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2023-08-01

アメリカアンラーキーデイズ

ヒロシマビキニも大して何も感じない国アメ公もの不謹慎な日をリストアップしてみたぞ

どうせ世も末なんだからこのリスト著作権なんかねぇから日めくりカレンダー薄い本関脇昇進もなんだってしてもらってもいいぜ

2023-02-08

白人抵抗したインディアン英雄たち

投稿です

タスカルーサ~1540

 ミシシッピ先住民首長スペイン人征服者エルナンド・デ・ソトと交戦し、戦死した。ミシシッピ先住民はチョクトー、マスコギー族の祖先である。 

・オペチャンカノウ1544~1646

 ポウハタン族の酋長ポカホンタス叔父1622年と1644年に白人への大襲撃を行った(第二次第三次ポウハタン戦争)が、捕らえられ処刑された。

・ササカス1560~1637

 ピクォート族の酋長。ピクォート族は白人男性を殺害したと濡れ衣を着せられ、襲撃を受ける。1836年から翌年にかけてピクォート戦争を戦うも、敗北、ササカスはモヒガン族に殺された。ピクォート族は数百人が虐殺奴隷化され、一時期は絶滅認定を受けるまでに激減した。ピクォート戦争白人に協力したナラガンセット族も後のフィリップ戦争白人虐殺されることとなる。 

・ポペ1630~1692

 プエブロ族魔術師スペイン宗教弾圧に対し、1680年一斉蜂起を起こす。スペイン人駆逐したプエブロ族独立国家を築くが、ポペの死後内部分裂しスペイン降伏した。

ハンコック酋長

 南部タスカローラ族の酋長白人土地侵奪奴隷狩りに反発し、タスカローラ戦争(1711~15)を起こす。しかし、北部タスカローラに裏切られ、白人に引き渡され処刑された。

グレイロック1670~1740頃

 アベナキ族の酋長フランス人神父セバスチャン・ラルと結託し、マサチューセッツ植民地総督へダマー戦争(1722~1725、ラル神父戦争グレイロック戦争ともいう)を仕掛ける。ラル神父戦死し、和平が成立した後も散発的に植民地への攻撃を続けた

メタカムフィリップ王)1639~76

 ワンパノアグ族の酋長。ピリグリム・ファザーズを助けた心優しきマサソイト酋長の息子。白人貪欲土地略奪に耐えかね、交戦した(フィリップ戦争1765~66)。メタカム戦死遺体戦利品としてバラバラにされ、妻子は奴隷として売り飛ばされた。数千人のインディアンが死亡し、白人勝利に終わった。

・オブアンディヤック1720~69

 オタワ族の酋長英名ポンティアック交易制限したイギリス人たちに不満を抱き、オジブワ族、ポタワトミ族などと連合攻撃しかけた(ポンティアック戦争1763~65)。白人を追い出すことには失敗したが、イギリス政府政策変更を余儀なくされ、インディアン保護区を制定した。オブアンディヤックは白人では無く、対立する部族のピオリア族に暗殺された。

コーンストーク1720頃~77

 ショーニー族の酋長。1774年ダンモア卿の戦争白人と戦った。アメリカ独立戦争ではショーニー族の中立に努め、ランドルフ砦のアメリカ人訪問した際に拘束され処刑された。

・ドラッキングカヌー1738~1792

 チェロキー族の戦士アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。独立戦争後は他部族同盟を呼びかけながら、アメリカと戦った。チョクトー族、マスコギー族との同盟を祝う最中心臓発作で亡くなった。

 

・リトルタートル(1747~1812)

 マイアミ族の酋長アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦い、オーギュスタン・ド・ラ・バル大佐戦死させた。独立戦争後はワイアンドット、ショーニー、チェロキー等と北西インディアン同盟を結びアメリカと戦った。(北西インディアン戦争1785~1795)。ハーマー作戦勝利したほか、アーサー・セントクレア少将を破り、戦死者600名の大損害を与えた。しかし、フォールン・ティバーズの戦いで敗北し降伏した。

ブルージャケット1738~1810

 ショーニー族の戦士アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。北西インディアン戦争でも活躍し、ハーマー作戦セントクレアの敗北で活躍したが、フォールン・ティバーズの戦いで敗北した。

・バッコンガヒラス1720~1805

 レナペ族の酋長アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争アメリカと戦い、セントクレア将軍を破ったが、フォールン・ティバーズの戦いで敗れた。

・エグシャワ1726~1796

 オタワ族の酋長アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争アメリカと戦い、フォールン・ティバーズの戦いで負傷した

・テカムセ1768~1813

 ショーニー族の酋長白人侵略に対し、インディアン全体の団結を広く呼びかけた。ティッペカヌーの戦いで敗れたが、抵抗を諦めず、米英戦争イギリスと組んでアメリカ交戦した。デトロイド包囲戦で米軍を破り、メグス包囲戦でも攻略には失敗したものの損害を与えた。しかし、テムズの戦いで戦死し、彼の壮大な夢は叶うことが無かった。ちなみにテカムセと米英戦争敵対したウィリアム・ハリソンは1841年9代目大統領就任するが、わず31日で病死した。

ウィリアムウェザーフォード1765~1824

 マスコギー族の戦士。1811年の大地震白人と戦えというメッセージ解釈し、交戦レッドスティックスを率いクリーク戦争(1813~14)を戦った後に降伏した。ちなみにクリーク戦争活躍したジャクソン大統領は後に7代目大統領就任インディアンへの弾圧虐殺を行った。

・メナワ1765~40頃

 マスコギー族の戦士レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争を戦い、戦後土地割譲同意した酋長暗殺するなど強制移住抵抗し続けた。

ピーターマックイーン1780頃~1820頃

 マスコギー族の戦士レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争活躍バーンコーンの戦いで米軍勝利した。 

レッドバード1788~1828

 ウィネベーゴ族の酋長白人に対して友好的であったが、鉱山労働者の横暴に耐えかね、1827年ウィネベーゴ戦争を起こした。米軍に敗れ、翌年獄死した。

ブラック・ホーク(1767~1838)

 ソーク族の酋長白人土地侵略に対し、1832年フォックス族、ポタワミ族と結託してブラックホーク戦争を起こした。しかし、この戦いはインディアンが数百人殺される悲惨な結果に終わり、ブラックホークは降伏し、捕虜となった。

オセオラ1804~38

 セミノール族の戦士強制移住に反発し、第二次セミノール戦争(1835~42)が勃発した。ゲリラ戦法に苦しめられた米軍は和平交渉を行い、交渉の場に向かったオセオラを捕らえた。彼はその後獄死したが、セミノール族の怒りは収まらず、戦争は続いた。なお、セミノール族の一部はフロリダの奥地に居座り続け、現在に至るまでアメリカ降伏していない

ミカピー1780~1848

 セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争活躍し、デイドの戦いで100人米兵戦死させた。

ビリー・ボウレッグス1810頃~1859

 セミノール族の酋長オセオラが獄死した後も第二次セミノール戦争継続し、オキチョビー湖の戦いで勝利するなど活躍した。第三次セミノール戦争でも米軍を苦しめたが、強制移住に従った。

・アビアカ1760~1860

 セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争に加わり、オキチョビー湖の戦い、ロクサハッチーの戦いで米軍勝利した。

 

バッファロー・ハンプ1800頃~1867頃

 コマンチ族の戦士。同朋が虐殺された報復1840年の大襲撃を行った。43年テキサス政府と和平を結び、晩年は農夫として暮らした。

・ワルカラ1808~55

 ユート族戦士。その知恵と武勇から砂漠ナポレオン」「史上最大の馬泥棒」と呼ばれた。モルモン教入植者対立し、1853年から翌年にかけてワルカラ戦争と呼ばれる一連の襲撃を行った。

フレチャス・ラヤダス

 ヒカリラ・アパッチ族戦士。シエネギラの戦いでアメリカ軍を破った

・カミアキン1800~1877

 ヤキマ族の戦士白人探鉱者との対立からヤキマ戦争(1855~58)を闘った。降伏拒否してフラットヘッド族の下に逃れた後に故郷に帰還し、最期まで立ち退きを拒んだ。 

レスキ1808~58

 ニスカリー族の酋長白人土地侵奪に反発し、ピージェット戦争(1855~56)を闘ったが、捕らえられ処刑された。

・テカムタム?~1864

 アサバスカ族の酋長鉱山労働者たちの横暴に反発し、ロングリバーウォー(1855~56)を戦い敗れた。

カイルーク

 モハベ族の酋長。当初は白人に対して友好的だったが、モハベ戦争(1858~59)を戦うようになった。降伏し捕らえられるも、脱走を図ったため射殺された

・ヌマガ1830~71

 パイユート族酋長白人との平和を望んでいたが、探鉱者たちがパイユート族の食料を奪ったため、1860パイユート戦争を戦った。敗戦後も白人部族平和のために生涯を捧げた。

