50年前に定められた日韓基本条約に反するから、韓国大法院の判決はおかしい、という簡単な話ではありません。時系列で流れを整理します。
労働力の不足を補うため、昭和19年に朝鮮総督が、朝鮮在住の朝鮮人に労働を命じました。正当な理由がなくこれを拒絶すると懲役刑を科される、国家による強制的な労働です。その後の日本国内の裁判で「徴用に応じなければ家族が逮捕される」と脅迫されたことや、「寮は有刺鉄線で囲まれ12 畳の部屋に12 人が収容された」「食事は粗末で量も少なく休日も月1、2 回しか与えられなかった」「こん棒で腰部を20 回殴打された」などの事実も認められており、その当時の基準に照らしても安全配慮義務に反する不法な労働と日本の裁判所で認定されています。
日本は連合国とサンフランシスコ平和条約を結び国際社会に復帰しましたが、韓国は「日本と戦争をしていない」という理由でサンフランシスコ平和条約に入りませんでした。
その後、日韓請求権協定が結ばれ、「両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、完全かつ最終的に解決された」と定められ、特に、「被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他請求権の弁済請求」は「日韓請求権協定によって完全かつ最終的に解決された」とされました。
ただし、これは、日本政府は「外交保護権を相互に放棄したものであって個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたものではない」という公式解釈をしています。つまり、韓国内の日本国民の資産を韓国人から取り戻したかったら、ご自由にどうぞ、でも、日本政府は手伝わないよ、という意味です。
このわかりづらい解釈には理由があります。もっと自然な、「朝鮮人の日本人への請求権を韓国政府が放棄し、朝鮮にあった日本人の資産の請求権を日本政府が放棄した」という解釈にしてしまうと、韓国内の日本人資産の放棄に対して、日本政府が賠償責任を負うことになってしまうからです。
(慰安婦に関してはまた別の話があるのですが、本題でないので触れません。)
平和条約のあとでも宙に浮いていた個人の請求権ですが、連合軍元捕虜への損害賠償を求める米国最高裁の判決で、「サンフランシスコ平和条約第14条によって、戦争の遂行中に日本国およびその国民が取った行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権は放棄されている」という判決が2003年に確定し、話が動き出しました。
2007年には、日本の最高裁が、「サンフランシスコ平和条約の当事者以外の国や地域との間で戦後処理をするにあたっても、(...)条約の枠組みに従う」という判断を示し、サンフランシスコ平和条約に含まれない韓国、中国、フィリピン等の国民からの訴訟も、原告敗訴が決定づけられることになりました。
ただし、最高裁判決には「個別具体的な請求権について債務者側において任意の自発的な対応をすることは妨げられない」と述べ、「被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方、上告人(被告企業)は中国人労働者らを強制労働に従事させて相応の利益を受けるなどの諸般の事情にかんがみると、上告人を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待される」という「付言」が付きました。
それを受け、西松建設と中国人当事者らの間で、2億5000万円を支払い、補償や未判明者の調査、記念碑の建立、慰霊のための費用などに充てるという和解が成立しました。
旧三菱重工業に対する訴訟で、韓国大法院は、朝鮮人徴用は戦争にかかわるものではなくて、植民地支配にかかわるものだから、サンフランシスコ平和条約とか日韓請求権協定とかとは関係なく、韓国人の請求権は残る、と判示しました。サンフランシスコ平和条約から日本の最高裁判決に至る流れをひっくり返すものになります。
この判決が確定した以上、先日の損害賠償を命じる判決は必然でした。
法律の話で言えば、日本および日本企業に請求権が生じる、というのは疑わしいとは思いますが、一部の日本メディアがいうように韓国の司法はおかしい、とまでは思いません。韓国で徴用し日本で過酷な労働をさせたという事例に対して、日本の最高裁が独占的な管轄権を持つ、というのは自明ではないし、個人請求権がサンフランシスコ平和条約の枠組みに従う、というのもそもそも07年まで不確定だったわけで、議論の余地はあるところだと思います。ただ、韓国の主張は、植民地支配に関して請求権が残っていて、元植民地側の裁判で請求ができるという話なので、これを認めると植民地支配していた欧米諸国がすごく困ります。慰安婦みたいに国際的な広がりを持つことなく、国際法的には日本が勝つのだろうな、と予想しています。
道義の話で言うと、徴用工に関して日本の様々な裁判所が繰り返し不法行為を認めているのが印象的です(例:01年東京地裁、01年京都地裁、03年東京高裁、96年富山地裁、98年山口地裁、01年大阪地裁、02年大阪高裁、07年名古屋高裁、05年東京高裁、02年福岡地裁、04年福岡高裁、02年広島地裁、04年広島高裁、09年最高裁)。最高裁については先ほど述べましたが、それ以外にも多数の裁判官が自発的な救済を推奨しており、おそらく基金などを作って、アジア中の徴用工に対して日本が自発的に補償すべきものなのであろうな、と個人的には思います。基金を作るのがスムーズに進んでくれたら、と思います。
「歴史的事実を真摯に受け止め、犠牲になった中国人労働者についての問題を解決するよう努力していくべき」(宮崎地裁07 年3 月26 日)
「被害の救済に向け自発的な関係者による適切な救済が期待される」(前橋地裁07 年8 月29 日)
「任意の被害救済が図られることが望ましく、これに向けた関係者の真摯な努力が強く期待される」(仙台高裁09 年11 月20 日)
「ひとりの人間としては、救済しなければならない事件だと思う。心情的には勝たせたいと思っているが、最高裁の判決がある場合には従わざるを得ない。本件のような戦争被害は、裁判以外の方法で解決できたらと思う」(長野地裁06年3月10日)
「被害者らの被った精神的・肉体的苦痛が極めて大きかった一方、被告企業は中国人労働者らを強制労働に従事させて相応の利益を受けるなどの諸般の事情にかんがみると、上告人を含む関係者において、本件被害者らの被害の救済に向けた努力をすることが期待される」(最高裁07 年4 月27日)