感がなくなる。
・便秘薬をもらったり、糞を紹介されたりした場合は、対価(浣腸、アナルビーズ)で感謝の心を示すこと。
・ひたすらうんこをひねり出すことが、スカトロに可愛がられる秘訣。会話や意見は望んではいない。
・ちょっとした小さなうんこでも、誰かを少しだけ幸せにしてあげることができるもの。
・自分には何のクソり柄もない、人から愛されるクソなんてない…と思っている人ほど、優し糞されるのに弱い。
・糞は自分の糞と共通点があって、且つ、個性的な糞を好きになる。
・そのうんこに対する評価は、かなり早い段階で決まる。最初の数秒が勝負。
・他人のクソ観というのは、基本的に変えることはできない。
・もし、排便したいのであれば、相手の価値観に配慮して相手の味覚を口説くこと。
・人から押しつけられたクソより、自分で思いついたクソのほうを大切にするもの。つまり、クソは相手に出させるようにしよう。
・相手が怒ったときには、クソを挟んではいけない。全部出し終ったあとで、相手が望んでいるクソを出そう。
・あいさつは、クソ。
・相手に残便感をもたせることが、つまらない糞争を避ける秘訣。
・自分にとって相手のクソがかけがえのない存在だ、ということを上手く悟らせよう。
・うんこが好きな人ほど、自分と同じうんこの人を常に探しているもの。
・糞をこぼす人には、「でも、その糞で頑張っているね」と褒めてあげよう。
・自分が悪いと思ったら、すぐに垂れよう。
・相手の糞を見つける癖をつければ、うんこ嫌いにはならない。
・陰糞は、あなたの評価を下げる。
自分の性癖が特殊で理解されないことに一定の優越を覚えるのは青春時代の普遍的な志向の一つだが、24になっても未だ同志を得ない自分の性癖は恐らく変わっているのだと思う。私はスカンクが好きだ。臭い液をぶっかけられて悶え苦しみ、吐き散らして尚臭味の取れない強烈な奴を想像し、一人でマスを掻くのが好きだ。
おならフェチだのスカトロだのには息子がなかなか反応しない。屁だ、臭いものだと思い込めばやってやれなくもないが、どうもしっくりこない。スカンク娘というジャンルには若干反応するものもあれど、それもやはりスカンクの模倣として捉えて初めて自分の裡に興奮を引き起こす。気づいたのは小学生の頃だったが、未だ人に打ち明けられずにいる。到底理解され得ぬ性癖であることは承知で、周りのギラギラした男達のAV談義に水をさす気にもなれなかったから。
想像であることが大きな価値を生んでいる。別段、アメリカに渡って本物のスカンクの悪臭を味わいたい訳ではない。体験してみればか細い妄想が瓦解しかねないし、もしかしたら妄想に色を添える事象になるかもしれないけれど、思考の対岸の、触れ得ぬ聖域から臭ってきてほしいと思うのだ。妄撮も、本番なしの風俗も、パンチラも、いずれも巧妙に向こう岸を見遣って悦に至るものだろう。そのくらいは分かる。本物との邂逅など野暮なものだ。
人並みの恋愛をしてみても、当然至る性行為に当たってみても、スカンクの幻影が消えない。正面切って女性と、あるいは男性と向かい合ってみれば忽ちコンプレックスも氷解し、真っ当な人間になれるものだと信じたこともあった。しかし現実は、後背位で動く女や男の尻の穴からスカンクの臭腺を想起し、そこから殆ど擬似的に放たれるメチルメルカプタンに悶絶する自分を以て性的興奮を起こらしめるばかりで、事が終わって彼女や彼の頭を撫でていても恐らく人と自分の思うことは違うのだという乾いた絶望感に襲われるほかなかった。