マヌエリト1818~93

 ナバホ族戦士1860~66年までアメリカ政府土地収奪強制移住政策抵抗し続けたが、後に降伏し、移住を受け入れた。

アントンガ・ブラックホーク

 ティンパノゴス族の酋長モルモン入植者対立し、1865年ユタパイユート、ナバホと結託しブラックホーク戦争を仕掛けた(ソーク族のブラックホーク戦争とは別)。70年にアントンガは結核で亡くなるが、72年まで闘争は続いた

マンガス・コロラダス1793~1863

 アパッチ族酋長1830年家族や同朋をメキシコ人虐殺されたため、米墨戦争ではアメリカと組んでメキシコと戦った。後に後述のコーチーズと共に米軍と戦った。和平交渉最中に捕らえられ、処刑された。

コーチーズ1805~1874

 アパッチ族酋長マンガスの義理の息子。1861年入植者の息子を誘拐したというあらぬ疑いをかけらたことがきっかけで1872年に和平が成立するまで白人たちと死闘を繰り広げた。 

・リトル・クロウ1810年頃~63

 ダコタ・スー族酋長白人に対して従順であったが、1862年飢餓に耐えかね一斉蜂起を起こし敗れた。翌年逃亡先で農夫に発見され射殺された。

・ドヘサン1790年前後~1866

 カイオワ族の酋長第一アドビ壁の戦いでアメリカ軍に勝利した。

ホワイトベアー(サタンタ)1820頃~78

 カイオワ族の戦士第一アドビ壁の戦いで活躍したほか、ウォレンワゴントレインの襲撃も成功させるなど戦果を挙げた。第二次アビド壁の戦いに関与し、1874年逮捕され、投身自殺した。

シッティングベア(サタンク)1800頃~1871

 カイオワ族の戦士ウォレンワゴントレインの襲撃など軍事基地、幌馬車、入植地への襲撃を多数成功させたが、1870年逮捕され、翌年逃亡を図り殺された。

・ローン・ウルフ1820頃~79

 カイオワ族の酋長交渉によりウォーレンワゴントレイン襲撃で逮捕されたホワイトベアビッグ・ツリーの釈放を実現した。1873年息子と甥が白人に殺されたことがきっかけで闘争を開始。クアナパーカーと組んでレッド・リバー戦争を戦ったが、降伏した。なお、ビッグ・ツリーは他のカイオ戦士と違い、レッド・リバー戦争に参加していない

 

ローマン・ノーズ1830年代~68

 シャイアン族の戦士強制移住に反発し、スー、アラパホと結託してコロラド戦争(1864~65)を戦う、ジュールバーグの戦い、プラット橋の戦いで白人勝利するなど活躍した。和平派が強制移住にしたがった後も白人と戦い続け、1868年ビーチャ島の戦いで戦死した。酋長ではないが、勇猛さとカリスマから白人から酋長であると誤解された。

レッドクラウド1822~1909

 ラコタスー族戦士ララミーからモンタナへの金鉱に向かう道路建設に反発し、シャイアン、アラパホと結託してレッドクラウド戦争を戦った(1866~68)。米軍道路建設を諦め、砦を放棄したため、和解が成立。レッドクラウド居留地に入り晩年キリスト教改宗した。 

ハイバックボーン1820~1870

 ラコタスー族戦士レッドクラウド戦争に参加した。戦後敵対するショショーニ族と交戦し、戦死した。

 

ヤングマン・アフレイド・オブ・ヒズホース(彼のウマを恐れる若者)1836~1893

 ラコタスー族戦士レッドクラウド戦争に参加、ウーンデッドニーの虐殺後はアメリカ政府平和交渉に当たった。

キャプテンジャック1837~1873

 モードック族の酋長居留地への強制移住に反発し、複雑な地形を利用して装備、戦力で勝る米軍を苦戦させた。(モードック戦争1872~1873)戦争の途中の和平交渉が決裂し、エドワードキャンビー少将殺害されたため、インディアン戦争米軍将軍が殺された唯一の戦いとなった。降伏絞首刑に処されたキャプテンジャック遺体見世物とされた。

スカーフェイスチャーリー1830頃~1896

 モードック族の戦士モードック戦争に加わり、サンビュートの戦いで勝利した

・アイアン・ジャケット1790前後~1858

 コマンチ族の酋長スペイン人の鎖帷子を身にまとって戦い、勇名をはせた。しかし、彼の防備はリトルローブクリークの戦いではライフル弾を防げず、戦死した。

・ペタ・ノコナ1820頃~1864

 コマンチ族の酋長。アイアンジャケットの息子。1836年パーカー砦を襲撃し、白人女性シンシアパーカー誘拐、妻とする。1860ピーズ川の戦いで敗れ妻を連れ戻された悲しみと戦傷から亡くなった。

2022-10-06

白人抵抗したインディアン英雄たち

タスカルーサ~1540

 ミシシッピ先住民首長スペイン人征服者エルナンド・デ・ソトと交戦し、戦死した。ミシシッピ先住民はチョクトー、マスコギー族の祖先である。 

・オペチャンカノウ1544~1646

 ポウハタン族の酋長ポカホンタス叔父1622年と1644年に白人への大襲撃を行った(第二次第三次ポウハタン戦争)が、捕らえられ処刑された。

・ササカス1560~1637

 ピクォート族の酋長。ピクォート族は白人男性を殺害したと濡れ衣を着せられ、襲撃を受ける。1836年から翌年にかけてピクォート戦争を戦うも、敗北、ササカスはモヒガン族に殺された。ピクォート族は数百人が虐殺奴隷化され、一時期は絶滅認定を受けるまでに激減した。ピクォート戦争白人に協力したナラガンセット族も後のフィリップ戦争白人虐殺されることとなる。 

・ポペ1630~1692

 プエブロ族魔術師スペイン宗教弾圧に対し、1680年一斉蜂起を起こす。スペイン人駆逐したプエブロ族独立国家を築くが、ポペの死後内部分裂しスペイン降伏した。

ハンコック酋長

 南部タスカローラ族の酋長白人土地侵奪奴隷狩りに反発し、タスカローラ戦争(1711~15)を起こす。しかし、北部タスカローラに裏切られ、白人に引き渡され処刑された。

グレイロック1670~1740頃

 アベナキ族の酋長フランス人神父セバスチャン・ラルと結託し、マサチューセッツ植民地総督へダマー戦争(1722~1725、ラル神父戦争グレイロック戦争ともいう)を仕掛ける。ラル神父戦死し、和平が成立した後も散発的に植民地への攻撃を続けた

メタカムフィリップ王)1639~76

 ワンパノアグ族の酋長。ピリグリム・ファザーズを助けた心優しきマサソイト酋長の息子。白人貪欲土地略奪に耐えかね、交戦した(フィリップ戦争1765~66)。白人たちは彼がインディアン君主であると決めつけ、フィリップ王と呼んだが、実際は調停役に過ぎなかった。メタカム戦死遺体戦利品としてバラバラにされ、妻子は奴隷として売り飛ばされた。数千人のインディアンが死亡し、白人勝利に終わった。

・オブアンディヤック1720~69

 オタワ族の酋長英名ポンティアック交易制限したイギリス人たちに不満を抱き、オジブワ族、ポタワトミ族などと連合攻撃しかけた(ポンティアック戦争1763~65)。白人を追い出すことには失敗したが、イギリス政府政策変更を余儀なくされ、インディアン保護区を制定した。オブアンディヤックは白人では無く、対立する部族のピオリア族に暗殺された。

コーンストーク1720頃~77

 ショーニー族の酋長。1774年ダンモア卿の戦争白人と戦った。アメリカ独立戦争ではショーニー族の中立に努め、ランドルフ砦のアメリカ人訪問した際に拘束され処刑された。

・ドラッキングカヌー1738~1792

 チェロキー族の戦士アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。独立戦争後は他部族同盟を呼びかけながら、アメリカと戦った。チョクトー族、マスコギー族との同盟を祝う最中心臓発作で亡くなった。

 

・リトルタートル(1747~1812)

 マイアミ族の酋長アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦い、オーギュスタン・ド・ラ・バル大佐戦死させた。独立戦争後はワイアンドット、ショーニー、チェロキー等と北西インディアン同盟を結びアメリカと戦った。(北西インディアン戦争1785~1795)。ハーマー作戦勝利したほか、アーサー・セントクレア少将を破り、600名の大損害を与えた。しかし、フォールン・ティバーズの戦いで敗北し降伏した。

ブルージャケット1738~1810

 ショーニー族の戦士アメリカ独立戦争ではイギリスと組んでアメリカと戦った。北西インディアン戦争でも活躍し、ハーマー作戦セントクレアの敗北で活躍したが、フォールン・ティバーズの戦いで敗北した。

・バッコンガヒラス1720~1805

 レナペ族の酋長アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争アメリカと戦い、セントクレア将軍を破ったが、フォールン・ティバーズの戦いで敗れた。

・エグシャワ1726~1796

 オタワ族の酋長アメリカ独立戦争、北西インディアン戦争アメリカと戦い、フォールン・ティバーズの戦いで負傷した

・テカムセ1768~1813

 ショーニー族の酋長白人侵略に対し、インディアン全体の団結を広く呼びかけた。ティッペカヌーの戦いで敗れたが、抵抗を諦めず、米英戦争イギリスと組んでアメリカ交戦した。デトロイド包囲戦で米軍を破り、メグス包囲戦でも攻略には失敗したものの損害を与えた。しかし、テムズの戦いで戦死し、彼の壮大な夢は叶うことが無かった。ちなみにテカムセと米英戦争敵対したウィリアム・ハリソンは1841年9代目大統領就任するが、わず31日で病死した。

ウィリアムウェザーフォード1765~1824

 マスコギー族の戦士。1811年の大地震白人と戦えというメッセージ解釈し、交戦レッドスティックスを率いクリーク戦争(1813~14)を戦った後に降伏した。ちなみにクリーク戦争活躍したジャクソン大統領は後に7代目大統領就任インディアンへの弾圧虐殺を行った。

・メナワ1765~40頃

 マスコギー族の戦士レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争を戦い、戦後土地割譲同意した酋長暗殺するなど強制移住抵抗し続けた。

ピーターマックイーン1780頃~1820頃

 マスコギー族の戦士レッドスティックスのメンバーとしてクリーク戦争活躍バーンコーンの戦いで米軍勝利した。 

レッドバード1788~1828

 ウィネベーゴ族の酋長白人に対して友好的であったが、鉱山労働者の横暴に耐えかね、1827年ウィネベーゴ戦争を起こした。米軍に敗れ、翌年獄死した。

ブラック・ホーク(1767~1838)

 ソーク族の酋長白人土地侵略に対し、1832年フォックス族、ポタワミ族と結託してブラックホーク戦争を起こした。しかし、この戦いはインディアンが数百人殺される悲惨な結果に終わり、ブラックホークは降伏し、捕虜となった。

オセオラ1804~38

 セミノール族の戦士強制移住に反発し、第二次セミノール戦争(1835~42)が勃発した。ゲリラ戦法に苦しめられた米軍は和平交渉を行い、交渉の場に向かったオセオラを捕らえた。彼はその後獄死したが、セミノール族の怒りは収まらず、戦争は続いた。なお、セミノール族の一部は最期までフロリダの奥地に居座り続け、現在に至るまでアメリカ降伏していない

ミカピー1780~1848

 セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争活躍し、デイドの戦いで100人米兵戦死させた。

ビリー・ボウレッグス1810頃~1859

 セミノール族の酋長オセオラが獄死した後も第二次セミノール戦争継続し、オキチョビー湖の戦いで勝利するなど活躍した。第三次セミノール戦争でも米軍を苦しめたが、強制移住に従った。

・アビアカ1760~1860

 セミノール族の戦士。第二次セミノール戦争に加わり、オキチョビー湖の戦い、ロクサハッチーの戦いで米軍勝利した。

 

バッファロー・ハンプ1800頃~1867頃

 コマンチ族の戦士。同朋が虐殺された報復1840年の大襲撃を行った。43年テキサス政府と和平を結び、晩年は農夫として暮らした。

・ワルカラ1808~55

 ユート族戦士。その知恵と武勇から砂漠ナポレオン」「史上最大の馬泥棒」と呼ばれた。モルモン教入植者対立し、1853年から翌年にかけてワルカラ戦争と呼ばれる一連の襲撃を行った。

・カミアキン1800~1877

 ヤキマ族の戦士白人探鉱者との対立からヤキマ戦争(1855~58)を闘った。降伏拒否してフラットヘッド族の下に逃れた後に故郷に帰還し、最期まで立ち退きを拒否した。 

レスキ1808~58

 ニスカリー族の酋長白人土地侵奪に反発し、ピージェット戦争(1855~56)を闘ったが、捕らえられ処刑された。

・テカムタム?~1864

 アサバスカ族の酋長鉱山労働者たちの横暴に反発し、ロングリバーウォー(1855~56)を戦い敗れた。

カイルーク

 モハベ族の酋長。当初は白人に対して友好的だったが、モハベ戦争(1858~59)を戦うようになった。降伏し捕らえられるも、脱走を図ったため射殺された

・ヌマガ1830~71

 パイユート族酋長白人との平和を望んでいたが、探鉱者たちがパイユート族の食料を奪ったため、1860パイユート戦争を戦った。敗戦後も白人部族平和のために生涯を捧げた。

マヌエリト1818~93

 ナバホ族戦士1860~66年までアメリカ政府土地収奪強制移住政策抵抗し続けたが、後に降伏し、移住を受け入れた。

アントンガ・ブラックホーク

 ティンパノゴス族の酋長モルモン入植者対立し、1865年ユタパイユート、ナバホと結託しブラックホーク戦争を仕掛けた(ソーク族のブラックホーク戦争とは別)。70年にアントンガは結核で亡くなるが、72年まで闘争は続いた

マンガス・コロラダス1793~1863

 アパッチ族酋長1830年家族や同朋をメキシコ人虐殺されたため、米墨戦争ではアメリカと組んでメキシコと戦った。後に後述のコーチーズと共に米軍と戦った。和平交渉最中に捕らえられ、処刑された。

コーチーズ1805~1874

 アパッチ族酋長マンガスの義理の息子。1861年入植者の息子を誘拐したというあらぬ疑いをかけらたことがきっかけで1872年に和平が成立するまで白人たちと死闘を繰り広げた。 

・リトル・クロウ1810年頃~63

 ダコタ・スー族酋長白人に対して従順であったが、1862年飢餓に耐えかね一斉蜂起を起こし敗れた。翌年逃亡先で農夫に発見され射殺された。

・ドヘサン1790年前後~1866

 カイオワ族の酋長第一アドビ壁の戦いでアメリカ軍に勝利した。

ホワイトベアー(サタンタ)1820頃~78

 カイオワ族の戦士第一アドビ壁の戦いで活躍したほか、ウォレンワゴントレインの襲撃も成功させるなど戦果を挙げた。第二次アビド壁の戦いに関与し、1874年逮捕され、投身自殺した。

シッティングベア(サタンク)1800頃~1871

 カイオワ族の戦士ウォレンワゴントレインの襲撃など軍事基地、幌馬車、入植地への襲撃を多数成功させたが、1870年逮捕され、翌年逃亡を図り殺された。

・ローン・ウルフ1820頃~79

 カイオワ族の酋長交渉によりウォーレンワゴントレイン襲撃で逮捕されたホワイトベアビッグ・ツリーの釈放を実現した。1873年息子と甥が白人に殺されたことがきっかけで闘争を開始。クアナパーカーと組んでレッド・リバー戦争を戦ったが、降伏した。なお、ビッグ・ツリーは他のカイオ戦士と違い、レッド・リバー戦争に参加していない

 

ローマン・ノーズ1830年代~68

 シャイアン族の戦士強制移住に反発し、スー、アラパホと結託してコロラド戦争(1864~65)を戦う、ジュールバーグの戦い、プラット橋の戦いで白人勝利するなど活躍した。和平派が強制移住にしたがった後も白人と戦い続け、1868年ビーチャ島の戦いで戦死した。酋長ではないが、勇猛さとカリスマから白人から酋長であると誤解された。

レッドクラウド1822~1909

 ラコタスー族戦士ララミーからモンタナへの金鉱に向かう道路建設に反発し、シャイアン、アラパホと結託してレッドクラウド戦争を戦った(1866~68)。米軍道路建設を諦め、砦を放棄したため、和解が成立。レッドクラウド居留地に入り晩年キリスト教改宗した。 

ハイバックボーン1820~1870

 ラコタスー族戦士レッドクラウド戦争に参加した。戦後敵対するショショーニ族と交戦し、戦死した。

 

ヤングマン・アフレイド・オブ・ヒズホース(彼のウマを恐れる若者)1836~1893

 ラコタスー族戦士レッドクラウド戦争に参加、ウーンデッドニーの虐殺後はアメリカ政府平和交渉に当たった。

キャプテンジャック1837~1873

 モードック族の酋長居留地への強制移住に反発し、複雑な地形を利用して装備、戦力で勝る米軍を苦戦させた。(モードック戦争1872~1873)戦争の途中の和平交渉が決裂し、エドワードキャンビー少将殺害されたため、インディアン戦争米軍将軍が殺された唯一の戦いとなった。降伏絞首刑に処されたキャプテンジャック遺体見世物とされた。

