はてなキーワード: 卒業文集とは
増田で、自分のブログとかにはつぶやきづらい話とかモヤモヤしましたみたいなことを書く人が結構いて、それにツッコミを入れてみると、反論されたり煽られたりするんだけど、よしきたこっちも真面目に反論しなきゃと書いてみると、元増田ごと消失してたりするので、本当に悲しい。トラバつけたの俺だけだったりするのに。相手に会話を求められたから会話してみたら、すぐに逃げられた感じ。
自分も愚痴ネタを書いたりしたときは、トラバにはこまめに返信して、叩いたり叩かれたりしてるんだけど、たぶん、増田は、俺みたいな使い方をするところじゃないんだろうと思う。自分のブログに書きたくないというのは、自分の意見は述べたいけれど、反論は受付ない的な、初心者ブロガーや初期のブログ文化が根底にあるように思う。それは非常によくわかるし、それが原因で俺もブログを持っていない。粘着されると回避しようがないし、文章だけで伝えるのは時間がかかって超疲れるし。あと、日本だと「何を言ったか」じゃなくて「誰が言ったか」で判断されがち&「奴は**だから」的レッテル貼られたら、まともに文章は読んでもらえないという雰囲気なので、あんまりやりたくない。
増田のいいところは、炎上したり、意見の穴を突かれてボロクソにされても、すぐに別人格として復帰できる所なんだから、わざわざ消すこともないのにと思う。「増田の恥は書き捨て」って感じ。しかし、こんな甘いことを言ってるのは、俺がまだ完膚なきまでに叩かれたことがないからなのかもしれない。
http://anond.hatelabo.jp/20101219200313
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101217-00000630-san-soci
「友人のいない孤独な男だった」。殺人未遂容疑で逮捕された斎藤勇太容疑者(27)と小学校と高校で同級生だった男性(27)は斎藤容疑者のことを振り返る。
茨城県取手市内の県立高校の卒業アルバム。クラスメートたちは手をつないだり、肩を組んだり、同じポーズでレンズに笑顔を向けていた。斎藤容疑者はただ1人笑わず、ほかのクラスメートとも絡んでいなかった。
高校の休憩時間には教室で1人座り、夏目漱石や太宰治の本を読んだ。小学校の卒業文集に私の宝物を「本」、趣味を「本よみ」と記し、将来の夢を「小説家」と書いていた。
高校で副担任によく「声が小さい」としかられるほど、物静かな青年だった。男性は「容疑者の名前を聞き、すぐに、あいつだと思った。おとなしい男なのになぜ」と絶句した。
俺はその4択のどれにも当てはまらない(非リア充ってのは定義が曖昧だからわかんないけど)からそこまで悲観的ではないけど、
小学校の先生なんていう大抵の場合は低レベルな大人が集まる職業の人間に頼っても問題解決なんてまずしないだろうね。
俺は小学校卒業するときの卒業文集(?)に「人との付き合い方がわかった」と皮肉をこめて書いたが、先生は「それはとても良いことですね」とか言ってて、ああこいつは馬鹿なんだなと確信した。今にして思えば、意味くらいはかろうじて理解してて、大人の対応(単なる問題からの逃げだけど)をしたのかもしれないけど、それはそれで低能だったんだなあという感じ。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/545
今思えば、かなり目に格差社会だったなぁ。
ただ、みんなそれなりに満足してたから問題なかった。
やっぱり問題は格差そのものではなくて、全体的にみんなが貧しいことじゃないかと思う。
すべての灘高卒業生は、その後の成功不成功にかかわらず、「俺は灘高生だった」という思い出を、心のどこかに大切に抱いて生きている。
まさしく。私はわざわざつまらない記事に反応するくらいだからわかるとおもうが他の人間も相当だ。
こないだ同窓会をやったら、関西地区実施にもかかわらず6割の出席率だった。
そもそもが、同窓生補足率は99%だったことから、誰もが何らかの形で繋がっていることがわかる。
一度灘に入ってしまうと、完全に縁を切ることが非常に難しい。
・「均質性」が、灘高を語る上での一つのキーワードになる。
これすごくある。灘ローカルがたくさんある。言うと笑われるからここでは言わない。
というか、全国一とか意識したことない。ライバルとか敵という概念自体がほとんどない。
昔はよくラサールさんがこちらのことをライバルとか言ってたけど、こっちは全然関係ないって感じだった。
私らは「ナンバーワンよりオンリーワン」というあの多くの人間には誤解されているセリフをよく理解している集団だ。
一方、他の高校の動きが気にならないのはいいのだが、内向き加減は相当にヒドい。
たとえば灘じゃないやつに「あなた灘卒なんだって?」って軽々しく触れられることを嫌悪する。
これは私らだけの大切な思い出であり、たいして親しくもない奴に語って聞かせる類の話しではない、という傲慢な感情がある。
よく高校時代の思い出を簡単に語る人間がいるが、私からすると信じられない。
これも本当。解法の美しさは尊敬の対象。
だから数学がめっちゃできる奴のノートとかみんな見たがる。出来る奴もみんなに喜んでみせて感想とか聞く。
数学が出来る奴同志が切磋琢磨してレベルアップしていく空間は周りから見たら異常だった。
・灘校生のほとんどは、高3になるまでテスト前以外は勉強をしない。
・灘校生は「ガリ勉」ではない。また、「ガリ勉と思われたくない」と強く思っている。
先生も生徒の自主性を大切にし、生活指導に血道をあげるような人はいない。
・自信を持って言えるが、灘にはイジメがほとんどない。少なくとも私の学年にはなかった。
試験前以外に勉強しないのも本当。教師もそれわかってて授業中に全て終わらせるように詰め詰めでやる。
ついていくために努力が必要なのは数学と化学だけで、あとは授業中さえマジメにやってたら問題ない。
しかしトップクラスの奴だけはさらに己を磨くためにガリガリ勉強する。
このように、他人と競争する意識は殆どなく、あくまでどこまで頑張るかは自分で決める。
ちなみに、勉強そこそこ、部活もそこそこってタイプの人間はかなり目に暇をもてあます。
結果として能力の無駄遣いじゃないけれどもゲーセン全国大会いったりだとかネトゲ廃人になったり、
最近だとニコニコ作りこみ職人とかが学年が後になればなるほど増えてくる。これは部活と関係なく行われる。
卒業文集や生徒会誌で、ゲームやりこみやフォント開発、英語で論文書いてる変な奴もいた。
いじめはまずない。
だが、いじめがない集団にいたものとしては、いじめがなければ問題はないと考えるのはダメだと思う。
そう、問題があければなかろうが自分から関わろうとしなければ誰からも放置されるのが灘という空間だった。
