前置きしておくと、この文は後ろ暗い心持ちから生まれた文です。なので、読んでスッキリ、なんて読後感をお求めの方は別のページへと向かう方が良いでしょう。
この文の目的は、復讐…とまでは行かないけれど、私の知らないところでいいから、あの人に報いがあればいいな、という小さな期待。それと、結局、一体誰が正しかったのか?という答え合わせをしたいという願望です。
だから、もしお読み頂けるようでしたら、叱咤でもなんでもお言葉を頂けると幸いです。
まとめると、全てのタイミングが悪かった、という話です。
部署異動のタイミングで、家族の介護をせざるを得なくなり、やむなく退職を願ったが上司に引き止められ、一ヶ月後、無理がたたって自殺未遂をして辞めることになった、と。
私の昔の職場は、日本でも有名な観光地です。都心としては少し外れたところにあり、昔はそこまで発展はしていなかった場所のようです。ですが施設が出来てからは、大きく様変わりし多くの人で賑わうスポットになった…そんなとある観光施設です。今では交通の便も悪くありませんしね。
観光施設、というと明るく朗らかなイメージがあるかもしれません。実態は日本有数の観光地、という看板を背負えども、小さないざこざが絶えない職場でした。
それと、世の中どこもそうですがここも慢性的な人手不足。なので、応募があると即雇う。なので少し問題がある人でも雇うため、さらに人間関係がこじれるこじれる。
接客の案内部門にいた私は、前々職の経験を生かせるかも、と軽く話していた別部署に急に異動することになり、急遽販売部門に異動になったのです。
まあ、前職の経験もあるし、きっとやっていけるだろう。
そう思ってたんですが、ここで2つ問題がやってきました。
異動先があまりにもギスギスしていて、私はそこに溶け込めなかったんですね。
教わっていない事を聞くとなぜ知らないのか詰問されたり…なんというか、新人を受け入れるだけの余裕も無く仕事が忙しい、という部署でした。
それと私自身、ミスも何回かしたりして…本当に申し訳ない日々でした。ただ、そこから虚偽の失敗の報告を入れられたりするようになり、職場でどんどん孤立していきました。
噂では、職場の圧力が強くて退職していく人が多い、とは聞いていましたが、それを実感するとは、思ってもみませんでした。
そしてもう1つが、そう、介護です。
父方の祖父が急にボケ始め、体も衰え寝たきりに。共に住むのは叔母ですが、私も流石に手伝いに行かねばならなくなりました。
介護って聞くよりも本当に大変でした。
なので、ここでは詳しくは書きませんが、介護士というのは本当に慈悲深い方にしか出来ない仕事だと実感しました。
それと、父が祖父の姿を受け入れられなかったのか荒れるようになり。前から粗暴な人でしたが介護を強制するために暴力を振るうようになったのも困った点でした。
そんなわけで急に介護をせねばならなくなったのですが、仕事の都合があまりにも悪すぎる。
ざっくり早番と遅番の2パターンのシフトで出勤せねばならないのですが、
早番だと始発で家を出て、夕方に帰る。
遅番だと昼頃に家を出て、終電で帰る。
しかも契約社員だからバイトのように選択権がない。なので、どうしても休みたい日3日以外は選ぶ余地もなく、上司の采配次第、という状態でした。
もーこれはあかん、そもそも仕事だけでも体内時計狂いまくりなのにそこに介護なんて無理だ。こんな職場もう辞めたいし、もう無理。
そんなわけで上司に相談をしたところ、その上司の方からのお答えはこうでした。
私だって子育てして仕事して、二足の草鞋を履いてるの。他の人だってそう。でもみんな普通に生活してる。介護ぐらいのこと、どうしてできないの?このくらいのことを普通に出来ないの、本当に心配だよ?
