はてなキーワード: あたし彼女とは
当時、クラスメートが書いてたのを思い出す。
俺はというと内心“そういうカルチャー”を下に見ているような、文化人を気取る典型的イタい若造だった。
そんな陰キャと、そのクラスメートは仲が良くも悪くもなかった。
だが、クラスメートだから教室内にいれば姦しい会話は嫌でも耳に入ってくる。
耳にこびりついてしまったので、気になってその小説に目を通したこともあった。
結局、面白かったんだが、面白くなかったんだが、今ではタイトルすら思い出せない。
俺がケータイ小説の潮流を特に感じたのは、確か『あたし彼女』っていう作品が何らかの賞をとったというニュースだったか。
ケータイでメールやブログを書くような文体で書かれた本作は、ある意味で「ケータイ小説」というジャンルを象徴していたように思う。
それは、このジャンルに今まで触れてこなかった人間も巻き込み、賛否両論の渦を起こした。
そして“賛否両論”なんて表現をするときは、えてして“否”が多いものだ。
かくいう俺も“そのクチ”だった。
小馬鹿にする意図で『あたし彼女』の文体を真似てSNSに書き込んだりした。
「完全に駄作だし、こんなのに賞をやる奴らも阿呆」といった具合の振る舞いである。
今でも本作を面白いとは思っていないが、あれにも評価すべき点があったのは確か。
あげつらうこと自体が目的になっていたのは文化人として3流だったな、と我ながら思う。
そんな潮流のケータイ小説にも「定番の材料」といえるものがあった。
今でいうなら“なろう系”の「異世界」だとか、「転生・転移」だとか、「RPG要素」だとかだが。
ケータイ小説でいうと、それは「セックス」だとか「不倫」だとか、「妊娠・中絶・流産」といったものだった。
なぜそういった材料が定番化したのかを分析できるほど俺は有識者ではない。
それでも考察するならば、「自分にも関係なくはないけど、非日常感のあるシリアスな材料」がそれらだったんじゃないかと。
あれらの書き手や読み手には学生が多いと思うし、学生は保健体育で性知識を学んだばかりだから創作で使いやすかったんじゃなかろうか。
はてさて、なんでこんな話を、今さら。
はてブでもホッテントリになったようなので、既に読んだ人も多いだろうか。
作家は普段「りぼん」で描いているらしく、なるほど絵柄もそうだが表現や演出、コマ割なども実に少女漫画って感じだ。
漫画なら何でも読んでた頃は家族が買ってきたマーガレットも貪っていたが、概ね製法は変わってないんだなっていう安心感を覚えた。
そんな製法で作られた本作は、扱われる題材がケータイ小説みたいで不思議と新鮮。
皆にはどう映ったのだろうとブコメを眺めてみると、“リアリティ”があるだのないだの語る様子が目に留まった。
そういえば『あたし彼女』の選者にも、あれ(あたし彼女)を“リアル”だと評価している人がいたのを思い出す。
その妥当性はともかく、その時に俺はケータイ小説の潮流を、ふと感じたのだった。
潮の満ち引きは海が枯れない限り続くのかもなあ、みたいな?
いや、長すぎて読むのくたびれるって。
かと思えば「あたし彼女」みたいな改行。
全部は読んでないけど、「嫌いじゃない」っていう程度の好きでも映画にはいくってことでいいかな
映画によっては一人で行きづらいとかあるだろう。
まあ、要するにあまり思い悩みなさんな。
なるほど。数日の議論を読んでみて、水村本の目次を確認してみると、否定派および肯定派がそれぞれの立場に別れた理由が少しわかっってきた。
目次・水村美苗『日本語が亡びるとき』http://books.yahoo.co.jp/book_detail/32157995/
2章 パリでの話
なるほど。本で第4章以降を読んだ人からは、もう知ってるよという反応や具体的提案についての否定的コメントが出てくるのも頷ける。日本語とか英語とかあるいは語学教育とかについて何か語りたくなる人も現れるだろうし、反対に、多文化主義的な観点からのコメントも出てくるだろう。
わたしなどは、8月に読んだからでもあるが、むしろ第1章がとてもおもしく感じられた(そりゃあだって、理論的な解決がこの本にあると思って読む人なんているだろうか。水村さん作品に親しんでいる人はもちろんそんなこと思わないだろうし、煽った人たちの力点もそこにないだろう)。
おそらく、
柄谷周辺の論者の問題意識に沿って書いた議論の向かう先・解決策を期待してこの本を手に取るか、あるいは、「アイオワの青い空の下で「自分たちの言葉」で書く人々」と交流しながら問題の所在を発見するというその出発点に着目するか、これにより、この本の評価はかなり分かれるのではないか。
多分、梅田さんがこの本について語りたくなったのも、水村さんがアイオワで様々な国からやってきた文学者と触れあう内に、日本や日本語についての問題に近づいていったというプロセスを、梅田さんの場合であればシリコンバレーでの経験になるかと思うが、この本を読みながら追体験し共感したからのではないか、とわたしは思った。
