2022-05-09

業務効率化を、善行として進める人を、信じるな

いわゆるOA分野とか、コンピューターを主に使用する作業の、自動化流行っている。

製品で言えば、RPAとか、ノーコード、あるいはSaaSパッケージソフトとか。

OfficeについてるVBAを使うとか、Pythonスクレイピングとか、そういうのも併せて。

いわゆるマクロ的な何かで、タスク自動化する、という考え方だ。これは昔からあったとも言えるし、製品方法論がここ数年、急激に増えて、環境が激変したとも言える。

さて、個人が、その責任範囲で、自己タスク自動化するのは、組織禁止しているやり方でなければ、それについてとやかく言うつもりはない。

問題は、組織内部での自動化の推進や、それを補助するコンサル、あるいはソフトウェアメーカーベンダーだ。

すべてが駄目というわけではない。

自動化で単純な作業から解放されて、クリエイティブ作業をすれば良い」

「みんなで自動化を覚えて仕事効率化しよう」

この手の発言が、地雷なのだ

言い換えよう。今挙げたようなことを言う(書く)メーカーベンダー、あるいはコンサルから個人まで。それらは皆、地雷だ。関わってはいけない人だ。

====

何故か。それは彼らが現実を見ていないからだ。そして、その現実を見ていないことが、軋轢を生むからだ。もしかしたら現実を見た上で、しらばっくれてる人も居るかもしれないが、タチの悪さは変わらない。

困ったことに、彼らの言う「単純作業から解放されてクリエイティブ仕事を」は、一見理想的環境に見えるのだ。

いや、実際、理想的ではあるのだ。現実的でないという問題さえ目をつむれば。

「世の中には2種類の人間がいる」という、使い古されたレトリックを、労働分野に応用してみよう。

すなわち、言われたことを淡々とやり続けることを好む人と、抽象的な指示や課題に対して、具体的な対応を行うことを好む人だ。

もう少し具体的に書けば、「言われた作業淡々とやる人」と「創意工夫して結果を出そうとする人」になる。

さて、前者の、言われた作業淡々とする人にとって。自動化は、己の存在意義と競合する。つまり自動化されてしまったら、仕事がなくなる。

意識の高い社員や、コンサルソフトウェアメーカーベンダーの言うような「クリエイティブ仕事」なんて興味がない。

そういう人を「意識が低い」「生産性が低い」と卑下するのは簡単だ。だが、それは何も事態解決にはつながらない。

単純作業自動化がなされた時、その人たちに襲いかかるのは、「クリエイティブ仕事」という、安定した手順も方法論もなく、それでいて成否は存在する、という苦痛のような仕事への移行なのだ

そして少なからぬケースで、単純作業淡々と行うことこそ仕事、と捉え、そう働いてきた人は、クリエイティブ仕事とやらでは成果が出せない。ただ苦しむだけになる。

おそらく組織としての生産性は上がるだろう。それをもって成果とするなら、それはそれで矛盾はない。

ただし「働き方改革」のような題目を掲げて、自動化を進めていたのであれば。それは善人面をして、人を地獄に蹴り落とす所業だ。本稿のタイトルで「信じるな」と書いたのは、まさにここにある。

この話には、日本雇用に関する、法律行政の態度や、判例なども影響してくる。

前述したような、単純作業を奪われ、苦痛に満ちた苦手な仕事にたたき落とされた人は、どうなるか。

第一に、会社を去るという選択肢はある。だが、このご時世だ。今と同等の条件すら見つかるかどうかは怪しい。

それを自業自得嘲笑するのは簡単だ。改善肯定し、生産性の向上を是とし、発展を求める価値観からすれば、矛盾はないのだ。それが倫理的に正しいことなのかは、私にはわからないが。

第二に、苦しみながら会社にしがみつくという選択肢もある。正規雇用場合、これが簡単に成立してしまう。「クリエイティブ仕事」をさせた成果がボロクソに悪くても、本人の意図的な手抜きなどがない限り、会社簡単には社員解雇できない。

はて、本人も苦しんでいることが多い、機能不全の社員雇用し続けることが、生産性の向上や、働き方改革ワークライフバランスなどにつながるのか、私は甚だ疑問だ。

まり業務自動化、省力化を目的にするのは、それ自体破綻を招きやすいのだ。それで浮いた人的コストを、どのようにするか。適材適所で別の仕事をあてがえるのか、あるいは解雇して雇用コストを削減するのか。

どうあれ、簡単なことではない。配置転換教育コスト見積もるのは簡単ではないし、非正規からと大量に解雇すれば、それだけで負の風評が生まれたりもするのだから

人は、自分と異質な人に対して、理解が及ばないことがある。これ自体は仕方が無いことと言える。誰しもがわかり合う、なんてのは現実的ではないからこそ、フィクションで度々取り上げられる題材なのだ

しかしながら、業務自動化改善と捉え、自身単純作業を嫌う人の中には、少なから割合で、単純作業を延々と行い、その労働時間を以て成果となす考え方の人を、理解していない、あるいは想定していないケースが多い。

その不理解や想定不足は何を生むのか。自動化の導入失敗や、同僚からの強い反発だ。決してプラスの結果ではない。その現実から目を背けてはいけない。

からね。

自動化や省力化を謳う、製品コンサルの人が。

単純作業から人を解放したい」とか「空いた時間クリエイティブ仕事ができるようになる」なんて、手放しで言っていたら。

その人たちを、信じちゃあいけないよ。



蛇足

筆者は、別に、「単純作業淡々とやることで鬻ぎたい人」を肯定するつもりはない。

少なくともデスクワークパソコンでの仕事等であれば、そういった人は滅びるべくして滅びるだろうと考えている。

だが、彼らに引導を渡すのは、個人や、少人数程度による「カイゼン」的な何かではない。個人や少人数による「カイゼン」が引き起こすのは、せいぜいが内部分裂や、一部の人苦痛を与えるだけなのは、前述した通りで。

引導を渡す、という次元の話で言うと、おそらくは、そういった非効率的な人員を抱え込んだ組織崩壊企業で言えば倒産など)のような、圧倒的かつ、個人抗うことに意味がない流れになると考えている。

もちろんその場合、多くの社員が路頭に迷うだろう。クリエイティブ仕事がどうとか言っていられる状況ではなくなるのは明白だ。

そういう未来が見えているからこそ、ミクロ視点しかモノを見ずに、「自動化業務改善して~」「クリエイティブ仕事を~」というおためごかしを唱える人には、関わってはいけないと考えているのだ。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん