そこにはテレビで見たことがある、かっこいいヘルメットが置いてあった。
私は思わず手にとって、そのキラキラした装飾の細部や目元を隠す黒いツヤツヤのゴーグルに見惚れた。
子供向けの、戦隊ヒーローなりきりヘルメット。今思い出してもなんの特撮ヒーローだったかはわからない。
それでも当時、遊びに行った名前も思い出せない男の子の家で見つけたそのヘルメットに、私は一目惚れしていた。
それを被ってみようとした時、冷水のような声をかけられた。
それから、二度と触らせてはもらえなかった。
当時テレビにかじりついて見ていたレッツアンドゴーというアニメに出てくるミニ四駆は、どれも魅力的でかっこよかったのだ。
頼み込んで買ってもらった一台のミニ四駆。
完成させて眺めているだけでは飽き足らず、私は母と買い物に行くたび、ミニ四駆の別売りパーツをせがんだ。
改造すればどんどん速くなる。アニメの作中で出てきたモーターは絶対に欲しがったし、コーナーを曲がるために必要なベアリングも買ってもらったし、ダウンフォースを発生させるためのパーツも揃えた。
私には年の離れた兄と姉がおり、末っ子として多分かなり甘やかされて育ってきた。
なにか欲しい物があれば、買い物に行くたび必ず一つは高価でなければ買ってもらえた。
他より少し高いウルトラダッシュモーターは特によく憶えている。手に入れた嬉しさでずっと手の中で眺め回していた。
他とは明らかに雰囲気の異なる、速さを強調するUltradashという金色の印字に心躍った。
そうやってコツコツ集めたパーツや工具はお菓子の空き箱に収まらなくて、これもアニメで見たようなミニ四駆用のかっこいいレーサーズボックスをねだって、買ってもらった。多分、クリスマスか誕生日のときだ。
ミニ四駆をパーツや工具とともに持ち運べるアイテムを手に入れてしまったのだ。
アニメでは少年たちがみずからチューンした自慢のミニ四駆を複雑かつ巨大なコースで走らせている。
アニメほどではないにしろ、現実でも地方大会や某テレビチャンピオンなんかで何レーンもある長いコースが用意され、それらで競い合うことができる。
大会では独特な格好をしたタミヤのお兄さんが実況でレースを盛り上げてくれる。
とても、かっこいい。
家で、レーサーズボックスを開けて、ミニ四駆のモーターを交換したり、専用の充電池を充電したり、ボディに穴を開けて軽量化に勤しんだりしていた。
ミニ四駆の大会で、紹介している映像や写真を見て、私は気づいた。女の子がいなかった。
でも、小規模な大会だとしても数十人は集まるあの場所で、女の子がミニ四駆を手にレースを楽しんでいる姿を、私は見つけられなかった。
いつだか、父が「女の子が(そんなもの振り回して)恥ずかしいでしょ」と刀のおもちゃで遊ぶ私に苦言を呈した。
今思えば、狭い家の中で棒状のものを振り回すな、危ないという意図で注意していたのだとわかる。
実際、家の中で暴れまわってガラスの戸棚を割ったりしたことがあった。私はそこそこ家庭内ゴリラだった。
周りは男の子しかいないのに、ミニ四駆を持って出かけていくのが。
なんで女の子がミニ四駆で遊んでるの?と言われるのが、想像するだけで実際にそう言われたわけでもないのに、怖かった。
それでもミニ四駆を走らせたい願望が高じて、ダンボール紙で部屋の中にミニ四駆のコースを手作りした。
複雑なものが作れないから、ただのO字コースなのに最初のカーブを曲がれる確率が四分の一くらいだった。
激しく宙を舞うミニ四駆。
私はアニメの必殺技と重ねて「マグナムトルネード!」と家の中で叫んだ。コースに復帰したことは一度もない。
母は男の子っぽいおもちゃを欲しがることに、特に反対しなかった。
