「キャメラ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: キャメラとは

2021-02-20

anond:20210217074938

別にそいつらは雰囲気だけ人間だとか死ぬ意識高い系とか、他人に正確に情報を伝えようとしない怠惰人間なのではなく

わざと曖昧言葉を使っている

ちゃん言葉定義して数値で比較して結果をだしてしまうと

「この銃(*)は一番いい銃だ。なぜならこの銃は俺が唯一もった銃(*)だからだ(YMMV)」をできなくなるし

後で死ぬ程後悔するから

  <h3>o- *</h3>

キャメラ、über rare、その他

2020-05-02

フィルムキャメラを熱く語る。

久々にフィルムカメラをやって色々フィルムを変えて遊んでみたけど「フィルムの違い」みたいな感覚はつかめねぇや。

2018-05-29

貧しい人の考える高級品はキャメラや車

その貧乏から見て金持ちの特徴はグルメ新幹線など残らないものに気軽に浪費すること

仕事で金が出るわけでもなくずっと計画していた旅行でもないのにまるでミネラルウォーターを買うかのように切符を買う

2018-02-04

anond:20180204100506

カメラキャメラって言ってる人って恥ずかしいなって思うけど。

2017-12-20

I feel Coke

"I feel Coke"は1987年から89年にかけて展開されたコカコーラ社のキャンペーンで、CMにはたくさんのバリエーションがある。映像YouTubeにまとめて上がっている。

これらの映像は大きく分けて2系統あったように見える。

1つ目は、松本孝美ケン・ブレニスらのモデルが出演する20代後半くらいの、都会の会社員の男女の生活を書いたもの

2つ目は、一般人が登場し、日本らしい日常生活風景を描いたもの

とくに1つ目の系統映像は、何度見ても目が離せない。これは日本舞台なのだろうかと、いぶかしく思ってしまうほど、垢ぬけている。

出演しているのが美男美女モデルだということもあるのだけれど、描かれている日本会社風景が、あまりにもパワフルで、アメリカンで、楽天的なのだ

から30年前、日本もっと経済的に自信にあふれていた時代につくられた映像であるいか東京にある日本会社はこのようにとにかくカッコいいものというイメージで徹底して作り込まれていることが、衝撃的ですらある。

こんなふうに楽天的青春謳歌できる時代に生まれたかった、と氷河期世代自分は思う。

I feel Cokeで検索してネットサーフィンしているうちに、このCMを作っていたらしい人のブログを見つけてしまった。

その人によれば、「このキャンペーンは、日本人普通暮らしの中に入り込んだコカコーラ世界を描こうという企画だった。だから、今までのような美しいモデルは使わず、できるだけ素人っぽい人をキャスティングした。全員素人だと緊張してしまうので、ところどころにモデルを配して撮影する。モデルの演技や笑顔に、いつのまにか素人の人たちも撮影雰囲気をつかんでいく。キャメラは、モデル撮影していると思わせて実際は素人の表情を狙うという作戦」だったそうだ。

函館で1か月間のロケが行われ、運動会のシーンは、実際に、このCM撮影のためだけに本物の運動会を開催したらしい。

このCM世界観普通にあったらしい時代と同じような日本を、自分は生きたいが、生きることができるのだろうかと思う。

訂正:88年→89年

2017-03-11

カメラキャメラ

昔、カメラキャメラと言って、それを何とか定着させようとしていた人がいたけど、結局根付かなかったな。やっぱりカメラの方がいいやすい。

2016-09-18

映画聲の形」"私(達)の時代の話をしているんだ"

2016年9月17日今日公開の映画聲の形」を観てきた。

写実的実存感に溢れる流麗な映像と共にかかるThe WHOのMy Generationに、山田尚子監督京都アニメーションの円熟と"私(達)の時代の話をしているんだ"という監督の高らかな宣言を感じた。

単行本7巻分の原作を2時間シェイプアップされた映像は、大胆な再構成説明要素の排除で進行される。

この映画は将也の物語だ。

原作で描かれた硝子の主観ほぼほぼ排除されている。硝子は聴覚障害があり、手話不明瞭な言葉しかコミュニケーションを取ることが出来ない。

それは劇中でもありのまま描かれ、我々健聴者は彼女が何を言っているのか正確に理解できない。

将也や、その他の登場人物の反応で保管できる部分はあるが、原作のように硝子の視点も用意されておらず、想像範疇を出ない。(なんとモノローグすらない)

まり観客は彼女同化することを構造上許されていないのだ。(これは字幕上映を観ることで考えが変わるかもしれない)

物言えぬ硝子を介して、将也はコミュニケーションを、人の間で生きていくことを学ぶ。

しか原作で大きく扱われていた周辺登場人物との関係欺瞞に満ちた映画作り〜かつて失くしたコミュニケーションの復活・その崩壊・硝子による再構築)も排除されている。

将也の成長物語のみに徹底的にフォーカスした結果、将也の成長を促す硝子を含むすべての周辺登場人物へのフォーカスを切り捨てたのだ。

それでは山田尚子監督及び京都アニメーションスタッフ陣はどのような物語演出方法を取ったのか?