それは心配の皮を被った、もっとおぞましい何かだと思いました。
私は普通に満たせていない。その言葉がどうしても怖くて、私は辞められませんでした。
心配なのは、私のことではなくて、人手不足な職場の方なんだろうな、とはわかっていても、普通に生活が出来ていない、という言葉がどうしても怖かったのです。
そういって退職は取り下げたものの、結局は、その一ヶ月後に退職をすることになります。
睡眠不足の朦朧とした頭で、祖父の崩れていく姿と、介護を強制するために受けた父の暴力と、職場の陰口の数々と、そして、普通に生活すらできないのだという烙印。
全部が入り混じれば、なんだか、簡単だったのです。
腕に、切れ込みをスルリと入れるくらいは。
あんなにまとまらなかった退職が、腕の傷一つでこんなにスルスルまとまるなんて。
ホッとする反面、ああ、これでついに私は普通の人間にはもうなれないんだ、という諦めがやってきました。
この職場で働くことを夢見てたのに。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
自殺未遂、だと人に知られると辛いよね?だから、あくまで君からの依願退職って体にしておいてあげるね。
その上司の優しさもなんだか申し訳なくて、何もかも裏切ってしまったようでいたたまれなくて。
そんな失意の中、私は前職を後にしました。
あんなに辛かった職場から離れ、今は穏やかな社員に囲まれた、緩やかな仕事で生計を立てています。
私がその後、父の暴力に耐えかねて、家を出たことで介護人員がいなくなり、仕方なく父も祖父を施設に入れることに了承。叔母の負担も減り、祖父もきちんとした処置を受けることができるようになり、丸く収まりました。
金銭負担がかかるため、父は私を探しているようですが、警察と役所に保護されているため、私の戸籍や住民票を、父は見れません。私は父からすればほぼ失踪したことになっているのです。
あんなに辛かった仕事とも、家族とも縁を切り、今、ようやく穏やかな生活を手にしました。
何も過不足ない日々。けど、ようやくそこへたどり着けたからこそ、今になって昔の日々への怒りや疑念が募ってしまって仕方がないのです。
どうして、私は職場であんなに冷遇されなくてはいけなかったんだろう。
どうして、普通ではないとまで言われなくてはいけなかったんだろう。
あの日々は、自分ばかりを責めてたけど今になって周りも十分におかしかったんじゃないかと思えてきて、腹立たしくて仕方がないんです。
冷静に考えると依願退職にされたのも私のためじゃなくて職場の問題だと思うし。
接客運営を業務委託されてる身だから、クライアントに自殺未遂した社員がいることを知られたくなかっただけじゃねーか、と今になって気づいてそれも腹立たしい。
何もかも捨てた私は、やっぱり、ダメなやつなんでしょうか。
それとも、周りもどこか、おかしかったんでしょうか。
私サイドの話しかしてないから、中立的に見ることは困難だとしても、何かしら他の人の話を聞いてみたいんです。
昔はずっと私が悪いんだと自分を責めていただけだったし、今になっておかしかったのでは?と疑念を持ったので、何が正しくて何がおかしいのか、自分でもわからないんです。
それに、今でも前の職場がやっぱり好きだったから、辞めざるを得ないほどに弱かった自分を今でも時々責めてしまうのが辛いんです。
もっと、日本有数の観光地という稀有な場所で経験を積みたかった。
そう思ってしまうのです。
毎年十数人ほどスタッフが心を病んで退職していく、とは聞いていたけどまさか自分がそれに当てはまるとは思ってもなかった。
時折、東京の街を歩いていると、前職の建物が目に入ることがあります。
その度に、期待を裏切ったこと、職場の悪意、介護への負担、自分への落胆、あの辛い日々の全てをないまぜにした得体の知れない感情が心の中に生まれるのももう嫌なんです。
私、どうやったら楽になれるんでしょう。
私、どうやったら元に、普通に戻れるんでしょう?
馬鹿野郎 穏やかな生活を手に入れた今が普通なんじゃねえかコノヤロウ 数年前の地獄みたいな価値基準ベースで物事考えるんじゃないよ あのときの感覚はもう二度と使わないもんだと...
>何もかも捨てた私は、やっぱり、ダメなやつなんでしょうか。 >それとも、周りもどこか、おかしかったんでしょうか。 何もかも悪い物を切り捨てたあなたが正しい。 悪意に満ちた...
えっとね、端的に言うとダメじゃない。 私も似たような境遇で退職したけど、今でも自分を肯定出来る場所を見つけられてないし、今でも人が怖い。 警察に保護されてるわけじゃない...