最近暇が出来たので、図書館を巡ってスカンクに関する文献を蒐集するようになった。コピーを取り、スキャンをし、ネットでは得られないスカンクの臭液に関する情報を集め、タグ付けをし、一日の終わりにそれらを眺めてマスを掻くようになった。少年時代に何度もお世話になった動物のひみつ新訂版の擬人化されたスカンクや、シートン動物記のスカンクの社交術に記載されたメリアム氏の少年時代の経験(臭液をまともに顔にかけられた話)やコンウェー氏の元に来た少年が臭液を嗅いで失神した話や、学研の知育ずかんのなぜなぜどうぶつととり(つづき)にある、「スカンクのおならはほんとうにくさいの」というページにあった親向けの解説など、忘れもしない文字列とイラストが起こす興奮は得も言われぬものだった。
17の頃から、臭いということそのものへの興奮を見出すことで、一般的な性指向に自信を帰依させたいと願うように成り、その試みは半分成功し、人にはにおいフェチなのだと言い張ることが出来、それは自尊心を保つのにたいそう役立った。しかし現実はそのまま放っておいてはくれず、においフェチとしての自分が確たるものとして存在するに従って、呼応するようにスカンクの臭液への憧れはいっそう激しさを増していった。
ネットで自由に情報を収集出来るようになったことは、自分の性癖を満たす有用な道具を自身に与えると同時に、自分の肩身狭さを客観的な指標として与える恐怖そのものでもあった。例えば英語にある程度堪能になったことでJustin CourterのSKUNKに出会えたし、勿論YouTubeは海外のテレビ番組からスカンクの動く姿を、臭液の噴射する様を、噴射された人間が悶え苦しむ姿も現実の物として与えてくれた。ここに至っても自分の求めるものは仮想的なスカンクの臭液であり、現実の臭いという具体的な形を伴った物として自身が体感したいとは思えず、ある日はそれを矛盾として捉え自身を苛み、またある日はそれを合理として捉え自身を確固足らしめた。
そんな中、どうやら匂いを体感出来るスピーカーやプリンターのような機器がその内出るかもしれないという情報を目にし、ひどく困惑することとなった。紛れもなく現実の臭いでありながら、メディアを通して体感する擬似的な臭いに対し、自身の立つべきポジションが、自身を納得させる論法が分からなくなったのだ。体験してみて判断すればいい、行動してみて思考すればいいという言葉は的を射ていない。ひどく感覚的な、あるいは妄想的な、仮想の情熱にその端を発する私の性癖は、いつの間にか、体験したときに終わり、触れてしまえば崩れ落ち、嗅いでみれば全滅的な嘔吐感を催す、ある種自身の終焉として認識されるようになっていたから、そのような装置があってはならない、あっても普及してはならない、嗅いでやるものかと、先の見えぬ義務感を私の中に植え付けた。
スカンクは臭い。おならと呼ばれる物はガスではなく液体。臭いの主成分たるメチルメルカプタンは都市ガスの匂いづけに用いられる物質。臭腺から噴射される液体はたんぱく質と結合しやすく、目に入ると一時的な失明を引き起こし、その臭いは風向きによっては1km四方前後に届く。マダラスカンクは逆立ちをし、そのディスプレイが成功しなければ両足を下ろし、臭液を敵の顔目掛け、機関銃の掃射のように左右へ少しブレさせながら噴射する。
これらのいずれもが、私の息子をいきり立たせ、射精に至らせ、日常生活と人格形成に支障をきたす。自分に子どもが出来ても、あらゆる方法を以てこの性癖が受け継がれることを防ぎたい。自身のように、そういった話を完全にシャットアウトされ、無菌室のような環境で育てられるようにするでもなく、潤沢にそういった図書を部屋に据えるでもなく、極めて自然に。自分の子どもには普通であってほしいと願う親の気持ちを、こうした角度からも汲み取れるのだなとふと思い至った。
について2ch801板で語られていたので一部抜粋。
BL批判されると「同性愛差別だ!!」と鼻息荒くする人らがいるけど
「表現の自由だ!」ならわかるけど
男同士だからBLが嫌いというのは
単に「趣味があわない」ということ
(略)
それにしてもなんで922(増田注:↑の引用の人)みたいに考える腐女子が結構多いのかね?
こういう人ってBLにおける「同性愛者」を「巨乳」や「熟女」「ロリ」には置き換えないんだよね
そっちのほうが差別のような気がする
熟女わかりやすいw
ぐらいの改変なんだよ(クロスオーバーだの死にキャラが生きてるとかそういうストーリー改変とは次元が違う)
「人を選ぶ趣味」
つまり944が言ってるように「気持ち悪い」
単純に「オバハンのポルノは見たくない」レベルで「捏造ホモ(あえてそう書かせてもらう)のポルノは見たくない」なのよ
なんで捏造ホモとあえて書いたかと言えば、男性は基本ホモNOの人が多いけど
非腐の女性の中にはゲイものはOKだけどBLは嫌い、という人もいるのでね
上でも誰か言ってたけど、人気があるとアンチも出てくるんじゃないかな
普通の一般作品の少女キャラを熟女エロ改変して萌える趣味の人が
どのジャンルにもすごくいっぱいいて、コミケの1日目も2日目も
たいていのジャンルで捏造熟女本がマジョリティで、ピクシブでキャラ
でも腐でない人からすると現状はそんな感じかも
現状の一つを的確に認識しているやり取りだと思ったけど、
はてなでも「BL嫌いは同性愛差別」と言いたがる人をよく見かけるので
その辺りの人たちの感想なり反論なりを聞いてみたい。
BL嫌いが同性愛差別なら、熟女ポルノやロリポルノ嫌いは年齢差別なのか。
美形同士ならいいけどハゲ×デブは嫌だと言ったら容姿差別なのか。
「BLはポルノだけじゃない」と言うのなら、熟女の非ポルノ恋愛物語嫌いは以下同文。
それとも「それらと『BL嫌いは同性愛差別』は別の話」なのか。
追加:
区別する必要が無いと思ったから区別していない。
因みに元スレでは「一次より二次の方がより嫌われている」と言う話にもなっていたけど
その辺りまで引用すると長くなり過ぎるので敢えて触れなかった。
漫画にしても小説にしてもそうだけど、最近読解力が足りてないような気がして悔しくなることがある。
物事の表面しか捉えられていないような、深い読み込みなんかしてみたいのに、能力が足りてなくて残念だ。
それとも、ものを読んだ時に生じた感情なり感想を維持し続けららないのが問題なんだろうか。
あるいは、その時得たモヤモヤを上手に言語化できないのが問題なのか。
たぶんすべて足りないんだろうなあ。ノウタリンなんだろう。衝動的というか組み立てることが苦手というか。
消費だけする生活は嫌なので、何か排泄したいのだけど、うまく捻り出せないというか、臭気を放てないというか。
話は変わるけれど、精神的な創造的なスカトロって結構ありなのかな。
いや違うか。排泄物じゃあ適切じゃないんだなあ。それだと、カスしか残ってないことになる。新たな価値観が込められてない。
もちろん、そこに価値を見出す人もいるだろうけれど、それとこれとは話が別なわけで。
手工業なんだねえ、きっと。料理とかそんな感じだ。それが作りたいわけだ。
そしてまた話が変わるわけだけれど、事前に何を書こうかちゃんと把握しているのとしていないのとではそもそもの書き方に違いが出るものだよね。
だいたい今上に書いたことなんて削って削れば産業で済むようなことだし。この短い中で話が三つも入ってるし。
書くことで考えるってわけではないけれど、整理が出来る人ってのは、たぶんこうして書いたことを消さないほうがインだろうと思う。
消し始めると、全く先に進まないから。合ってないんだよね、前もってどんなことを書くかとか考えて書いてしまうのは。
そりゃあちゃんと成形するときには削らないとだけだけど、それは全部書き終わってからでいいことだし。
そうしないで削り始めつともうだめだよね。書きたいことっ点だろうって考え始めて、それが見つからないから書くのに、その手段を捨ててしまうわけだから。