それは徹底的なリアリズムと情感を託された映像密度と、そこにあるもの以外語らない、という選択だったのだと思う。

ノイジーでインダストリアル劇伴と静かに喋る将也と物言えぬ硝子。大きなカタルシスを用意するでもなく(物語上には存在するが、ここで挙げるのは演出上のカタルシス)、ただただ丁寧に心の機微は描く。

その役割言語化されたコミュニケーション大前提劇映画では異常なほど、人物(言語)ではなく映像に委ねられている。

象徴的に繰り返し映し出される様々な花のモチーフにも、それぞれ意味があり、雄弁に語る。しかしそこに言語はない。

とても静かな映画だった。

それは聴覚障害コミュニケーション少年の成長、という大きな主題映像化する上でベター選択だったし、原作モノを再解釈して色を付ける、しかあくま原作範疇から出ることはせず、映像化にあたっての最良の選択だった。

けいおん!」で見せた山田尚子監督バケモノ級の構成力がいままさに円熟しているのを感じずには居られなかった。

もちろんその演出選択できる体力としての京都アニメーションスタッフ技量があってのこの映画だったと思う。

響け!ユーフォニアム」で到達点を見せたと思われた、写実的被写体キャメラ存在を追求した京都アニメーションレイアウト撮影までの画作りの更なる進化があってこそ、将也の心情に寄り添った雄弁な映像は生まれたのだ。

先週観た「君の名は。」で新海誠が描いていた、印象だけで構成された陳腐空虚しかないセンスの欠片もない映像と退屈で死にそうなほど単純なボーイミーツガールポストエヴァ世代の終わりなき呪縛を今作は問題外と言わんばかりに完璧凌駕していた。比較対象雑魚すぎるきらいもあるが、あらゆる意味次元が違った。

新海誠代表されるセカイ系次世代として2000年代後半に登場した、近景に特化した所謂空気系旗手として君臨した「けいおん!」は物語歴史の中でノスタルジックかつアブストラクトエポック作品だったが、その監督である山田尚子京都アニメーションさらなる次世代を紡ぐ、体制側・システムとしての完成をみたのが今作だったと思う。

オルタナティブとしての物語自分ストーリーとして受け取る現世代のための物語装置を創りだすシステムとしての京都アニメーション

圧倒的なクオリティと確実なチョイスで、先陣を切りそれを体現していく山田尚子恐ろしいことに今回は萌え武器にもしていないのだ。

派手な爆発も、世界を救う大いなる力も、悩める個人と直結したセカイも、今作の持つ超弩級の冷静さの前では旧態依然とした使い古されたアイデアしか無かった。

それでも丁寧に丁寧に人の手で作られたアニメーションは、絵が動き、実写以上の実存感を持って我々の心に寄り添い訴えてくる。

時代に生きられることに感謝し、最大級の賛美を持って新時代の幕開けを向かい入れたいと思った。

必見。

2016-09-15

レディオヘッド」が「ラジオヘッド」だったら日本では売れなかった

趣味が「カメラ」って言うと「ふーん」ってなるけど

キャメラ」って言うと「キャー抱いて!」ってなるのに近い

2016-02-25

処女厨の高見

これから先 君が

動き回る非処女となって

ギクシャクと 夜を歩いたり

まるで クモのように

地面を這いずる姿を見るのは

まりに 忍びない

ごめんなさい! 許してください!

ごめんなさい! ごめんなさい!

ごめんなさい! ごめんなさい!

ごめんなさい! 許してください!

もし 願いが叶うならば

リテイク リテイク WOWWOW リテイク

WOWWOW リテイク リテイク リテイク

そうだ! 撮り直すんだ!

人生映画なんだ!

ボクは それを知っているじゃないか!

ロールは カラカラと回るんだ

スクリーンに 閉じ込め

永遠に 誰もが君の美しさ

可愛さを、哀しさを

ポップコーン片手に

見つめることが出来るには

シネ

スポンサーを騙せ!

デニーロを呼んで来い!

脚本は! 監督は俺だ!

タランティーノより 上手く撮る

君の人生を 撮り直すんだ!

今度は ハッピーエンド

ドンデン返しは スティングを越え

ニューシネマパラダイスより 涙を振り絞る

リテイク!

照明さん! 音声さん! 小道具さん!

助監督! エキストラ! そして、キャメラ

回して! 回して!

回してください!

本番行きます

よーい!

スタァーーーート!!!

2013-09-07

http://anond.hatelabo.jp/20130907192358

それ許す許さないが逆だろ。

スマホスマフォと言う奴をギリギリ許せるか許せないかの境目だって話だ。

カメラキャメラトマトトメイトー、ポテトポテイトーと言うくらい徹底してるならスマフォでもテレヴィでも言ってよろしい。

2012-10-26

ビックカメラにて

さきほど閉店間際のビックカメラにて、「♪ ビ~クッビクビクッ、ヨドバシキャメラ♪♪」と唄ったら棚の影から店員さんが出てきて無表情で迫ってきたのでそそくさと逃げた。外に出て振り返ったら店員さんが2人こちらをみていた。

2012-10-21

http://anond.hatelabo.jp/20121021131334

俺も同じ意見だが最初に広まったときがどうだったかによると思う。

さらキャメラとかトメイトーとかポテイトーとか言えないけど、最初に紹介されて広まったときに「キャメラ」であったなら「キャメラ」と言うべきだ。現実には「カメラ」として広まったからそれを言うのが正しいと思うけど。

ただコミュニケーション最初からコミュニケーションとして広まったような気がするんだよな。

それより明らかなスパゲッティをわざわざパスタと言い換えてる方がどうかしてると思っている。

2008-04-27

キャメラは見た!

ヘビが草むらににょろにょろと這って行くのを見た。

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん