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2009-07-15

東京人の告白、「私はアメリカ人を恨んでいない」

一人の東京人としてアメリカ人を恨むかと言えば、私はその資格を有する人間であろう。しかし、私はアメリカ人を恨んではいないし、そうしたいとも思わない。

戦争が始まる直前、曽祖父は親族東京の各地に散らばせた。

神田上野新宿中野高円寺など

東京空襲されたあの日、本家爆弾が直撃しすり鉢になった。

防空壕に潜っても死んだものもあったと聞く。

100軒をゆうに越すほど所有していた長屋も焼け落ちた。

一族の家もほとんどが火災で焼け落ちた、現金ゴミになり、国債も紙切れに。

皇族を相手にするような生業をしていたので職業そのものがGHQに禁止され、守らなければ逮捕された。

いかがわしい商売ではなく現代では合法的にあるものだ。

混乱下、泥棒にあったことも1度や2度ではない。

本当に食べるのに苦労したらしい。

当時はなんの価値もなかった土地がいまではこんなになっているが、当時は本当にはした金で買えるものだったそうだ。

土地より建物の方が価値があったから建物を所有していたそうだ。

戦争は多くのものを失い、奪っていった。

ほとんど何も残らなかった。

だがそれは戦争だからだ。

戦争は多くの参加者にとって「得る喜び」というものは無い。

失うことへの悲しみが参加者を駆り立てる。

失ってしまったことへ対して恨んでも何もはじまらない。

2009-05-23

これ、そんな大した話なのか?

“「オタクポルノ規制の経緯を知れ」はオタク教養的抑圧か?”http://d.hatena.ne.jp/y_arim/20090521/1242967919

 ただ……ぼくが思うのは、たとえばamamakoくんのような20代前半くらいの若い(そして最近増えた)オタクにとって、そんな昔のオタク史など知ったことではないのではないかということだ。それどころか、「上の世代の教養的抑圧」のひとつと受け取られて反発される可能性はないだろうか(実際どう思うか、amamakoくんには聞いてみたい)。

たまのよいy_arim先生はむつかしい話も理解できるので私とは違うものが見えているのだろう、と思いつつ、どうしてもこう考えてしまうんですね。「これそんな大した話なのか?」

だいたいamamakoくんは「教養的抑圧」ってだいすきなんじゃないか。

amamako 2009/05/18 22:11

なんか、↓の台詞思い出しちゃうなぁ

戦線から遠退くと楽観主義が現実に取って代る。そして最高意志決定の段階では、現実なるものはしばしば存在しない。戦争に負けている時は特にそうだ。」

のあたりなど、amamakoくんが「教養」をこよなく愛しているのが感じられて私などは知っただけで耳まで赤くなるのですね。もちろんこの元ネタは本来の元々ネタジェイムズ・F・ダニガン『新・戦争テクノロジー』ではなく、『機動警察パトレイバー2 the Movie』(1993)であります。

で、y_arim先生のお説に戻りますが、先生の書いたエントリ冒頭の引用をざっと読むと、まるで

そもそもエロ漫画の摘発なんてエロ劇画黎明期の70年代から例があるし、エロゲだって、177とか沙織事件とかガイナとか。ずっとこうなのよ、ポルノ業界は。

 で、ロリコン漫画アニメ絵エロ漫画)ブームが82~83年あたりからなので、オタクポルノ業界は、警察に手を入れられて逮捕者出してからのほうが歴史長いんですよね。実は。

なんつって「いままでのれきし」を開陳するNaokiTakahashiさんが、なるほど「上の世代の教養的抑圧」派に見えそうになる。でもそれぜんぜん違うと思うのね。「守るべきもの - 日常ごっこ」コメント欄を見れば、冒頭のあたりって

amamako 2009/05/18 22:11

http://d.hatena.ne.jp/amamako/20090516/1242467278より

"そもそも今まで何でエロゲ―がそんなに注目を浴びなかったかといえば、それはゾーニングがきちんとされてきたというよりは、端的に「パソコンとかがまだマニアしか持たないものだったから」でしょう。つまり、余程のこと、例えばいきなり秋葉原にやってきてどっかのいかがわしいビルに入り込んで地下一階に行くとか、そういうかなり直接的な行動が無い限り、エロゲ―なんてものはそういう人の目に触れることはなかった訳です。

(=つまり、「今」以前の歴史において、ゾーニング関係なく、エロゲはさほどの注目を浴びる状況に無かった)

amamako 2009/05/18 22:29

実例を出してみなさいよ?松文館事件以前にエロマンガわいせつ物扱いされて、出版社社長や作者が逮捕されるようなことがあった?青少年育成条例だってどんどん厳しくなってゲームにも適用されるようになっている(まぁ、これはゾーニングが厳しくなったってことだから、厳密には規制とはちがうけど、でも有害図書への圧力が厳しくなっているっていう意味ではあるよね?)。自民党青少年環境対策基本法公約にし、参議院に提出なんかもしている。こんな風な実例に匹敵するような実例が果たしてあるの?どっかの県で青少年育成条例がゆるくなったりした?

(=「松文館事件」以前の歴史において、わいせつ出版物への弾圧や、考慮すべき「規制強化」の実例など無い)…みたいに、「教養的抑圧」をまるだしにしつつ「いままでのれきしにおける事実の非存在」をおれっちは知ってるんだぜへへん、というamamakoくんに対して、各氏が返す刀で「 そ ん な ん あ っ た ち ゅ う の 」とamamakoくんを足場ごとまっぷたつ、というようなシーンに思われるのです。amamakoくんもまた、

amamako 2009/05/20 15:46

>成年向け同人誌作者が74人逮捕

それは知りませんでした。すみません。

沙織事件

それも話には聞いたことがあったんですが、しかしその時のエロゲーへの注目のされ方とはまた違う注目のされ方が今なされている、またはこれからなされるというのが僕の仮説です。

「実例を出してみなさいよ?」と啖呵を切っといて「知りませんでした。すみません」、「それは知ってたけどぼくには仮説があるんだ! あと注目が今されてるかこれからかはまだいえない」(←「調査したり出来るけど、そんなことまでやる義理はないし」じゃなくて事実を調べて仮説を補強しろよ)とアレな態度で。これはどうにも

 ここで起こるのが、あの忌まわしい「教養的抑圧」というやつだ。「○○も知らずに偉そうに!」「○○知ってりゃ偉いのかよ!?」……ええ、ええ、わかってます、自戒込めてます。

という「amamakoくんのような若いオタクに対して、昔のオタク史を知ってるやつが偉そう」という話とはいえず、

現在オタク過去30年以上にわたって積み重ねられてきた歴史的文脈のようなものからは切断されている

だの

規制については歴史的経緯を知らないとマズいということだ。

だのという大仰な話でない、「たんにamamakoくんが偉そう、かつよく知りもしないジャンル大口」という話ではあるまいか、と考えてしまうのです。

「これそんな大した話なのか?」。

2009-05-22

自爆テロ非モテ動乱

いやあ、昨日の日記に書いた考察に合わせたかのように

異なる思想非モテ同士の軋轢と対立が激化してきましたね。

本日18:00をまたいで、あからさまに「いかがわしいオフトピを

乱立させるという自爆テロが発生していました。

トピ自体は運営によって、すぐさま鎮圧されましたが。

犯行声明はありませんでしたが、首謀者のプロフィールから察するに

くだんの「ホストオフ」が規約違反だと通報したにもかかわらず

いっこうに削除されないことに腹を立て、別アカを仕立てて

運営への抗議の一環として自爆テロを敢行した模様です。

今回の犯人は明白に「不本意諦念派」のようです。

本当は卒業したいのに卒業できそうにない重度非モテ層で

ホストオフに参加できるような軽度非モテ層に対する

嫉妬と憤懣が募っていたのだと推測されます。

しかし、これは非モテSNSにとって起こるべくして起こった事件なのです。

近頃の非モテSNS二極化格差は広がるばかりであり

最初からモテる気がさらさらない「諦念派」ではなく

卒業派」になりたくてもなれない「不本意諦念派」は

取り残されてしまったように感じていてストレスは日々高まっています。

卒業派」の最右翼は、なんといっても「ヌルオタ派」です。

非モテカリスマ、ヌルオタ師が主催あるいはサポートするオフ会

男女の出会い促進を標榜としている点で際立っており、

参加者の規模においても女性動員力も桁違いとなっています。

訴訟沙汰を危惧する運営サイドも好ましからずと思っているでしょうが

その支持層の厚さと、SNS活性化の立役者であるヌルオタ師を

強制的に排除することは得策ではありません。

一方で「諦念派」の中でも「出会い系化」しつつある非モテSNS

懸念を表明する声も日増しにあがってきています。

特に数少ない女性の「諦念派」においては、男女交際よりも

女王のように周りからチヤホヤされることを望んでいる者が多いのです。

かつてオフの少なかった時期においては女性写真を晒さない限り

ほぼ同列に扱われてきましたが、ここにきてオフが頻発すると

やはりオフに参加した女性参加者の美醜の差により格差が生じ

従来の女性なら均質に構築できた逆ハーレム構造

簡単に崩壊してしまうリスクも高くなってきたことを

憂慮しているのかもしれません。

非モテSNSは、その肥大化によって今までの歪みが限界を超え

これから混乱期に突入、そして変革期へと向かってゆくことになります。

奇しくも今回の自爆テロ犯のハンドルネームが「悲鳴」であったように

この変革の痛みに”悲鳴”をあげるものが今後続出するでしょう。

明日の非モテSNSはいずこに!

2009-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20090516014442

ふと思ったんだが。

エロゲ目に付きすぎって人は、なんかいろんな物に毒されてやいないかね?

俺の両親とか、欠片も知らなかったよ。

多くの人は、笑ってやろう程度の興味本位でもなけりゃ、下手すりゃ一生触れない情報じゃなかろか。

今回ニュースになったから、そこから来る情報くらいは知るだろうけれどね。

アキバでは酷いとかの話もみるけど、それってさ新宿の一部地域とかの所謂歓楽街に行って、

いかがわしいざます、こんなの許されないざます」ってキィーってなってる感じがするよ。

西川口赤羽も、摘発入って寂しくなっちまったが、これからはエロゲエロ漫画が同じ道を辿るのだろう。

レイプレイなんて、ちょっと常識のある店なら取り扱わない。

中古も扱うゲーム屋とかで、エロ需要があればあるかもしれないが、それは魅惑的なカーテンの向こう側のはず。

ネット通販があるから、手にしやすくはなったけど、それは子供にしたらかなりのリスクを伴う行為だしな。

宅配テロとか良く聞くけど、あれは酷い、本当に。

2009-05-13

レイプレイ事件周りの記事を読んで

よく見られる否定的な言説に脊椎反射で反感を感じるのは、

エロ本コーナーにわざわざ立ち入って、そこにある本を見ながら

「なんていかがわしいのかしら、こんな下劣なものは許せません。」

と言ってる感じだからなんだよな。

アキバマニアショップまで観光にきて

「うわ、マジ最低。キモッ!」

とか言いいだすDQNカップルとかに近い感じ。

だからどうってわけでもないけれどね。

そこに居る客は、そんなん百も承知だから反感しか生まない。

短絡的な拒絶の表明って、逆効果だよな。

2009-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20090326222016

横だけど、結局あなたはゲルマール・ルドルフとゆーオッサンにただ踊らされてるだけという可能性もあるわけだよね?

