「いまここに突然すげー敵が現れたとする」
元彼も同じことを言ったなぁ、何でだろう、男の人ってこういうことを言うものなのか、ということを思いながらその言葉を聞いた。
元彼も同じことを言った。はじめて付き合った男性で、男の人との接点もあまりなかった私はやぶから棒に何を言い出すのだこの人は、と首をかしげた。彼は笑いながら言った。
「俺先に逃げるから。逃げ足が速いのだけが自慢でさぁ」
ふーん、と思った。そうか、そういうものなのか。自分の身は自分で守らないといけないんだなぁ、そう思っただけだった。一人なら絶対に避けて通るくらい道も、いかがわしい通りも、その人は回り道をするのが面倒だからという理由で通ることを考えると護身術でも習うべきなのだろうか、と当時は本気で考えていた。ネットで護身術の情報をあさったりなどした。一人なら必要ない、二人になったからたぶん必要になるんだろう、ひとりのように自由気ままにはいられないから、二人になった分だけ心配事は増えるのだ。そう単純に理解した。それでもどこかさびしい気持ちは残った。守ってほしいというわけじゃないけれど、捨てて逃げられるのはそういうものだとしても、寂しい。
だから同じことを言い始めた彼にきっと同じようなことを続けるのだろうという思いと、なぜか湧き上がる一抹の寂しさをもって私は黙り込んだ。彼は気づかずに続けた。
「あなたをおいて逃げれないとか言ったら切れるからな」
「は?」
「いやさ、ここは俺に任せて逃げろ!ってやりたいんだよ一回でいいからさ」
「ちょwwwwwwwねーよwwwwwwww」
「ないかなぁ。まぁあれだ、さっさと逃げろよ」
暗い道は避けてとおるくせに怪しげな道だと落ち着かない顔をして足早になるくせに、危険に遭う前から危険に遭いそうな場所は避けて通るくせに、面白いことをいう人だと思った。同じ言葉から始まったのに全く違うことを言う。嘘でもいいから、危険なことなんてそもそも遭わないほうがいいけど、守られたいわけでもないけれども、でも。もし、という話をしているときくらいこういう扱いをしてくれるのは、悪くない。悪くない。
「……ていうか」
「まーやられちゃったらそれはそれで困るよなぁ」
「うん。ってか私がやっつけちゃえばいいんじゃね?」
「お、いいな。それ最強」