スカーフェイスチャーリー1830頃~1896

 モードック族の戦士モードック戦争に加わり、サンビュートの戦いで勝利した

・アイアン・ジャケット1790前後~1858

 コマンチ族の酋長スペイン人の鎖帷子を身にまとって戦い、勇名をはせた。しかし、彼の防備はリトルローブクリークの戦いではライフル弾を防げず、戦死した。

・ペタ・ノコナ1820頃~1864

 コマンチ族の酋長。アイアンジャケットの息子。1836年パーカー砦を襲撃し、白人女性シンシアパーカー誘拐、妻とする。1860ピーズ川の戦いで敗れ妻を連れ戻された悲しみと戦傷から亡くなった。

https://anond.hatelabo.jp/20221007130539

2021-07-10

アメリカ歴代大統領

1.ジョージ・ワシントン1789~1797)(無所属

 言わずと知れた初代大統領アメリカ独立戦争を勝ち抜いた。

2.ジョン・アダムス(連邦党)

 合衆国建国の父の一人。フランスとの戦争回避した。移民法と治安法に署名

3.トマスジェファソン()民主共和党

 合衆国建国の父の一人。フランスからルイジアナを買収した。出港禁止法により対英戦争の回避に尽力した。

4.ジェームズ・マディイソン(1809~17)(民主共和党

 憲法の父。大統領としての初の宣戦布告をし、米英戦争を起こした。

5.ジェームズ・モンロー(1817~1825)(民主共和党

 合衆国建国の父の一人。奴隷制を巡るミズーリ協定を制定。スペインからフロリダを買収。モンロー宣言を発表し、孤立主義を打ち立てた。

6.ジョン・クインシー・アダムズ(1825~1829)(民主共和党

 関税法設立、軍の巨大化などを試みるもジャクソンらの激しい妨害に遭い大した功績を残せなかった。大統領就任前は外交官として活躍し、米英戦争終結、モンロー宣言の起草などに貢献した。

7.アンドリュー・ジャクソン(1829~1837)(民主党

 白人男子普通選挙制、地方役人を自らの支持者で固める猟官制を確率インディアン移住法を制定し、激しい弾圧を行った。大統領就任から軍人として活躍し、米英戦争セミノール戦争インディアン虐殺した。

