■恋ができないことがコンプレックス
根っからの陰キャで生まれてから16年間一度も恋人ができなかった。
田舎のデカい中学によくある苛烈なカーストで溺れ死ぬことを防ぐべく無理して作った友人はみんな陽キャで当たり前のように恋バナをしていた。
いや陽キャじゃなくたって陰キャは陰キャ同士でよろしくやっている。私に恋人ができないのは私が陰キャだからではなくて、私がちょっとおかしいからだ。私は人間として失格に違いない。みんなが当たり前に他人に恋をして、距離を詰めて、付き合って、デートしているのに私にはその当たり前のことすらできないんだから。
口には出さなかったけどそういう気持ちで中学生活を送っていた。
息苦しい中学を卒業して高校に入り、生まれてから16年と1か月たったころ。中学の同級生だった男友達から毎日LINEが来ていて、私もその子のことは趣味が合う貴重な陰の友達として大好きだったから返事を返すのが楽しかった。ゲームのこと、勉強のこと、Twitterのこと。
でもやりとりを続けているうちに、あれ?と思った。もしかしてこいつ、私のことが好きなのか? BL小説ばかり読んでいて恋愛の実践経験ゼロの残念な私にでもわかるくらいあからさまな好意だった。
コンプレックスが溜まって恋に恋する状態だった私は必死に相手から告白の言葉をひきだした。これで私にも彼氏ができる! 人並みの高校生になれるチャンスを逃してなるものか! 今思うと本当に失礼だな。自分のコンプレックスを解消するために友達を完全に利用している。アクセサリーじゃねえんだぞ。
交際関係にある人間たちは密に連絡を取り合ってイチャイチャするっていうのが当時の自分にはイメージとしてあったから、5日間くらいは毎日夜遅くまでLINEをしていた。こっぱずかしいやり取りをしていた気がする。でも1週間たつと、友達時代は楽しめていた毎日の連絡がなぜかちょっと面倒になってきた。結局6か月後の別れる直前には、LINEは週一で会うのは月一くらいの頻度になっていた。とにかく相手から熱量のある感情を向けられるのがつらかった。同じものを返せないし、重荷だし。
ここで恋愛経験値が0から1になった私は学んだ。お付き合いっていうのは相手との関係を維持するために努力する意気がある人どうしでするものなんだ。当たり前のことだけどどんな人間関係でも築くにあたっていろんな制約が生まれるわけで、その中でも恋人関係なんていうトップクラスに密な関係を築くなら心身にそれ相応のコストがかかる。私のような自己中でちゃらんぽらんな女は恋人を作るなんて人並みの生活にふさわしくないんだ。
それからしばらくは恋愛向いてないからしょうがないよねとわかったようなふりをして生きていたけど、身をもってお付き合いの大変さや世のカップルたちが他人に費やすエネルギーの大きさ尊さを知ってしまった分、それができない自分に対するコンプレックスはどんどんどんどんふくらんでいった。
次の転換期は大学に入ってからだった。上京してきた私はさまざまな人の新しい考えに触れて、地元にいたころより視野が少し広がった。その恩恵かはわからないけど、どうやら自分は男性より女性に性欲を抱くらしいということも分かった。
で、相変わらず本当にバカなんだけど、今まで恋ができなかったのは対象を間違えていただけで女性なら好きになれるかもしれない! とか考えて、2丁目通いだのLGBTサークルだの始めてみた。どれもそれなりに楽しく過ごせるんだけど、一回会ったらもう次はいいや、相手に会う時間より自分の時間が大事だし……と思って2回目には続かなかった。問題は対象の性別じゃなくて出会いより自分を優先しちゃうその態度だろうが。
しばらくしたら大学のサークル(LGBTではない普通の課外活動)ですごく気になる子ができた。趣味も価値観も合って、一人暮らしの私の家によく泊まりにくる子。運動してるからきれいに筋肉がついて引き締まった体をしてるけど、太股はむちむちしててかわいい。いつもその子のことをつい目で追ってしまって、なにしろ今までそんな経験なかったからもうこれが恋なのね!! って信じてしまい、私も恋ができるんだ、他人に熱烈な懸想ができるんだとすごく救われた気持ちになった。我ながらばかばかしいと思うけど本当にこれだけで自分が真人間になれたと本気で思っていた。相手はノンケだから付き合えたりはしないけど、一番近い友達でいたい。結婚式でこの子の友人代表としてスピーチができたら幸せだなぁなんて完全に自分に酔っぱらっていた。
でもそうじゃなかった。初めて女の人と寝てからわかった、私があの子に抱いているのは恋心なんかじゃなくてただの性欲だ。性欲を視線に乗せてあの子の身体を追っていただけだったんだ。それに気づいて、しょっちゅう泊まりに来てくれるような大事な友達に性欲を抱いていた自分を心底気持ち悪いと思った。それと同時にやっぱり私は恋ができないんだなあと実感して、もういいかげん人並みであることを諦めて欠陥品の自覚を持たないといけないと思った。女性に性欲が向く人間であることについては臓腑にストンと降りてきてなんの葛藤もなかったのに、恋愛ができないことについてはめちゃめちゃしんどい。
これ読んでる人は恋愛ごときで人間失格とかバカじゃねーのかって思ってるよね。私もそう思う。アセクシャルの人にも怒られそう。
でもコンプレックスってそういうものじゃない? 他人の意見なんかどうでもよくて、私個人の劣等感で完結してる。理性では取るに足らない差異だとわかってても心がそれを受け入れられるとは限らない。
寂しいから恋人がほしいとか、生活の中にウキウキができるように好きな人がほしいとかじゃなくて、みんなが当たり前にできていることを全くできずむしろ苦痛にすら感じるのがほんとうに恥ずかしくて悲しくて、悔しいから恋をしたい。片思いでも何でもいいから人を好きになってみたい。友達として大好きな人は何人もいるけどその先のときめきを感じられたことが一度もない。恋バナを聞いていても相手の感情が想像できなくて退屈にすら感じる。他人なんか面倒なら縁を切ればいい、つらいなら二度と会わなければいいと思うんだけどきっとみんな「そういうことじゃない」って言う。
失恋した友達は私のことを「恋愛に左右されずに生きててかっこいい、うらやましい」って言うけど、私は能力的に劣ったかっこ悪い人間だよ。私からすれば失恋して泣いちゃうくらい他人を真摯に愛していたあなたのほうがかっこいい、うらやましいよ。
早口で言ってそう