そのおっさんが妄言垂れ流してる可能性についてはどう考えるのかな。

一方で、たとえばヒムラーが「ユダヤ人絶滅」に関して述べた記録1943年10月4日付)なんていう一次史料は歴然として存在するわけだよね。ラインハルト作戦、そしていくつもの証言が、大量殺人に関する組織的関与を伺わせるわけだけど、そういった資料を、あなたはそのオッサンの立場を離れて評価し論じることはできるのかね(どの程度信頼できる or 信頼に価しない と、『専門の歴史学者』以上の正確さで? ちなみにゲルマールは知っての通り歴史学者ではないよ。)? できないとしたら、それってそのオッサンに洗脳されて踊らされてるのとどう違うのかね?

物事というのは、どんないかがわしい話でも、見た目だけはもっともらしく話すことはできるものだよ。

2009-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20090317224424

そこいつもいかがわしい広告出してるとこじゃん。

広告の中に出てくる「効きそうな成分」の名前検索したりしてみるとかしてみると何かあるかもねー。

最近ラジオでやってるダイエットサプリ宣伝とか頭悪すぎて笑ってしまった。

飲み始め1日で2キロ減少!とか言ってたけど食事量次第でそのくらい体重なんて変動するだろうし、

1週間で10キロのダイエット成功!とか言ってたけど仮にそんな急激に痩せたらナイスボディじゃなくて皮あまりがタプタプになるだろうに。

http://www.kensei-online.com/detail.php?no=56271

この手の商品、暗示にかかりやすい人なら痩せられるかもね。

2009-02-02

京都住まい考追補

http://anond.hatelabo.jp/20090202013456元増田です。

思いもがけず盛り上がり、色々な声を聞くことができ、新入生・引っ越しを考えている在学生の皆様の参考になったのなら嬉しいです。

蛇足ながらいくつかブコメに対するどうでもいいレスをば。

オタショップ四条にしかないからオタの場合は南に住んだ方が圧倒的にいい

確かにゲーマーズメロンブックス信長書店電気街寺町エリアに足繁く通ったり、エロゲ流通活性化させるために京都駅南側のソフマップ物々交換をしたり、まだ見ぬヨドバシカメライマイチ位置付けがわからないビックカメラなどを射程に入れるには原動機がついた乗り物がないと北部は厳しいですよね。個人的には購入の頻度が低く、その割には交通手段を所有していたので盲点でした。

大学構内に住むのはどうか、と書こうと思ったけど、冗談にしては酷すぎるのでやめた。

Y寮生がコタツに包まって越冬していた石垣cafeに行きそびれたのを今でも悔しく思います。研究室配属以降なら、環境次第では半ばそのようになっている人もいるとか。

俺が京大生なら東大路丸太町ぐらいに住むかなー。

K寮の空気に馴染めるならば、素敵なオタ共同生活を送ることができますね。ビバ談話室。

浄土寺お勧めって書きたかったんだが、10年前にあったコンビニ本屋が無くなってるみたいだ。

遅くまで開いてる銭湯・洛東湯は健在のようですが、いかがわしい本を主力商品としていた書店は店を畳んでしまったようです。新たなスポットとしては岡崎セルフスタンド併設の24時間開いてるコーヒー屋がありますが。

陰湿に続く部落問題にも言及してほしかったなぁ。

差別再生産を助長してしまうことを防ごうとして、元田中のあたりのこととしてものすごく曖昧に書くだけとしてしまいました。京都人の人からすると住所を出すだけで色眼鏡が付いてしまうようですが、「学生さん」特別扱いはまだ残っているようで、直接的に知らないことで苦労することは少ないだろうと思い、半端な言及です。

気候問題

道路の傾斜と同様に冬に寒い北部地域に住むことにより、一度自転車に跨りさえすれば学校でぬくぬくと暖を取り、図書館から追い出されるまで学校で粘りたくなる心性が働き、その意味でもオススメです。

雨・雪が降ると自転車原付での通学は億劫ですが、それと同じくらいに傘をさしての徒歩通学もよほど近くない限り億劫に思えます。どこぞの大王様よろしく降雨・降雪時には積極的にお休みにするのもダメ学生らしいでしょう。

引越問題

私の意見や、他の皆様方の意見はみな直接住んでみたり、横目に眺めたりして形成されたものなので、例え4年の最短で卒業するとしても途中での引越を考える必要がある、というのには賛同いたします。新入生が競争の末に抑えられる物件とはある意味で在学生が移動したあとの出がらし物件でもあるので。

そのために必要なこととしては「更新料を払う回数が少くて済む」という甘言に惑わされずに1年更新の部屋を選ぶことに加え、レンタ軽トラお気楽引越しができるように早々に免許の取得・多少のお礼で手伝ってくれる友人関係の構築も重要と思われます。

2008-12-01

メガネっ娘と精液と僕

僕は中学のころ、わりと勉強が得意だった。それで時々、クラスメイトに授業でわからないところを教えて欲しいと頼まれることがあった。人に教えるというのは、とても効率の良い勉強方法だと思う。どのように説明すれば相手に理解してもらえるだろうかと考えることが、自分自身の理解を深めることに役立つからだ。そのため、頼まれれば面倒臭がらずむしろ喜んで教えていた。

ある日、休み時間に一人の男子生徒(仮にAと呼ぶ)が僕のところにやってきて、質問したいことがあると言った。もちろん普段通り、いいよ何でも訊いてくれと答えたら、Aは次のように切りだした。

「あのさあ、『ザーメン』って何なのか教えて欲しいんだけど?」

僕の思考回路は一瞬、硬直した。コイツハ イッタイ ナニヲ イイダスンダ。明らかに授業の質問じゃないだろう、それは。

かろうじて、どこでそんな言葉を聞いたんだと問い返すと、Aはある男子生徒の名を挙げた。なんでも男子数人でしゃべっている時に、どういう話の流れか知らないが、そいつが「ラーメン注文して、ザーメンが出てきたら嫌だよな」とか言い出したらしい。皆がげらげら笑ったが、Aは一人だけ意味がわからず取り残された。そいつらに尋ねても教えてくれない。で、仕方なく僕に訊くことにしたそうだ。

もちろん、僕はすでにその言葉意味を知っていた。僕の成績がそれなりに良いのは知的好奇心の賜物で、その好奇心エロ方面にも存分に発揮されていたわけだ。けれど、それは紛れもなくいかがわしい単語であり、その意味を知っていると表明するのは、はばかられた。なにしろ中学生である。他の連中に何を言われるか、わかったものではない。

やはりここは、自分もわからないと言ってごまかしてしまおうか。でも、本当は知っているのに知らないと言うのはどうにも抵抗がある。そのように葛藤して答えあぐねていると、黙っている僕を見かねたのか、Aはこんなことを言い出した。

「わかんないよね。じゃあ、Bにでも訊いてみようかな」

これはまずい。Bというのは僕らのクラスメイトで、特に成績が良い、女子生徒だった。僕は慌てた。このままだとこいつはB(メガネっ娘。ロングヘアー。かなりかわいい)のところに行って、「Bさん、ザーメンって何か知ってる?」とか「Bさん、ザーメンって食べ物なのかな?」とか「Bさんはザーメンを見たことある?」とか訊きかねない。そのような事態は阻止するべきだ。まあ今にして思えば、ちょっと面白そうだけど。

僕は覚悟を決めた。Aにちょっと待ってろと告げロッカールームに行くと、置き勉していた保健体育の教科書を掴んで教室に戻った。そしてまだ良くわかっていないAの眼の前で思春期の心と体に関するページを開く。そこに目当ての単語を発見した僕は、びしっとその文字を指さした。精液。

これを英語(実はドイツ語だが)で言うとそうなるんだと僕は説明した。いかがわしい単語は口に出すことなく、指示代名詞のみで説明を終えた。だから、Aが理解するのに少し時間がかかった。やがて状況を飲み込んだ彼は、頭を抱えて悶えだした。

「うわあ、マジか! 知らなかったぁ。俺、もうちょっとでBに言うとこだったよ。セクハラ野郎になるとこだった。危ねえ、助かった……」

それからAは心底安堵したようにため息をついたあと、机に突っ伏した。

僕は手に持った保健体育の教科書で彼の頭をはたいた。

先週、街中で偶然Bに会った。向こうから声をかけてきてくれたのだが、僕は最初、その女性がBだとはわからなかった。なぜなら、数年ぶりに会うBは、もうメガネっ娘ではなくなっていたから。コンタクトにしたらしい。長かった髪も短くしていた。それでも、やはり彼女はかわいかった。そして左手薬指に光る指輪

ちくしょう

少し前の僕なら、彼女指輪を見てそんな風に悔しがったかもしれない。けれど、今はちがう。

実は僕も年明けに結婚するんだ、とBに伝えた。腐れ縁ってのは厄介なものだよ、まったく。そう言って軽くため息をついた僕を見て、彼女は、

「でもすごいよね。クラスで評判だったもん、Aくんがあなたのこと好きだって。それからずっと想われ続けてるなんて、いいなあ」

と言ってほほ笑んだ。

2008-11-10

問題提起 「好きなマイミクタイププロフ画像が自分好みな人です」

http://anond.hatelabo.jp/20081108194131

もしかしたら気分を害する話かもしれないのだが真剣な悩みなのでできれば聞いて欲しい。

最近気づいたのだが、俺はどうやら好きなマイミクタイプというものは「プロフィール画像が自分好みマイミク」らしい。

(揚げ足を取られる心配よりわかりやすさを優先すれば「プロフィール画像が可愛いマイミク」ということ)

これまでの炎上でわかったことだが、他のマイミクブロックしてきたようなマイミクも含めて、俺の場合、相手のコメントに関しては、かなり酷いところまで許容できる。というか、いくら歪んだ解釈されようが破天荒妄想されようが相手のコメントメッセージだんだん好ましいものに思えてきたりするのだが、プロフィール画像だけは(ブサイクな場合)頑張っても好ましいものとは思えなかった(たとえその子が画像加工などして頑張っているのがわかっても)。

理不尽な紹介文つけられたり雪山の雪崩ほど弾幕エコーに他の人のエコーが流されたり裏表のある公開範囲限定日記に気付かされても、俺はだいたいマイミク削除したりもせず真剣に付き合ってレスを返すのだが、そういうときに心に湧き上がっている思いは「こいつコメントスルーさえしないでくれればなー」ではなく、「こいつがもうちょっと可愛ければコメントスルーされても苦じゃないのになー」という気持ち。醜い思いかも知れないがそれが正直な感情だった。コメントスルー自体には耐えることができた。耐えられなかったのはそのプロフィール画像なんだ。

逆に可愛いマイミクマイミクし合っていたときは、本当に何度でも足あとつけたい気持ちだった。上記と同じような目にあっても最初からおおらかな気持ちで受け止めることができた(日記を読みに来てさえくれないから諍いがおきようが無いとかではない)。

結局他の男に先にサシオフされて以来よそよそしくなったりするわけだが(涙)。

※足あとが頻繁につくとマイミクキモがられるよとかいう話は本題ではないのでここでは結構。

プロフィール画像が一番好きなところだと、真剣に興味があるのだと思ってもらえないのだろうか。プロフィール画像ってそんなにその人の素顔とは別物? 俺はそうは思えないのだが・・・。

「好きなマイミクタイププロフィール画像が可愛いマイミクです」なんて言うとヤリ目にみられてしまいそうな風潮があるのはなぜだろう。プロフィール画像最優先でマイミク対象を選ぶことはそんなにいかがわしいことなのか?プロフィール画像ってそんなに猥褻な要素?