基本的に私らの価値観を「共同体の中にいる他人に迷惑を書ける奴」を人間として最底辺におく。
逆に自分勝手なだけの奴は全然OKだ。誰がサボろうが学校辞めようがお構いなし。転校した奴いたけど送別会の一つもなかった。
今で言うtwitter空間がリアルに形成されているような場所だった。
twitterですら集団いじめのようなことをする低脳が多いが、
twitterですらいじめをするやつらは人間じゃなくて猿だから人間社会で生かす必要はないと思う。
必要なのは厳格な罰則と多少の損得勘定が出来る程度の知能だ。
修学旅行の時、少なくとも私が知っているだけで10人は万引きしている。
他校生徒を恫喝して補導された奴もいた。いじめと倫理観は何の関係もないのだ。
そういえばマンガとかで自分の高校の生徒以外を見下している進学校の嫌な生徒の描写があるが、
外側から見たらああいう風に見えても仕方がないカナーとは思った。
誤解があるようだが、彼らは自分らをえらいとはあんまり思っていないし、外の人間を見下してもいない。
ただ、外の人間がそういう目で見たときは、そのように振舞うというだけだ。
自信を持って言う。いじめ対策に道徳教育を主張するほどバカなことはない。
全く逆で、大人が何一つ、特に「皆で仲良く」なんてばかげたルールを強要しなければいい。
人は所詮皆他人であり、一人ひとりバラバラで、必要や興味がある相手と付き合えばいい、を徹底すればいい。
他との兼ね合いを無視していじめ対策だけを考えるならこれで全く問題ない。
「退屈」とか「閉塞感」が問題なのに、さらにそれを与えてイジメするなとか言ってるバカな親共は
お前も教師イジメしてんじゃねーよ、人に言うなら口と鼻と目と耳をつぐんで夫に従っておけばいいと思う。
・学年の半分が運動部に入部し、残りはアニメやアイドル、鉄道やアマチュア無線、そして麻雀や囲碁将棋といった趣味に没入する。
ちょっと誤解がある。
灘で文化部に入る奴はたいていの場合「小学生の時からそれをやってる」ことが多い。
たとえば将棋や囲碁などは全国大会上位の常連だが、7割以上は経験者、しかも趣味じゃなくちゃんとした教育を受けている。
鉄オタもすでに筋金入りであったり親の援助があったりする。こいつらはひたすらストイックに技を極める。
上でも書いたが、趣味レベルの奴は個人とか仲良し単位とかでやる。部活と言う縛りを好まないし、部室を必要としない。
ローカルな校風である一面として、古き善き大企業よろしく、友達の家に上がりこむなどしょっちゅうである。
多分灘の生徒は「けいおん!」をそれほど好きではないだろう。自分たちの生活そのもので、あこがれる要素がないからである。
ちなみにけいおん部はなかったが、文化祭では趣味でやってた奴らが講堂でライブやってた。へたくそだった。
ごくわずか、1割程度が男女交際にいそしむ。
これは時代が違うかなー。最近は結構男女交際にいそしむ人間が増えてた。
ちなみに成績がいい奴か、極端に悪い奴ほど彼女がいる割合が高い。
中間層はぬるま湯に浸っていたからそもそも出会いがなかった。
ちなみに私は彼女いた。成績は良くないほうだった。
企業に勤めた場合はどうか。これは我が身を振り返っても思うが、
灘高生はおしなべて呑気で平和主義で生き馬の目を抜く出世競争に向かない。
先ほどイジメがないという話をしたが、基本的に他人のやることには「不干渉」を貫く。他人は他人、オレはオレ。
おおむね正しい。
だが、ミドルリスクミドルリターンという言葉はちょっとひいき目入ってると思う。
外から見たらノーリスクハイリターンを要求しているように見えると思う。
あと、リーダーシップは「任せさえすれば」喜んで発揮する。
人に求められていないときには本気を出さないだけで、役割をもらえばバリバリ頑張るよ。
太っていて、服装にも興味がなく、たまにどこかに貼られている腐女子図みたいな人間。いま思えば外見を磨くように努力すればよいだけの話だったが、中高時代はフィルターがかかったかのように自分が醜く見えていたのでもう投げやり。
そんななか、転機が起きたのは高校卒業後。
体調を崩して、毎日ゼリーだけを食べるという生活をした結果体重がかなり落ちた。そのおかげでまともに鏡が見られるようになった。
卒業してから数年後、高校卒業時にクラスで作った卒業文集を初めて開いた(ちなみに女子校)
アンケート結果を元にした「○○ランキング」があった(「お姫様っぽい子」や「料理が上手そうな子」など)
性格が男っぽいからとかではなく、当時の外見は完全に結婚どころか彼氏もできなさそうな子に見えた故の結果なのだと思う。
そりゃ太っていたし、髪もボサボサだったからそう見えても全く不思議ではない。
いまは痩せて少しはマシな外見だと思っているのだけど、悔しい気持ちになった。
そんなランキング全くアテにならない!と言えるようになりたいと思って生きているという話。
未来が全く定まらないということが、こんなにも絶望だとは思わなかった。
鬱気味で、極限まで疲れないと、睡眠薬(市販だけど)を飲まないと寝られない。
就職活動で今まで重要視してきたのは、「安定」でも「収入」でも「勤務地」でもなく、
幼い頃からの夢である、とある業界に入り込むことだった。
なんの意志も無く、安定や収入を目指して公務員試験の勉強をしている奴や、
実家から通える範囲内の企業を業種関係なく根こそぎ受けている奴、
「志望動機がまったく思いつかない」なんて愚痴っている奴を、心底バカにしていた。
なんでそんなところで働こうとするのか理解できなかった。
社畜と罵られるかもしれないけれど、働くのならば、自分が魅力的だと思える場所で
いっそ自分からサービス残業してしまうくらいの魅力的な仕事をしたかった。
だから、採用倍率がめちゃくちゃに高い、狭き門の業界を目指すことに躊躇は無かった。
努力だってしたつもりだ。
インターシップにも行ったし、筆記試験勉強も嫌になるくらいやったし、
今、思えばガキだったのだ。現実が見えていなかった。
目指すべきは、「私は真剣ですよ」という仮面を顔にはりつけて、
オフを充実させるというライフスタイルが実現できる会社だったのだろう。
就活は良く恋愛に例えられるが、それで言えば、中学生の恋愛みたいなもので、
「真実の愛」なんてものを探して悩むよりも、それなりのところで妥協して、
恋人あり・セックス経験済み、という称号を手に入れることこそが重要だったのだ。
僕の不幸は2つ。
ひとつめは、業界最大手で、(内定に至らないものの)それなりの結果を就活開始直後に出してしまったこと。
ふたつめは、この春から、信念を貫いて「夢の職場」に就職できて忙しいけれど幸せそうな先輩が身近にいて、
その人が就職活動の相談相手になってくれていたこと。
このふたつがあって、「努力すれば俺だってどうにかなるハズだ、夢を実現させるんだ」と息巻いて、
気付けば就活を始めて丸1年が過ぎ、
もう、募集を受け付けてくれる企業も、希望の業界でなくたって、少数しかない。
春に「それなりの結果」を出した企業のエントリーが、そろそろ始まる。
単位は充分すぎるほどあって、卒論も順調だけれど、卒業せずにもう1年頑張るという選択肢が現実味を帯びている。
(新卒という切符をなくしたら、文系男に生きる道なんてないからだ。)
だけど、それと同じくらい、誰にも迷惑をかけずに消えてしまうという選択肢が、魅力的に思える。
10年願えば夢は叶うというけれど、僕は叶えられなかった。2年目に成功するとは限らないし、そもそも精根尽き果てている。
あれだけバカにしていた、夢や自分自身のやりたいこと以外を主軸にして就職して、働いて生きていける自信もない。
親に寄生してニートなんてありえない。もう1年分の学費を出してもらうことにさえ、こんなに罪悪感があるのに。
夢なんて、見なければ良かった。
小学校の卒業文集で、「将来の夢は?」の問いに、大抵の奴は職業を書く。
それはミュージシャンかもしれないしスポーツ選手かもしれないし学者かもしれないし政治家かもしれない。
そういう、子供の眼でみたって、実現可能性が低い職業は、まだいい。
あの頃は簡単になれると思っていた、おもちゃ屋さん、花屋さん、お菓子屋さん、なんて職業につくのだって、無理だ。
それらの店の店員なんて、大体が非正規雇用で、一生働いて生きていける仕事じゃない。
カッコイイ仕事、ってイメージだったシステムエンジニアやプログラマなんか、ほとんどがブラックだ。
夢は努力すれば叶うなんて言った奴を、なぐりつけてやりたい。
君ならきっとできるよなんて言葉を、なんで人生の先輩である大人たちは、子供に向かって放つのだろう。
いつか夢なんて忘れると高を括っているのだろうか。
努力を放棄すると思っているのだろうか。
忘れもせず努力もした人間で、それでも負けてしまったクズの末路なんか、考えてもいないだろう。
努力が足りなかった? ああ、そうさ。勝者に比べれば、足りなかったんだろうよ。学力も足りなきゃ面接も最低だったんだろうよ。
俺が悪かったのだ。
クソ真面目に夢を信じていたくせに、叶える力がなかった俺が。
だから、思う。消えてしまいたいと。
本当に誰にも迷惑をかけない方法なんて無いのだろうけど、
そんなのどうでも良いやとさえ、最近は思えてきた。
こんなにバカな就活生が他にいるのかわからないけれど、
これから就職活動をする人たちに、
「夢なんかみないほうが良いよ」
と、それだけ伝えたい。
昔の映画みるとわかるけどさ、増田のいう青春なんて二十歳代でやるもんだったんだよ。ローマの休日の二人とか完全に二十歳超えてるじゃん。
非常ーーーーーーに正しい記憶。というか90年代前半まではそういう世界だった。それをなんとも思わないで世界はちゃんと回っていたんだ。それをあっという間に世界が忘れてしまった。
携帯電話以降と以前で世界が全く変わってしまったことをなぜか大人たちは隠そうとする。今の子供たちに対する性的な劣等感を得まいとしているのだろうと32歳の俺は解釈する。
「もしかして童貞w」「どどどど童貞ちゃうわ」というのを世代間でやっている感じ。
もちろん昔でもチョメチョメしてるのはいたんだけど、特殊な人たちだった。特殊っていうのは属性じゃなく割合がね。昔はチョメチョメしてるのが少数派で、あとが大多数だったのに、今はチョメチョメしてるのが大多数派で、チョメチョメできないのが少数派になってしまった。
そしていつの間にか論理の逆転が起こる。
「コミュ力の低い奴は(コミュ力が低いから)異性と付き合えない」という事実は、「異性と付き合えないからコミュ力が低いまま」という「経験によって能力値が上昇する論」にすり替えられる。
これが生まれた理由は簡単で、ガキ時代のムチャクチャ心理状態におけるなムチャクチャな行為を「人生の役に立っている」と思い込みたいからだろう(ガキがいかにバカか、という点については、自己反省のない者には実感しづらいかも知れないが、中学の卒業文集でも読んでいただければすぐに思い出していただけるだろう)。
ところが実際には、経験の有無などによって能力値の上昇はほとんど起きないのだ。出来る奴は始めから出来るし、出来ない奴は何度やっても出来ない。
同性間の友達づきあいを見るといい。異性間の付き合いに恵まれなかった人間でも、少なくとも一生の間に付き合う異性の人数よりは多くの同性と交流はするだろう。
それだけ経験する機会に恵まれてるのに、やはり、ダメな奴はダメなままなのだ!
人間の思考パターンや行動のクセというのはそれだけ強固で、ちょっとやそっとでは変わらない(すごく小手先の付け焼き刃の部分なら変わる。この部分の拡大解釈が経験論に繋がる部分でもある)。
http://anond.hatelabo.jp/20080814041810
彼女のことはすぐに見つけた。
思えば何事につけても自信のない俺にもある、数少ない得意なことの一つが、彼女を見つけることだった。
人が何かに秀でる時、理由はだいたい二つしかない。
天分か。
あるいは努力か。
この場合の俺は前者ではあり得ない。「ある一人がいつでも自然に目に入った」なんて言ったら、まるで運命の二人みたいじゃないか。
そんなわけはない。俺は後者だった。自然に目に入るなんてことはなかった。
けれど、自然と目は彼女を追っていたから、いつでも彼女を探していたから。教室でも。移動教室の間の廊下でも。遠足の目的地に着いてからの自由時間でも。彼女の家にパンを買いに行っても。俺ん家の前は彼女が通うエレクトーン教室への通り道だった(でも彼女の家と教室の場所を結ぶと、この道はどう考えても遠回りになることが、俺の当時の幸せの一つだった)から、彼女の教室がある日は家の前で素振りをして待ってた。グラウンドで体育をやる時にはなかなかチームが一緒にならなくて大変だった(これがまた、本当に一緒にならない)。彼女を探すだけじゃなくて、自分のカッコいいとこも見せなきゃならないから男は辛い。
目の届くところにいるのなら、好きな人がいるのなら。近くにいる可能性があるのなら。他のものを映す余裕なんて、このただでさえちっぽけな二つの目のどこにもないだろ?
だから確信を持てた。最初は、彼女を見つけた瞬間は信じられなかったけど。でも、どんなにたくさんの人がいたって、どれだけ予想してない時だったとしても、彼女を見つけ出すことだけは外さない自信があったから、あれが彼女だと確信を持つことができた。そうでなければ、俺はその時見つけた子を彼女だとは思わず、見つからない何かを探していたかもしれない。
それでもまだ信じきれなかったのは、今までの人生で一番ブランクを空けて見た今の彼女が、俺の想像とはかけ離れてしまっていたから。
久しぶりに会った親愛なる馬鹿たちも、目にする友人たちも、その多くは五年前から、あるいは八年前から変わっていなかった。
彼女は違った。当時のままではいてくれなかった。
よく言うだろ?