8マーティン・ヴァン・ビューレン(1837~1841)(民主党

 オランダ系。任期中に1837年恐慌が発生した。更にアルーストック戦争、キャロライン事件で対英関係に緊張が生じた。

9.ウィリアム・ハリソン(1841)(ホイッグ党

 就任わず31日後に肺炎で死去。就任前はティカピヌーの戦いでショニー族を破ったことで名高かった。

10.ジョン・タイラー(1841~1845)(ホイッグ党

 任期末期にテキサス併合され、南北戦争の遠因になった。

11.ジェームズ・ポーク(1845~1849)(民主党

 米墨戦争勝利し、広大な領土を獲得した。スミソニアン博物館海軍士官学校設立した。米国史上最低の関税の一つであるウォーカー関税設立

12.ザカリー・テイラー(1849~1850)(ホイッグ党

 任期中にカリフォルニアゴールドラッシュが発生し、奴隷制を巡る対立が激化した。

13.ミラード・フィルアモ(1850~1853)(ホイッグ党

 1850年妥協により、南北対立一時的回避日本ペリー派遣した。

14.フランクリンピアス(1853~1857)(民主党

 カンザスネブラスカ法を支持し、北部から強い反感を買った。オステンド宣言を発表し、スペインからキューバを奪おうとするも失敗。

15.ジェームズブギナン(1857~1861)(民主党

 南北戦争回避に尽力するも、水の泡とかした。

16.エイブラハム・リンカーン(1861~1865)(共和党

 南北戦争勝利に導いた奴隷解放の父として知られるが、実は奴隷解放には消極的であり、インディアンに対しても激しい弾圧を行った。

17.アンドリュー・ジョンソン(1865~1869)(民主党

 合衆国の再建を担ったが、奴隷制を支持したため、議会と激しく対立した。

18.ユリシーズ・グラント(1869~1877)(共和党

 南北戦争北軍勝利に導いた英雄であったが、在任中は多くの汚職事件が発生し、米国史上最悪の大統領とも評される。

19.ラザフォード・ヘイズ(1877~1841)(共和党

 南部駐在していた北軍撤退させたため、黒人差別が再び激化した。1877年鉄道ストライキに対しては連邦軍を派遣して鎮圧した。

20.アンドリュー・ガーフィールド(1881)(共和党

 就任後4ヶ月後に銃撃され、その2ヶ月後に死去した。

21.チェスターアラン・アーサー(1881~1885)(共和党

 地方公務員を資格により採用するペンドルトン法を制定。

22.クロバー・クリブラント(1885~1889)(民主党

 州際通商法により鉄道運賃規制公約であった保護関税の引き下げには失敗した。

23.ベンジャミン・ハリソン(1889~1893)(共和党

 シャーマン反トラスト法、高関税マッキンリー関税などを制定した。

24.クロバー・クリブラント(1893~1897)(民主党

 再選された。1893年恐慌解決に失敗した。プルマンストライキなど反政府デモ労働運動には激しい弾圧を加えた。

25.ウィリアムマッキンリー(1897~1901)(共和党

 金本体制ティングレー関税法を制定。米西戦争勝利し、フィリピングアムプエルトリコを獲得した。ハワイ併合した。中国に対しては門戸解放を主張した。

26.セオドア・ルーズベルト(1901~1909)(共和党

 独占禁止法を制定。中米に対しては棍棒外交を展開した。自然保護に尽力した。日露戦争調停したことからノーベル平和賞を受賞した。

27.ウィリアム。タフト(1909~1913)(共和党

 ラテンアメリカアジアに対してドル外交を展開。

28.ウッドロー・ウィルソン(1913~1921)(民主党

 第一次世界大戦に参戦。国際連盟設立した。

29.ウォレンハーディング(1921~1923)(共和党

 ワシントン会議を開催。内政面では富裕層優遇した。在任中に多くのスキャンダルが発生した。

30.カルビン・クーリッジ(1923~1929)(共和党

 パリ不戦条約を締結。内政では自由放任政策を行った。

31.ハーバードフーヴァー(1929~1933)(共和党

 世界恐慌への対応を誤り、民主党に敗れた

32.フランクリン・ルーズベルト(1933~1945)(民主党

 ニューディール政策により不況を脱した。中米諸国に対しては善隣外交を展開。日本への石油輸出を禁じて、太平洋戦争引き起こした。

33.ハリー・トルーマン(1945~1953)(民主党

 日本原爆を投下した。NATO、CIA、国防総省、NSAを設立共産主義に対しては封じ込め政策実施朝鮮戦争に参戦。

34.ドワイト・アイゼンハウアー(1953~1961)(共和党

 封じ込めよりも強硬な巻き返し政策提唱武力行使すら辞さないとしたアイゼンハウアー・ドクトリン提唱した。

35.J.F.ケネディ(1961~1963)(民主党

 アイルランド系カトリックキューバ危機に対処し、核戦争回避した。宇宙開発にも力を注いだ。ニューフロンティア政策に基づき、公民権運動積極的であった。

36.リンドン・ジョンソン(1963~1969)(民主党

 「偉大な社会」を唱え、公民権法を制定した。ベトナム戦争に参戦し、泥沼化させた。

37.リチャード・ニクソン(1969~1974)(共和党

 ベトナムから撤退ソ連中華人民共和国訪問し、緊張緩和を進めた。金とドルの交換を停止した。

38.ジェラルド・フォード(1974~1977)(共和党

 前大統領に引き続き、デタント推し進めた。在任中に日中貿易摩擦が生じた。

39.ジェームズカーター177~1981)(民主党

 人権外交を展開し、パナマ運河返還第四次中東戦争仲介、米中国正常化を果たした。

40.レナルド・レーガン(1981~1989)(共和党

 「強いアメリカ」をスローガン福祉削減、減税などを行った。レバンノン出兵グレナダ侵攻など強硬対外政策を展開した。

41.ジョージ・ブッシュ(1989~1993)(共和党

 レーガン政策継承マルタ会談冷戦終結宣言湾岸戦争イラクを破った。

42・ウィリアムクリントン(1993~2001)(民主党

 オスロ合意ベトナムとの国交回復ボスニア和平などを実現した。反面、多くのスキャンダルに悩まされた。

43.ジョージ.W.ブッシュ2001~2009)(共和党

 同時多発テロを契機に「テロとの戦い」を主張、アフガン攻撃イラク戦争に踏み切った。

44.バラク・オバマ2009~2017)(民主党

 黒人医療保険制度改革軍縮などを実行した。

45.ドナルド・トランプ2017~2021)(共和党

 アメリカ第一主義を主張し、移民制限WHO,ユネスコなどからの脱退を実現した。

46.ジョセフ・バイデン2021~)(民主党)NEW!!

2020-02-26

ユグルタ戦争米墨戦争

内戦に先駆ける外征戦争で両陣営の多くの人材が参加した

他にこういう例ってない?

黄巾の乱は、それ自体内乱からちょっと違うか

追記

文禄・慶長の役から関ヶ原の戦いもそうだな

元々はアレクサンドロス東征とディアドコイ戦争で、こういうのが好きになった。

かつては轡を並べて戦った将たちが、今度は戦場で相対するってロマン

 
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