少なくとも今まで生きてきた中で見掛けて来たプロフィールバトン等で、好みマイミクを(冗談ネタ以外で)プロフィール画像重視に答えている人はとんと見たことがない。

その理由としては、

  1. 本当に、プロフィール画像が自分好みかどうかが”好きなマイミクタイプ”の優先事項(聞かれて第一に答えるような要素)である人は実はまずいない。【稀少説】
  2. むしろプロフィール画像が自分好みかどうかが”好きなマイミクタイプ”の優先事項に来ることは大前提過ぎて、あえて言う必要が無いくらいなのが常識なので言わないだけ。常識説】
  3. プロフィール画像が自分好みかどうかが”好きなマイミクタイプ”の優先事項であることを表明することは、ヤリ目に見られるか少なくともイメージは良くないので、思っていても言わない。【建前説
  4. プロフィール画像を要求することは、好みの中でもハイレベルの要求過ぎて、思っていても畏れ多くて誰も言えない。言うなれば、「好みマイミク有名人の本アカウント」と言うのと似たようなもの。【高嶺説】
  5. プロフィール画像画像情報のため、日記や紹介文等以上に、オフで会った場合にイメージが違ったり、GREEでもっと好みの人を見掛けたりしただけで自分への執着が薄れてしまうのではないかと相手に心配を抱かせてしまうので、そのような心配を避けたい相手にマイミクを遠慮される可能性があるため秘めておく。【心配説】

のうちのどれなんだろう。

結論

「好きなマイミクタイププロフィール画像が自分好みな人です」ということは、本当にヤリ目なことなんだろうか。

別に相手の日記を読む気がないわけじゃない。日記は読めば好きになれる自信があるのだ。

だから、俺はプロフィール画像が自分好みマイミクタイプとしか言えない。

だから聞きたい。

もしあなたの目の前に、「好きなマイミクは可愛いプロフィール画像マイミク」「好きなマイミクプロフィール画像美人マイミク」というような人が現れたら、感じ悪い?

別に傲慢な気持ちで言っているのではなく、それが正直な気持ちだから今後そう言って申請すべきかと考えているのだが・・・

2008-11-03

日本は侵略国家であったのか」を読む 補足

http://anond.hatelabo.jp/20081101232814

 こんにちは元増田です。

 どれだけ厳しい批判が寄せられているだろうかと恐る恐るみてみたら、好意的な反響が多く、胸をなでおろしています。

 増田に書く理由としては、ひとつめ、専門外のことに長く関わるつもりがないこと、ふたつめ、連休の出先で手元に一冊の参考書籍もなく、HDDネット上のソースだけを参考に書いたエントリなど、歴史を専攻したものとして、しかも専門外のものとして、とても胸を張って提示できるものではないこと、みっつめ、それゆえ、ホームに書いたら全て書き換えるほどの修正をせずにはいられないだろうが、その気力も時間もないこと、よっつめ、しかし、あれを「論文」とすることには憤りを覚えたので、せめて学問を知る人にはトンデモトンデモであると伝えてみたかったこと、いつつめ、増田であれば上記の点をそれほど気にやまずに済むこと、このくらいでしょうか。したがって、私のエントリはいわゆる「ちらしのうら」です(文献表記がみにくいのもわざとです。すみません)。私はさくっと書き逃げする卑怯者です。内容がいかがわしいのも推敲が甘いのも全て私の責任です。でも、もろもろの言い訳によって逃げられるものではないですよね。ああ。

 さて、前回のエントリでは、後半にさしかかったときにから睡魔に襲われ、最後は「藁人形叩き」ばかりになってしまいました。ようやく投稿できたと思ったら、字数超過で記事を分割せねばならず、つづきでは田母神氏の論文タイトルを間違えてしまいました。謹んで失礼をお詫びします。いろいろとミスがあろうと手をいれるつもりはなかったのですが、批判する論文タイトルの間違いはいくらなんでもひどいので、訂正します(ついでに「シンガポール華僑粛清事件裁判記録」後編のミスも直します)。これも後出しですが、原文が縦書きの漢数字は、横書きなので適宜英数字にしています。

 では、気をとりなおして「藁人形叩き」ばかりをしていたところに補足してみたいと思います。最後に与太話の蛇足ですが雑感を述べてしめます。

 しかし人類歴史の中で支配、被支配の関係戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。

(前回と同じく、はてな記法による引用の出所は、田母神俊雄日本は侵略国家であったのか」2008年http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf

 第2次世界大戦開戦の時点であっても、カナダオーストラリア南アフリカなどが自治領化・独立した例がありますね。フィリピンでも独立を前提とした自治領政府が成立していましたね。

 また、どちらかといえば植民地統治体制の比較の話ですが、自治・独立とまではいかないまでも、現地の住民を支配機構採用していく次のような例もありました。

1920年代より英国ビルマに赴任するICS〔引用者注インド高等文官の略称〕に英国人のみならずビルマ人も採用すべく方針を変え、その結果1939年末の段階で、ビルマにおける全高等文官のうちビルマ人は32.8%を占めるに至った」(根本敬「英領期のビルマ人高等文官(ICS/BSC)とタキン党」『東南アジア学会会報』63、1995年、17ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0004924657

それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない。

 1940年代において、宗主国が疲弊し、植民地独立運動が高揚したのは確かなことでしょう。ただし、歴史学の領分は、「もしも」を考えるというより、その過程をつまびらかにして、それぞれの要因や重要性を検討することにあります。

 まず、開戦の詔書には「東亜ノ安定」「世界平和」「万邦共栄」「東亜安定」「東亜永遠平和確立」という表現はありますが、肝心の戦争目的を述べている部分は、あくまで「今ヤ自存自衛ノ為蹶然起ツテ一切の障礙ヲ砕碎スルノ外ナキナリ」(「御署名原本・昭和十六年・詔書一二月八日・米国英国ニ対スル宣戦ノ件」1941年12月8日アジア歴史資料センターレファレンスコードA03022539800。引用部分の漢字は適宜新字体を用いました。センターホームページの検索バーに左記のレファレンスコードを打ち込めば該当資料のページへ飛べますhttp://www.jacar.go.jp/)ということであり、「アジア民族解放」、「植民地解放」、や「独立」といった文言は一切ないことを指摘しておきます。文面上はまさに自存自衛の戦いをうたっており、解放約束は明文上ではなされていません(ちなみに、みればわかりますが「八紘一宇」もないです)。では、実際、アジア諸国にどう接し、現地住民はどう対応したのか、前回は文献名をあげただけのものから少し引用しておきます。

ビルマ1943年8月1日主権を有する独立国家となったが,真の独立を求めるビルマ人にとってそれは,’’偽の独立’’,’’メッキの独立’’にすぎなかった。ビルマ人は,独立が’’空虚’’であることを知っていた。この当時の日本人に対するビルマ人の態度は,「愛していなくても我慢して接吻する」ようなものであった」(大野徹「ビルマ国軍史(その2)」『東南アジア研究』8(3)、1970、360ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/55632/1/KJ00000134014.pdf原文の注の番号は引用者が削除しました。以下の引用文でも同じ)。

日本の『朝日新聞』は、この作戦について、「皇軍航空部隊の空襲は一見、印度民衆の苦難を一層増大せしめるかに見えるが、爆弾の雨の中に、皇軍印度独立運動に対する無限の慈愛と支援が含蓄されている」と書いていた。まことに「含蓄」の深い論評だったと言うべきであろう」(中里成章「日本軍の南方作戦とインド」『東洋文化研究所紀要東京大学)』151、2007年、190ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/5716/1/ioc151004.pdf)。

「本稿では不十分ながら、日本大東亜共栄圏アジア主義プロパガンダが、そして、その大枠の中で動いたチャンドラ・ボース等の活動が、インド社会との接点を持てずに、空回りしていたことを明らかにしえたのではないかと思う」(前掲中里論文、195ページ。ボースたちについては、197ページの注6、200ページの注22、202ページの注26、208ページの注80も参照)。

 インドネシアフィリピンベトナム抗日闘争について、詳しくは論文本文を読んでいただきたいのですが、結論としては、

「要するに、東南アジア諸国の反植民地民族独立運動は、太平洋戦争日本の侵略によって生じた情勢やその他条件を、主体的、積極的に活用して日本に対応し、戦前に比して飛躍的な成長を遂げた。そして、このことは、戦後における東南アジア諸国の民族独立運動の高揚や民族独立の達成の決定的要因となった。この意味において、太平洋戦争日本の侵略は、東南アジア諸国の民族独立運動史における一大転換点であったということができよう」(谷川榮彦「太平洋戦争東南アジア民族独立運動」『法政研究九州大学)』53(3)、1987年、395ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008279870原文にあった傍点は除いた)。

 以上でつっこみの補足は終わりです。現下の情勢については特に言及しません。

 さて、今回のエントリ執筆目的としては、可能な限り速やかに「論文」が論文になっていないことを示すことでした。大事なのは「内容」とおっしゃるのは結構ですが、学問的に批判可能な形式(もちろん既存の研究にとらわれない革新的な独自形式でも、読者に史料を提示できればかまいません)をとらないものは、「無敵な人」の独自な「歴史観」の告白にすぎないでしょう。それに価値を認めるのは個人の自由ですが、学問教育の場に持ちこむのはお門違いです。そのような姿勢では、いつまでたっても歴史学における扱いはトンデモのままですよ。もちろん、大学研究所にいる専門家でなければ歴史の話をしてはいけないということではないです。「昭和史論争」を引き起こしたのは歴史研究者ではありませんでした。しかし、自己見解教科書にのるような通説となさりたいのであれば、専門家と同じ舞台に立ち、その批判に応答しなければならないでしょう。「つくる会」はその舞台に立つ気はないと宣言した結果どうなっているでしょうか。今なら学術雑誌に投稿しなくても、インターネット上でいくらでも長文の論文発表できますよね。

 一般に、歴史研究者は、四年生大学で専門的なトレーニングを受け、さらに修士課程二年間、博士課程三年間以上を費やして史料を読み込み論文を紡ぎだしています。それでも、個々の論文の結論で言えることはささやかなことです。また、研究会学会書評などの形でお互いに切磋琢磨しています。それぞれが広範な史料に目を通しているからこそ、個々の研究がその時代の歴史像のどこに位置づけられ、どの部分がその時代の特徴をよくとらえられているかを議論できるのです。自分の個別研究歴史研究の大きな流れのどこに位置づけられるのかをとらえるため、歴史を学ぶ標準的な手順としては、まずは先達がエッセンスを詰め込んだ教科書、概説書を読み、そこから主要な研究文献やレビュー論文目録等を漁って研究史をたどり、そこで用いられている史料を読み、先人の研究の妥当性を検討したり自己の問題関心を追求していくのです。木簡のように新しい史料が見つかったり、機密文書が公開されたりして史料が増えれば、それがどのように従来の見解に修正を迫り、新たな知見を付け加えるのか議論します。そのような積み重ねのなか、通史は更新され、教科書記述も変わっていきますが、このことをもって歴史は定まりないものだから最新の研究成果も独自研究も変わりないということは的外れでしょう。それはかえって科学としての歴史学が機能している証拠にほかなりません。

 さて、歴史学者全体がイデオロギー的に偏向している、現行の教科書自虐史観マルクス主義史観に基づいているという「つくる会」の主張もありますね(それでいて『国民歴史』のように、専門家研究から剽窃したりするの会員もいるのは厚顔無恥ですね。参照、尾藤正英『日本文化歴史岩波新書2000年あとがき)しかし、戦後長く標準的な高校教科書として採用されてきた山川出版社の『詳説世界史』の執筆者には林健太郎(故人への敬称は略します)が含まれていました。日本史にしても伊藤隆氏が編者であった『近代II』を含む、『日本歴史大系』山川出版社、1984-90年、が、受験前に初めて読む通史だった私などには、学会の主流がマルクス主義史観など妄言にしか聞こえません。岩波だから駄目などという意見も見ることがありますが、最新の『岩波講座世界歴史岩波書店、1997-2000年、では、古代中世近世近代という時代区分はもはや採用されていません。そもそも研究の場では、評価は自分の目で確かめてから下すもので、事前に確定できるものではないのです。

 私が前回あげた書評にこういう記述があります。

「いずれも〔引用者注:本文でふれられている臼井勝美氏、酒井哲哉氏の研究のこと〕,侵略の時間連続性〔引用者注満洲事変から日中戦争へ〕を,陸軍の遠心性,すなわち現地機関の好戦性や暴走に帰さない画期的研究であった」(加藤陽子書評 安井三吉著『柳条湖事件から盧溝橋事件へ―1930年華北をめぐる日中の対抗―』」『アジア経済』45(9)、2004年、67ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/7473/1/kato45_09.pdf)。

日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する」なんて本質論は、学界ではなされていませんよ。人事面でも、システム設計運用面でも、上部の問題は大きかったですよね。私みたいなものにも自衛隊に信頼できる友人はいますので、余計に上が軍の失敗を反省するそぶりもみせないのは問題と感じるわけです。

 最後に、余計なお節介でしょうが、歴史学入門、史学史についていくつか参考文献をあげておきます。ご興味のある向きは手にとられてみてはいかがでしょうか。

小田中直樹歴史学ってなんだ?』PHP新書2004年。(CiNiiの定額許諾を契約している大学関係者は、下敷きとなった論文DLできるかもしれません。私は今DLできる状況にないので保障はしません)

小田中直樹言語論的転回歴史学」『史学雑誌109(9)、2000年

http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0002622266

歴史科学協議会編『卒業論文を書く―テーマ設定と史料の扱い方』山川出版社1997年

永原慶二『20世紀日本の歴史学』吉川弘文館2003年

 今まで述べてきたような研究の積み重ねに対し、自説の根拠もまともに示さずに自分の意見を広めたいと主張する行為がどういうものか、一度お考えになっていただけたら幸いです。

 また見苦しい長文になってしまいました。最後まで読んでくださった方に感謝します。

(追記)さすがに人名の誤記は看過できないのでミスを修正しました。

(再追記)引用文の出典が抜けていたのも直しました。すみません。

(再々追記)直ちに答えられるトラバをいただいたので応答します。ホロコースト研究の進展について次の文献を参照してください。

健介ホロコーストニュルンベルク裁判」『史論(東京女子大学)』55、2002年http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008575897

2008-09-24

「いまここに突然すげー敵が現れたとする」

元彼も同じことを言ったなぁ、何でだろう、男の人ってこういうことを言うものなのか、ということを思いながらその言葉を聞いた。

元彼も同じことを言った。はじめて付き合った男性で、男の人との接点もあまりなかった私はやぶから棒に何を言い出すのだこの人は、と首をかしげた。彼は笑いながら言った。

「俺先に逃げるから。逃げ足が速いのだけが自慢でさぁ」

ふーん、と思った。そうか、そういうものなのか。自分の身は自分で守らないといけないんだなぁ、そう思っただけだった。一人なら絶対に避けて通るくらい道も、いかがわしい通りも、その人は回り道をするのが面倒だからという理由で通ることを考えると護身術でも習うべきなのだろうか、と当時は本気で考えていた。ネット護身術情報をあさったりなどした。一人なら必要ない、二人になったからたぶん必要になるんだろう、ひとりのように自由気ままにはいられないから、二人になった分だけ心配事は増えるのだ。そう単純に理解した。それでもどこかさびしい気持ちは残った。守ってほしいというわけじゃないけれど、捨てて逃げられるのはそういうものだとしても、寂しい。

だから同じことを言い始めた彼にきっと同じようなことを続けるのだろうという思いと、なぜか湧き上がる一抹の寂しさをもって私は黙り込んだ。彼は気づかずに続けた。

「あなたをおいて逃げれないとか言ったら切れるからな」

「は?」

「いやさ、ここは俺に任せて逃げろ!ってやりたいんだよ一回でいいからさ」

「ちょwwwwwwwねーよwwwwwwww」

「ないかなぁ。まぁあれだ、さっさと逃げろよ」

暗い道は避けてとおるくせに怪しげな道だと落ち着かない顔をして足早になるくせに、危険に遭う前から危険に遭いそうな場所は避けて通るくせに、面白いことをいう人だと思った。同じ言葉から始まったのに全く違うことを言う。嘘でもいいから、危険なことなんてそもそも遭わないほうがいいけど、守られたいわけでもないけれども、でも。もし、という話をしているときくらいこういう扱いをしてくれるのは、悪くない。悪くない。

「……ていうか」

「まーやられちゃったらそれはそれで困るよなぁ」

「うん。ってか私がやっつけちゃえばいいんじゃね?」

「お、いいな。それ最強」

うははははは。って「それ最強」、じゃねーよ馬鹿野郎

2008-09-15

モヒカン族アスペルガー

大して違わないんだけどねー。さて

後藤によれば、ある世代に生まれたことによってすべてが決まってしまうという考え方は「宿命論」であり、シニシズムニヒリズムに通じる。

世代論そのものがもはや用済みなのだ、とかれはいう。その代わり後藤が持ち出すものは、古くて新しい文明の利器、科学である。統計と学術的分析をもちい、客観的かつ実証的に事実を導き出すこと。

『おまえが若者を語るな!』がいろいろとすごい。 - Something Orange http://d.hatena.ne.jp/kaien/20080914/p1

ですが、色々勘違いしてるよね、という。そもそも「時代」というのはアプリオリ存在する客観対象ではなく『論じるという行為によって生み出されるもの』であることは、その本で批判されてるような人らの間では大前提なわけで、「時代なんて幻想です」という批判は彼等からすれば全く痛くないどころか冷笑の対象でしかないと思う。彼等が痛いのは「自分の切り口がもはや有効ではない現象の前で立ち止まっている自分たちに気づいた瞬間」くらいだよね。東浩紀が(あれほど賞めていた)村上隆批判をしていたときは結構痛々しくて気の毒だった。

まあ理系的発想で社会学ぽい言説をぶった切りしたい欲望は分からないでもないけど、それって一歩間違うと単に「物事の繋がりや文脈」が理解できない人=アスペルガー的症状にしか見えないんだよね。自閉症スペクトラムには入らない程度でアスペルガーな人って、ある種の超理系人間モヒカン族に多いと思うし、自分も幾分その気があるから分からないでも無いんだけど。また社会学が大概いかがわしいという言説も、もはや使い古されているわけで今更そんな話したくもないんだけど、もしそういう話を全然聞いたことがないなら「反社会学講座」(パオロ・マッツァリーノちくま文庫)でも読むといいと思うよ。

2008-08-31

http://anond.hatelabo.jp/20080831153744

子供は望んだからといって、夫婦の間に生まれるわけではないし、その子が五体満足で生まれるとも限らない。

母体が39歳、最後のチャンスで妊娠、て事も多いにありうる。

人それぞれ、色々と事情があるんだよ。

だから「早期発見したなら生まない方向で」という意見はあってもいいとは思うけど。

すでに生まれてる人に向かって言うのはフェアじゃない。

「有名大学出身のヒルズ予備軍じゃなけりゃ、この先苦労する一方だし、金に困った連中いかがわしい商売もするだろうから、分かった時点で自殺した方がいい」というのと一緒。

周りに迷惑をかけてる、と分かってても、どうしようもない事ってのは結構あるわけです。

許せる間は許してやろうじゃあないですかね。何事も。

2008-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20080727083338

前半はまだ良いとしよう。しかし後半からかなりいかがわしいのだが。

元増田は実際に自分でやったのか?

体験エピソードみたいな話がなきゃ俺は信じないぞ。

2008-05-04

http://anond.hatelabo.jp/20080504122757

とりいそぎネット上にある情報をもってきてみたお

http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/roman/lex.html

ユリウス正式婚姻法の欄ね。

こんなにごつい法律で飴とムチをふるわなくちゃいけないくらい少子化が問題化していたんだと思う

下に引用してみたけど「女性の場合」の項目が随分大鉈ふるった政策してるよー

「第三子の誕生で初めて税免除」から推測するに、三人目を産むケースは珍しかったんじゃないかと。

大多数の女が三人産んでれば、優遇する意味なんかないし。

ユリウス正式婚姻法(前18年成立、前15年実施)

 アウグストゥス提出の法案で、元老院議員階級騎士階級に属する人が対象。男は25歳??60歳、女は20歳??50歳の圏内にある限り、結婚していなければいろいろな不利が課されるという法律

男性の場合)

 第一子の誕生で初めて、法定相続人以外にも遺産を相続させることができる。

 また、独身男性は以下のような公生活上の不利が課される。

1.市民集会での投票で決まる政務官職は、獲得票数が同じならば、独身者より既婚者、既婚者の中でも子を持つ者、子を持つ者の中でも数が多い者、という順で優先されるように変わった。

2.元老院での議席取得も、資格能力ともが同一線上にある者ならば、上の順位で優先される。

3.元老院属州に赴任する総督の人選も、上の順位が準用された。

4.各政務官職間には休職期間が設定されていたが、子1人につき1年間の休職期間の短縮が決まり、子を多く持つ者が、国家の要職を次々に歴任することができた。

女性の場合)

(1)未亡人の場合でも、子がいなければ、1年以内に再婚しなければ独身並とされる。

(2)子を持たない独身女性は、50歳を越えると、いかなる相続権も認められず、また5万セステルティウス以上の資産を有する権利を失い、誰かに譲渡しなければならなかった。

(3)2万セステルティウス以上の資産を持つ独身女性には、年齢に関わらず、結婚するまでの毎年、収入の1%を国家に納めなければならなかった。なお、第三子の誕生で初めて税免除された。

(4)3人の子をなした女性は、実家の父親に公使権のある「家父長権」から解放され、自らの資産を自由に遺贈することができ、他人からの遺贈も自由であるといった、経済上の男女平等保証された。

また、奨励されない結婚として、次の二例が明記された。

(1)規定圏外の年齢の者の間での結婚

 法律で禁止されてはいなかったが、夫と妻の双方が規定の年齢枠外にある場合、また、夫と妻のどちらか一方が規定の年齢枠外の場合、夫の死後の遺産相続権は妻には認められず、没収された遺産は国庫に納められるという税制面の不利があった。

(2)いかがわしい職業の者との結婚

 法律で禁止されてはいなかったが、正式の婚姻とは認められず、独身と同じ扱いをされた。

 離婚については、公表が義務づけられ、この公表も7人のローマ市民権保持者の承認なしには受理はされない。義務を怠った場合、罰則が科された。そして、離婚の可否は、元老院議員を長とした委員会での採決を必要とした。

2008-03-18

今は昔

以前の知人の名前をググっていたときに、偶然 2chスレにその名前が載っているのを見つけた。

そのスレは、失敗したベンチャー企業とかナンとかというタイトルだったと思う。そう、知人とは、ベンチャー企業経営者だった男だ。いや、「だった」というのは正確でない。なぜなら、今でも経営そのものは続けているらしいからだ。

ググったときに出てきた結果から、今その男がおかしな宗教じみた blog を書いているとか、学術的根拠のなさそうないかがわしい健康食品ネットショップを運営しているとかということを同時に発見できた。

そうした彼の現状、そして先に発見した 2chスレ、そこには 20 世紀末のあだ花だったベンチャー企業の数々が書き連ねてある、それを合わせて見た時に、俺はなぜか溢れてくる涙を止めることができなかった。なぜだろう。ネットバブルの光芒があまりに輝かしかったからだろうか。

20 世紀末当時、俺は田舎町でスモールビジネス、当時の言葉で表せば SOHO の振興活動をしていた。そのときに主催した講演会ゲストスピーカーに呼んだのが彼だった。

彼自身も、スモールビジネスから VC の出資を経て起業をした男だった。そうした実体験に基づいた彼のトークは、SOHO が何たるかすらわからなかったであろう地域の人々に感銘を与えた。

そんな彼は、おそらく今は出資金のほとんどを食いつぶすだけでなく、個人レベルで細々と開業・運営できるようなネットビジネスで何とか食いつなぎ、いや、もしかすると日々の食事にすら困窮するような生活なのかもしれない。

思い出せば、blog なるものが広く知られるずっと以前に彼から Geeklogスクリーンショットを見せられ、「これはブレイクするぞ」と言われたことがある。その意味が理解できなかった俺は、彼にあいまいな返答しかできなかった。

少なくともそこで彼が意志を貫いていれば、良かれ悪しかれドリコム内藤のようになっていたかもしれない。でも、俺がそれを強く勧めなかったことを自省するつもりはない。内藤になるのはいかにもいただけないばかりでなく、結局成功のキッカケを掴むかどうかは本人次第なのだから。

宗教的思考で平安が得られ、健康食品で世に貢献したいと考えるのであれば、彼にとってはそれはそれでいいんじゃないかと俺は思う。でも、もはや彼とは一縷のつながりもなくなってしまった今は、やはり淋しさを拭えない。なぜなら、共に闘った日の事を思い出さずにはいられないから。

2008-02-29

誕生日

暦の上ではひとつの節目。ほら、と指折り数えるように季節は過ぎ行く。夏と秋の間には確かにのっぺりと横たわるものがあり、それが僕らの気づかない進度で歩を進めた。徐々に徐々に森羅万象、そこかしこにその歩みの影を落としていった。僕らは気づかなかった。何故なら海はまだ青く、膝までつかった水温が迫りくるものが到来する時が遥か遠く先であることを語った。

 際限なく無限増殖する細胞のような入道雲は今にも落ちてきそうな程低く、僕らの町と空との間には気持ちの優しい屈強な巨人がその四肢でもって落ちてくるものを支えていたに違いない。それほど空の不透明度は低く、ときおり聞こえる巨人の唸り声や大地を擦って踵からつま先へと重心を移動するときの運びまで僕には雑音なくクリアに染みた。巨人が身を呈して守るこの町には軍事基地があり、そのお膝元では軍人の天下となっている。昔からの住人である人々には笑顔を顔に張りつける以外には生きぬく術がなかった。長い長い歴史の中で培われた護身術のひとつである。

  今しがた西の方から飛行機が飛び立った。

 「あ、また飛行機

 僕は銛を片手に堤防の岩肌が突き出した場所に腰掛けた少女の方を見て、呟くように言った。強い日差しの下でもなお黒い印象的に短い髪を風が撫でた。分け目なく乱れた前髪を手で払うようにしてから、彼女はその褐色に焼けた肌を惜しげもなく露出させたキャミソールに点々とついた水飛沫のあとを人差し指で追った。波礁のかけらが今また振りかかる。

 「珍しいね。何かあったのかな?ここんとこ見なかったのにね」

 有無は膝丈のジーンズをロールアップしたパンツから出した足をぶらぶらとさせ、パンツのポケットからメンソールの煙草の箱を出して包みのセロファンを開けて言った。

 「有無。タバコやめろって」と僕は即座に咎める。

 「またぁ。ほんと親みたいなこと言うね、コムは。いいじゃない別に。何がどうなるものでもなし」

 フリップトップの箱を開けて、銀紙を取り去る。ぎゅうぎゅうに詰った20本のうち1本を抜き取り、首から提げたヘンプライター入れから百円ライターを出して火をつけて有無は笑った。

 「コムじゃねぇよ。虚無。間違えんな

 僕は口を尖らせて言った。

 「知ってる?籠みたいなの被った人が時代劇とかに出てくるじゃない、アレ虚無僧』って言うんだよ。あんたと一緒。おかたいのよ、あんた僧侶だから」

 有無はけらけらと笑っていた。僕は口がたたないのでいつもこうやって最後には有無にオチをつけられてしまう。僕は僧侶ではないのだけど、有無の言うように「おかたい」のかも知れない。確かにうまいことを言うかも知れないがそれでも駄目なものは駄目だと思う。僕はそれ以上は取り合わず、水の中を覗くレンズで水中の魚の動きを追った。前かがみになり静かに刺激しないように獲物の動きを観察した。ふくらはぎの半分ほどの深さしかないこんな浅瀬でも魚はいるのだ。僕は彼らに悟られぬよう体を空気中の成分と同化させねばならない、水上で構えた銛の影だって彼らには察知出来るからだ。自分を狙う者の殺気を読めぬようではとてもじゃないけど自然界では生きてゆけない。僕はそういったことを父から習った。僕の銛が水中に落とされる。

 「オオッシャ!」

 僕は思わず拳を天に突き出し、歓声をあげた。銛の先には体をよじる反復運動を繰り返す魚がまだ息を絶えずにいた。その大きさは「大物」とは言いがたいが、とりあえずは僕がしとめた。僕は有無の顔を見る。

 「すごいじゃない。上達したのね」

 彼女は少し感心したような表情で、フィルターの近くまで吸った煙草を指に挟んだまま言った。短く切った髪を耳にかけて露出した耳には銀色ピアス太陽の陽光を眩しく反射させた。

 「その煙草、ポイ捨てすんなよ」

 僕は目を細めて、ぴしゃりと言った。

 家の玄関の引き戸を音を立てて開け、僕は「ただいま」と言っていつものように帰宅した。玄関先に婆ちゃんが駆けてきて、

 「あらあら、おかえり」と迎えてくれた。

 僕は獲れた魚が入ったびくを見せ、反応を伺う。婆ちゃんはやはり父には適わない、と言う。だけれど、僕だってそのうち父のように立派に成れるに違いあるまいと思うのだ。晩御飯の食卓にあがった自分の魚を想像して僕はにまりとした。

 「虚無、町に行って叔父さんのところに見せてくれば」

 婆ちゃんの提案に僕は「そりゃ名案だ」と同意して僕は自転車の籠に魚の入ったびくを載せて跨った。ゆっくりとこぎ出し、加速して町へ向かう坂道を駆け下りてゆく。頬にあたる風が普段の熱風とはうって変わって心地良いものになっていた。僕は心を躍らせて、叔父の賞賛の言葉と大きな手のひらが頭の上にのせられるのを想像してまたもにやりとした顔つきで自転車をこいだ。僕の着ていた白いTシャツはもう脇のあたりが大きな染みになる程汗を吸収し、ショートパンツは海の匂いが香った。汗でも海水でもいずれにせよ塩くさいのだが、僕の着るものがどれも余所行きではなくとも僕はそんなことは気にとめない。僕は頓着しない。

 町の中心部にある叔父さんの経営する釣具店へ向けて、僕はひたすら自転車をこいだ。

 栄えた大きな通りは夕ともなれば軍人で溢れる。彼らはそこで日々鬱憤を晴らすように酒を飲み、ときには暴力を振るう。そんな空気の中を僕は進んだ。

 規模は小さいが売春買春が行われる繁華街一角で見慣れぬ光景発見した。大概、一目でそれと分かる言ってみれば時代錯誤な「売春婦」風の女の人の立ち姿が見うけられるのだが、そのとき僕が見たのは僕と同世代か少し年上ぐらいのあきらかに条例違反であろう年代の女の子の姿である。僕は目を疑ったが真相など確かめる気もなかった。

 叔父の釣具店の扉を押すと、「波浪」と客に声を掛ける調子で叔父が言い、

 「おう、虚無か。どうした?」

 と僕と気づいた叔父は言い直した。

 「魚獲れるようになったよ」と僕は答える。やはり期待に違わず叔父は誉めてくれた。

 「すごいじゃねぇか。たいしたもんだよ、誰にも教わらずなぁ。銛じゃぁオレも教えられないし。どうだ?この際、針と糸に宗旨変えしねぇか?そしたらオレがみっちり鍛えてやるぞ」

 叔父はいつもそう言う。どうにも僕を釣り中間にしたいらしい。

 「それじゃぁ、食べられないじゃないの」

 と言って共に笑った。

 叔母さんの出してくれたオレンジジュースお菓子を食べながら、叔父さんと話した。

 「そういえば、諭くんどうしてるの?オレ昔良く遊んで貰ったよね、銛も上手かった」

 「あいつぁ、ダメだ」

 急に叔父の顔が険しくなり、僕は余計なことを尋ねた気分になった。叔父は続ける。

 「もう、虚無も大人だ。話してもいいだろう。いいか、虚無。おまえはしっかりしてるしそれに頭も良い。おまえだから話すんだぞ」

 「うん」と僕は異様な雰囲気に半ば飲まれながら頷いた。

 「諭。あいつはなぁ、チンピラだ。軍人の腰ぎんちゃくに成り下がって、ろくでもないことばかりしとる。麻薬の売人とかと組んでおるらしい。最近地元の子らを軍人に紹介する橋渡しのようなことをやっていると聞いた。要はな、売春の斡旋だ。分かるか?あいつだきゃぁ、クズだ」

 「ねぇ、叔父さん。じゃぁもしかして『桜番地』にいた僕と同じぐらいの年の子って…」

 僕は恐る恐る尋ねる。

 「あぁ、そうだ。昔は『桜番地』はきちんとした風俗街だったけど、今じゃぁ何だ、援助交際っていうのか?すっかり芯まで腐りきっちまったよ、この町も」

 叔父が煙草に火をつけたところで叔母が話に入る。

 「お父さん、やめなさいな。虚無ちゃんにこんな話。この子はまだ中学生なんだから。そうだ!虚無ちゃん、ご飯食べてく?」

 「何を言ってる。虚無はな、そこらのガキとは出来が違うぞ。そこらへんちゃぁんと分かっとる。な?虚無」

 僕は収拾をつけられなくなったので、「家で食べる」と言って店を出た。しかし、僕はさっき聞いた叔父の話で頭が一杯だった。僕がこんなにも動揺するのは集団の中に恐らく有無らしき姿を発見してしまったからに他ならない。まさかとは思う。ただ、どうしたらいいかは分からない。

 僕は家路に着いた。

 いつも魚を狙う場所があって、そこは観光客がくるようなところではなく地形も厳しく地元の子でもおおよそ僕ぐらいしか来ないプライベートな場所であった。今が夏休みだろうとそうでなかろうと、僕はそこで海につかった。 とろけそうな陽気の中有無はけだるそうに切り立った岩の上に立ち、僕を見下ろしている。彼女は紺色のキャミソールを着ていて肩にかかった部分から黒い下着のストラップがはみ出ているのが見えた。僕も彼女の立つところまで岩をよじ登る。爪や指先、そういった箇所が痛んだ。有無はやはり面倒臭そうに煙草を吸っていた。

 「今年は客足悪いんだってさ」

 彼女は自分の家が営む民宿の話をする。僕の家も観光客相手の商売を多少なりともしているので、そこらへんの話は良く耳にする。今年に限らず年々客足が減ってきているらしい。僕の住む町はそういったことに依った収入が不可欠な町なのだ。切り立った岩のすぐ下の水の中では僕が父から譲り受けた銛が天に向かって真っ直ぐに生えている。それは水没している部分がゆらゆらと正体不明に揺れて、眩しい光りを水面に放った。

 「喉乾かない?買ってこようか?」

 僕は振り返って有無の顔を見て言った。

 「ん」

 自分の財布を放り、咥え煙草のまま返事とも言えない返事で答えた。煙草を離した唇から白く風に棚引く煙を吹いて「奢る。あたし炭酸ね」と付け加えた。

 ガードレールなどない取りあえず舗装された道路を歩き、生活雑貨から何から売っている商店の前の自動販売機の前に立ち有無の二つ折りの財布を開いてお金を取り出そうとする。銀行カードや何かの会員証やらが差してあるスペースに異物感を感じて僕はそれを取り出した。僕は思わず絶句して立ち尽くす。コンドーム男性避妊具である。丁寧に連なったふたつのそれを慌てて元の場所にしまい、小銭が入るポケット部分から手早く出したお金ジュースを2本買った。有無のいる場所へ戻る最中、ずっと考えていたのだけど僕は僕の妄想を頭から払いのけることが出来はしなかった。

 缶を彼女に手渡すとき、偶然とは言いかねるが彼女の服と下着の中に眠るふたつの丘陵のゆるやかなカーブが見えて僕は激しく興奮してしまう。多分原因はさっき財布の中で見た、「性的な行為を行うときの確信」みたいなもので僕のその妄想を確かに現実の場所へ引きづりだすのだ。有無がいくら前かがみの体勢をしていたとしたってそれを覗くのは偶然でなく僕が見たかったからに相違ない。

 夏は終わりにさしかかっているようで終わりは一向に見えやしない。まだまだ雲はその力を誇示するかのごとく胸を張って広がりを見せる。空は低く。巨人はさわやかな笑みを浮かべ。

 僕は思い切って尋ねた。

 「なぁ、おまえ、やったの?」

 僕はこれ以上具体的には言えなかった。空気は全ての空間と繋がっていると僕は思っていたのだけど、それは違った。人と人を繋ぐ関係性の濃密によって区切られていたのだ。そして、僕は空気がこれ程硬く固まるものだなんて知らなかった。伝う汗さえも流れ落ちない程度時間が流れた。

 「見たんだ?」

 と言って有無は目を閉じて立ちあがった。そしてゆっくりとこちらを向き、太陽に背を向け逆光の中褐色の肌が通常よりもそのトーンを落とすのを僕は見た。明度も彩度もが一段落ちる。そして瞼を開いて微笑んで言った。

 「そうだよ。セックスしたよ」

  僕ははっきりと滑舌良く発音したその単語と服と下着の中から覗いたふくらみを脳裏に描いて、まるで猿のように際限なく永久機関のように終わりなくオナニーした。マスターベーション自慰行為と言い代えても良い。そう、十年一日のごとく来る日も来る日も布団の中でそればかりしていた。最低の男であった。他にするべきことも見つかりはしなかった。想像が加速してブレーキが利かず、有無は僕の想定した架空の世界の架空の部屋で日を追うごとに一枚ずつ脱いでゆき、日を追うごとに僕のどんな無理な要求にも応えるようになった。そしてある日の夕方一切立ち寄らなくなった海へ行き、計り知れなく大きい太陽ですらすっぽりと難なく包んでゆく水平線を見て自分が一体何者かを己に問うた。

 朝起きると適当な袋の中に水着タオルそういったものを積め込んで、海へ出かけた。銛は持たず、ただ体ひとつで海を泳ぐ。海水中の塩分が浮力を生み僕の体をまるで拒絶するかのように押し上げ水面に浮かせた。僕が潜ることを嫌がっているようでもあった。体中に蔓延した不健康な老廃物を全て排出する腹づもりで、体の奥深く何処かで息を潜める病巣の中核を探し当てねばならない。そうでもしないと僕は存在異議を失うのだ。夜毎陰茎をしごくだけの「もの」であって堪るものか。自分だけが知る海岸線でなく、公衆遊泳場に来ていた。時期もピークではないので割と地元若者が多いようである。そういった経緯で日がな泳いだ。

 僕はこれ以前にだって自慰行為をしていた。考えていた。ずっと。何故僕はこうまでみっともなくならなければいけなかったのか。何故僕はかさぶたを掻き毟るように。何故。何故。そういったことを呟きながら水中から回答の眠った宝箱を探す、見渡す。遊泳中のカップルの片割れで目的も持たずにふらふらと漂い泳ぐ女が平泳ぎの恰好で股の間の小さな布で隠された部分を晒すのを長い間ずっと潜り続けて凝視していた自分を発見したとき、僕は同時に答えをも発見した。なんのことはない。これが僕だったんだ。塩水で目を擦った。

 僕は大人になるまでこの自分自身の下半身的問題を平和的に解決出来ない。要するに女を買えない、ということだ。しかしながら僕は望みもしたが勿論憎みもした。有無が買われるという現実を、この両目ではっきりと見ておかなければならなかった。より深く自分を呪う為に。

  町へ降りると、金曜だけあって人は多い。都会の盛り場と比べたら本当にちっぽけなものだ。色町『桜番地』へ近づくにつれ、ぎょろぎょろとした目つきであたりを見まわす。ここの色町は変わっている。それらしい店を全部一角に集めただけで、表の通りから丸見えの場所で平然とさも普通のことのように売り・買いが成される。同時に良くある繁華街でもあるから、例えば僕や同級生やなんかが居ても特に誰も咎めない。

 僕は諭くんを見つけた。面影が残っていたのですぐに分かった。その後について歩くのは有無と同級生の友達であった。僕の予想は出来れば外れて欲しかった。全員知った顔で、それもクラスの中でも特に大人びていて顔だちが美しく整った者ばかりだった。そして有無は群を抜いている。

 僕は叔父さんの家にお使いに行く名目で町に来ていた、そして恐らく彼女らも似たような嘘を並べて来たことであろう。預かってきたトマトを握りつぶした。

 何てこった。あいつらか。

 僕は自転車の籠の中のトマト軍人の足元に投げつけた。そして僕自身、我を失い何事か夢中で叫んだ。自分ですら果たして何を言っているのか分からない。僕は右手の中指を立て、

 「間座墓!」

 と叫んだ。軍人は首だけで振り返り、それから僕の方へ歩みを寄せる。僕よりも40センチ身長が高い彼の眼光は既に「子供のしたこと」を笑って許すような雰囲気ではなかった。軍人はその上等な皮のブーツで僕のももの付け根をポケットに手を突っ込んだままで蹴った。大人の力の衝撃がその箇所から電流のように地面に抜け、さながらアースの役割でも果たしたかのように僕の左足は焼け焦げて落ちた。立っていられなくなり、地面に倒れ込むとすぐ目の前に皮製の靴のつま先がある。目をつぶる暇もなく鼻から大量の血が流れ出して、息が出来なくなった。口の中が熱くて、鼻水と血が混ざってマーブル模様を織り成しその不自然な美しいコントラストを眺めた。涙で視界が利かなくなると、今度はわき腹に針で刺されるような衝撃が訪れた。正体不明の嗚咽を漏らす僕を助けようなどという者は現れるはずもなく、結局は僕が何者であるかを問われるだけだった。彼の顔は笑っていた。

 「坂!…国家!」

 僕は片足を押さえ膝を付いた姿勢まで体を起こし再び中指を立てた。彼はそれまで顔の表情は笑った形を作って努めていたがその瞬間には完全に笑顔もおちゃらけた態度もなくなった。ポケットから出した拳で僕を思いきり殴りつけた。僕は誰だ?彼は最早軍人として僕を殴らない。そして笑わない。ならば、立ちあがろうとする僕は一体何者だ?今さっきまで軍人であった男は問う。オレは誰だと。オレは一生陰部を擦り続ける醜い生き物か?そんな男か?退いて生きるか?

 僕はふいに笑いがこみ上げた。

 「オレは海の男だ」

 僕は声に出して言った。

 彼は飽きたという身振りで友人らしき軍人を連れて、帰っていった。だらりとぶら下がった動かない腕はファイティングポーズのつもりだった。

 叔父さんの家で目が覚めた。叔父さんは安堵した表情で

 「あぁ、良かった。このまま目を開けないんじゃないかと思ったよ。しかし、すげぇ顔だなぁ」

 と僕に話し掛ける。叔父さんの説明によると僕は気を失い、そして軍人が帰っていった後で見ていた人達がここまで運んでくれたということらしい。有無がどうなったか知りたかったけれど、そんなことは勿論訊けはしなかった。叔母さんが出してくれたお粥を食べようとして口の中に入れたらすごい衝撃が走って、僕は思わず宙に浮く。

叔父さんも叔母さんも笑って言った。

 「虚無の親父さん、未曾有さんもケンカはしたけどさすがに奴らにケンカふっかけるなんざ聞いたことねぇや」

 「そうよ。もうちょっと相手を考えなさい。殺されてたかも知れないのよ」

 やはり叔母さんは泣き、僕はあとで家族にみっちりと怒られた。

 だけれど、僕は自分が何者かを取り戻した。

 以前にも増して僕は亡き父のように立派な漁師になろうと強く思う。鋭く切り立った岩壁を背に、汐が引いて膝丈程もなくなった外界から隔絶された知られぬ海で僕は銛を片手に空を見上げた。いつまでも空は夏の様相を呈していて水面に落ちた人影で僕は背後の岩の上に有無がいることを察知する。

 「そこだ!」

 僕は小指の爪ほどの大きさの小石を放ちながらそう言った。

 「久しぶりじゃない」と小石のことには触れずに進める。思わず冗談めかした自分が恥ずかしくなるほど冷静に。

 「そうだな」

 僕も冷静に。

 「虚無、少し変わった?」

 「そうかな」

 「何してんの?」

 「銛の練習。オレはやっぱり漁師になるよ」

 「そう」

 そんな会話を交わした。有無はメンソールの煙草に火をつけて煙を吐き出すと同時に顔を上げた。僕は相変わらず銛で水の中の地面を形をなぞるように落ちつきなく突ついていた。彼女は指に煙草を挟んだまま、切り立った岩のわずかな取っ掛かりを慎重に滑るように降りた。僕の隣に腰を下ろし尻をつけて砂浜に座る。僕も砂の上に座るが水着が濡れていた為に濡れた砂が尻の形にくっきりとついた。あまりスムーズ言葉が出ない。

 「有無は?何になるの?」

 僕は沈黙の堰を切るように話し掛ける。

 「分からない。あんたのお嫁さんにでもして貰おうかな」

 僕が驚いた顔をしていると「冗談よ」と言った。

 二人で動きのない海を見ていた。海鳥が遠くの島へ飛んでゆく。すると、有無は立ちあがり

 「気持ち良さそうね。あたしも入ろ」

 とそのままの姿で駆けて波を掻き分けてその身を浸した。僕があっけにとられ制止する暇もないまま彼女はずぶぬれの恰好で海からあがってきた。

 「やっぱ服着たままだと辛いね」

 僕の目は彼女の透けた服から浮き出た秘密しか入らず、完全に思考は停止し例えば気の利いたセリフのひとつも出てこないままとめどなく湧いてくる唾で急激に乾いていく喉を潤していた。髪をかきあげる仕草をした後、有無は