変わらないか。
あるいは、失望するか。
彼女は変わっていた。
なら失望したのか。
違うよ。
きれいになってたよ。すごく。
この(その、でも、あの、でもなく、この、だ)感動は、とても俺には言い表せない。
悔しいことに、ああ、そうだ、よく最近のライトノベルなんかでヒロインを形容する時に、ハナっから「その少女は俺の語彙じゃ表現しきれないほどの美少女だった」とか描写しといて後はイラストに丸投げ、なんて物書きとしてどうかと思ってたけど。
どうしようもないくらい、きれいだった。その時俺が見た彼女を表現するのには、あまりに言葉が足りなすぎる。いいさ、この体験は俺だけのもんだ。誰にだって分けてやるもんか。それでいい。
彼女を見つけたのは式が始まる前。旧い友人と受付を終えた後、会場で空いている座席を探していた時だったから、近付く事はできた。
はずだった。
はずだった、けれど。
逡巡が生まれた。生まれてしまった。
気づくことがあった。あ、と思った。こりゃダメだ、と感じたんだ。
どうしようもなくきれいになった彼女は、どうしようもなく遠かった。
それは彼女の周りの席がもう埋まっていたからかもしれない。それは彼女に至るまでに立ちふさがるであろう人垣かもしれない。段差を上り詰めて、声をかけるだけという行為に留まることへの躊躇だったのかもしれない。それまでにずっと考えていた、話すべきだと思っていた言葉なんて、いざ本人を目の前にした時にはどれほど無力になるものかなんて、わかっていたはずなのに。
足をとどめさせたものは、なんだったんだろう。
それは彼女との純粋な距離、障害、段差、そういった、あまりにつまらなく、くだらなく、馬鹿げていた状況が積み重なっただけのものなのに。不思議と、俺の心臓だった、時間の重みをふっと軽くしてしまった。
近付こうとした。けれど、近付けなかった。はっきりとは、今でもまだわからない。
それでも。まだだ、と思った。
式次第は滞りなく進んだ。中学時代の担任からのビデオレターは、恩師らしい言葉だった。くたびれたポロシャツ姿で、だるそうに喋るのが恩師の喋り方だった。記憶と違わず、首もとの緩んだポロシャツ姿は、授業を受けたことのある元生徒達の笑いを誘った。
「『井の中の蛙、大海を知らず』という諺があります」
簡単な挨拶の後は、国語の教科担任らしく、諺をひとつ、贈ってくれた。
「あまり知られていないのですが、この諺には続きがあります。
それは、
『されど、空の青さを知る』
という続きです。
今の皆さんは、まだまだ世間を知らない。知らないことはとても多い。厳しさや、辛いことをこれから知っていくことになるでしょう。
けれど、今の皆さんは、空の青さを知っている。空の青さは、夢とか、希望のことです。
井戸の外に出ることになっても、その空の青さは忘れないでください。それは、失わないでください」
懐かしい声と調子を耳にしたせいもあるかもしれない。式の間は、くり返しくり返し思い出していたせいで、忘れようとしても記憶の根っこに刻み込まれてしまったことを、またくり返し思い出していた。中学時代のこと。
俺の中学は、まぁ、荒れてた。染め上げた髪にキャップをサトシ被りにして、原色Tシャツを中に着込んだ学ランの前は当然のように全開で、下げたズボンの裾を引きずり引きずり、下げた分だけ尻を丸出しにしたファッションの連中が、学年で両手足の数くらい。先生方の車はよくボコボコになっていたし、近場の店に行くと「△△中学の」という目線をこちらに配る店員が離れることはない。万引きし過ぎなんだよあいつら。盗みすぎでゲームショップが潰れたとかいう噂があったけどホントなんだろうか。俺たちの学年の階のトイレの窓ガラスは張り替えるたびに割られるので、遂に通り抜けフープになった。中で煙草を吸う連中がいたので、中が見えた方がいいということもあったのかもしれない。好意的に考えればだけど。
そんなよくある中学校の廊下の突き当たりの壁に寄り掛かって、俺は友人二人としょうもないことを話していた。なんの話をしていたのかは覚えてないけど、あの頃の俺とあいつらが話すことなんて、大体守護月天かパワプロの話だろ。
守護月天かパワプロの話をいつも通りしていたであろう俺たちの前に、のそり、のそりと近寄ってくる三人がいた。ガラの悪い連中の幹部(笑)と、その取り巻きの三人組だった。廊下をたむろして歩くのがルーティンというか、そういうのがかっこいいらしい。構わず話している俺たち三人に、「おい」と幹部が声をかけてきた。
「邪魔、どけよ」
ウチの中学が荒れ始めたのは、どうも俺の学年の一つ上くらいかららしい。三つ上の姉が「ウチの頃は全然荒れてなかったけどね」と言ってたからなんだけど。
で、俺は、その一つ上の学年のガラが悪い人たちには、まぁ、ヘコヘコしてた。小学校の時の野球部の先輩がその中にいたからってのもあるけど、タイイクカイケーなところのある俺には、年長にヘコヘコすることは身体に染み付いていたことでもあったし。
で、問題は、「増田はヘコヘコする野郎だ」と思い込んでる、タメのガラが悪いヤツら。
「邪魔、どけよ」
とか声をかけてくるヤツら。こちらが座っているのは廊下の突き当たりだ。その先に道はないのだから邪魔も何もない。構わず友人二人と話を続ける。
「おい、聞こえてんのか」
仲間に直前までその威力を自慢していたローキックを俺にガッシボカと浴びせてくる。俺をサンドバッグに見立てて、膝を立てて座ってるせいで一蹴りに付き脛腿脇の3Hit! 俺がのっそり立ち上がっても蹴りは続く。
タメに頭を下げる理由はなかったし、部活をやってる人間(俺)と部活をやらずにヤニ吸ってるだけの人間(ガラの悪いタメ)の体力差はいかんともしがたかった。
関係ない部分が長くなった。何が言いたいかというと、式の後にも彼女に会うチャンスがあって、それは中学の学年全体で開かれる同窓会だった。
が、その幹事として取り仕切ってたのが、そういうガラノワルカッタ連中なんだよ。しかも中心はあの日俺がのしちまったヤツじゃねえか。ああ、顔も合わせたくない。登校するたびに上履きの紐が焼かれて短くなってたせいで蝶々結びがうまくなったとか椅子で殴られた後に机を投げ返したとかどんな黒歴史だよ。
今ひとつ行くことに踏ん切りがつかない理由はもう一つあった。
この成人式で二人の友人に、そう、あの日守護月天かパワプロの話をしていた二人の友人に、許されるならば、一方的にだけれどこう呼びたい――二人の親友に、会いたかった。会って、話をしたかった。
けれど、会えなかった。一人は夢のために国を離れた。もう一人は、あまりにも俺が馬鹿だったせいで、離れていった。
俺から離れていった友人に、許しを請いたかった。でも、友人は来なかった。心残りだった。来て欲しかった。許してくれなくてもいい、話す機会を与えて欲しかった。それがたとえ自己満足だと自覚していても。
友人は来なかった。残ったのは単純な選択だった。
同窓会に行くことのプラスは、彼女と話す機会を得られるかもしれないこと。
同窓会に行かないことのプラスは、あいつらと会わなくて済むこと。そしてそれが、自分への言い訳になること。
秤にかけたら簡単だった、とは、なかなかいかない。
それでも、俺は行くことができた。その時には前に書いたもののタイトルの元ネタhttp://kittttttan.web.fc2.com/ez/light/died.htmも頭に浮かんではいた。それはとてもとても魅力的だった。ああ、ホント、それもいいよな……。
でも、行った。
ただ、行ってさえみれば、楽しいものだった。受付はあれらの中でも関係の薄いヤツがやっていたし、最初のルネッサンスさえ済ませてしまえば、後は気の合う連中と話をしていられた。昔から不思議と頭のおかしな……良いのが周りにいたもんだから、そいつらとこの歳になって話をしてみるとまた違った面白さがあった。
でも、意識はそこにほとんどなかった。
視界の端にちらちらと映る白。彼女はいた。来ていた。会場の中の端で見知った顔ぶれと花を咲かせていた。こちらの場所は、その反対側の端で入口とトイレにほど近いところだった。友人の肩越しに「ああ、いるなぁ」なんて思う自分をこうして思い返すと、やってることが一緒にいた頃と全く変わってない。人間、そう簡単に成長しないもんだ……。
