俺は女性恐怖症なんだと思う。
女性恐怖症というものの定義については何も知らないし、そもそもちゃんと定義されているものなのかすら知らないけど、女性が怖い。
小学生の頃は男、女問わず友達がいっぱいいて、それこそ言い方は悪いが、クラス内カーストの高い男女グループにも所属していた。
たかが小学生の頃、と吐き捨てられるかもしれないが、俺の人生の中では輝いていた時代だった。
そのグループで休み時間も、放課後も、休日も、いっつも一緒に遊んで、ときには地元の遊園地とか、ディズニーとか行ったりした。
彼らの大半は、というか、俺以外、みんな中学受験をした。
俺の小学校はある程度治安が良くて、それは理想的だった。頭の悪いやつが頭の良いやつを尊敬し、頭の良いやつが頭の悪いやつに勉強を教えるような。
その環境にいて、俺は勉強ができた。つまりは、尊敬される立場だった。真面目に勉強していたし、褒められることは嬉しかった。
俺の進学した公立の中学校は、複数の小学校から生徒が集まっていた。
この場合の公立の中学校ってのは、中学受験しない、いわゆる「そこまで勉強できない」生徒たちの割合が多くなってしまう。
「勉強できない」と「素行が悪い」では必ずしも同じではない。これははっきり言える。
ただ、俺の進学した中学校は「勉強ができなく」て「素行が悪い」生徒の温床であった。
2つの小学校から進学してきた生徒のおよそ半分ぐらいが、不良だった。半分以上かもしれない。
壁に穴をあけたり、トイレを壊したり、窓からものを投げたりするような連中だった。
女子は、器物破損は流石にないが、口での嫌がらせや陰口、陰湿ないじめだった。
入学当初はみんなで和気あいあいおとなしく相手の動向をうかがったりしていたが、そのうちに本性を見せた。
俺と同じ出身の生徒たちは、みんな最初は怖がっていた。俺も怖かった。
こいつらと同じ環境で3年間過ごさねばならないのだ。今までの平穏な暮らしじゃ、到底ない。
だが、人間は慣れる生き物だ。
しばらくして、俺と同じ出身の生徒が、次々に問題を起こし始めた。
いずれにしても、いい影響ではなかった。
俺と同じ出身で、腐らずに真面目に学校生活を送っている生徒もちゃんといた。
俺は彼らと一緒に行動した。なにより小学校が同じで、もともと友達だった。気兼ねなく話せた。
小学校のころいつも一緒にいたグループの彼らとは、休日、会えるときは会って遊んでいた。しかし、今の生活に精一杯で、各々、徐々に会わなくなってしまった。
真面目を貫く生徒と、腐る生徒、完全にそれらが分断されるまで、1年ぐらい時間がかかった。
中学という、クラス単位で密閉されてる空間であれば、なおさらである。
中学1年の成績は、かなり良かった。
俺は喜んだ。この環境でも1年間やったぞと。
学年から、クラスに、クラスからは、班というものにわけられる。これは小学校の頃から同じだ。
中間試験か何かの答案返却があった。
かなりテンションが上がっていて、友達と答え合わせをしながら騒いでしまっていた。
その様子は、クラス全体が見ていたと思う。
と言われた。
すると、
「言われてやんの。うざいんだよお前」
と、同じ班の男子に言われた。
ここで、全て崩壊した。
俺は何も言い返せず、悔しくて、怖くて、うつむいて飯も食わずにその場をやり過ごした。
今までは、不良相手ではあるが、それなりのコミュニケーションを取って、空気を壊さないように、深く関係を持たずに、壁を何重にも張って、テリトリーを守って接していたのに。
1年はこれでやり過ごせた。あと2年間、無理だった。
泣きそうになった。鼻水が垂れてきた。
多分、この女子は自分が勉強できない腹いせにこういうことを言ったんだろう。
確か、記憶が定かじゃないが、彼女は偏差値30の高校に進学していたと思う。
話はすぐに広まった。
男子は、今までの関係もあるから、いじられることが増えたくらいで、敵視されるようなことはそんなに多くなかった。
次第に無視されることも多くなり、俺は病んだ。
あれだけ頑張って勉強して、その対価に、テストの点数で喜んだだけなのに、それを僻まれて、馬鹿にされて。
同じ出身の女子からも距離を置かれるようになり、さらにつらくなった。
俺はプライドが高く、それ故にこれまで頑張ってこれた。
このプライドをこの一瞬でずたずたにされて、しかもそれに対して何も言い返せなかった自分に腹が立った。
これまで興味のなかったアニメやゲームに没頭し(今ではこれが必ずしも悪かったとは言えないが)、放課後、休日はパソコンに張り付いた。
授業の知識は何も入ってこなかった。
先生からは怒られることが多くなり、それまでやっていた部活も途中で何かと理由をつけてやめた。
高校受験は、入学当初考えていたより、かなりひどい結果に終わった。
何も期待せずに相手と接し、全て平穏無事でことを済ませられるような対処をした。これを3年間続けた。
中学に、あのグループと一緒に進めていたら、なんてことを考えてしまう。
もしくは、俺も中学受験して、環境の良いところに身を置けばよかった。
少なくとも、"幸せな状況がいつまでも続く"という幻想を抱いていた俺が馬鹿だったと思う。
中学のあの頃、死にたいと思ったことが何度もあった。それでも耐えた。勉強にも身が入らなくなって、別の方向に腐った日々だったけど、必死に毎日を行き続けて良かったと思う。
卒業式、真っ先に一人で家に帰る、あのときの俺の気持ちが想像できるか?
これ以上、あの校舎に足を踏み入れなくていいんだと思った、あの気持ち。
あれから、変わったやつもいた。
変わらずに、いつまでもああいう人生を続けていくんだなと思うやつもいた。
もう一生会うことがないだろう、さようなら。と。
女性が怖い。
いつ、ふとした行動でどん底に落とされるか。
考えただけで、いやになる。