はてなキーワード: マンジとは
radikoとらじるらじるの番組表を見ながら「この時間はこれ流してることが多いな」というやつをピックアップしてみた。
いずれもちゃんと聴いているというよりは単に流してるだけなので真面目なリスナーではない。
あげた番組を必ず流してるわけでもなく気分でザッピングしている。
radikoが登場してラジオに復帰したタイプで当時DIGやタマフルを聴いてたのでTBSラジオが根城になってる感がある。
●月曜日
森本毅郎・スタンバイ(TBS)、おはよう寺ちゃん(文化放送)
ジェーン・スー生活は踊る(TBS)、くにまる食堂(文化放送)
CITY CHILL CLUB(TBS)、ラジオ深夜便(NHKラジオ第1)
月曜日と同様
●金曜日
森本毅郎・スタンバイ(TBS)、おはよう寺ちゃん(文化放送)
TOKYO TEPPAN FRIDAY(TokyoFM)、荻上チキ・Session(TBS)
MOZAIKU NIGHT(bayfm)、Hit Hit Hit(NACK5)
●土曜日
Saturday Morning Radio おびハピ(NACK5)
モーニング女学院~放課後ミーティング~(ラジオ日本)、BEYOOOOONDSのDOYOOOOOB!(NACK5)
FANTASY RADIO(NACK5)、オードリーのオールナイトニッポン(ニッポン放送)
●日曜日
GARAGE HERO's~愛車のこだわり~(TBS)、NHKのど自慢(NHKラジオ第1)
Fate/Grand Order カルデア・ラジオ局(文化放送)
花澤香菜のひとりでできるかな(文化放送)、みちょパラ(ニッポン放送)
林原めぐみのTokyo Boogie Night(TBS)、アンジュルムステーション1422(ラジオ日本)
世界中の「き」と「み」が入れ替わった。
動物園のキリンはみりんになり、月は罪になって警察にしょっぴかれた。雪ではなく弓が降ってみて、神棚には柿が飾られている(地方によっては牡蠣のところもあるらしい)。
幸いなことに「ぎ」は「み」に入れ替わっていないようだ。鍵は紙にならないし、道は狭まってギチギチになったりしない。
私は埼玉に住んでいるのでよくわからないが、奄美大島は今どうなっているのだろう。甘き大島とかになっているのだろうか。予備校の大島先生は別に甘くなかった。
東京は豆苗になっているらしい。安いし食べても2回くらいは再生する。さすが都会だ。
従姉妹のミズキはキズミになっていた。彼女は今逆立ちで生活している。傷身のキズミにmiss keyと言ったら文法的におかしいと指摘された。
この異常事態をどうにかせんとして、我こそはと上京した定命の者たちは状冥をまだ完全に把握しているとは言えない。これはそんなヤワなものじゃない。
世界中の「み」と「き」が入れ替わった。
動物園のキリンはみりんになり、月は罪になって警察にしょっぴかれた。雪ではなく弓が降ってきて、神棚には柿が飾られている(地方によっては牡蠣のところもあるらしい)。
幸いなことに「ぎ」は「み」に入れ替わっていないようだ。鍵は紙にならないし、道は狭まってギチギチになったりしない。
私は埼玉に住んでいるのでよくわからないが、奄美大島は今どうなっているのだろう。甘き大島とかになっているのだろうか。予備校の大島先生は別に甘くなかった。
東京は豆苗になっているらしい。安いし食べても2回くらいは再生する。さすが都会だ。
従姉妹のミズキはキズミになっていた。彼女は今逆立ちで生活している。傷身のキズミにkiss meと言ったら文法的におかしいと指摘された。
この異常事態をどうにかせんとして、我こそはと上京した定命の者たちは状況をまだ完全に把握しているとは言えない。これはそんなヤワなものじゃない。
知恵袋に質問した質問なのですが字数制限がきたのでここに載せます
Negli ultimi anni, mi sono sempre preoccupata di procurare delle candele che illuminassero l'angolo di strada su cui affacciava la finestra della camera da letto di mia sorella, il punto in cui sorgeva il cumulo di macerie in cui mio padre iniziò da subito a scavare e da cui il suo corpo, abbracciato dal piumone e dai soccorritori, in gran parte amici, dopo 13 ore, tornò alla luce. Era giorno, dopo 13 ore, e faceva anche caldo. Eppure, il buio di quella notte e di quella strada resta inciso nella mia memoria, insieme a tanti altri particolari che spesso ho condiviso, senza che le parole mai bastassero né riuscissero ad essere definitive. Quest'anno, a causa di quel che tutti stiamo vivendo, non potrò illuminare quel pezzetto di strada, né dare spazio a quel gesto simbolico che mi dà serenità. Va bene così.
Illuminerò le mie finestre con le candeline che sempre ho in casa e alla cui luce spesso mi cullo e, nel farlo, mi farò aiutare da quel figlio adorato che ha per la zia pensieri di affetto che riescono sempre a stupirci, nella loro disarmante spontaneità.
Come Comitato dei familiari delle vittime abbiamo chiesto a chiunque possa e ne senta il desiderio, di accendere una luce o una candela, nella notte tra il 5 e il 6 aprile: in ricordo dei nostri cari ma anche di tutti i connazionali deceduti nelle ultime settimane , a causa del Covid-19. Un pensiero di vicinanza che non possiamo non esprimere in occasione di un dolore che per noi si rinnova immutato ma che per qualcuno è soltanto all'inizio.
So che tanti di voi mi saranno vicini con il pensiero, so che tanti di voi mi stringeranno e mi aiuteranno a fare luce, nel buio.
6 Aprile 2016, via XX settembre 123.
5 vittime: Anna, Claudia, Katia, Piervincenzo, Rosina
近年、姉の寝室の窓が見える通りの角を照らすろうそくの取り方にいつも気を使っていました。瓦礫の山があり、父はすぐに掘り始めました。 そして、羽毛布団と救助者に抱かれた彼の体は、13時間後、ほとんどが友人で、明かりに戻りました。 13時間後はもう昼間であり、暑かったです。 それでも、その夜とその道の暗闇は、私がよく共有している他の多くの詳細とともに、はっきりとした言葉が足りなかったり、管理できなかったりして、私の記憶に刻まれたままです。 今年は私たち全員が経験していることのせいで、その道路の一部を照らすことも、静寂をもたらすその象徴的な行動に場所を与えることもできなくなります。 わかりました。
私はいつも家に置いてあるキャンドルで窓を照らします。そしてその光の中で私はしばしば揺りかごを立てます。そうすることで、私はいつも私たちを驚かせることに成功した彼の叔母への愛情の考えを持っている愛する息子によって助けられます。
犠牲者の家族の委員会として、私たちは4月5日から6日までの夜にライトまたはキャンドルをつけることを望んでいる人や感じている人に尋ねました。私たちの愛する人だけでなく、過去数週間で亡くなったすべての同胞たちを思い出して 、新型コロナウイルスのために。 苦しみの時に表現し損なうことのない親近感は、私たちにとっては変わりませんが、誰かにとってはまだ始まったばかりです。
あなた方の多くがその考えをもって私の近くにいることを知っています。あなた方の多くが私を抱きしめ、私が暗闇の中で光を当てるのを助けることを知っています。
2016年4月6日、XX Settembre 123(住所)。