そういうのもいいかもしれない。嫌いじゃない。だけど、ここに来たのはそうじゃない。そんなことで満足するためじゃない。
彼女が席を立ったのに合わせて、用を足すことを周りに告げ、立ち上がった。
「久しぶり」
一瞬目を一回り大きくしてから、柔らかい顔を作った――そういう感情が移り変わる過程がはっきり分かるところも好きなところの一つだった――彼女は挨拶を返してくれた。
「久しぶりだね」
鈴の鳴るような……あぁ、まぁ、いいや。久しぶりに聞くことになった俺の大好きな声は、どんな音楽よりも声優よりも優しく綺麗に俺の耳に響いた。すごいな。ああ、すごいよ。好きな人って、本当にすごいよ。
それぞれの席に戻りながら、短く言葉を交わす。俺のことわかる? わかるよ。増田こそどうなの。覚えてるから声かけたんだよ。そうだよね。そうだよ。どの辺りにいたの。……ここ。ああ、馬鹿、なんで俺の席はこんなに近いんだ。そもそもこんな離れたところに座るんじゃねぇよ。いや、来た時にはここしか空いてなかったんだっけ。なんで他の皆はあんなに早く来て席を取ってるんだ。うん……違うな……俺がうだうだしてたせいか……。
二言三言のやり取りの後、それじゃ、と別れた。まぁ、最初はこんなもんか。というか、それでもう、満足しかけていた。どんだけ好きなんだよ、俺。
それから二度、彼女は席を立った。さすがにその度同時に顔を合わせていたらおかしいので、「たまたま同時に席を立った」風を装うことができたのは最初の一回だけだった。彼女が席を立った二度の機会はうまく活かせなかった。慣れたヤツなら、こういう時にもっとうまく立ち回れるんだろうな……。だらだら酒とパサパサしたサンドイッチやらサラダやらに箸を伸ばす。なのはは常識だからとしきりに薦めてくる誰でも名前を知っているような大学に行った友人の話に適当に突っ込む。おまえCLAMPに一生付いていくって言ってなかったっけか。ツバサってまだ完結してないのかな。横ではこれまた誰でも名前を知っ(ryの医学部と理学部がぱんつじゃないから恥ずかしくないらしいアニメが首都圏でホットだとか新房の記号論だとかに熱くなっていた。TrueTearsを今晩コメンタリーすることに決まったようだった。それはちょっと……いや、正直参加したい……。で、お前はどうなんだと問われて、いくつか好きな作品を挙げた。作品を口にだしながら、ふと思うことがあった。前々から感じていたことではあったけど。
Astral。秒速5センチ。グレンラガン。御影作品。大好きなある作家さんの作品(本当に好きな、いや、大事なものって、決して誰かにそのことを言ったりしないものだよな)。挙げた時には言わなかったものもあるけど、そういうもの。終わってしまっている物語。
俺たちが関係のないことを話していても、時間は変わらず同じ間隔で歩を進める。ただ、人にとっては同じ間隔に感じられないなんてことは科学者が証明するまでもなく当然のことだった。彼女と同じ空間にいるだけで、時間はあまりに早く過ぎすぎる。彼女がいる。視界に彼女が収まっているだけで、どんなに楽しいゲームをしている時より、どんなに面白い本を読んでいる時より、どんなに書きたかった記事を書いている時より、時計はあっという間にぐるぐると音が聞こえそうなほどに早く回る。時折視線が重なって、手を振るでもなく、合図をするでもなく、笑顔を送るでもなく、ただ、そのそれだけの一瞬の交叉がたまらなく、どうしようもなく愛おしく感じられた。
死ぬならこの時だった。紛れもなく、この時だった。男って本当に馬鹿だよな。好きな女の子が、どんなものにも代えがたいんだよ。
時間は変わらず同じ間隔で歩を進める。その会が始まって終わるまでの2時間という時間は、これまでと同じように地球が12分の1回転する間だったのだろうけど。
それだけの時間が経って。会場から、人が吐き出される。俺は入口で、彼女を待った。
彼女が出てきたのは、本当に最後の方だった。声はあっけないほど普通に出たと思う。
「なぁ、○○」
「うん」
「写真撮ろう」
「うん」
俺の携帯をその場で一緒に待っていてくれた友人に託す。おい、ちゃんと撮れよ。頼むからちゃんと撮ってくれよ。それ、俺の宝物になるんだからな。一生ものになるんだからな。
隣で彼女が笑う。そのあまりに近い笑顔を見て、思いが、気持ちが溢れそうになった。なあ、○○。俺、お前に告白したよな。お前はもう忘れてるかもしれないけど。知ってるか。俺、まだお前のこと好きなんだぜ。笑っちゃうよな。馬鹿みたいだよな。告白したの小学校だぞ、小学校。中学校も一緒だったのにな。それなのに今、お前の横でドキドキしてるんだよ。嬉しいよ。つらいよ。幸せだよ。胸が苦しくて苦しくてたまらないよ。笑っちゃうよな。本当に馬鹿みたいだよな。でも、それでいいんだ。いいんだよ。
彼女の肩は俺よりも低くて、俺の二の腕と彼女の肩が一番近く、少しだけ触れるような間隔。お互いに近い腕で作るピースサインは中指同士がほんの少し重なるように。知らない名前の香水が僅かに漂ってきてて。互いの方へと傾けられた小首は、この上ない至福で。
友人の声と一際強い光を伴って、俺の携帯に、俺の人生で最も幸せな瞬間が、永遠に切り取られた。
「ねぇ、私のでもお願い」
「あいよー」
彼女もカメラを俺の友人に渡す。ごめん。嬉しかった。なんか知らんかったけど嬉しかった。それってつまり、俺の写真、彼女がこれから持ってくれる、ってことだろ? いいんだよ、どんなに小さかろうとキモかろうと。嬉しいんだからさ。
なんだこれフィルム巻いてないじゃん、とフィルムを巻き始める友人を尻目に、彼女が話しかけてくる。
「ねぇ、今、何やってるの」
「田舎で大学生やってるよ。卒業文集に書いたこと、相変わらず学校の先生目指してる」
「え? ××先生?」
「そうそう、俺大好きだったからさ」
「知ってるよ。私も好きだったし、実は今も年賀状やり取りしてるんだ」
「え、本当?」
ちょっと嫉妬。
「ほんとほんと」
聞かれたから、聞き返しただけだったけど。
「○○はさ」
「○○は、まだ、 を目指してるの?」
間があった。
「やだ、知ってたの」
「聞いたんだよ、お母さんから」
よく実家のパン屋行ってたし。
「で、どうなの」
「えっとね」「撮るよー」
気づけば、もう友人が今にもシャッターを切ろうとしていた。
「○○」
「ほら、笑顔」
パシャッ。
「ありがと」「あいよー」
「○○」
つまらないかもしれないけど、これが話の続き。俺のすべて。そう、これはきっと、終わってしまっていた物語。
どうしようもないほど俺は彼女のことが好きで、聞きたかったことも、どんなに重ねた想いも、伝わればと思った願いも、彼女がそこに、確かにいてくれることを実感した時には、大した意味を持たなくなった。
ありがとうと言って、俺は死んだ。たぶん、死んだ。彼女と自分のために生きようとした俺が死んで、すべてなくして、死んだような俺が、さよならと言って、これからを生きていく。すべてを失って、なにもかもなくしたのなら。0がたった0.1を為すだけでも十分じゃないか。それならこんな俺でも、少しでも、わずかばかりでも、彼女が生きるこの世界を綺麗にしたくて、それだけでも――十分じゃないか。ただそれだけのために生きる人間がいることを許されるぐらいには、きっと世界はまだ広い。
ひょっとしたら、俺が彼女以外の誰かを好きになることもあるのかもしれない。ないのかもしれない。自分が終わってしまったと思っていても、生きるのなら、今いる井戸よりも深い穴の中に落ちてしまうこともあるんだろう。そこから抜け出そうともがくかもしれない。それは無駄なあがきかもしれないし、あと少しのところでまた下に落ちてしまうかもしれない。這い上がったところを突き落とされるかもしれない。その穴から井戸から出てこられたとしても、また同じような暗闇に落ち込んでしまうことがあるのかもしれない。
それでも、空の青さを知った俺は、そうして穴に落ちたとしても、何度でもまた起き上がって、汚くなっても、生きていく。
それさえあるのなら。
たった一枚の写真を、胸に抱いて。
http://www.youtube.com/watch?v=2RPGcncoHC0
