はてなキーワード: 日本物理学会とは
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読売ジャイアンツ公式ファンクラブ | 4,400円 |
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Mr.Childrenオフィシャルファンクラブ | 3,300円 |
JAF | 6,000円 |
日本アイソトープ協会 | 4,000円 |
日本統計学会 | 8,000円 |
錯体化学会 | 8,500円 |
日本機械学会 | 9,600円 |
日本塑性加工学会 | 10,000円 |
日本ロボット学会 | 10,000円 |
電気学会 | 10,000円 |
電気設備学会 | 10,000円 |
応用物理学会 | 10,000円 |
情報処理学会 | 10,800円 |
日本顕微鏡学会 | 11,000円 |
高分子学会 | 11,000円 |
計測自動制御学会 | 11,000円 |
日本動物学会会 | 11,800円 |
日本建築学会 | 12,000円 |
精密工学会 | 12,000円 |
土木学会 | 12,000円 |
日本物理学会 | 12,000円 |
電子情報通信学会 | 13,000円 |
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日本天文学会 | 16,000円 |
そうなんだけども、じゃあ生物ってなに?って話になるじゃん?
人間や生物と定義されるものも分子が組織化されて出来てるじゃん?
でも生き物ではないと定義されているもの・・・例えば鉱物だって分子が組織化されて出来てるじゃん?
そして、その鉱物も増えたり大きくなったり硬くなったり、あたかも生物が成長/変態しているかのような動きを見せるじゃん?
例えばルーマニアにある岩のトロヴァント(Trovant)とか、鵜ノ崎の小豆岩とかさ
変化するという点において生物と違わないじゃん?
生物と呼ばれるものは色んなものを取り込みながら無駄に動きまわってエネルギーを消費することを選んだけど
ーーー 追 記 1 ーーー
増田「なんで物理現象に「目的」があると考えようとするのか……?」(anond:20200319154828)
そもそも分子って自己組織化って現象すごくなぜだろう?ってならん?なんで自ら安定した形に組みあがっていくの?みたいな?何のために?
現象に意味などの無いって言っちゃそれまでだけど、じゃあ、生命という現象のワイたちは意味ないの???みたいな
直球で”量子生物学“なんてのが存在する。量子科学の視点から生物にアプローチしている
[TED] 量子生物学は生命の最大の謎を解明するか?(How quantum biology might explain life's biggest questions)
[主催: 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構] 第1回量子生命科学研究会
そして、熱運動的なゆらぎ
https://brh.co.jp/s_library/interview/58/
・・・からの、『脳の「ゆらぎ」を応用した超低消費電力のコンピュータ』を作れるのでは?とかやってる
https://wisdom.nec.com/ja/technology/2017011301/index.html
ーーー 追 記 2ーーー
生命システムは複雑ではありますが,非生命の物質と同じ,通常の物質系(原子・分子・イオンなど)からできています.したがって,
材料的には生命と非生命の物質の間に本質的な違いはありません.それでは,「生命」と「物質」の違いはどこにあるのでしょうか.
(略)
非生命の物質から自律的に動く人工的な生命システムを創り,「生命」と「物質」の違いに迫る研究を進めています.
https://www.biophys.jp/highschool/E-26.html
”生きる意味を考える” ということは
その「科学的」の扱いをめぐってゴタゴタしてるという話ではないのか…?
この二つの問題は、少なくとも科学の側からは明確に分けられるし、科学者は自覚して、そこを分けて振舞うべきなんだけどな。
こういう態度じゃもうダメだよね、科学者も社会的責任果たさなきゃっていうのが現代の科学技術社会論とかの主張で、それに対する支持はどちらかというと大きくなりつつある。もちろん事実として、見向きもしない科学者は多いけどね。
他の人も言ってるけど、菊池誠さん(阪大教授)とか、最近科学者もけっこう発言するようになってきている。日本物理学会でニセ科学問題にどう対処するかってセッションも開かれたぐらいだし。
多分以下のようないくつかの問題がからみあっているのでややこしくなっている。
まあ、それを解きほぐすのが倫理学の仕事だといえば、その通りなんだけどね。
元増田の言ってることは「戦線を限定すべき」という意味では大賛成なんだけど、「倫理」とか「知的誠実さ」とか言わない方がいい。話が拡散するので(実際スレッドを追うと拡散してる)。
単に「科学的手続きを踏まえていないものを科学と呼ぶな」って言えばいい。
「科学的手続きとは何か」というのはある程度わかりやすく説明できる。>その手の本はいろいろ出てるので興味のある方は読んでください
ややこしいのは、「科学的手続きを踏まえていないものを科学と呼ぶな」というパフォーマティブな言明は何を意味するのか、ということ(誰が言うべきか、そもそもなぜ言うべきなのか、言ったら効果があるのか)。
で、さらにややこしいのは「じゃあ科学とは呼ばないよ。科学的手続きを踏まえていないものを「世界の根本原理」と呼んで広めることにするよ」となったときにはもう、「科学的手続きを踏まえていないものを科学と呼ぶな」という言明は無効化されちゃう。そこでさらに深追いして「科学的手続きを踏まえていないものを口にするな」なんて言っちゃったら我々の日常的コミュニケーションのほとんど全てがひっかかっちゃうからね。
法律に触れるようなことはもちろん法律で裁けばいい。でも、そうでないもの、グレーゾーンなものは難しいよね。「ある人を救うためにナイフで刺すことがベストな方法」って思ってる人が本当に刺しちゃったら犯罪ってことで処理されるし、ある種の代替医療とかはそれに近いところまできちゃってるのかもしれないけど、水伝なんかはそうとは言えないからね。
確かにあれで授業を受けた子どもは、色々な意味で「機会損失」があるわけだけど、それは法には触れないし、「科学」というラベルを外せば先の批判は無効化されるから、あとは「議論」していくしかないんだよね。科学に対する価値観の違う者同士で。