2013-12-21

ロジック・ロック・フェスティバル』と〈古典部シリーズの類似点

はじめに

中村あきの星海社FICTIONS新人賞を受賞したデビュー作『ロジック・ロック・フェスティバル』が、古野まほろメフィスト賞を受賞したデビュー作『天帝のはしたなき果実』と類似していると指摘され話題になっている。『ロジック・ロック・フェスティバル』は星海社ウェブサイトで無期限全文公開されている(http://sai-zen-sen.jp/works/awards/logic-lock-festival/01/01.html)ので読んでみた。その結果『天帝のはしたなき果実』だけでなく、米澤穂信の諸作品との類似点が見られたので検証したい。ちなみに現時点で私は『天帝のはしたなき果実』を未読であるが、これから読んでみる予定である

以前から米澤穂信作品との類似は指摘されていた

読書メーター12月4日投稿されたjinさんのレビューhttp://book.akahoshitakuya.com/cmt/33836748)。

読んだ印象としては、米澤穂信西尾維新になったつもりで古典部シリーズを書いたらこうなるんだろうなと思った文学部員が書いた同人誌と言った感じ。

読書メーター12月11日投稿された×(旧らっきーからー。)さんのレビューhttp://book.akahoshitakuya.com/cmt/34001390)。

米澤穂信とかを目指した結果、残念ながらそこに至らず。そんな印象。

物語構成

まず『ロジック・ロック・フェスティバル』の物語の流れを説明する。以下が『ロジック・ロック・フェスティバル』の章タイトルだ。

  1. 四人の申し分なき閑人
  2. 実行補佐
  3. 回想と回送
  4. モバイルコード
  5. 葉桜の季節
  6. 大脱出
  7. バス班室写真消失事件 前編
  8. バス班室写真消失事件 後編
  9. そして、時は来たれり
  10. フェスティバルフリーク
  11. 健康と対策
  12. アイの告白
  13. それは清き学び舎を妖しく濡らして
  14. さよならコージー
  15. 現場検証
  16. 見捨ていくプリコンディション
  17. 星のお告げと逆転密室(万亀千鶴告発
  18. 失われた血の絆(成宮鳴海告発
  19. 浪漫秘密の抜け穴(衿井雪の告発
  20. 犯人探偵中村あきの告白
  21. 名探偵』の復権(鋸りり子の告発
  22. 顚末
  23. 探偵の動機

全部で23章で構成されている。『ロジック・ロック・フェスティバル』のメインとなる事件は文化祭開催期間中に起きた密室殺人事件だが、文化祭が始まるのは「9.そして、時は来たれり」からだ。ではそれ以前はというと小さな謎解きが2,3あるという構成になっている。具体的には「4. モバイルコード」で携帯メール暗号の謎解き、「6. 大脱出」で閉じ込められた蔵から脱出、「7. 女バス班室写真消失事件 前編」「8. 女バス班室写真消失事件 前編」で写真盗難事件の謎解きが行われる。

次に米澤穂信デビュー作『氷菓』の物語の流れを説明する。以下が『氷菓』の章タイトルだ。

  1. ベナレスから手紙
  2. 伝統ある古典部再生
  3. 名誉ある古典部の活動
  4. 事情ある古典部末裔
  5. 由緒ある古典部封印
  6. 栄光ある古典部の昔日
  7. 歴史ある古典部真実
  8. 未来ある古典部の日々
  9. サラエヴォへの手紙

この章タイトルだけではどんな物語かわからない。『氷菓』のメインの物語ヒロインである千反田えるの叔父、関谷純が関わったと思われる33年前の事件を解明することであるしかし、その謎がはっきりするのは「4. 事情ある古典部末裔からであり、「2. 伝統ある古典部再生」では千反田える地学講義室に閉じ込められた謎解き、「3. 名誉ある古典部の活動」では、ある本が毎週借りられている「愛なき愛読者」の謎解きが行われる。

はじめに小さな謎解きがいくつかあり、中盤からメインの大きな謎解きになるという物語構成は特定作家専売特許ではない。であるが『ロジック・ロック・フェスティバル』と『氷菓』の物語構成が類似していると指摘するのは間違いではないだろう。