続きを書くつもりはなかったけれど、本文のような価値観を立たせたことと、「続き書け」と言って下さった方(id:tegi、id:yarukimedesu、id:gohki、id:chnpk、敬称略)や、文章自体に好意的な感情を向けて下さったと私が一方的にでも感じた方(id:mike_n、id:Lhankor_Mhy、id:neko73、id:hati-bit_punk、id:shAso、id:m-bird、id:hotch_botch、id:napsucks、id:makeplex、id:tyru、id:mimimu8、id:ukabu、id:MarHear、id:mae-9、id:yas-toro、敬称略)がいらっしゃったので、何、一人の人間のちっぽけな物語なぞ、あってもなくてもよかろうもん、と開き直って、ちまちまと書き進めました。そうか、半年経つのか。
idコールは気楽に使ってもいい(スルーされるのが当然くらいな勢い)みたいなので、少しでも何かを気にかけてくださっていたと私が勝手に感じた方にはidコールをお送りしました。どうぞスルーしてください。でも、あなたたちがかけてくださった言葉やタグで、私が嬉しく感じたことを、この場で伝えさせてください。
昔、常備敵として女の子なかよしグループ内に置かせてもらっていた。どこのグループでも、ちょっと生き様の違うおとなしめな子を「出来の悪い子」「頭の悪い子」としてグループ内に一人置いて、その人をみんなで毎日ちくちくして親睦を深めるという慣習が広く行われているところだった。
わざわざグループに置かせてもらっていたのは、一人でごはんを食べている人がいるとクラスその他の景観が悪くなるから、という理由だった。自分としては一人でごはん食べる方が断然楽なので、できればそうしたかったけど、実際に一人で食べたりしたら周りの迷惑になっている自覚がないとみなされ、大勢の人につつかれてしまうので、小さめのグループに常駐させてもらっていた。
自分は「努力する才能がない」ってカテゴリでつつかれてた。増田見て思い出した。増田書いて思い引っ込めることにした。
自分が置かせてもらっていたグループの女の子達は、「うさぎとかめ」のかめにやたらめったら感情移入してる人達で、努力する人が最後に勝つのよ、という会話を事ある毎にきゃっきゃしながら言い合ってた。一人勉強ノートが何冊目に突入したという自慢をよくされた。努力して順位が上がったの、これは価値ある順位よ、という話をテスト順位が貼り出される度に聞いた。
自分は勉強というか家庭学習の習慣が一切付いていない、宿題すらできない駄目人間だった。今もそうだけど昔からそうだった。授業中も一切寝る気はないのに毎日夢の中ワンダーランドで、ノートは夢日記帳だった。
テストの出来は学年 200人中の 10位以内くらい、グループの中ではトップになることが多かった。グループの女の子達は、お昼ごはんを食べながら、努力せず取った点数は薄っぺらい、努力してる私達(一名除く)って深いという話を、気持ち程度のオブラートにくるんで、目の前でぽいぽい投げ合ってた。家でペットボトルにバター入りココア詰めて持ってきたら昼にはココアが冷めてバターが固まってた時より気まずかった。わざとテストの点を低くしても常備敵という立場は変わりようがないので、そういうことはせず、ただじっと耐えた。
実際に「努力する才能がない」っていうフレーズを直に言われたことはない。自分の脳内でずっと鎮座してるだけだった。言ったら今日の増田並みに波風立ちまくるのが予測できたから、言わなかった。彼女らの持論は、「才能は(私の中にいないから)敵である、そして、努力は才能ではない」というものだったから、無駄にケンカ売ることにしかならなかった。
普段から彼女らは才能とその顕示を嫌悪して、叩いたり牽制したりしていた。労せずにテストでいい点取るというのも才能のひとつとして認識していたらしいので、自分がその辺の話題に触れることはなかった。触れなくても貼り出されるからあんま意味無いけど。
努力できる能力を才能として認識してしまうと、努力自慢ができなくなるので、「努力は才能ではない」と断定していた。言ってる事とやってる事が裏腹だったけど、誰もそこにつっこむ人はいなかった。つっこまない方が平和だったから。
卒業文集のひとことに、「うさぎとかめ」って真理をついてる、みたいなことを書き合って、グループのみんなはめいめい自分の知らない学校に進学した。自分は毒にも薬にもならないことを書いて、地理的に一番近い国立大に進学した。先生に「ちょっと努力すればもっと良い大学でもいけるよ」って言われたので、じゃあ自分にとってほぼ一択じゃんてことでそこだけ受けて受かった。書くの忘れてたけど今までの話は高校の頃の回想。十年くらい前。
努力の才能があればお昼ごはんのおいしさを最大限発揮できるなあと当時は考えてたけど、それで努力努力言いたがる人、見せ付けたがる人になっちゃったらみっともないなあとも思った。
努力下手な頭の悪い子のまま大きくなって、知性おいてけぼりな自分語り未満を書くような増田になったけど、元々満足値のボーダーがそう高くもない性格なので、毎日幸せに暮らしてる。お昼ごはんのおいしさ 120% 発揮させてる。ココアにバターは入れなくなった。
http://anond.hatelabo.jp/20080828144549
※長いです
> 無責任じゃなくてバカ……っていっちゃ悪いけど、リテラシーが低い人なんだよ。
うん、確かに、ちょっと馬鹿だなぁとは思うけど、文句言ってる人たちは多分大人なので、
その自分の馬鹿さを時分で野放しにしてるのも含め「お前ら無責任なんだよ」って
言ってやりたかったんだ。
あと、馬鹿に馬鹿と言っても議論は進まないし、あんまり人の悪い所を
元増田がどういう人で言っていることがホントかどうかもわからないけど、
自分もある特殊な業界に居るので、ネット上のいろんな意見について、
ちょっと一言!って言いたくなることはすっごくよくある。
内情をすごく知っているのに、言えない、みたいなことは沢山ある。
なので、元増田の社会的な身分の紹介とその立場からの内情暴露はよく言ったな〜と思う。
嘘でもなんでも、こういう「それらしい話」が出てくるのは、悪いことではない。
だいたいそういう複雑な問題の根っこはすごくシンプル。
周囲のストーリーが複雑だから、シンプルなつまづきでその複雑に絡まった線がショートしてしまうという感じ。
今回の「燃やしたらオール電化になっちゃうからやらないですよ」ってのは軽い内情暴露だと思った。
だからなおさら、一般の人には受け入れられがたい。
でもでも、そんなアホみたいにシンプルな答えを、いわゆる「大人の事情」みたいので
ひたーっと隠しちゃうのが会社なんだよ。
(うっわ、それどーでもいーじゃん…!)みたいなのまで、一応隠しておく。
なぜなら、たとえば元増田の業界では多分表向きは電力業界と殴り合いの喧嘩はしてないけど、
裏ではやっぱりブコメにある通り、2chでの罵りあいみたいな殴り合いの様相だと思う。
でも、そんなのを、一般人にあけすけにしたって誰も得しない。
イメージが下がるのは嫌だもんね。
だから「燃えたらオール電化になっちゃう」とかそういうことも、たぶんガス会社は隠しておきたいと思う。
電力会社を敵視してますよーってアピールになっちゃうからね。一応。
だからこそ、こういう内情暴露は貴重だと自分は思った。(何度も言うがこの際、嘘か本当かは別として)
身分がどうこうとか、どうでもいいことをうだうだ考えてるんだったら、
もっとシンプルに原因を予測すれば、トラバ増田が言っているような「独自性」ってのも身に付きそうなもんだけどね。
今回の場合、その意見自体ではなく「身分を明らかにしないと」とかうだうだ言ってたので
「うっせー!主題はそっちじゃねー」とイラっといたしました。
だって、なんか、そこに噛み付いても何にもならないじゃん。
そんなスタンスじゃ議論も進まないよ。
ただ、他人の足を引っ張りたいだけならいいんだけど。
その行動が「他人の足を引っ張ってる(=馬鹿っぽい)」って言うのは自覚してほしい。議論の邪魔だよね。
そういうのが楽しいって言うのも否定しないが、やっぱ邪魔なのには変わりない。
足を引っ張るんよりは、一緒に輪に入って考えてほしいよね。
あ、いちおう、id:munchcarlへのレス:
「何で自称したのー?」
そんなの俺がが知るかっつー。
元増田のコメントやトラバにでも書いて元増田に聞いてね〜。ウンポコ!