ダメダメっすよ。日日日が1ページの間で矛盾が見つかって編集さんに迷惑をかけたとかなんとかあとがき書いてたことがあった気がするけど、もしかしたらこう言った書き方してるからかもしれんな。
めちゃくちゃ書いてればそれだけ進むわけだし。モチベーションも上がるしねえ。とにかくキーボードをたたきまくる乗っていいと思う。精神的にも技術的にも。
うん。まったく纏まりも糞もねえ。これこそまさしく廃棄物だ。うんこだうんこ。さほど臭わない、存在意義さえ疑うべきうんこだ。
こんなもん食ったらあかん。食う人は居ないだろうけど、自分自身でも食ったらあかん。下痢になってしまう。びちびちうんこ。
嘔吐するかもしれんしねえ。胃液と混ざって。そりゃあ臭くはなるし色も酷いもんになるだろうが、それはもう見るに値しない。そんなもん出したらそれこそダメだ。ダメダメだ。
だからとにかくこのままでいいと思うわけで。頭悪いから。頭悪いからこういう方法しかないんだよきっと。日日日は別枠だしさ。俺だけが糞なんだ。
というか、糞は糞をするのか? 人間は人間を倦むんだから、糞が糞を倦むこともありえるんだろうな。
ようわからん。
糞して寝ろ!
相対主義と言っても学術的な話じゃなくてもっと日常的な意味でね。要するに『人それぞれ』というセリフが好きな人の話。
料理や映画、ファッションの好き嫌いなど日常レベルの相対主義は多いけど、音楽というのも相対主義がリアルに実感できる分野だと思う。自分の好きな音楽は、徹底的に他人の好きな音楽と一致しない。例えば俺は高校時代にロックにハマったが、比較的メジャーなこのジャンルでさえ、クラスで音楽の話をできるのは一人しか居なかった。ずいぶん熱心に布教もしたが、効果は皆無だった(枕に顔押し付けて足バタバタさせたい過去)
ところで、友人に話し上手でモテる男がいるのだが、その男はノイズミュージック周辺のマニアックな音楽をよく聞いてる。ノイズくらいマニアックなジャンルは少ないだろうが、彼の周りには彼に影響されてノイズを聴き始めたという女の子が結構いる。俺には結構な衝撃だった。『そんなもの布教して、なんで大丈夫なの!?』初めて路上に出る初心者の運転をハラハラ見守ってたものの、結果的に無事故無違反の完璧な運転をみせつけられたような、複雑な気分。
しかし今ならば納得出来る。結局、彼が布教に成功したのは布教するのに充分な洗脳力を持っていた、というだけのことなのだろう。それはルックスだったり、表情だったり、声のトーンだったり、相手の話を聞く態度などが関係してるのだ。高校時代の俺はここを誤解していた。こんなに素晴らしい音楽なのだから布教できて当然だ、と。極端に言えば布教できるか否かに、音楽自体の魅力は関係ない。成功している新興宗教の教義を手に入れたからといって、演説をした上で何万人もの信者を洗脳することは、ほとんどの人にはできないように。
逆に言えば相対主義的な言説の好きな人間は、他者を洗脳する力のない、社会的弱者であるといえるかもしれない。言ってしまえばコミュニケーション力などというものは、いかに他者を洗脳できるかという能力である。幸せそうなカップルだって多かれ少なかれ、強者が弱者を洗脳してる関係である。だから『人それぞれだから』のような相対的な言説を多用する人は、本当に対象自体がマニアックすぎる場合(例えばスカトロ)もあるが、他者を洗脳する能力に乏しい社会的弱者である、という可能性も多々あるのではないか?
賠償請求できるんだろうか?
刑事事件として立件できる?あくまで民事?
裁判して得られるほどの金じゃない?
