いつも行く近所の図書館。
そこには君がいた。図書館の一番奥の、窓際のイスに君は座って、何やら難し気な本を読んでいた。
僕は本棚で本を探すふりをしながら、横目でちらちらあなたを観ていましたよ。
僕はよく君との会話を妄想していた。
「あのぉ…」僕はおずおずと話しかける。
君「はい?」
僕「僕、ジェロム・レ・バンナ米松と言います。お見知りおきを」
君「は?」
続きはない。
こうしたイマジネーションを図書館に行く前は必ずしたのだが、図書館の奥に座る君には結局一度も自分の名を
名乗ることはできなかった。
というか嫌気がさした。
もうオタクで政治にコミットするのは心底いやになった。クソみたいな論客しかここには残ってない。自分はリベラル派の人間だったのだが、もう無理だ。付き合いきれない。
昔は善悪が分かりやすかった。石原慎太郎とか自民党とかそういうわかりやすい敵がいた。しかし、いまはリベラル派が敵になってしまった。一緒に石原慎太郎と戦った仲間たちが次々と、「オタクは女性差別」とか「オタクはネトウヨ」とか発狂しだした。
もう嫌だ。
かつては一緒に戦った仲間たちが、次々に、「オタクは差別漫画が好きだけれど、君はリベラル派だから一緒にラブライブ叩いてくれるよね? 宇崎ちゃん叩いてくれるよね?」と界隈全てに圧力掛けてくる。そういうクソのような同調圧力にはもううんざりなんだよ。へらへら笑って「そうだねー。オタクも気を付けないとねー」とかいつまでも一緒に笑って同意してると思うなよ。
お前らみたいな、安倍晋三に何回も手玉にとられてる猿山の猿と、いつまで一緒に愛想笑いを浮かべてりゃいいんだ。
俺は猿じゃねえ。もう飽き飽きだ。
ちょっとでも異論を唱えたら「ネトウヨ化」だの「冷笑化」だのうぜえんだよ。お前らのほうがよっぽど同調圧力じゃねえか。俺だっていつまでも大学出たての若造じゃねえ。いっつまでも大学で勉強した薄っぺらな学問知識だけで世の中を切って喜んでる生き方をしてられないんだよ。
お前らはいつまで学生運動やってるんだよ。そんなものは70年代で卒業してろ。
俺はただのオタクなんだよ。
お前には聞いてねえよ
ツイッターはお前の家ではない
あと一つは?
まだ非表示にしてないの?