(…真面目に答えてあげると、軽く内情暴露しただけの元増田に
よってたかって根掘り葉掘り聞こうとしたり、身分の詳細提供まで期待するほうがおかしい。
自分も今「元増田に聞け」って言ったけど、答えてくれるかは元増田の判断な訳だ。
全てのことの真偽をちゃんと知りたかったら、(いれば)知り合いや親戚のガス業界関係者に聞くなり、
自分の地元のガス会社に取材するなり、消費者センターに聞くなりして、自分で調べろよ。
それぐらいテメーでしろっていうこと。)
id:ululunへのレス:じゃあ逆に、GIGAZINEが載せた消防署の思わせぶりな発言だったり
「売り上げを稼ぐためにわざとコードを損傷させたのでは?」とほぼ断定口調で
書いているのがデマだとは思ってないというの?
それが100%デマではないなんて、あなたはどうして言い切れる?
あと、普通大会社が身近な上司に相談したぐらいでそんな内情暴露していいよなんてOK出しませんから。
そんなん、ラッキーで返ってきたとして2営業日ぐらいかかるわ(しかも結果NGで「変な奴」認定付きで返ってくる)。
で、「デマか広報かがあのエントリでは見抜けない」って言うけど、なんでそこまで元増田を頼ってんの?
見ているだけの自分たちは、両者の今出した情報で、自分の頭で考えて判断するしかないんだよ。
足りない部分は、自分でリサーチしたら?
あと、消費者は自由に発言してよくて、業界関係者は増田で個人的な意見言うのもいけないのか?
業界を代表しないと、業界人は発言しちゃいけないのか?っていうふうにも、ちょっと思った。
そんなことを言っていると、「ここだけの話」は世界中から消えて、誰も疑問に答えてくれなくなりますよ。
大本営発表だけしか聞けなくなる、世の中になると思う。
一応、匿名でも増田がある程度の内情を言ってくれているのに、あげくの果ては身分まで教えてとか、他人に甘えすぎですよ。
そして別にid:ululunが信じたくないなら、信じなくてもいいじゃない。
追記:わ…ブコメがぶちぎれててこわいんですけど…きっとある意味まじめ人なんだなこの人は。
「あとで書くけど。オレはギガジンの例のエントリに対してブックマークコメントを残していないから。
書いてない事を勝手に読み取りやがってどの口がリテラシとか言うんだろうね。」
ってブコメにあるけど、それぐらいはちゃんと事前に確認しているんですけど…。
あなたのことは日記は読んだけど、書いてないことを読み取るのは、本好きなあなたでも「人間の性」だと思えないもんかねぇ?
違うなら違うって言ってくれたらいいんじゃない?だめ?
そんなにぶちぎれてるけど、逆にあなたが一生のうち一度も他人の文章で
「書いてない事を勝手に読み取」ったことはなかったのかと小一時間ききたいもんだけど…。
あと俺の上のお口はリテラシとかぜんぜん言ってないwちょっとカーッとなりすぎです。。。
っていうか締め切り忙しいんじゃないの?…。
だいたい、上司だって自分の生活が大事ですよ所詮は。
自分の生活を危険に晒してまで、こんな得体の知れない(と世の中のおじさんのほとんどが思っているであろう)
インターネットの匿名サイト(=増田ね)に書いた部下(=元増田)の内部事情暴露についての責任なんて、
いちいち取ってられないよ。
だいたいネットの舌禍なんてどう責任とっていいかわらからないだろうから、とりあえず元増田が
上司とその上司に呼び出されて怒られて「守秘義務を破ってゴメンナサイ文」書かされるか、
怒られるだけでも、同僚たちから元増田はどこに何ペラペラ喋るかわかんねーって避けられたりして
居づらくなるのは確実だと思うけど。
多分、元増田が書いている「故意に切ったりして火事が起きたらオール電化に変えられるので、しませんよ」
という言葉は、ちょっとした内情暴露で、守秘義務に反している可能性があるのでは。
元増田の職場がどんな所か知らないけど、そういうのにつけ込んで、元増田のことが
元々気に入らなかった職場の同僚が、何かしら、おとしめにかかるぐらいはやってもおかしくない。
そうではないと思うんだけど。
いつも思うけど、元増田が自分で判断して「ここまでの情報を出そう!」って思ったなら、
ここまでの情報だけで自分たちは判断するなり、他所へ取材しにいったりすればいいんじゃないの?
というか、それしかできないんじゃないかとさえ思っている。
人の足引っ張っても、何も話は進まないよ。
ブコメで吹きだまっている奴らは、何故何年も同じことを繰り返すのか。
毎度毎度、善意で意見を出してくれた人に、それこそワイドショーのハイエナみたいな
スタッフのようにたかりまくってるのか。
でも、それって、いつもみんなが忌み嫌っている「マスゴミ」の姿そのものではない?
そういう人は元増田の卒業文集とか出てきたら、やっと元増田の言うことを信用したりして?(笑)嘘。これは言いすぎ。
とにかく「身分を明かしてくれな〜い」「身分証明になる所で書いてくれな〜い」
「広報情報として発表してくれな〜い」とか、他人が自分のために動いてくれないよ〜って
ウダウダ言っている暇があったら、自分で行動してください。
あなたの行動で知らず知らずのうちに口をつぐむ人が沢山居ると思うんで、
そういうブコメをつけてるあなた方ってほんと、足引っ張るの好きなんだなぁ〜と思っていつも見てますよ。
まっ、そんな意見も、食いついてくれたid:munchcarlやid:ululunに、
「俺は足引っ張りたいからやってるんだ」って言われたら何にも言えません!