は請求できるよね。
そんな微々たる金額では償えないよなぁ。
姉貴が癌になった。自覚症状があってから検査をしたから結構進行していて、5年後の生存率が40%ぐらいとのこと。その話を聞いたときはただオロオロしてしまって、その日は全く寝れなかった。翌日、姉貴に会いに行ったら思ったよりあっけらかんとしていて、「覚悟もできてるし、大丈夫だよ、それより、痛み止め入れたら全然痛く無くなったよ!、こんなに楽になんならもっとはやく病院来てればよかったぜ」とか言ってた。本格的な治療がまだ始まっていないからできたんだと思うけど、姉貴のナイスな演出によってそこに集まった家族みんなの胸にたちこめてた黒くて分厚い雲が少しだけ晴れた気がした。
そんなこんなで、表面的には楽しく談笑した病院を後にして、一人暮らしのアパートにもどるとなんだか、やたら股間に神経が集中してた。日ごろからエロ専用のHDにせっせと動画を貯めているのだが、その中にいわゆるアブノーマルな動画、例えばスカトロ、妊婦、シーメール、熟女、ブスモノだとかが少々含まれている。ダウンロードしたときには、「世の中には変な世界があるものだ、一応取っておくか」程度でそれで抜くことはなかったけど、その時はそうゆうのが見たくてしかたがなかった。そのとき初めて、妊婦とシーメールを交互に見ながら射精した。
次の日も、なんだか女の体が欲しくてたまらなくなってヘルスに行ったはいいけど、女の子の写真をみていたら、ふいに肉に埋まりたい感情がムクムク湧いてきて、ぽっちゃりおデブを初めて指名してみた。
姉貴の癌がわかってからというもの、普段のオカズだったそれなりにかわいい子が薄味に感じて、いまいちそそらない代わりに、ババアのクソ汚いセックスだとか、巨大で真っ黒乳首の妊婦で興奮してオナニーをしている。
人は死に直面すると、性欲が強くなるって聞くけど、自分にとってはこれがそれかよ。
空気読めないっていうのは、人の顔色がわからないってことだ。
クラスで大声で創価批判をはじめた奴が居るんだけど、あいつは周りの顔が凍りついてることがわかってない。
「クラス内に隠れ創価が居たらどうすんだ」「もうやめてくれ、喋らないでくれ」っていう感情が周囲の人間の表情に出ているのに、
あいつは人のリアクションなんか全く気にしていないからお構いなしに喋り続ける。
空気読めない奴ほど、衝撃的な話題が好きだ。
宗教ネタとか政治ネタとか思想ネタとか、デリケートで一番顔色窺わなきゃいけない話題が大好きだ。
常識的な人間なら、相当な信頼関係を築いてからじゃないとそんな話題はしない。
なんで信頼関係を築くスキル皆無なクセにそういう上級者向けの話題を、しかも大声でしたがるかね。バカすぎ。
様子伺いをせずにいきなりぶっちゃけた話をして空気をグチャグチャにすることがカッコイイとでも思ってんだろうか。
自分はカッコイイと思ってるかもしれないが周りは大迷惑だ。嫌われるだけだ。だからあいつは打ち上げにも誘われなかった。
あとやたら変態自慢する。顔射とスカトロはデフォだとか言ってる。
デフォじゃねえよwwwwwwwwwwwwww
変態プレイこそ空気読みスキル、顔色読みスキル、コミュスキルが一番必要とされるとこだろwww
顔射はデフォ(キリッ とか言って突然かましても「うれしい~♪ずっと顔射されたかったの~♪」とは な ら な い w
「マジキモイ死ね」と思われるだけだから。いい女ほどコミュ破綻者に厳しいから。マジで。
と、ここまで愚痴ばかり書くと「なんでそんな奴とつきあってんの?さっさと縁切れよ」と思うだろ。
あいつオゴるの大好きなんだよ。マックやサイゼだったら余裕で全員分オゴってくれる。
だから金ない奴がどうしてもグループに入れたがる。グループに居るからしょうがなく付き合ってる。
金無くなったら全員に愛想つかされるだろうな。女にも。