ヒロインのお屋敷にはじめて行くシーン

ロジック・ロック・フェスティバル』の「6. 大脱出」では、主人公中村あき)がヒロイン(鋸りり子)の家をはじめて訪れるシーンが描かれる。これを『氷菓』の「6. 栄光ある古典部の昔日」で、主人公折木奉太郎)がヒロイン千反田える)の家をはじめて訪れるシーンと比較したい。

 目に飛び込んできたのは圧巻の庭園だった。手入れの行き届いた刈り込まれた木々。配置を整えられた岩。雨粒を受けてなお静謐を湛える。その中を悠然と泳ぐ色とりどりの錦鯉。そしてそれらを統べるかのように鎮座する絵に描いたような日本家屋。その向こうには立派な蔵も見えた。

 道なりに設置された飛び石を歩きながら息を呑む。家柄でここまで住む世界が違うものなのか。自身の境遇比較すると、少しばかり悲しい気持ちになってしまう。

(中略)

 唖然としているうちに僕は言われるがまま三和土で靴を脱ぎ板張りの廊下彼女に説明された通りにんでいた。


ロジック・ロック・フェスティバル

 広大な田圃の中に建つ千反田家は、なるほどお屋敷と呼ぶに相応しかった。日本家屋らしい平屋建てが、生垣に囲まれている。水音がするところを見ると庭にはがあるらしいが、外からは綺麗に刈り込まれたしか見えない。大きく開かれた門の前には、水打ちがしてあった。

(中略)

 無視する。門をくぐり飛び石を飛んで、玄関先のベルを鳴らす。

(中略)

 石造りの三和土で靴を脱ぎ、千反田に先導されて板張りの廊下を進む。


氷菓角川文庫版、135~136頁

太字で示したのが二つの作品で完全に一致した箇所である。いくつか単語が一致しているが、文節単位での剽窃は行われていない。単語の一致も同じ「日本家屋を初めて訪れたシーン」を描いたのだからあって当然だ。むしろ庭園に入ってから周りを描写している『ロジック・ロック・フェスティバル』、生け垣の外から庭をうかがっている『氷菓』という点が大きく異なる。

そもそも、高校一年生のヒロイン日本家屋の豪邸に住んでいるという設定がめずらしいが、かといってこの設定が特定作家専売特許というわけでもない。

氷菓』において、千反田える日本家屋の豪邸に住んでいるのは、千反田家が桁上がりの四名家といわれる名家からだ。『ロジック・ロック・フェスティバル』において、鋸りり子が日本家屋の豪邸に住んでいる理由は説明されない。家柄は明らかにされていないし、両親も学者だ。一般的学者であれば豪邸を建てるほど高給とも思えない。シリーズ化されこれからの作品で明らかにされるのかもしれないが、現時点では主人公たちが閉じ込められる蔵を登場させるためぐらいしか物語必然性がない。背景が説明されないので、どうしても取ってつけたような印象を受けてしまう。

主人公ヒロインが閉じ込められるシーン

ロジック・ロック・フェスティバル』の「6. 大脱出」で描かれる主人公ヒロインが閉じ込められるシーンは、〈古典部シリーズの4作目『遠回りする雛』に収録されている短編「あきましておめでとう」と類似点が多い。例えば、どちらも冒頭に閉じ込められている主人公述懐を置き、時間を巻き戻す形でなぜ閉じ込められることになったのかを記述する形式をとっている。

あらすじはひとことでまとめると以下のようになる。

具体的に『ロジック・ロック・フェスティバル』では、

具体的に「あきましておめでとう」では、

となっている。

以下、『ロジック・ロック・フェスティバル』におい主人公中村あき)とヒロイン(鋸りり子)が小屋(蔵)に閉じ込められるシーンと、「あきましておめでとう」におい主人公折木奉太郎)とヒロイン千反田える)が小屋納屋)に閉じ込められるシーンを比較したい。

 目が慣れてくると、そこは本当に本の山だった。本しかないといってもいいくらい。備え付けの本棚に、そこらに積まれたボール箱に、ぎっしりと詰められた本、本、本――今すぐ古本屋が何件だって始められそうだ。

 りり子に案内され、その後ろに付いていく形で奥の方に歩いていく。中はそれほどの広さでもないようだったが、薄暗さと障害物のように設置された本棚のせいで、なんだか迷路に迷い込んだような眩暈感があった。

推理ものは確か……」

 一応分類されているのだろうか。背表紙を見流す限りでは全く統一感がないような気がするぞ。

 と、その時。

 ぎぎぎ、と何か引きずるような音がして、室内の明度が明らかに落ちた

 なんだろう?

