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はてなキーワード: 蹴上とは

2019-05-07

鴻上尚史は間違っている

66歳男性風呂場で涙… 友人もいない老後を憂う相談者に鴻上尚史が指摘した、人間関係絶対言ってはいけない言葉

https://dot.asahi.com/dot/2019042600016.html

この記事最初はいい話だと思った。でも「対等な人間関係を学んでみませんか?」もひとつ押し付けのような気がしている。

文中、蹴上がりを例に人間には向き不向きがあると鴻上は語っている。

「体育の先生は「努力が足らない」と怒りましたが、僕は毎日、1時間鉄棒にしがみついていました。」

鴻上の語りはこの体育教師と被ってしまうのだ。相談者はたしかに器用なタイプではない。うまく冗談もいえないし、誰かが不甲斐ないと感じたら、それが出てしまう。だからといって、興味もなかったサークルボランティア自分を押し殺して笑顔を振りまくことを「学習」というのは地獄じゃないか?できるまで努力しろというのか?

個人的には、相談者は働いた方がいいと思う。興味もない本の読書感想に付き合うより、少しでも自分経験を活かしす方が世間と噛み合う気がする。相談者は元々が努力家だから。月々少しの稼ぎでも、コツコツ貯めればいい。この世の中だ。家族兄弟、親戚に何かがあったとき(それは必ずある)、黙って金を差し出したら見直しだってもらえるだろう。それをモチベーションにすれば、今抱えている孤独は少し紛れるかもしれない。

鴻上が本来いうべき言葉ひとつしかなかったはずだ。「あなたも間違ってはいない」。少し噛み合わせが悪かっただけなのだ

2018-05-18

anond:20180518150906

おめーが嘘ついてんじゃねーか。

調べたら段数の制限じゃなく蹴上げの高さが制限されてて

階高さ(1階から2階までの高さ)が高い駅とかだったら13段以上も出来るじゃねーか。

へー。そんなんあるんだと一瞬感心しちゃったわ。嘘つきチンカス野郎

2012-06-13

http://anond.hatelabo.jp/20120613140303

エスカレーターの種類にもよるが通常は以下の法律。 と 法律の組み合わせ。

建築基準法施行

昭和二十五年十一月十六日政令第三百三十八号)

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25SE338.html

二十三条の(3)

直上階の居室の床面積の合計が二百平方メートルをこえる地上階又は居室の床面積の合計が百平方メートルをこえる地階若しくは地下工作物内におけるもの

蹴上ほか、昇降用の階段設備には、法律があり、エスカレーターステップの高さは40cmぐらい。法律で許される階段の高さは20cmぐらい。

まり建築法を満たさないので 

業者はエスカレータ階段として顧客に使わせることは出来ない。

 

また、業者はその敷地内において、妥当であれば、顧客に行動の制限をかさせることができる。(立入禁止など)

 

よって、この組み合わせにより、暗黙、アナウンスを流すは別として、エスカレーターの設置業者は顧客に対して、エスカレーター階段の要として使わないように

設備管理者として、設備利用者に指示命令しているので 

 

エスカレーターを歩くことは、この、設備管理者の権限による設備利用の指示に違反している。

エスカレーター階段の用途として顧客に利用させた場合は、設備管理業者が建築違反

2008-05-13

はてなブックマークを見ていたら、気分が悪くなってきました。

昔、2chで感じた気持ち悪さを、最近はてなブックマークにも感じました。

コメント欄も野次馬のような気持ち悪さでいっぱいです。コメントを他人と共有するこのシステムメリットが分かりません。

自分のブックマークコメントは自分だけが見れる仕様で十分だと思います。

私が、インターネットに詳しくない友達にはてなを勧めることは絶対ないでしょう。2chもそうですが、言葉暴力の応酬が激しすぎます。自分が当事者でなくても胸が締め付けられることも多いです。息が詰まる思いです。

こんなインターネットでは、おばあちゃんにも、甥っ子にもインターネットをやらせたくありません。インターネット楽しい面も沢山あるのに、残念です。

はてなに限らず、コミュニケーションサービスは、共有・公開するべき文章を今一度、見直して欲しいです。

私たちは言葉一つで傷つき、癒される、弱い存在です。

インターネットがいつまでもこんな世界だったら、万人にメディアとして認められることは永久にこないでしょう。

「公」としてはお披露目できない、むき出しの「私」が洪水のように溢れすぎです。

TV低俗かもしれませんが、少なくとも「公」としてのモラルがあると感じます。

もちろん、きちんとしたWEBサイトWEBサービスもありますが、「●●●にだっていい人はいる。」という論理と大差なく聞こえます。全体でみると、やはり「便所の落書き」と揶揄されてもしょうがないのではないでしょうか。悲しいです。

何気ない一言で傷つき、人知れず、ネット自体を辞める人々は大勢いるのではないでしょうか。

先人たちが「ウソウソと見抜けない人はネットしなくていいよ」というような姿勢で新しい人々に接する限り、いつまでも真の意味での社会インフラにはなりえないと思います。

現実社会と違って、ネットには成長段階にあわせた社会的な括りや隔たりが無さ過ぎです。蹴上げの高い階段は単なる壁です。

なんでも、公開・共有されていればいいとは思いません。少なくとも私にはブックマークコメント欄なんていりません。

 
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