第1章のところだが、アイオワに各国の作家とともに招かれて出会った内の一人が、若いころロシア娘と恋に落ちたりもしたことがありその頃学んだロシア語を用いて盆栽に詳しいリトアニアの青年と会話のできるモンゴルの老詩人で、何かの時に水村が老詩人に向かって“You are an important person”といったときに、英語が苦手なのでたどたどしいながらもゆっくりと静かに“Everbody is important”と答える場面やそのほかの場面は、外のものに触れることでいくつかのばらばらの点が繋がり問題が自分のものとして感じられるプロセスとして見ることができ、さすがにマドル・スルーというようなものではないが、問題を自分のものとして受け止める過程はそれなりに緊張し疲れるのだが充実した読書だった。
そういうことが問題となってるのはずっと昔から知っているよ、何この話、古くさい、というのは十分あり得る反応だろう。ただ、問題の所在を個々人がそれぞれ理解するというのはそれとは独立に重要なことだろう。もちろん、この本とは別の入り口でも全然かまわないのだが。
そういう意味では、今回の騒ぎをきっかけに、こういう問題があるんだあ、と思った人にとっては水村さんの本は一つの入り口として悪いものではないと思う。
別の話。
http://d.hatena.ne.jp/Thsc/20081109/p2
話は少しそれるが、これを読んで、まず、「あたし彼女」読もうと思った。
もうひとつ思ったのは、
『新潮』9月号に載った前半部読んだ感想としちゃ、読めたもんじゃないよ。
何の説明もなく日本の文学は一人で幼稚なものになっていっていたと断じている作家が、この『ひとり』をひらがなに開く言語センスすら持ち合わせない作家が、<叡智を求める人>は今の日本文学など読まないなどとぬかしているのだよ。
という記述について。この方の水村本の理解からはそのように読めるし、きっと正しいだろうと思う。
ただ、もうひとつの可能性もあるのではないかとわたしは考えた。(いま新潮および本が手元にないので原文を確認することができない。「一人で」あるいは「ひとりで」が本のどのような箇所でどれくらい用いられれているか確認しないままではあるが、Thscさんの指摘にインスピレーションを受けてわたしの理解を書いてみることにする。)
Thscさんの主張はおそらくこうだろう。
という文の「一人で」は、「おのずから(自ずから)」あるいは「ひとりで勝手に」というニュアンスで用いられていると理解できる。そうであれば、「ひとりで」とひらがなで表記するべきであろう、と。
しかし、もしかすると別の考え方もあるのではないか。
「一人で」と漢字で表記するという点に固有の意味を見ようとするならば、日本語が「ひとりで勝手に」幼稚なものとなっていった、という理解とは別の理解でこの文を読まなければならない。その理解とはこうだ。
水村の議論全体をふまえると、水村は「言語というものは孤立すると衰退する」と考えているのではないだろうか。言語は「一人」になると衰退する。
このようなニュアンスを込めて、ひらがなにせず、あえて漢字を用いて「一人で」と表記したと考えることはできないだろうか。ここではそのような理解の可能性を指摘してみよう(もちろんこれはまだ単なる思いつきの段階であり、実際には、本文で語が使用されている箇所を逐一チェックしていく必要がある)。
ただし、このように考えたとしても、それならば違った書き方をするはずだ、等の疑問は当然に出てくるだろうし、結局のところは、Thscさんの理解が穏当なところだろうとわたしも思う。
別の可能性を指摘しただけでは水村さんが確信犯で「一人で」を用いたことの立証にはならないし、ひらがなか漢字かの選択だけでこのような微細な部分をオミットするのは文章家として正しい態度ではないのだから、いずれにせよ批判されても仕方のないところだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20081004090242
元増田です。
お姉さんの家に行って来た。
2DKのマンションに住んでいて、シンプルながらもおしゃれな部屋、
絵が飾ってあったり、トイレもお風呂もきれいで、家中いい匂いだった。
メニューは、ロールキャベツ、お姉さん特製ジェノベーゼソースのスパゲッティ、かぼちゃのスープ、ワインが用意してあった。
どれも美味しくて、あっという間に全部平らげた。
お姉さんは嬉しそうに、手作りの巨峰のムースをデザートに出してくれた。
食後、ワインを飲みながらお互いの事についていろいろ語った。
話している間に、あっという間に0時を過ぎた。
2人ともほろ酔いになって来た頃、お姉さんは俺の隣に座ってきて、
俺の肩に頭をくっつけてきた。
長い長い、キスをした。
そのままベッドに倒れ込み、すぐにSEXをせず、ゆっくりお互いを愛撫し合った。
恥ずかしそうに体をくねらせながらも、お姉さんは濡れ濡れだった。
もちろん俺も(ry。
たまに我慢できなくなったのか大きな喘ぎ声を上げていた。
すぐにイキそうになったけど我慢して、お姉さんが照れながらも気持ち良さそうにしている顔を見ていた。
AV何て目じゃねー興奮度。
思い出すだけで起って来る。
ここで改めて、先日の俺の疑問を考え直してみた。
