はてなキーワード: 死票とは
あと、かつて堀江が自民党と二人三脚で総選挙に出馬したことをどう思ってんの? 思いっきり既得権益側に回るつもりだったじゃん。
まあそもそも2年前までは自民(+公明)の中だけで全てのコトが決まり、事実上「自民党員以外は有権者ですらない」に等しい国だった(国政選挙ではまともな1票すら与えられないし、投票しても死票になるよう選挙区は調整され、そもそも野党は国会では無力。また創価は大作が全権利を握っているので創価信者も事実上有権者ではない)わけだから、成り上がるにしても改革するにしても自民=既得権益側にすり寄るしかないんだよね。あの当時の野党にすり寄るなら成功者なり改革者なりになる前に革命家になる必要があって、そして彼は革命家になる度量は無かった。何だかんだで既存の自民体制の枠組みでやることを選択した。
そういう意味では自民の御用メディアであるフジサンケイグループに喧嘩売りに行った挙句、政治的にボコボコにされたのはある意味自業自得というか、なんというか。まあ法的には堀江有罪はやりすぎだろってのは確かで、あれで有罪だと日興は役員全員死刑だろとか上場企業が半分くらい消滅すんじゃねとかあって、まあ明らかにいわゆる「国策捜査」そのものではあるわけで、その辺はお気の毒ですねという話ではあるのだが、自民のケツ舐めて暮らすことを選択したなら喧嘩売っちゃいけないものくらいわきまえとけよとは言われて然るべき。
なんか中国人が中共体制に喧嘩売る度胸もなく共産党支部で中央のケツ舐めて小銭稼いで暮らしてたが何を思ったか新華社通信に喧嘩売って次の日には秘密警察に拘束されてました、みたいな。そこに喧嘩売るなら革命起こす度胸が先にいるだろと。
ものすごい素朴な疑問なんだけれど、小選挙区制では死票が多く大政党に有利になり、比例代表では政党という単位でしか選べない、という難点があるなら、全国区での候補者単位投票に一本化すると、何がマズイの?
もちろん損する政党はあるわけだけれど、そういう利害関係のお話はわかった上で、なおどういう問題があるのかな、と疑問に思っている。
すぐに思いつくのは、
2 地域の代表が選べない
3 大都市圏中心の選挙戦になり、地方の利害が反映されにくくなる
というのがあるけれど、この内2は、そもそも国政のための議員を選ぶのに地域代表というのも奇妙だし、それよりは分権を推進して地域のことは地域で何とかする、もしくは地域の代表(県議とかね)が中央からお金取ってくるとか、まぁ解法はあるんじゃないかと思う。
そもそも、大都市というのはそれだけ人が住んでいるから大都市なわけで、その利益がより優先されるのはある程度仕方ないでしょう。
期日前投票しようと思ったけど、選挙区で誰に入れていいかが分からない。
死票になるのはいやなので、いちおうは当選の目がある人に入れたい。
そこで東京選挙区の候補のうち、そこそこの検索ヒット数がある人をまとめてみた。
http://senkyo.yahoo.co.jp/kouho/d/tokyo/
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/pref/13
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/c/11807
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/c/35998
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/c/11759
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/c/72427
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/c/72575
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/c/72424
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/c/72425
http://www.google.com/appserve/senkyo2010/c/11878
同意、共産党ってイメージ悪くて軽い宗教みたいに思ってるけど、それだったら公明のほうがヒドイし、
民主党なんて政治的には自民党の劣化コピーで、政策的には打ち上げ花火みたいなのの寄せ集めか足引っ張るだけなので、
共産党って左向きな人にとってそれなりに魅力的だよね。
政権とって共産革命するわけじゃあるまいし(これもかつて党の方針にあったのなくしたみたいだし)、
議席はもっと伸ばしていいと思っているけれど、自民に批判的な層では死票になるのをおそれているんじゃないだろうか。
あと、他の政党みたいにお金ばら撒いたり、汚いことやらないから、組織力や広報効果も上がらないんだと思う。テレビにもあんまでないし、有名人いないし(得票なんてメディアへの露出回数デスヨ)
労組とか日教組的な人以外の潜在的な支持母体がレイバー階級でたいして組織化もされていないので、テレビとか宗教に流されやすそうだし、頭悪そう。てかそもそも選挙いかなそう。
自分的には公明はうざいから崩壊して、自民 vs 民主+(ありし日の)社民 連立の二大政党で、是々非々な共産党がキャスティングボードを握る的なポジションが政治的に緊張感があって良いのではないかと思うのですが。もう村山政権がダメだったあたりでもう日本の左派はおわったなと思ってる。おかげで自民までが共産圏にたいした気遣いしなくちゃならないじゃないですか。
