この金額なら命がけでやります、でも命が惜しいのでお金積まれてもやりませんって、もう何言ってるかわかんないじゃん
提示しても結局やれないんなら、悪態付かず折り合いが付きませんでしたで良いでしょ
やらないのは自分の意志ではなく、自治体のせいだっていってる態度が嫌なんよ
それに負担額の概算出してから、現実的に出来る案に落とし込むことをしていかないと何も始まらないでしょ
そこで生態系に詳しい人が大学の先生に聞くのは何も間違っちゃいない
数減らしたくな言ってる人が良いるなら、その人に負担させればいいでしょ
自分は自分から怒ることはほとんどない。良い意味で他人に期待していないから。
嫁が掃除してなくても料理作ってなくても昼まで寝てても何も思わないしじゃあ代わりに掃除するかと思うだけだし適当に何か買ってくるかと思うだけ。
なので、逆に嫁がなんでそんなに怒るかもわからない。
ゴミ収集の日を逃してしまったり洗濯物取り込み忘れてしまったりでブチギレられるけど、それだけでそんな怒るのかって感じ。
怒る理由もわからないのですぐに謝ることもできない。それくらい怒ることじゃないだろうと思うから。
むしろ事あるごとにブチギレかますそっちの方がなにか障害だろとは思うものの、嫁いわく怒りの感情がわかないことが障害らしい。
だから、彼女がいれば幸せになれるとかいう考えは根本的に間違ってるんだよ
まず弱者であることをどうにかしないといけないのに、彼女を作ることしか考えないからうまくいかず、挙句に女性嫌悪拗らせて酷い腐臭を放つネット上のゴミに成り果てるんだ
考慮はしなくていい
結果としてメンヘラだった時にメンヘラにまで分け隔てなく親切を施そうとした自分はなんといういい男であろうかと自賛すべき
キモ男に足りないのはそこ
関心領域(The zone of interest)というのは、ナチス統治下のアウシュビッツ収容所の周り40kmを指していた言葉だそうだ。
その言葉とは裏腹に、収容所の長として働くナチス高官とその家族の暮らしが、いかにアウシュビッツの出来事に無関心だったかということが描かれているよ。
無関心というよりは、虐殺がスムーズに日常に溶け込み過ぎている様子の不気味さというべきかもね。
妻は収容されたユダヤ人の衣服が届けられると、家族や使用人にそれを分配したり、プールのある庭のお手入れに夢中だったり、子どもたちはおそらく川に流されたユダヤ人の遺灰から拾った歯を眺め比べていたり、父親は熱心にユダヤ人を焼却する最新型焼却炉の計画を進めたりするよ。
それらが日常系とも言える淡々としたスピード感で描かれていくよ。
一見、大きな犬が尻尾を振りながら家中を遊び回る平和な光景に、壁の向こうの収容所での悲鳴や怒号が紛れ込んだり、美しい調度品とシンプルな家具が美しい家の窓からは、焼却炉の煙が常に見えていたりするんだ。
彼らはナチスの仕事を熱心にこなし、支援する模範的国民であり、その中でも成功した上流の暮らしをしているけど、それが未来にどんな意味を持っているか、まったく想像しないんだね。
ここまでソースなし