はてなキーワード: ラウムとは
22年2月開戦時、ウクライナの「非ナチ化」「非軍事化」がロシア政府のナラティブだったことを覚えているだろうか。そのために『わが闘争』の本がウクライナ軍陣地跡から出土した、というような馬鹿げたプロパガンダをしていたことも。ウクライナを含めたロシア圏を西側の影響(文化的なそれを含む――LGBTの排除が典型)から守るというナラティブであった。それが「戦争」ではなく、「特別作戦」というネーミングにつながっている。これは不戦条約および国連憲章による武力行使禁止への言い訳に過ぎないかもしれないが※、ここではそれを思想的に少し本気に受け止めておこう。
今は違う。ロシア政府は「戦争」と言い出した。悲喜劇となっているめちゃくちゃな動員も行い、ウクライナ国内への容赦ないインフラへの打撃――戦略爆撃など、本格的な戦争にいちおう移行しつつある。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022102300113&g=int
では、NATOが本格的に軍事介入(空爆にせよ、陸戦にせよ)すればカタがつくかと言うと、そうでもないように思われる。実は、それこそがロシア政府の望んでいる事態なのではないか。上記記事では、現時点でもロシア政府が「戦争の責任を負うのは北大西洋条約機構(NATO)側と主張。ロシアが仕掛けたにもかかわらず、「被害国」だと訴えている。」という認識を示していることが語られている。これは、どう考えても欧米諸国に向けられたメッセージではない(彼らも、本気でこういう認識を欧米諸国が認めてくれるとは思ってはいるまい)。ロシア国民に対する敗戦の言い訳である。そしてNATOが本格的に軍事介入すれば、この言い訳をNATO自らが裏書きすることになる。
この戦争の思想的原動力になっているのは、要するにロシア民族優越主義であることが指摘されている(例:イリインの思想についてhttps://book.asahi.com/article/14612140。小泉悠氏の著書やフォルカー・ヴァイスの『ドイツの新右翼』を読むと、かのドゥーギンの思想は、シュミットのグロースラウム論の応用のようだ。それも結局一言でいえば自民族優越主義だろう)。他方で、この戦争の敗戦の原因になっているのもロシア民族優越主義である。弱い(ということになっている)ウクライナ如きに敗北するから、国民の士気が下がる。士気が下がるからまた負ける。
NATOが軍事介入した場合、NATOが完全に結束し続ければいずれすべての戦場で優勢となるだろうが、ロシア人は、強いアメリカと戦っているから負けているのも無理はない、と考えることができるようになる。これは1941年12月8日の状況と似ている。弱い(ということになっている)中国に全然勝てず、不平不満が鬱屈していた日本人が、相応の知性あるはずの者も含めて対米開戦に快哉を叫んだ※のは、もちろん主力艦を奇襲攻撃で大破して望外の大勝を得たこともあろうが、他方で戦場での劣勢への言い訳が見つかったからではなかろうか。
※ 「一歩たりとも、敵をわが国土に入れてはならぬ」(坂口安吾35歳)。「みんな万歳を叫んだ」(井伏鱒二43歳)。逆に、理性を失わなかった例として、「僕達が努力しなかったのが悪かった」(ジャーナリスト・清沢洌51歳)。
https://book.asahi.com/article/11852364
戦争の哲学者クラウゼヴィッツによれば、攻撃にとって最も重要なのは敵の重心(Schwerpunkt)への打撃である。重心とは、敵軍のすべての要素がそこでバランスを保っている一点である。それは戦場の軍勢とは限らない。敵国首都とも限らない(ナポレオンはこれを誤った)。クラウゼヴィッツの洞察が正しければ、今回の場合、ロシア民族優越主義が破滅するような道筋をつけるべきなのだろう。つまり、「弱い(ということになっている)ウクライナ※がロシアを倒した」というナラティブ、これである。NATOの介入はかえって害悪になるかもしれない。帝国日本は対米開戦から3年半以上持ちこたえた。むろん、ロシアの軍事力は当時の帝国日本よりもアメリカに対して不利だとは思うが、それのみならず、「中国に負けた」ことを受け入れられない日本民族優越主義者がけっこう多いことにも注意したい。このような観点からすると、バイデン大統領――彼は連邦議会議員としては上院外交委員長を長年勤めた老練政治家である――がロシアと直接交戦はしないという態度を開戦前から決め込んでいるのは、きわめて適切な対応のように思われる。さすバイ
※客観的に考えればウクライナは別に弱い国ではない。中東欧では最大クラスの軍事大国と言って良いのではないか? ヨリ客観的にみれば、この紛争の根源は地域大国ウクライナと地域大国ロシアの、ロシア語地域圏におけるシマ争いという風に考える余地がないではない(なお、武力衝突に至った責任は大方ロシア政府にあるから、ウクライナ政府を非難するつもりはない)。