現代の日本の政治家は、政党助成金に頼る以外に政治資金を確保できないようになっている。
分派や造反が起きないように、がちがちに締め上げているようである。だが、議員を縛ることは出来ても、国民を縛る事は出来ない。やっても無駄な事をやってしまう前に、誰も止めなかったというあたりに、馬鹿殿と茶坊主が相乗効果で暴走中という内部事情が露呈している。
マニフェストも密室で製作中という話であるが、マニフェストは地域の党員集会から声と個人献金を吸い上げていって、国民全体の支持につなげる道具であるのに、その過程をすっぽかして、いきなり発表してお前らありがたく受け取れというのでは、よほど美味そうに見える餌がついてなければ誰も見向きもしないし、過去に毛鉤で散々騙された有権者は、どんなに美味しそうにみえても、警戒して近づかないという事になるであろう。
政治に対する絶望が、無能が判明した多選者はダメで、万が一を狙って新人に入れ替えるという投票行動に現れたのが、この間の都議選である。
この有権者の投票行動が衆議院選にも現れるとすると、民主党も自民党も、当選回数が多い人ほど落選し、新人と一期目が当確、二期目から三期目は対立候補次第となる。
この基準で立候補予定者を単純にふるいにかけると、民主党の躍進という結果になってしまうのであった。
問題は、多選現職と元職に、木っ端政党という選挙区である。この扱いが難しい。木っ端政党に死票を投じる人は少ないだろうが、過去に失格の烙印を押されて落とされた元職に、落とすべき多選現職という争いは、蝸牛角上の争いというか、不毛な争いにしかならない。
底辺には底辺同士の争いがあると言うが、これほど戦う意義が立候補者の面子だけしかない戦いを避けられないというのは、多選規制が無い為である。
なお、アメリカ大統領選挙と違って、衆議院選挙は何時あるかわからないから、マニフェストを地域集会からフレームアップしていくのは難しいというのは、理屈としては通らない。毎年やれば良いのであって、去年のマニフェストから今年のマニフェストへの変更によって、方針の微調整を行えるようになる。首相が変わる度に、首相に信任されたのだから、方針を変更する権利があるとして、国民不在の転進を重ねて前途不明になるのは、恥ずかしい事である
確かに、行かないよりサイコロ転がしの方が数百倍社会的には役に立ちます。「どうせ落選する候補に一票いれてもなー」という人。じゃあたとえば40人のクラスで委員長決める選挙があったときに、『友だち5、6人が押してるA有利だろ常考』みたいな感じで毎回低投票率、
Aくん …7票
Bくん …4票
Cくん …1票
(投票率30%)
…という選挙結果だったらどう思いますか。しかもその結果Aくんが調子こいて「オレはクラス全員に選ばれた代表ぉぉぉウヒヒwwwサーセンwwww」とか言ってたら、大概むかつきませんか。お前、友だち除いたら実質1票しか取ってねえだろ、と。この状況で白票や棄権票をAくんが「自分への批判」と捉えると思いますか。確実に言えることは、Aくんは「白票や棄権票はBやCへの批判もあるんだからオレ関係ねえwwwwwつか棄権増えるほどオレの組織力有利wwww組織票うめぇwwwwwwww」としか思わないだろうってことです。ハッキリ言や現状こんな感じじゃないっすか。
これで投票率が80%にあがり、仮に結果が変わらなかったとしても(残りがサイコロ投票として+16票が6/5/5とばらけるとする)
Aくん …15票
Bくん …10票
Cくん … 7票
(投票率80%)
これなら、Aが調子こいて少し票を減らしたりすると、B・Cが手を組んであっさり失脚の目も出てくるように見えます。Aくんも簡単に調子こけなくなるでしょう。第二、第三候補への投票を「死票」だと思いこむのはAくんの策略にはまってるってことですよ。だから、白票投じるくらいなら「まず当選しねえだろ」という候補に一票を。
「死票」という言葉にはある脅迫的偏向が潜んでいる。客観的に見て当選しえない候補に投じる票は本当に「死んだ」票なのだろうか。
たとえばある市のある選挙(1)で次のような選挙結果が出たとする。
J・K党候補 10万票 …当選
M・S党候補 2万票 …落選
K党単独候補 5000票…落選
K党単独候補 2万5000票…落選
更に次の選挙(3)
K党単独候補 3万5000票…落選
さて、明らかにK党単独候補は「惨敗」してるんだけど、この「K党候補」への投票行動に本当に何の意味もないと思うだろうか? ここから市民のメッセージは読み取れないだろうか? そんな安穏とした選挙分析をする馬鹿な候補がいたら見てみたいものだと思う。普通に考えれば、K党以外の各党は、政策の一部見直しは当然迫られることになるだろう。K党候補は惨敗でも、そもそも無風選挙にしてしまうことに比べれば大きな意味があるし、また当該候補への投票行動が与党候補や次の政策に影響を与えるという意味では、この場合立候補することに非常に大きな意味がある。その結果、たとえば次の選挙ではこんなことになるかもしれない。
J・K党候補 7万票 …当選
M・S党候補 5万票 …落選
K党単独候補 5000票…落選
こういうのを「死票」「金の無駄遣い」の一言で片づけることで、知らず知らず「長いモノに巻かれる」ことを是とするメッセージを発してしまうとしたら、その方が危険なことではないだろうか、と、まあ、私はそんな風に考えるわけです。「少数意見を大事にしてこそ民主主義」ってのは、別にキレイゴトのお題目じゃない。