はてなキーワード: エンターテナーとは
ボクサーの内藤大助が亀田兄弟を批判する文脈で「ボクシングは見世物じゃない」みたいなことを言ってたのが印象に残っている。
私はそれに対して「いや、見世物だろ」と思った。
見世物にしてもスポーツの技術を見せる見世物だから亀田兄弟のようなやり方が良いわけではない。
だがスポーツに真摯に取り組むだけで見世物として良いものになるわけではない。
プロのスポーツ選手は自分がエンターテナーだということに無自覚な場合があるのではないか。
技術が優れているのは当然の前提としてそれで観客を楽しませる、注目を集めるというのが彼らの仕事だ。
スポンサーは基本的に広告効果を狙って金を出すんだから報酬を受け取る側は「見てもらう」ことこそが目的になるわけ。
可能ならより良い印象で見てもらうとなお良い。
内藤大助が言いたかったことは「亀田は見せ方が誤っている」ということなんだろうということを推察できるが、その一方ではエンターテナーとしての自覚が十分にあるとも思えなかった。
VTuber も色々。
外観だけ用意して完全に素で配信してるやつもいるし、設定を用意して演じている人もいる。
V は Virtual の V なので個人的には前者を VTuber のカテゴリには入れたくないけどね。
なんていうかさー、友達と集まったらしょうもないトランプとかで遊んでもまあまあ充実した時間に感じるじゃないの。
おっさんが集まってバトルドームとかジェンガで遊んだりすることもあるぞ。
VTuber ってのはそういうノリなんだよ。 しょうもなくていい。
ただ……そういう空気を作るってのも案外に誰でも出来るわけではない。
VTuber は擬似友人のように感じさせるエンターテナーだ。
エンターテナーが提供するものは究極的には良い気分、楽しい気分、あるいは熱狂なのであってそれをどうやって生み出すかには色々とやり方がある。
手品に騙されに行くようなもんだ。
VTuber の友人感がまやかしなのは承知の上で幻に乗っかるんだよ。
上手いこと乗っかれないとつまらんし、浸りすぎて境界がわからなくなると厄介ファンになってしまうけどね。
どうだろう。
俺はおっさんだからジャニーズ自体には思入れがないという立場だが、その点から見ても一理あると思う。
エンターテイメントというのは具体的に言えば気分だ。 楽しい気分、愉快な気分、あるいは興奮を売っている。
歌って踊るのだって楽してできるわけじゃないがそれを見るだけに大金を投じるほどの価値があるわけじゃなくてそのアイドルに熱狂するという体験に価値がある。
要するに白けさせちゃったら駄目なんよ。
そこにいるのが普通の人だと認識してしまったらアイドルとしての価値が消えてしまう。
昔から「アイドルはトイレにいかない」みたいなジョークがあるだろう。
そんなわけないことは知ってても熱狂しているところに白けることを露骨に突き付けてよいわけではない。
2、3年前にスマホを手に入れて動画を見るのを覚えた50代のおじさんが普通に見て面白いとわざわざ報告してくるので、別に若者関係ないよなあと思った
ていうか岡本吉起とかオタキングとか昔懐かしいオタ情報誌全盛期の山師系エンターテナーがみんなようつべいるし、
惑星開発委員会が再生数伸びてないっぽいのが、なるほどなあとは思った。まあ彼はなんだかんだ挑発してばっか真面目マンだしカジュアル消費者受けしないのは当たり前か
あと、ここんとこナカイドというちょっとはてブで話題になった子が資本の力にいいように翻弄されてて、強がってるけど明らかに動揺しまくってて可哀そうだなと思ってしまった
ルパンIII世、正直にいってしまうと原作マンガはほぼ読んだことがなかった。
年齢的に、アニメ第1シリーズを初めて見た当時は小学生だった。
なので、原作は読んじゃいけないものだった(から、たまたま手に取れたときにこっそり見ただけ)。
それでもルパンIII世は大好きだった。厳密にはアニメのルパンIII世だけど。
また、漫画家としての活動・活躍も素晴らしいものだったと思っている。
まずここでいう「だめ」っていうのは個人の感情として受け入れられないっていう「だめ」なので、カリ城が好きな人は読む必要のない話です。
判りやすくしとくと、あれが「だめ(不出来)な作品」という話じゃないからね。
宮崎駿の代表作とかルパン映画の代表作と称してよく紹介される「カリオストロの城」、あれが昔からだめっていうか、アニメ作品に対して批判的な気持ちになった最初でないかなと思う、当時の年齢的に。
ひとことでいってしまうとあれが「ルパンIII世」の一作でなければぜんぜんOKで、ルパンであれはNGという心持ち。
宮崎さんは、ナウシカ以降売れるようになってからインタビューなどでよく「子供に見せたい作品を作るには」っていうことをいってます。
彼の中でアニメは子供のものっていうのがテーマとしてあるわけなんだろなと。大人向けと称して作った作品もあるしね。
もちろんそのアプローチはぜんぜんかまわない。
嫌だなと思うのは、彼のテーマをルパンに持ち込まれた違和感。ほんとにそこだけ。
ルパンは大人向けの漫画が原作で、アニメテレビシリーズは「アニメは子供だけのものじゃない」の端を切った作品ともいえる。当時だから制作サイドも試行錯誤という実験的試み、冒険がいろいろあって、苦労して開拓したんだろうなって思う。
つまり、子供向けの作品じゃないってことを自負して作ってたと思うわけ。時代を考えるとそれは相当な思いだなとも思うわけ。
カリ城はテレビシリーズを始めた制作陣へのリスペクトがないことにもやもやとする。あるかもしれないけどそう受け取れないんだからしょうがない。
ぶっちゃけ、今思うと宮崎駿作品じたいが個人的にだめだわ。なんかキモい。遠目で見てるとキモさが漂ってくる感じがする。
エンターテナーとして能力が高いんだろうなというのは判るんだけど、ものごとの好き嫌いにおいて嫌いと思ってしまうものはしょうがないじゃろ。