 「虚無はセックスしたいの?」

 と訊いた。

 僕は「オレはセックスしたいよ」と答えた。

 僕は煮え切らない情欲を抱えて悶々としたままの紳士に分かれを告げた。僕は快楽を貪る者だが、決してそれのみには存在しない。彼女に抱いた幻想彼女に抱いたいかがわしい妄想、己に都合の良い空想、そういったものを1箇所にまとめて全部破棄した。それから僕は有無と交わった。

  鋭く切り立った岩影で、外界から情報がシャット・アウトされた知られぬ砂の上で、落ちかけた太陽に焼かれ背中を水飛沫に濡らし僕は一際大きな声を出して果てた。

 僕も有無も裸だった。彼女のお腹の上にはまだ生々しく行為の証が記されたままである。濡れた有無の服は薄いタンクトップですらまだ乾かず先ほどと全く変わらない。時間の経過も感じられない。脱ぎ散らかされた衣類の位置もそのままだ。

 「気持ち良かった?」

 と一番最後に有無は乾いた服をそそくさと着ながら訊いた。

 自転車海岸線を走っていると、東の方角へ飛行機が飛んでいった。僕が数えただけでももうさっきから一体何台の飛行機が飛び立っただろうか。気体がもの凄い速さで小さくなっていくのを見届けてから、再び自転車に跨りエデンに似た外界から隔絶された場所へ向かう。遠目に有無の姿を発見して片手でハンドルを握りながら大きく手を振った。彼女も体全体を使って信号を僕に返す。

 「あ、また飛行機

 有無は上空を見上げて言う。

 「オレも見たよ。来るときだけですごい数の飛行機見たなぁ」

 「あたしも。何かあるのかなぁ。演習とか?」

 僕は「さぁ、どうだろうね」と言い終わらないうちに、すぐ隣に座る有無の乳房を背面越しに触ろうとした。彼女は僕の手をまるで蝿や蚊をはたくような感じで叩いた。僕が彼女に会うのが待ち遠しかったのはいわずもがななのだけど。有無は

 「あの時だけだよ。そんなねぇ、都合良くホイホイやらせるわけないでしょうが」

 と手厳しく言った。僕はしつこく懇願したが、彼女が要求を飲むことは無かった。岩場に立てかけた銛が太陽の光りを反射して光線を生み出す。僕や有無に浴びせ掛けられた兆しの元を探し、空を見上げた。往き付く先は夏を完全に体現しその大きな両手で包み込むような入道雲。空を支える巨人はやはりその笑みを絶やさずやがて秋が来るまで微笑み続けるのだろう。

 「まったく、言わなくちゃ分からないの?」

 有無は胸の高さの水面に左手を入れて、水の中で僕の手を握り引き寄せた。帆を張った舟のように水面に浮かんだ僕の体もその小さな力で彼女の体にぶつかる形で引き寄せられる。お互いに向き合い体の前面を押しつけるように抱き合った。彼女は僕の股間を水中で触る。空は高く広大で、僕たちは身を寄せ合い抗わずそこに含まれた。東の空からまた飛行機が飛んで来て、僕たちの上空を過ぎ去るのを見ていた。

 僕たちは飛行機の来た方角の空を見る。空では入道雲とは違う、けれど、ひときわ大きな球体のような雲が風船が膨らむ様を連想させた。心なしか荘厳で見ているものを魅了する何処かで見たことのある形の雲だった。ずっと、ずっと遠くまで、僕は僕の父も祖父もが愛したこの海の果てまで思いを飛ばす。

 「わぁ、見て。綺麗」

 と有無は水中から出した手をかざし、遥か遠くの海で立ち昇る雲を指差した。

2008-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20080227105106

うけたw

マジレスすると奥崎先生血栓防止法は下腹部をもぞもぞさせる

少々いかがわしいメソッドだったと思う。

追記:奥崎先生が編み出したのは血栓防止法ではなく、正しくは血栓溶解法だった。

2008-01-06

安倍首相の最大の弱点は“学歴”??教育改革は、学歴コンプレックスの現れ?

先ほど、すごいことを発見しました。それは、「政権長期政権かどうかは、首相学歴ズバリ、比例する傾向にある」ということです。この学歴問題を引き合いに出すのは「タブー」になっているのですが、歴代首相を論じる以上は首相出身大学について語らないわけには行かないのです。

歴代首相学歴をザッと調べてみました。

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吉田茂 東京帝国大学法科大学政治卒業

片山哲 東大法卒 弁護士

鳩山一郎 東大法卒

石橋湛山 早大文卒

岸信介 東大法卒 商工官僚

池田勇人 京大法卒 大蔵官僚

佐藤榮作 東大法卒 運輸官僚

田中角榮 中央工学校卒 会社社長(+一級建築士

三木武夫 明大法卒

福田赳夫 東大法卒 大蔵官僚

大平正芳 東京大卒 大蔵官僚

鈴木善幸 農林省水産講習所(現東京海洋大学)卒 漁協役員

中曾根康弘 東大法卒 内務官僚

竹下登 早大商卒 島根県議(+雄弁会早大高等学院出身)

宇野宗佑 神戸商大中退 滋賀県

海部俊樹 早大法卒 議員秘書

宮澤喜一 東大法卒 大蔵官僚

細川護熙 上智大法卒 熊本県知事

羽田孜 成城大経卒 会社員(+成城学園高等学校

村山富市 明大政経卒 大分県

橋本龍太郎 慶大法卒 会社

小渕恵三 早大院修 会社役員

森喜朗 早大商卒 新聞記者(+雄弁会

小泉純一郎 慶大経卒 議員秘書

安倍晋三 成蹊大法卒 会社員(+成蹊学園(小学校中学校高等学校))

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E9%96%A3%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%A4%A7%E8%87%A3%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

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これを見て分かることは非常に多い。まず気が付くのは、宮澤喜一首相を最後に東大出身の首相がいない、ということです。ここ数代は、慶応早大のたすきがけ的な形で続いています。

そして、一般的な「偏差値」が高い大学を出た政治家首相になると「長期政権」になるということです。これは、上の履歴書をみると明らかです。

調べるまでは、まさかそんなことは、と思っていましたが、「政治家における学歴差別」は歴然として存在するのです。これで、なぜ安倍首相が不人気なのか、信望がないのかがよく分かりました。偏差値の高い大学出身の首相は、まわりに似たような学歴政治家がたくさんいるワケです。そうすると「同窓会ネットワーク」の層が厚い。

同じ大学の仲間意識で皆が支え合うという意識があるわけです。これは、アメリカにおいても同様で、ブッシュ大統領はあれだけバカだと言われていますが、しっかりエスタブリッシュメント大学のイエール卒業し、しかも、エリートクラブ出身です。それを考えると、安倍首相は哀れなくらいに学歴が低い。いや、学歴が低いといよりは、彼の場合には「受験を経験していない」のです。

受験を経験していないということは、「忍耐力がない」「修羅場の経験がない」という風に一般的に判断されます。しかも、安倍首相小学校からのエスカレーターです。普通受験して成蹊大学に入っているわけではない。これは非常にマイナス点です。

日本では、東大受験に成功することが最高のステータスシンボルであり、東大は一時期までは総理大臣を供給する大学でした。アメリカジャパン・ハンドラーズの研究には「東大」の研究書もいくつもあるんです。東大官僚制度と政治家ネットワークを持つ。これが日本の最大のパワーだったわけです。

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最も有名なのはチャルマーズ・ジョンソンが共著で加わっている以下の本。ハードカバー版しかない。表紙の「東大」という文字が笑えます。

An Empire of Schools: Japan's Universities and the Molding of a National Power Elite (Hardcover)

by Robert L. Cutts (Author), Chalmers Johnson (Introduction)

Table of Contents

Foreword

Preface

Ch. 1 If There Is a God, He Went to Todai

Ch. 2 First Principles: The Society

Ch. 3 First Principles: The Individual

Ch. 4 The Ivory Basement

Ch. 5 A Tale of Two Citizens

Ch. 6 The Leisure Class

Ch. 7 Who's on Top: The Women Elites

Ch. 8 Family: She's Got the Whole World in Her Hands

Ch. 9 Weapons

Ch. 10 Making It

Ch. 11 Fifty Ways to Lever the Governed

Ch. 12 Reform: No Exit

http://www.amazon.com/Empire-Schools-Universities-Molding-National/dp/1563248433/ref=sr_1_6/102-8054700-3864949?ie=UTF8&s=books&qid=1182385355&sr=8-6

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同様に、早稲田大学は在野の精神早大雄弁会を結成し、これも政治家供給源になってきました。慶応大学もどうように政財界に太いパイプがある。小泉前首相と綿貫国民新党党首の共通項はともに慶応出身というところです。意外なところで接点があって、それが情報交換のきっかけになったりする。

慶大出身の綿貫氏

そこに行くと、大変失礼なのですが、成蹊大学出身の有力政治家というのはほとんどいません。政治家の仲間がいないということは、つながるネットワークが少ない、ということ。安倍首相ネットワークは「安晋会」のようないかがわしい人たちの集まった後援会組織だったり、父親の晋太郎の時代からのサポートスタッフです。

安倍晋太郎は、病気で早くに亡くなっており、これを継ぐ形で晋三が政治家になっています。安倍家には、東大出身の寛信という三菱商事中国支社のエリートビジネスマンもいましたが、なぜか彼ではなく、晋三に白羽の矢が立っている。

そうなると、何にも自分だけの基盤がないエスカレーター学歴の彼には、父の周辺の後援会に頼るしかなかった。そうなれば、晋三はいいなりです。広域ナントカ団だったり、地元土建業者だったりがまとわりついてくる。それをさばくのは側近たる秘書なのでしょう。

こうなると、なぜ東大出身の寛信氏が後継者にならなかったのかが気になります。順当に東大出の晋太郎が総理大臣になっていれば、晋三が後継者になることはなかったのではないか、と強く思います。しかも、晋三氏には「南カリフォルニア大学」在学時の学歴詐称疑惑で騒がれたこともあります。結局、卒業はしていないということだったようです。民主党代議士学歴詐称を追及している段階で噴出した問題でした。

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安倍一族の“学歴”一覧

安倍寛(祖父)=東大

岸信介(祖父)=東大

佐藤市郎(大叔父)=海軍大学校主席

佐藤栄作東大

安倍晋太郎(父)=東大

安倍寛信(兄)=東大

岸信夫(弟)=慶応

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上のリストに戻りますが、小学校卒業田中角栄内閣は、やはり短命政権でした。しかし、彼は安倍首相と違い、たたき上げで、一級建築士資格も持っていた。だから、それなりにポイントは高かったのだろうと思います。鈴木善幸首相もやっぱり短命政権宇野宗佑首相も、羽田孜首相も・・・・。みんな“ポイント”が低かった。

これを法則化して理解した上で他の首相をみていくと、細川護煕首相上智大学出身。細川政権は約一年しか続いていません。早大出身の海部政権は約三年続いています。この事実から、キリスト教大学である上智大学は、首相になる場合の「持ち点」が少し低い、ということになるでしょう。ちなみに政治家では野田聖子さんが上智出身です。村山首相明治大というのも微妙なところなのでしょう。

そこに行くと、面白いのは、故・三塚博さんと小渕優子さんです。三塚さんは、派閥の領袖も務めた大政治家です。彼は、東京獣医畜産専門学校(現日本大学生物資源科学部)を経て早稲田大学第一法学部学士入学し、1951年卒業。在学中は雄弁会に所属しています。わざわざ早稲田学士入学しています。これは雄弁会に入るためでしょう。雄弁会というのは、今は威光もかげってきましたが、それでも現内閣では山本金融大臣を初め出身者が多い。森元首相竹下首相雄弁会ネットワークです。三塚さんは学士入学で早稲田に入って持ち点を上げようとしたわけです。残念ながら、その努力は報われませんでしたが、閣僚にはなっています。