いつも男の子っぽい趣味のものを売り場から持ってくる私に「これがいいの?」と不思議そうな様子で、それでも嫌な顔せず買ってくれた。
多分、年の離れた末っ子だからワガママもよく聞いてもらえたんだと思う。
年の離れた兄の部屋は私にとって魅力的なもので溢れていた。
少年漫画から青年向け漫画、パソコン、ゲーム機、かっこいいロボットのポスター。
私は嫌がられながらも入り浸ることが多く、自然と『男の子っぽい』ものに傾倒していたんだと思う。
兄の部屋にはメガドライブがあったから、私は今でもどちらかと言うとソニー派よりセガ派だ。
同じく年の離れた姉の趣味にはあまり興味がわかなかった。自分の中でワクワクする要素が薄かったのだ。
父はたまに冗談交じりで「まーた男の子みたいなおもちゃ買ってもらって」と言った。
現夫と付き合っていた頃に、彼の方が仮面ライダーにそこそこ詳しく、新しく始まるライダー見てみよっか、と軽いノリで一緒に観始めたのがきっかけだ。
逆に言えば、そのきっかけがなければずっと敬遠していたかもしれない。私の中で特撮モノはなんとなく遠ざける傾向にあった。
そして観始めた。
もう、ドはまり。
やっぱり変身して戦うヒーローはかっこいいな!!!という思いを強く、強くした。
大人の鑑賞にも耐えるビターな展開が多めだった仮面ライダーは自分の趣味とも合ったので、それからは毎年観られる限りは続けて視聴している。
放送当時はなかなか手に入らなかったメダルも一式揃って同時発売の専用ホルダーに大事にしまっている。
我が家にいる0歳児のイタズラする手の届かないところへ。
彼女がもう少し大きくなったら一緒に番組を観て、もし気に入ったのならベルトで一緒に遊ぼうと思っている。
プリキュアのほうが好きだと言うなら一緒に見るし、戦隊シリーズのほうが好みなら合体ロボット全部そろえて買ってくる。
どれにも興味がないならそれでもいい。
今思えば、あのヘルメットは男の子にとって大事なおもちゃだったんだろう。
自分の大事なものを勝手にいじくりまわされたら、それは怒る。私だって怒る。
当時の私はそんな配慮も知らない未就学児だった。それでも、その男の子の態度が今でも思い出せるくらい強烈な記憶として残った。
ヘルメットを取り上げられたことより、『男の子が遊ぶものだから触っちゃいけなかった』ということに大いなる衝撃を受けたのだ。
度々、周りの人から口にされた言葉を鵜呑みにしていた過去の自分。
当時の『男の子っぽい』ものが好きで手に入れられなかった子どもたちと比べれば、私は恵まれていたんだろう。
それでも『男の子っぽい』おもちゃで遊ぶのは家の中だけ。男の子たちが楽しそうに遊んでいる『男の子っぽい』遊びには参加しない。
逆の場合もしかりで、私は『女の子っぽい』遊びをする男の子をバカにして、囃し立てたことがある。
自分と同じように傷ついてきた子に対して、同じ言葉で傷つける。なんて不毛で、馬鹿げたことだったんだろうか。
恥ずかしい?
なんで、恥ずかしいの?
私たちは、恥ずかしいことをしているの?
そういう言い方じゃなかったことに、私は当時から続く男の子向け、女の子向けおもちゃの呪いのようなものを感じていた。
もしかしたら親から言い聞かせられていたのかもしれない。おもちゃ屋で当然のように分けられる○○向け、の雰囲気でそう感じたのかもしれない。空気感、暗黙の了解。普通は。だって。
そんな悪意のない制限を物心つく前から課している世の中が窮屈だなと思っていたところに、バンダイのクリスマスカタログについての記事を見た。
ライダー好きの女の子、プリキュア好きの男の子にも。2020バンダイクリスマスカタログが変わった件 - プリキュアの数字ブログ
2020年にして、ようやく、あのよくわからない呪いが解かれ始めている。
私は少し泣いてしまった。