1)お姉さんは誰かの愛人で、愛人とは別に彼氏が欲しかっただけ
ーーー愛人ではなさそうだ。
2)ただ単に遊ばれてるだけ
ーーーただ単に遊ぶ相手にあそこまでもてなしをするだろうか。
ーーーそれはまだ分からない。
ーーーこれもまだ分からないが、今の所そういう印象は受けてない。
5)本当に俺の事が好き
ーーーで、あって欲しい。
6)自分より若い男とSEXしたかっただけ
ーーー「したかっただけ」ではないと思うけど、SEXは好きだと思う。
ーーー腹の肉を笑いながら何度か掴まれた。
ーーー辛い過去はあった用だが、トラウマになってる感じではなかった。
心の奥に何があるかは分からないけどな。
9)あの人は魔女だ
ーーーある意味そうかもしれない。
10)何かの勧誘のため
ーーー部屋の中、風呂、冷蔵庫の中に怪しいものは無かったので、勧誘ではなさそうだ。
現時点で俺がこの中で回答を選ぶのであれば、5)を挙げる。
自信過剰になってる訳じゃない。
まだ不安もあるし、俺でいいのか?という疑問も残っている。
寝る前に、お姉さんと俺はこれからの事について話し合った。
もう少し広い部屋を2人で借りようと。
頑張った所で振られてもいい。
俺みたいなブサメンメタボな俺とお姉さんは、ビジュアル的に不釣り合いなのは確かだ。
だけど、俺は頑張ろうと思った。
彼女の為に、俺の為に。
この先何が起こるか何て分からないけど、俺は今彼女と過ごせる時間を大切にしたい。
会えない日も、彼女と会える日を思えば頑張って過ごせる。
俺の彼女なんだ。
あたし彼女。現代語訳を読みました。
すごいですね。
私あんな人生じゃなくてよかった。と心底思いました。
不器用と言うよりも、救いようもなく馬鹿な男達に、おもちゃにされて。心も身体も傷ついて。
一生、叶わぬ相手に嫉妬し続ける道を選んで。
ほしいものひとつ自力で買えなくて、そのために男の顔色伺う生活。結果が2度の堕胎に1度の流産。絶対イヤだな。
不幸・・・とも違うかな。自業自得・・・なのかな。
でもやっぱり不幸だと思う。
どんな馬鹿でも堕胎はイヤでしょう。それなりに傷つくことでしょう。後悔だってするんでしょう。
かわいそうすぎて目のやり場に困りました。
で。この人、彼のことを「初めて好きになった」、と思い込んでる。
でもそれきっと好きじゃない。ただのコダワリ。
惑わされたのが初めてでくやしかっただけ。
死んだ恋人と言う絶対に叶わないライバルの存在が、許せなかっただけ。
だから私のもとにひざまづかせたい。ただそれだけ。
いずれにしろ、初めて真面目に付き合った人と結婚するのはリスキーだと思う。
なにかにつけて「これしかない」「こういうものだ」と思ってしまいますからね。
耐え切れなくなるまで自分を誤魔化して、破綻する。
死んだ恋人の影に悩まされて※、子供ができでもできなくても後悔して。
そしてまた面倒見てくれる男をさがすでしょ。
で、新しい彼氏とは社会福祉を断たれない為に入籍はしないで税金食いつぶして給食費も払わずに、さ。
そんなひといっぱいいるけどさ。
※なにせ親も相手も死んだ恋人のこと平気で彼女に言っちゃうような無神経ファミリーなんだからね。
どこからどう読んでも救いがなくて、びっくりしました。
最近、巷で噂の『 第3回日本ケータイ小説大賞:あたし彼女 』を読んでみた。
ケータイ小説といってもパソコンでも読むことは可能。(しかし絵文字は表示できない)
数ページ読み進めた所で思った。
本文を読む→次ページに進む→本文を読む→次ページに進む
これが結構なストレスになる。
1ページが短いので数秒で読み終わる。その度に改ページするのがめんどくさい。
とりあえず、50ページまで一気に取得する系。みたいな。
<html><body> <?php //表示するページ数を指定 for($i=300;$i<360;$i++){ $url = "http://nkst.jp/vote2/novel.php?auther=20080001&page=".$i; $con = @file_get_contents($url); //本文以外を削除する $con = eregi_replace("<a.href.*","",$con); eregi("<hr.*",$con,$array); $str = $str.$array[0]; } //表示 print $str; ?> </body></html>
でも実はPHPってあんまり触らないんだよね。
だからもっとうまいやり方があるんだろーなぁ。
補足大歓迎です。
みたいな。
■俺が『あたし彼女』を読み切れない理由
Webブラウザで見たときのインタフェースが絶望的に悪いから。
あれはspaceでスクロールしてalt+shift+3で次ページに飛んでという操作をやるもので、
だいたい1ページあたり3秒くらいで読み進めるもんだろう?
(IEだとalt+shift+3→Enterのコンボ操作になるが大して変わらん)
ケータイでもページスクロールキーと#キーで1ページ5秒もかからずに読んでいける。
読むのを含めて2??5秒で済むので5秒無駄になることなんてない。
インタフェースが悪いとか言う前に理解してないんじゃないかと。