は〜あっぱれあっぱれって言うしかありませんけどね。
いい文章を読んでみたいと思って探してみたんだが、ちょっとこれ見てみ、
http://b.hatena.ne.jp/t/%E5%90%8D%E6%96%87
出てくるエントリー読んだ?
名文でもなんでもないものばかりだよ、
これ、名文?どこが?面白いけど名文ではなくね?
★最低の話
これのどこが名文?どうひっくり返っても名文とは呼べなくない?
★体力を夜のうちに回復させるワザ - ビジネス本マニアックス
これ、操作ミスだよね?だよね?嘘だと言ってよ!
めんどくさいので以下省略。とりあえずはてなアイドルだけとりあげてみる。
面白いけど名文とは違うような。内容は面白いよ、でも名文とは言わない。
★「最近胸が垂れてきて」・・・ハァ?垂れる胸があるだけで充分だろが贅沢言うな - heartbreaking.
これは笑った。これに「名文」をつける奴は眼科行け。名文だと思うならお母さんの前で朗読して聞かせろ。改変ネタで「最近水虫がひどくて」…ハァ?痒くても足があるだけで(略」とか考えたけど、もう古いからいいか。
50エントリほど読んだけど、名文タグつけても恥ずかしくないと思ったのは2割以下で、残りは名文とは全然呼べないよ。
特に女はてなーに〔名文〕タグをつけてることが多いんだけど、これってブクマカーが「下心じゃなくて才能に注目してるんですよ」と言い訳したいだけのような気がするよ。そうでないとしたらなおさらかわいそうだ。
自分には感受性がないですと世界中に告白しているようなもんだぞ。
昔の卒業文集を読まされるくらい恥ずかしいぞ。
それから、〔名文〕タグはつけられるほうも実は恥ずかしいんだぞ。推敲もしないで増田に書きなぐったら名文とタグつけられてあとで書きなおせなくなったこともある。
お願いだから、名文という言葉の価値を下げないためにも名文タグだけは慎重につけて。
もうやってしまった者へ告ぐ。今すぐ外へ行って十字路に立ち、ひざまづいて、あなたが汚したはてブに接吻しなさい。それからはてな中の人々に対して、四方に向かっておじぎをして大声で言うのです。『わたしがつけました』と。
PS。
qinmu 増田が「名文」だと思う例を教えてくれ。てにをは至上主義だけが名文だとは限らないぞ。
まずそちらから示すのが礼儀だと思うが? 時間あるなら自分で書いてもいいけど。
オレは1972年産まれ。ロスジェネ世代をささえる中心的世代。
バブル崩壊から、受験戦争、就職超氷河期をなんとか乗り切って、泥のような生活をしているけど、
仕事は辛くとも楽しんでいる。というか、つらくとも仕事は楽しく取り組むというのがオレの信条。
仕事は広告代理店で、クライアントと制作、会社の上司と部下のW板挟みにされるのが仕事。
主にイベント関係をやっているけど、この10年間あまりいいことはなかったなー。
おじさん達は何かあれば、万博の月の石があればなーっていうけど、
それだけ集客を集めるモノはもう21世紀以降はないんじゃないかなって思っている。
たまに思うことがあるのは、高校の同級生のこと。
オレのいっていた高校は地方の進学校だったけど、友人が進学せずにNTTに就職したんだよ。
まぁバブルがちょうどはじけた時とはいえ、進学しないってことを当たり前のように思っていたので非常に驚いたんだけど、
「頭があんまよくないし」って理由で働くことを希望したそう。
今から思えばその後の氷河期のことを思うと、いい選択だったよなと素直に関心する。
さて、最近は泥のような毎日を送ってきたせいで、泥から抜け出すことを忘れてしまったようだ。
残業も一月に100時間は優に超えているし、自分の時間も全くないんだけど、非モテながら結婚し、
ここまでなんとかやってきた。忙しいってことだけで、充実している日々を送った気になっているけど、
本当はもっとぐうたらしたかったんだよねーって振り返る。
そうそう、思い返せば、卒業文集の寄せ書きに「楽して生きたい」って書いてから、
辛い人生が始まった気がするな。
あの時に戻れるなら、せめて「苦しまずに生きたい」って書き直しとこ。
小学生のときは「ゆうふくなサラリーマン」、中学生になったら「裕福なサラリーマン」、卒業文集の“将来の夢”の欄には、そう書き続けた。どんな内容の仕事でもいい、土日祝日が休みで、給料をたくさんもらえるサラリーマンになるんだと、ずっと夢見ていた。
父親は、とある会社の社長をしていた。「社長」なんていうと響きは良いけれど、ごく小さな、そして運営が苦しい会社の社長なんてものは給料が無いに等しいらしい。会社の運営と従業員の給料で一杯一杯だったようで、うちの生活費は全て母親がパートに出て捻出していた。そんなわけで、家は貧乏だった。「貧乏暇なし」の言葉どおり、父親はいつも忙しく外を飛び回り、母親はパートで家を空けていることが多かった。
友達なんてとても呼べないくらい、狭くてボロボロの借家に住み、衣服は親せきからの貰い物ですませていた。その貧乏をネタにいじめられた事もあったけれど、徹底的に仕返しをしたら、いじめられなくなった。代わりに無視が始まり友達は去っていって、ひとりぼっちになった。「これは全て家が貧乏なのがいけないんだ」と、うまくいかないことを全て貧乏のせいにして、貧乏を激しく憎んだ。また、零細企業の社長なんぞやっている父親を心から憎み、軽蔑し、大きくなったら絶対に社長になんかなるもんか、サラリーマンになってやると、心に誓っていた。
バイトと奨学金で高校に通い、新聞配達をしながら(新聞奨学生)大学に通った。「一流の大企業のサラリーマンなら、きっと裕福なサラリーマンになれるに違いない」と信じ、就職活動では全てそういった企業を志望した。そんな信念のおかげか複数の企業から内定をもらい、そのうちの一社に入社した。多くの人が知っているであろう有名企業で、土日祝日は休み。朝から晩まで働きづめになることもない。月収はそれほど多いわけではないけど、ボーナスとたまに出る各種報奨のおかげで、年収ベースで換算すると同世代ではかなり高額なほうだろう。入社して5年、「裕福なサラリーマンになるんだ」といういつかの夢が、気がついたらすっかり叶っていた。
夢が叶ったのだから幸せなはずなのに、最近は死ぬことばかり考えている。なぜかって、この先どうしたらいいか分からないから。多くの人は「交際→結婚→家族形成」と進んでいくようだけど、異性への興味もそれほどないし、子供も嫌いだし、家族なんて持ちたくもない。仕事に生きればいいのかもしれないけど、今の仕事が好きになれるとは到底思えない。趣味といえるようなものは、このはてなくらいなもので、無駄に預金ばかり貯まっていく。夢が叶ってしまい、自分自身はすっかり空っぽになってしまった。こんなことなら、夢なんて叶わなきゃよかった。一生「裕福なサラリーマン」になることを、追い求めていられればよかった。
「夢は叶いました。めでたしめでたし」で、幕が閉じてしまえばいいのに。
夢なんか叶わないほうがいい。