早稲田大学大学院公共経営研究科修了:小渕優子

同様に、早稲田大学社会人になった後に入学したケースとしては、元首相の娘さんである小渕優子さんの例があります。彼女の場合は大学院です。小渕さんは、羽田首相と同じ、成城大学出身です。この大学は意外に政治家が多い。しかし首相になったのは羽田さんだけです。しかも短命政権でした。

そこで小渕さんは、女性なので雄弁会には入れないのですが、早稲田大学政治家をやりながら入学するという「奇策」に打って出ました。これは凄い。さすがは政治家の娘です。政治感覚が鋭いなあと思います。成城大学では幾ら政治家として頑張っても総理大臣はなれない、と冷酷に判断したのでしょう。早稲田に入学したということは、早稲田出身の政治家ネットワークの末席に置いてもらえる可能性がある、ということです。それでもなかなか首相への道は厳しいでしょうが・・・・。なんだか応援したくなりますね。

そう考えると、小学校からのエスカレーター安倍晋三という人が首相になっていることは、国際的な一大スキャンダルである可能性が高いのです。安倍首相が国際的に影が薄いのも早稲田慶応ネットワークに入っていないからかもしれない。そう考えると、一応、外国政治家の経歴を調査する情報機関の間では、東大早稲田慶応の当たりの大学は評価されている、という見方も出来そうです。これが安倍さん慶応幼稚舎出身だったらもう少し違ったのかもしれないですね。

そのようにしながら、日本の政治家を出身大学別に持ち点でプロファイリングしていくのも面白いと思います。同じ慶応早稲田でも、政経学部か文学部か(例:石橋湛山)、第一部(昼間)か第二部(夜間)かで大きく違うのでしょう。私の出身は早稲田の一.五部と言われた社学出身なので、政治家的には微妙ポジションでしょう。

こういう当たり前のことは差別になるといってタブー視されていますが、やはり安倍政権坊ちゃん政権だったのです。周りに大学ネットワークがないから、変なおかしい団体が支援者として食っ付いてくるわけです。そう考えると、やはり安倍政権、長くないでしょう。

ここでどう考えるべきか判断に苦しむのは、ポスト安倍麻生太郎外相の扱いです。学習院大学政経学部政治学卒業とあります。その他、スタンフォードロンドン大学留学しているようですが学位があるかどうかは分かりません。学習院というのはどういう扱いになるか。彼は皇族の血が入っていると同時に、カトリック教徒です。クリスチャン政治家では、大平首相がいますが、これは短命政権に終わりました。(病気だったからかもしれないですが)学習院出身の首相はいないので、これが持ち点が高いのか、低いのかは分からない。ただ成蹊大学出の安倍首相よりは間違いなく麻生外相の方が持ち点は高いはずです。

そこへいくと、同じように微妙なのが東大出身の谷垣禎一財務大臣です。彼が首相になれば久々の東大出身総理となります。しかし、彼は消費税を上げたりして、短命政権になるでしょう。その後に、つまり消費税上げをやった後に、民主党政権が出来るかもしれない。

つまり、大蔵官僚が、自民党責任をおっかぶせて自分たちは民主党政権コントロールするという考え方です。官僚を統制しているのは一部にはアメリカです。今の官僚制度をコントロールできる角栄のような政治家がいないので、官僚制度も政治家同様、アメリカに目を向けて指示を仰いでいるんでしょうね。

そう考えると、安倍首相がやたらと左翼思想を批判したり、「美しい国」というようないかがわしいタイプ保守思想を喧伝したがるのも、東大学歴に対するコンプレックスなのかもしれないですね。安倍家、佐藤家には東大出身が多いですからね。東大といえば、左翼思想丸山真男、というわけです。「家庭の事情」で教育改革をやられては非常に困るわけですが・・・・。

まあ、政治家価値学歴だけで決まるというわけではないでしょうが、実際に統計的に結果が出てしまっているのは隠せませんね。

代々木ゼミ偏差値表をみながら、地元政治家プロファイルしてみてはいかがでしょうか?

http://www.yozemi.ac.jp/nyushi/nyushi.html#rank

2007-11-26

なんだ説明できないのか

はてなって何やってるのか分からないいかがわしい会社だな。

2007-11-03

ネット広告費はラジオの2倍以上なのになぜ怪しい広告しかないのか

ネット広告支出はラジオより低いのに?現実を見てる?

http://anond.hatelabo.jp/20071103030449これには驚いた。ネットの覇者といわれているGoogleAdsenseが「ミクシー自動で日給5万円」とか「ブログで稼ぐならこの方法」のように詐欺くさいものや「メスを使わず男自身を大きくします」みたいないかがわしいものばっかりだったから、そりゃないだろと思っていた。リンクが切れていたので、一応調べなおしてみたら確かに正しいようだ。(http://www.dentsu.co.jp/marketing/adex/adex2006/_media.html)じゃぁ、なんでAdsense広告はあんなにひどいんだろう。個人的に前々から疑問だったんだよな。「Googleすごい、すごい」なんていわれながら、Adsenseに載る広告はひどいものばかり。どうやって稼いでいるのか疑問だった。

ということで簡単に調べてみた。結論から言えば電通定義のインターネット広告費である3600億円には携帯向けの広告費が入っていたり、SEM業者だかSEO業者の収入が入っていたりするのでみかけよりたいしたことがないようだ。こちらにインターネッツ広告費の明細がある。それによればインターネッツ広告費のうち、検索連動広告費が930億円、モバイル広告費が390億円らしい。インターネッツ広告費といわれると携帯向けの広告費は入っていないように思うが、電通はインターネッツ広告費に携帯向けの広告費も入れているらしい。次に検索連動広告費。検索連動広告費っていうのは、GoogleAdsenseみたいなものだと思うかもしれない。しかしこれは電通の用語なので、はてな村民のようなインターネッツヲタク連想するものとは違う。読み進めると

SEMサーチエンジンマーケティング市場は930億円(前年比157.6%)と他のネットメディア商品にくらべてより拡大の傾向にある。
とある。検索連動広告費っていうのは、GoogleAdsenseじゃなくてSEM業者が稼いだ金額らしい。それが930億円。全体で約3,630億円でモバイル広告が約390億円。携帯経由を除いた「純インターネッツ広告費」は3240億円。そのうちSEM業者が得た収入は約28%。だいたい4分の1。はてな村民のようなインターネッツヲタクといえども、インターネッツ広告費にSEM業者の稼いだ収入は入れないだろうということでSEM業者の収入をインターネッツ広告費に含めないようにすると、「真のインターネッツ広告費」は2310億円。まぁ、それでもラジオよりは稼いでいるな。

でももう少し調べてみると「真のインターネッツ広告費」には陰りが見える。好調なのはSEM関連とモバイル関連。

実数(億円)

2000200120022003200420052006
電通定義のインターネット広告5907358451183181428083630
モバイル広告???100180288390
インターネット広告???1083163425203240
SEM業者の収入?????590930
真のインターネット広告?????19302310

伸び率(少数は切り捨て)

200120022003200420052006
電通定義のインターネット広告24%14%40%53%55%29%
モバイル広告???80%60%35%
インターネット広告???50%54%28%
SEM業者の収入?????57%
真のインターネット広告?????19%

はてな村民のようなインターネッツヲタクが「インターネッツ広告費」という言葉で想起するような「真のインターネッツ広告費」は意外に伸びてないのですよ。最近引っ張ってるのはSEM業者と携帯広告のほう。そりゃ、『「SEO業者」と「電解還元水の販売員」の共通点』に対して『反論:「SEO業者」と「電解還元水の販売員」の共通点』のように躍起になって否定するはずだ。いまウハウハ何だろうな・・・。うらやましいことです。話を元に戻すと、表を見ればわかるように「真のインターネッツ広告費」はバブルがはじけそうなのですよ。今年(2007年)あたりは10%以上伸びるんだろうか?

2007-06-13

世間で言ってる出会い系サイトじゃ出会えない

世間じゃ、いかがわしいメールで誘ってくる、有料のサイト出会い系サイトと呼ぶらしいけどさ。

そんなもんじゃ出会えないことくらい、チンポ脳な奴でも分かる。ありゃ詐欺サイト以外の何者でもない。

「有料で登録制なんてサイトは、出会えもしない詐欺サイトです。」

本当に出会える出会い系なんていくつでもある。

俺自身出会い系を使って10数人と、会っていきなりセックスした。

そして、今はまじめな出会い系で知り合った彼女とつきあってるよ。

もちろん全部無料。さすがにすぐセックスっていうところは、小さな草の根的なところだったけど、

彼女と知り合ったのは、そこそこ名の知れたサイトだよ。

援助交際目的ならすぐ見つかると思う。

http://anond.hatelabo.jp/20070613171053

2007-03-04

ネットを知らないあの子

あの子はパソコンを持っていない。携帯電話は持っているようだし古い機種でもないようなのでインターネットを見る環境はあるようだ。でも、もっぱら友達や同校の学生HP閲覧をするにとどまっているようでもある。そうでなくても他に見るようなサイトといったら若々しい感じの小説のある場所とか性格判断占いのできる場所ぐらいなものだろう。インターネットの深部までを覗き込んではいないはずだ。2ch発の顔文字を使うことはあっても2chを見ることはしていないだろうし、「キモス」とメール日記で口走ることはあっても雑誌で知ったので使ってみたぐらいの認識だろう。いかがわしいを通り越した変態漫画や頭がおちゃめな人が作った動画なんか知るはずもないし、朝鮮と聞けばニンジンアメリカと聞けばハリウッド韓国と聞けばキムチと返ってくるぐらいにはまともで余計ににごっていない目の持ち主だろう。朝は納豆を食べ、学校では昨日見たTVや家で読んだ雑誌や本を肴に友人と談笑し、夜にはお笑い番組を見ながら家族と笑いあったり、部屋に戻ったら友達とメールしながらバストアップ体操、帰宅前に友達と買ったお菓子つまみながら少し勉強して、音楽を聴きながら眠る。そんな感じのさわやか生活を送っているような妄想を抱けてしまうぐらいに、僕の中ではあの子は澄んでいる。好きなアニメと聞かれればハルヒでなくとなりのトトロ、好きな漫画と聞かれればDMCでもぱにぽにでもジョジョでもあずまんがでもシグルイでもなくはちクロ、好きなTVを聞かれればお笑い番組をこれでもかとばかりに挙げられる。実際にどう答えるかは知らないけれど、こんな感じだろう。汚れなきステレオタイプ。それでいて一本筋の通った頑健な意志でもって、勉強部活生徒会学校生活の大体をきっちりこなす。僕の中でのあの子はもう神格化されてきている。汚れのないあの子に、パソコンを持っていないというだけで汚れていないように思えるあの子に、どうしても憧れてしまう。あの子はただ単にインターネットの浅瀬しか見ていないだけであるというのに、そこに美しさや清純さを見出してしまうのだ。まあそんなこんなで僕はあの子が好きだ。あの子は、僕のようなやたらどうでもいい文章を読んだりやたら下らない動画を見たりやたらいやらしいサイトを巡ったりしている奴を好きにはならないだろう。ネット、見てなきゃよかったなと思ってしまう。悪いのは、ネットに飲まれてしまう弱い僕なのだけどさ。

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