 りり子も一度こっちに振り返り、異変があったことを確かめ合う。

 そして二人同時に思い当たった。

 扉が閉まったのだ。そんな当たり前の結論に到達するのにいやに時間がかかった。

 慌てて扉の方に引き返す僕ら。見るとやはり扉はぴっちりと閉められていた。風やなんかであの重い扉が閉まるだろうか。疑問に思いながらも、とりあえず僕は扉に近づいて手を掛けてみる。

「……あれ?」

 開かない。まさか

 がちゃがちゃがちゃがちゃ。

 扉の外側から響く、金属が打ち付けられるような硬質な音。

 いやいや、冗談でしょ?

「鍵が……閉められてる……?」

強く揺さぶってみると扉はほんの薄くだけ開いた。その間から無慈悲にも完全に閉じられた錠が覗けて。


ロジック・ロック・フェスティバル

 闇の中に手を突き出し摺り足で進んでいく。目が慣れればもう少しマシになるのだろうが、いまはこうしないと危ない。そろそろと奥に進み、手に酒粕が当たらないかと気をつけてみるが、どうも手ごたえがない。

「簡単なお使いかと思ったら、なんだか面倒なことになってきたな」

「あの、折木さん」

 いつの間に近づいてていたのか、千反田が俺のすぐ後ろで名前を呼んだ。背後でアルミドアが風に吹かれて閉まってしまい、納屋の中はいっそう光が入らなくなった


『遠回りする雛』角川文庫版、218~219頁

「おう、開いてるぞ」

 そして、なにやら不吉な、がこんという音。

「え? いまのは……」

 とピンと来ていない千反田。俺はすぐさまドアに、暗くてよくわからないので正確にはドアがあったと思しき場所に飛びついた。アルミノブの、冷たい感触はすぐに探り当てられた。

 しかし。

 がたがたと揺れるだけのドア。オレは千反田を振り返る。千反田の輪郭もはっきりしないけれど、なぜか、心配そうに小首をかしげるやつの顔が見えたように思う。

「どうしました?」

 どうせ見えないだろうけれど、肩をすくめてみせる。

「閉じ込められた」


『遠回りする雛』角川文庫版、221頁

 まず、このドアが閉められている構造をもう一度考える。このドア自体には鍵はない。だから強く押せば、ほんの少しだけ開く。それ以上開かないのは閂のためだ。


『遠回りする雛』角川文庫版、228頁

今度は先程と違い完全に一致する箇所ではなく、同じ事象を別の表現にしている箇所を太字にした(そもそも完全に一致する単語ほとんどない)。非常に似通ったシーンを描いているので、一致している箇所がいくつかあるが、文節単位での剽窃はおこなわれていない。

違和感があるとすれば『ロジック・ロック・フェスティバル』において、「扉はほんの薄くだけ開いた」という点だろう。「あきましておめでとう」では脱出が困難なことを示すために閂がどのようにかけられているか仔細に描写されており、「強く押せば、ほんの少しだけ開く」というのも話の流れから違和感がない。一方の『ロジック・ロック・フェスティバル』においては、どのような扉なのか、どのように錠がかけられているかは具体的に示されておらず、一般的な扉と錠であれば扉が薄く開き外の錠が覗けるというのはおかしい。

「あきましておめでとう」では、折木奉太郎脱出するために様々な方法を試す。そこにはどうやって脱出するのかというハウダニットの愉しみがあるが、『ロジック・ロック・フェスティバル』では、早い段階で窓から脱出できることがわかっている。謎解きの興味はほとんどなく、むしろそれまで葉桜仮名先輩一筋だった主人公中村あき)がヒロイン(鋸りり子)を女性として意識するシーンとして描かれている。

私感

ロジック・ロック・フェスティバル』と〈古典部シリーズ両方を読んでいる私としては、影響は受けていると感じた。しかし、文章の剽窃など著作権法違反に問われるような箇所はないと判断していいだろう。他にも中学時代探偵していたが、とあることをきっかけに探偵することをやめたという鋸りり子の設定が、〈小市民シリーズの小鳩常悟朗の設定と類似するなど気になるところがあるが、それはまたの機会に検証したい。

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